クロとカナデ
朝食を済ませると、僕とカナデはジールの家に向かった。
僕はあの時ジールに背中を押してもらった事を本当に感謝している。
ジールの家に着き、いつものようにカナデが叫んだ。
「ジール!」
何度か叫んでも出てこないので、カナデが家に乗り込もうとしたその矢先にジールは出てきた。
『うるせぇなぁ!って、思ったらお前らか
何だよ、いつも通りのカナデに戻ってるじゃねぇか
村長の家にいる時とは別人だな!
……クロに、泣かされたか?』
「――うん。泣かされたよ」
僕は二人の後ろで、庭のベンチに座って二人を見ていた
『そっか。チェッ! クロはひでぇ奴だな!
カナデ! 俺にしとけよ! 俺なら泣かさねぇよ?』
(その代わり、泣かしてもやれねぇけどな)
「ベェーッ♪」
――カナデは舌を少し出して、目尻を指で少し下げてみせた
「チェッ! おいクロ!」
「――ん?」
ジールはそのまま、クロの傍まで来て腕をクロの首に絡ませた
そして、耳元で小さな声でつぶやく
「頑張ったな、クロ。そして、よくやった!」
「ありがとう、ジールのおかげだよ」
クロも小さな声で返した
「ちょっとぉ! 二人で何内緒話してんのよぉ!」
『はぁ、カナデー! 俺にヤキモチやいてんじゃねぇよ!
お前! この間なんかなぁ、商家の所のミヤが、クロに好――』
「わぁ! ちょっと何言ってんのさ! ジール!」
「――は? 何よ! それいつの話よ! 聞いてないわよ私!!」
**********
出発まで一時間を切った頃、カナデは家で出発前の準備をしていた。
ラルフは家の外に居たクロを見つけると家を出てきた
「クロ君、昨日はカナデをありがとう」
「――いや、僕は何も出来なかったです」
「昨日、カナデが帰って来てから少し話たんだ
あの娘を泣かしてやってくれたんだろ?
カナデはねぇ、あんな事があっても自分の気持ちを押し殺して
しまう。そんな所も、あの娘の母親そっくりだよ……」
ラルフは寂しそうに話す。
「――それはそうと、クロ君!」
「はい?」
「うちの可愛いカナデに、求婚したらしいねぇ……」
「――あっ!」
ラルフは笑っているはずなのに、眼鏡の奥の瞳が全然笑っていない
「あ、あの、まだ先の話で……」
しどろもどろのクロを見て(フフッ)とラルフは笑う
「いや、その約束が今のあの娘の支えになっているのは 間違いない
私にはその支えを作ってやる事が出来ない。残念だがね……
ありがとう、クロ君。
……しかしね! 叔父さん! まだ結婚は早いと思うんだよ!」
――ラルフの様子を見ていると、昨日カナデとキスをした。
なんてバレたらと思うと、思わずゾッとしてクロは寒気がした。
――出発時間の少し前、王都の役人キシルが村長宅でカナデを待っていた。そこには立派な馬車が手配されていて、村の子供達が珍しそうに集まってきている。すると、カナデはダイス村の祭事に着るきらびやかな民族衣装を身にまとい現れた。美しいカナデを見て観衆は拍手や祝福のセリフを口ずさむ。
――僕とジールは少し離れた場所で、村の<送りの式典>を眺めていた。カナデの衣装は式典の正装として、村長から渡されたものらしい。
僕とジールは村の祝賀ムードに苛立ちを覚えていた。
『チェッ! 何だよアイツラ!』
「うん!」
式典も終わり、出発時刻が押し迫った頃キシルがカナデに確認をとった
「カナデ様、そろそろ出発と致しますが何かご挨拶されますか?」
「そうですね――では、お言葉に甘えて
村の皆様、この度は私の為にこのような<送りの式典>を設けて頂きましてありがとうございます。非常に光栄です。また………… 」
(ん? 誰だ? あそこの礼儀正しい人……)
『何か、カナデ機嫌悪くねぇか?』
「――うん。僕もそう思った! あれかな? 行きたくないのに『めでたい』って言われて腹が立った……とか」
僕とジールだけが分かる違和感が、そこにはあった。
「 ――本日は有難う御座います。」
観衆からはカナデの堂々としたスピーチに、改めて拍手があがる。カナデは拍手が治まるのを待って、さらに続けた
「ただ……、先日の私の誕生日が[創造主の印]の発現と重なりまして懇意にしている方がお祝いを頂戴して下さる事をすっかりと忘れておりました。このまま王都へ向かいますと暫らくは村の方に帰ってくる事が出来ませんので、せめてその方のお祝いを持って王都へと向かわせて頂こうと思います。」
「なるほど!確かに急の出発故に、ゆっくりとお話する事も
ままならない状況でしたでしょう」
キシルが同意する。
――僕はイヤな予感がした
「その方は今こちらに?」
キシルが尋ねると、猫をかぶったカナデが上品に頷き
「クロ様、居られますか」
――やっぱり……絶対、何かある。そして、カナデは機嫌が悪い
ジールは笑いころげていた。
キシルに急かされて、クロはカナデの元へと案内される
「クロ様」
――ニッコリと笑うカナデ、こんな時が一番怖いんだよ。え? 何かした僕?
「は、はい!」
「あの時、おっしゃっていた、お祝いを頂戴してもよろしいですか?」
――今は何も用意してないでしょ! カナデー!
「いや、今は――」
クロがそう言いかけた時だった。村の過半を超える民衆、神官庁の役人、父ラルフ、母さん、ジールまで見守る中で、カナデはクロに口づけをした。
会場は「えーっ!」やら「キャー!」やら「オー!」の声が響き
お母さん方は子供達の目を手で隠す始末だった。
まだ、その騒ぎが収まらない中で、カナデは改めて民衆に向けて話し出す
「すいません!
皆様、お騒がせ致しました。
結婚の約束をしているクロと離れ離れになるのが耐え切れずに
ついこんな真似を……。ですが、おかげ様で
私の未来の旦那さんから素敵なお祝いを頂きました。
これで、思い残す事なく旅立てます。
願わくば想い人に早々に王都まで迎えに来て頂きたいと切に願います」
村の民衆からは、カナデへの感嘆の声や、その立ち振る舞いに羨望の眼差しが注がれた
カナデには敵わないな、とクロは痛感した。
「オホン!……で、では出発致します!」
――カナデは、馬車に乗る前に僕を最後に僕をみると、いつものように(フフッ)と笑って馬車に乗り込んだ。
村人も再度、拍手と歓声をあげてカナデを乗せた馬車を送りだす
**********
馬車が出発したと同時にクロは、早々にその場を離れ、王都へ向かう馬車が見渡せる丘に移動していた。そこへ、ジールが笑いながらやって来る。
『よ! 未来の旦那さん!』
「ジール!! 怒るよ!」
『いやぁ……。悪い! 悪い! あれは完全に――』
「――そう! ジールのせいだからね!」
――カナデの機嫌が悪かったのは、村人の”薄い”祝福の言葉ではなく、間違いなく、ジールがカナデに話した商家の娘ミヤの件だ。
「……じゃなかったら、カナデあんな事、絶対言わないし!」
『バッカだなぁ! 絶対それだけじゃねぇよ! 見てみろよ!』
そう言われてクロは言われた先を見てみると、先程の村の式典の会場で商家の娘ミヤが、村で仲の良い女の友達に囲まれていた。泣いているのか、慰められているように見える。
『ミヤはクロに分かりやすく気が合ったからなぁ。
その事を前からカナデは気にしてたし、極めつけは今日の俺の一言だろ?
今回、あんな風に皆の前で宣言したのはミヤに釘をさしたんだよ!
留守中に<私の男に手を出すな!>ってな……
まぁ、後はお前の浮気防止? クロはモテる男だねぇ!』
「ジール!!」
『しかし、いやぁ……。前々から知ってたけど
やっぱりカナデはおっかねぇわ!』
「そうだね。カナデには勝てっこないね」
クロもジールも、寂しさを噛みしめながら、小さくなって行く馬車をいつまでも眺めている。
『――おっと、もう一人おっかねぇのが来た!
巻き込まれたくねぇし、俺は帰るわ! クロ頑張れよ!』
ジールが足早に去った先には
ラルフ叔父さんが見た事もない笑顔で僕を手招きしていた
――カナデ! 何してくれたんだよ!
僕は溜息をつきながら、ラルフ叔父さんの元へと向かった
**********
場所の車窓から、小さくなったダイス村を眺めるカナデ
翡翠のネックレスを握りしめながら
カナデは、小さな声でつぶやく
「クロ。待ってるね――」
第一章 終




