翡翠のネックレス
クロの思いがけない告白を受けて、思いっきり泣いて少しすっきりしたカナデはへたり込んだクロの傍に小さな袋包みが落ちているのを見つける。
「ねぇ? クロ、それ何? 何か落ちてるよ?」
クロは辺りを見渡すと、小さな袋包みを見つけ
「あ! これ<お守り>だ。母さんにカナデに渡してって渡されたんだ」
「――もうっ! 私が見つけなきゃ失くしちゃう所じゃないの!」
クロはバツが悪そうに袋包みを拾いカナデに手渡した。
「キリ叔母さんからの<お守り>なら、王都へ持って行かなきゃね!」
そう言いながら、袋を開けると手紙と封筒が入っている。
(手紙……?)
-------------------------
カナデちゃん
クロには<お守り>と言って渡しましたが無事に届きましたか?
あの子、落としたりしてないかしら
(フフッ……さすが、キリ叔母さん!)
封筒の中の物は私と主人が結婚する証として頂いたもので
いつかクロに大事な人が出来たら渡そうと思って
大事に取っておいたものです。
私の、クロと貴方を見る目が間違っていなければ
これはいずれ貴方に渡るべきものだと、勝手に思っているので
クロには言わずに前倒しで渡しておきます。
王都で辛い事があったらこれを見て私達の事を思い出して下さい。
ラルフさんの事は私とクロに任せておいて!
どうしても、イヤだったら王都から逃げて来ちゃいなさい!
色々あった一日だっただろうけど
17歳のお誕生日おめでとう
生まれてきてくれて
貴方がクロの傍にいてくれて
本当にありがとう
私のもう一人の子供 最愛の娘 カナデへ
-------------------------
読み終えてから、初めてカナデは自分が涙を流している事に気付いた。
文面から伝わるキリから自分へ向けられる愛情
(こんな素敵な女性にいつか自分もなりたい)とカナデは強く思った。
「え! どうしたのカナデ! 何が書いてあったの?」
「う、ううん! 何でもないよ」
カナデは涙を拭い袋包みに手紙と一緒に入っていた封筒を開ける。そこには翡翠のネックレスが二つ入っていた。それぞれ、深い緑色をした雫型の翡翠の石に革紐が付けられている対のネックレスだった。
「――キレイ」
カナデはその二つのネックレスを暫く眺めてから何かを決意したように、一つを自分の首にかけて、そして、もう一つをクロの首にかけた。
「クロ、これは絶対に失くさないで……約束だよ!
私もクロが迎えに来てくれるまで、ずっと大事に持ってるから……」
「うん……。迎えに行く時まで失くさないようにするよ!」
カナデの真剣な表情から、クロもこの翡翠のネックレスが、二人にとって特別な意味を持つ物なんだと自覚する。
「さぁっ! クロ! 帰ろうか。
あんまり遅くなると、父さん達も心配しちゃう……」
クロは帰りたくなかった。明日にはカナデは王都に行ってしまう。だが、クロには現状どうする事も出来ない事も分かっていた。
「……うん」
二人はこの日の約束を忘れないように誓う……
この先に何があっても同じ未来を見据えて行こうと思った。
――帰り道、ハッ!としてカナデがクロを見る。
「あ、あのね……
それを着けて家に帰るとキリ叔母さんが
ニヤニヤするかも知れないけど、あんまり気にしちゃダメだよ!」
「ん? 何で母さんがニヤニヤするんだよ?
それと、さっきの母さんの手紙に何が書いてあったの?」
「いいからっ! それと、手紙の内容もキリ叔母さんに聞いちゃダメよ!」
「わっ!分かったよ!!」
カナデはクロが帰ってからのキリ叔母さんの笑っている顔が思い浮かんで
また(フフッ)と笑った。
**********
――あの後、僕はカナデを家まで送っていって自宅に帰ると、心配していたのか母さんは珍しくまだ起きて待っていた。僕が帰るなり首元の翡翠のネックレスを見つけると、カナデが言うようにニヤニヤと笑っていた。
でもさすがに、今日は色んな事が起きすぎて、話を聞きたそうな母さんの事をないがしろにしたまま、僕は泥のように眠った。
…………
……「クロ!」
「クロ! ってば!」
目を覚ますと、カナデが目の前にいた。
「お……おはよう。カナデ? えっ? 何で?」
寝ぼけた頭で考えていると、背中を(バシッ!)と叩かれて
「ホラ!顔洗っといで!キリ母さんが朝ごはん作ってくれてるよ!」
「えっ!?
カナデ、キリ母さんって――」
「うるさいわね!
それは、どうでもいいでしょ! ホラッ! さっさと起きる。起きる。」
――早朝、キリが朝食の支度をしていると、家の窓から顔を出すカナデの姿があった。キリは笑いながらドアの錠を開けてカナデを迎え入れる。そして、カナデにも首から翡翠のネックレスがぶら下がっている様子を見てニヤニヤしていた
「おはよう。カナデちゃん!」
「あっ、お、おはようございます!」
カナデはキリの様子を見て、何か感じとったのか少し身構えている。そして、その予感は的中するのだった。
「――いや、将来の息子のお嫁さんに『ちゃん』はおかしいわね!
おはよう。カ・ナ・デ!」
――ダメだ。こうなったキリ叔母さんは手が付けられない。普段はおとなしい人なのに、たまの悪ノリが本当にたちが悪い。
「あの! クロは?」
「あぁ、あの子も疲れてたのね。珍しく遅いわねぇ
お姫さまのキスで王子様を起こしてきてくれる? カ・ナ・デ!」
カナデは、昨日の夜の出来事と相まって、恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら
キリに言い返す
「もう! キリ叔母さん! からかうの止めてよ!」
「――まぁ! 何を言ってるのかしらこの子は! キリ叔母さんじゃないわ! キリ母さん! でしょ!」
カナデは色々な事をあきらめて、脱力感にうちひしがれながら
溜息を一つついた後、呼びなおした。
「……はぃ。キリ 母さん」
すると、キリはカナデをそっと引き寄せて、優しく抱きしめると
「カナデ、そのネックレス似合ってる
いつか、こんな風に皆で楽しく過ごせる時間がきっと来るわ。頑張りなさい」
先程までの、からかう感じのキリではなく、ただひたすらに優しいキリの言葉にクロの母親だということを痛感したカナデは思う。
――この人はホントにズルい。
カナデは胸にこみあげるものを我慢するが目は潤んでしまっている
「……うん! 頑張るねキリ母さん。
私、昨日からキリ母さんに泣かされ過ぎだわ……
クロを起こしてくるね!」
キリは、クロを起こしに向かうカナデの背中を寂しそうに見つめていた。




