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01,婚約破棄

「エマリアル=ランディニ! あなたとの婚約をここで破棄する!」


 大きなダンスホールに響き渡る強い声。驚いて全員がダンスを止め、同時に優雅な楽曲が止まる。静まり返った場内で波紋のように人が後ろに下がり、囁きのさざ波が広がっていく。その中心にいたのは、三人の男女。


 エマリアル=ランディニ公爵令嬢。滑らかな白い肌に真っ直ぐ流れる眩い銀髪、珍しい黒色の瞳は先程の声の主である彼女の婚約者を涼しく見つめていた。見つめられている婚約者の名はクリストファー=カサブランディウス。この国の第二王子である。彼の隣には小柄な女性、キアラ=メイガー子爵令嬢がその陰に隠れるようにしてエマリアルを見つめていた。


 突然の事だったが一瞬で事態を理解したエマはあまりのばかばかしさにため息を漏らしそうになる。しかしそんな事は許されない。王妃教育の成果を裏切る事は王妃への不敬に当たる。

――それにこうなる事も、ある程度は予想していた。私は私のやるべきことを果たす、未来の王妃たるもの、常に毅然と。それが責務だ。



「……ごきげんよう、殿下。お気持ちは承知致しましたわ。ただ本件は私の一存では決められない事である以上、了承致しかねます。いくつか、確認させていただきたいのですが宜しいでしょうか?」

「なんだ」

 見たこともない苦々しい顔。元よりこの男を愛してなどいない。ただ選ばれた自分が与えられた責務を果たし、国や民の役に立てれば良かった。


「殿下はご自分の御立場が、本当の意味でご理解出来ていらっしゃいますか?」

我ながら抽象的でありながら具体的な質問だと思う。

――言葉遊びが嗜みの貴族の皆様に笑われてしまいそう。


 婚約者はその言葉にさらに眉をひそめるが、侮辱されたと感じたのかしばらくの後にその瞳に軽蔑の色を浮かべて言い放った。

「当然だ」

わかっていてこんな事が出来るのか。ため息を飲み込んだ。


「破棄の理由をうかがっても?」

「今更何を。まず私はお前を愛していない、お前も私を愛していない。魔力が重要視されるこの国で何の能力も持たず、お前のような無能を側に置くと国家の恥だ。そして彼女に出会った。聖なる魔力を持つキアラに」

 人は皆、生まれながらに精霊の加護を受けている。中でも聖なる魔力は稀有な力。浄化や治癒など人を癒す力が主だ。確かに彼女はその証であるプラチナブロンドの髪に金色の瞳を有している。

そして自分は何の魔力も示す事が出来ずにいたのだからこの点は一応納得である。


「キアラは美しく賢い。弾ける感情は人の魂の輝き、微笑は天使の様だ。彼女なら、彼女となら手を取り合いながら生きていけると感じている」

――天使ね、天使は他人のものを不躾に奪うだろうか。容姿の事を示すのでなければ言葉を選ぶべきだ。まぁ、いたずらで事を起こすそういう類もいるかも知れない。


 頬を染める令嬢が、その顔に反する震えようで王子の腕に手を添えるのが視界の端に入ってきた。彼女の表情が見えない王子からはさぞ怯えている様に感じられ、周りからは王子を頼る力ない令嬢に見えるだろう。

「加えてお前は不遜な噂を流し、彼女を貶めるようなことをしただろう。全て彼女から聞いている。彼女がどれだけ傷ついた事か。我が国ではそれを許さぬ。それが破棄に至った一番の理由だ」

――不遜な噂?それはあれか、殿下と彼女が共にいるのを心配して報告に来てくれた学友たちに気にしないでくれと感謝を伝えた事か?どう伝聞解釈されたのか知らないが。言いがかりであっても彼と彼女に味方するものがいたとしても、私に事実を確認することもなく、自分の立場を理解した上でいてこの一方的な物言い。目の前の愚かな男にはほとほと呆れさせられる。

 彼女を貶めるのが原因なら直接苦言を呈する。それにまずもって第一、国母を志す者なら、そして彼を愛していないのなら尚更、彼女に嫌がらせをする必要などないのに。何を言っているのか。二度目はため息を殺した。


「この事は、陛下はご存じでいらっしゃいますか?」

「観念して言い訳もしないか。まだだ、これからお知らせする」

「……左様でございますか。では私の方からもこの後直接『突然の破棄について』ご報告に参りますわ」

理解できているのかいないのか。睨みつけてくる。こうも頭が悪いと気の毒になる。

「そちらから、まだ何か私にございまして?」

これ以上問い詰められる様子はない。睨みつけてくるだけなら時間の無駄だ――



 令嬢は美しく礼をすると、この場に向かって上品の範囲で大きく声を張る。

「皆様、折角の場を乱してしまい誠に申し訳ありませんでした。この後もどうぞお楽しみになられて下さいませ」

私はこれにて失礼致します、とすっと下がる。

 扉を出てもう一度礼をする前に会場を見たが、エマを見る人の目はいつもと同じで同情的だった。王子は場を壊した詫びもせず彼女と見つめ合っている。彼はこの後場に謝罪するという行為が出来るだろうか。責務にも限度がある。こんな間抜けで無礼な王子であるなら結婚して公務を支えるなど、地獄以外の何物でもない。と苦々しい気持ちで馬車に乗り込む。


 今日中に王に会わねば、と王宮へ急ぐ車中でも心配だったのはあの王子が最後にでも会場に詫びたかどうか、それだけだった。三度目のため息は現実になり盛大に道中の空気を重たくさせた。

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