出立
翌日。
世界が朝焼けを迎えた頃、フレデリック率いる勇者一行は教会の正門の前へと集っていた。
彼らの服装は普段と違い、早い時間にも関わらず見送りへとやってきた数多く信者達のような全員に支給される制服ではなく、それぞれ教祖から賜った魔道具や装備に身を包み、勇者とその一行と称されるに相応しい格好をしていた。
「………よし、俺の荷物は大丈夫だな。エリー、ジャック、ルーク、そっちは大丈夫か?」
「こっちも大丈夫よ、フレッド。何時でも出立できるわ」
「オレも大丈夫だぜ!」
「問題ない」
自分のポーチ―――――普通の皮製のウエストポーチに見えるが、拡張魔法がかかっている―――――の中の所持品を確認し、フレデリックは振り返って仲間達に準備の進み具合を訊ねる。 仲間達はもう万端だったようで、それぞれらしい返事が返ってきた。その返答にフレデリックは笑みを浮かべた。そこへ、キャラバンがやってくる。教祖が勇者一行の移動手段として用意したものだった。
「勇者様、キャラバンの用意が出来ました! いつでも出立できますよ」
「あぁ、ありがとう」
御者をしていた信者に礼を言い、フレデリックはキャラバンを引いてきた馬二頭に触れる。良く世話をされていたのだろう、二頭とも手袋越しにでも毛並みの良さが分かる手触りをしていた。
「お前たち、これからよろしくな」
人懐っこい性格なのか、顔を擦り寄せてくる二頭にそうフレデリックは語りかけた。
「おーいフレッド、オレにも挨拶させてくれ。つか御者すんのオレなんだから、オレより先に挨拶すんなよなぁ」
「あ、すまん。今代わる」
一足先にキャラバンに荷物を積み終えたジェイコブがフレデリックに声をかける。冗談めいた調子で先に馬に挨拶をしてしまったフレデリックに文句をつけ、背中を軽く叩く。
ジェイコブは今回の旅路では弓士の役目以外にも、勇者一行の足となる御者の役目も与えられている。彼は生来の表裏の無い性格故か、それとも彼自身の得意な魔法系統が『地』である為か、動物との親和性が高い為に、この役目を言い渡されたのだった。
「これからよろしくなぁ、二人とも。お前がマイクでお前がドミだったよな。オレ、ジェイコブって言うんだ。お前たちの力を貸してくれ」
二匹の首に腕を回し、額を寄せるジェイコブを横目に見て、フレデリックはキャラバンの後ろに回る。
「エリー、ルーク、手伝うぞ」
「あぁ、お願い」
後ろで積み荷を積んでいたルーカスとエリオンタリスに声をかけ、エリオンタリスが持っていた荷物を受け取ると、キャラバンに乗っているルーカスに渡す。それを何度か繰り返し、完全に積み荷を積み終わった所で、誰かが走っている音がフレデリックの耳に聞こえた。
「フレッド!!」
聞き覚えのある声に呼ばれてフレデリックが振り返ると、此方に向かってエドガーが走ってきていた。
「エド! どうしたんだ? 何かあったか?」
「へへ、やっぱりこれ、渡しとこうと思ってな」
日頃の訓練の成果か、息も切らさずに走ってきたエドガーは、笑いながらフレデリックに向かって何かを握っている手を突き出し、握っていた物を差し出した。
「これ、やるよ」
チャリ、という音を立てて揺れる銀の鎖の先には、剣の形を模したペンダントトップが下がっていた。
「………いいのか、これ」
「おう、お守り代わりに持っとけ」
差し出されたそれをそっと受け取り、鍔の真ん中に嵌め込まれた炎のように赤い石を陽光に透かす。透明度の高い、御守りとしては確かに最適なものだと直ぐに分かった。
「……ありがとう、もらっておく」
「おうよ」
直ぐ様それを首に掛け、服の中に入れる。それを笑いながら見ていたエドガーから、手が差し出された。
「………気を付けて行ってこいよ、フレッド。無事に帰ってこなかったら許さねぇからな」
「心配されなくとも分かっている。任せろ」
フレデリックがその手を握り、二人の手が離れた所で、エリオンタリスが声をかけてきた。
「そろそろ行くわよ、フレッド」
「あぁ、分かった。それじゃあな、エド」
「おう。帰ってきたら土産話、聞かせろよ!」
そう言ったエドガーに頷きを返し、エリオンタリスに付いてキャラバンの前に向かう。集まっていた仲間達の前に立ち、仲間達に向かって言葉を発する。
「これより我等は侵入者捕縛の任に向かう!! 必ずや使命を果たし、此処に戻るぞ!! 総ては世界の平和の為に!!!」
『総ては世界の平和の為に!!!』
教団の合言葉を仲間達が復唱して叫ぶと、ワァァァ、と轟くような歓声が周りの信者達から上がる。その歓声を背に一行はキャラバンに乗り込み、ジェイコブは手綱を取った。
「それじゃあ、出発しんこーう!! 行くよドミ、マイク!!」
ジェイコブの声に応えてか、二頭の馬の嘶きが返ってくる。それを聞いてジェイコブが手綱を振るうと、二頭はキャラバンを引いて進み出した。順調に真っ直ぐ進み出したそれを送り出すように、門の格子が上がる。
「いってらっしゃい、勇者様!」
「必ず帰ってくるんだぞーっ!!」
後ろから聞こえてくる信者達の声にキャラバンの中から、勇者一行は手を振り返す。彼等は、認識阻害魔法に阻まれて教団本部が見えなくなるまで、手を振り続けた。
門を越え、次第に見えなくなっていくキャラバンの後ろ姿を見送っていたエドガーは、キャラバンが完全に去り、他の信者が日常に戻っていく最中も、ずっと門の先を見つめていた。
「おーいエド、いつまで見てんだよ。フレッドが居なくなって寂しいのは分かるけどよ、そろそろ戻ろうぜ」
「……あー、そうだな」
動かない彼を不審に思ったフレッドと共通の友人の一人に声をかけられ、漸く彼は動き出す。一、二歩進んだ所で、もう一度彼は振り返った。
「……………本当に無事に、戻ってこいよ」
閉まりゆく門の先に消えた親友に向かって、もう届かないと分かっていながら、彼はそう呟いた。
彼が前に向き直って進む背後で、ガシャン、と門が閉じた。