クロしか出来ない事
あれだけ騒がしかった日中とは打って変わりカナデの家は静まり返っている。
――カナデの家に行くのに、こんなにモヤモヤするのはいつ以来だろ?
あぁ……子供の時にカナデが気に入ってたぬいぐるみを、僕がふざけて壊しちゃって、泣いて帰ったカナデに謝りに行った時以来か……
――カナデの家に着いたがクロだが、ドアをノックする手が震えていた。
クロがようやく覚悟を決めたその時、突然ドアから錠が開く音がすると、急にドアが開く。そこには、カナデが腰に手を当てながら立っていた。
「えっ……! カナ――」
『 遅いっ!!! 』
カナデはクロの言葉をさえぎり、ラルフの方に振り返り、少し小さな声で話した
「父さん……私ちょっとクロと出てくるね」
カナデ越しに室内を見ると、ラルフが憔悴しきった表情で座っていた
「気を付けてな……」
――カナデはクロの手を取ると、ドアを閉め足早に川沿いの道を歩く。クロは
グイグイと引っ張られながら、カナデが立ち止まったのは二人で小さい頃に遊んだ川べりだった。
「来るのが遅いわよ……」
「……ゴメンね」
「クロは余裕だなぁ」
少しトゲのある言い方で、ボソリとカナデがつぶやいた。その声は、今までカナデから聞いた事もない声色をしていた。
「……違うか。
そりゃ、クロにしたら、ただの近所の口うるさいお姉ちゃんが
王都に行っちゃうだけの話だもんね!
もうこれで一生会えないって訳でもないし!
それよりさ!<神官>ってのになったらさ毎月銀貨が貰えるんだって!
<追込み狩り>しても、内職しても、精々銅貨数枚なのに……
銀貨だってさ! 笑っちゃうよね。
これで、父さんも生活が楽になるだろうし!
何より……何より――」
早口でまくしたてながら話すカナデの目には
涙が溜まっている。
(僕のすべき事――)
――カナデは人前で泣いたりしない
例えそれがどんなに苦しい事だったとしても……
父さんの前でも心配をかけさせまいと、きっと泣いてない
いつだって、カナデが泣くのは僕の前だけだった
カナデを泣かせてあげる事が出来るのは、ジールの言う通り
僕しか出来ない
クロはカナデを抱き寄せて、小さい子にするように頭をさする
その途端、堰を切ったようにカナデは泣いた
クロの胸で声をあげて、ただひたすらに泣きじゃくった
「何でよ!
何で私なの?
私、別に王都になんて行きたくない!
ここに居たいの!
クロや皆のそばに居たいだけなの……」
次々にカナデの口から、言えなかった言葉達があふれ出てくる
カナデは今日一日で一体どれだけの我慢をしたんだろう
クロはそう考えるだけで抱きしめる腕に自然と力が入った
……暫らくして、カナデは少し落ち着いたのかクロの胸から顔を上げて
何かを決心したように、クロを見つめる
「クロ!私ね!!――」
『カナデ! 聞いて欲しい事があるんだ!』
カナデの言葉をさえぎるようにクロは話はじめた
今日一日の自分の事を
カナデの言う<余裕>なんて少しもなかったみっともない姿を
そして、カナデという一人の女の子の存在の事を
「私の事?」
「うん」
「この間、カナデに僕等の親同士が結婚したらいいな!
って話をしたでしょ?」
「……うん」
たった数日前のあの満たされた感情がカナデの中で
遠い過去の事のように思える
「あの話を一度忘れて欲しいんだ。
今回の事で良く分かったんだよ
僕はカナデとそんな形で、家族になりたくはなくなったんだ」
――家族になりたくはなくなった――
カナデのギリギリの精神状態の中で、この言葉だけがこだまする
「何で!
何で……そんな事言うのよ!クロ……」
カナデはまた、目に大きな涙を溜める
その様子を見てクロは自分の口下手が心底嫌になり
これ以上カナデを泣かせまいと、慌てて大声で叫ぶ
「好きなんだ!」
「カナデが大好きなんだ!
ずっと一緒にいたいんだ!
いつか、お嫁さんになってほしいと思ってる!
それから……それから……
カナデと結婚して家族になりたいんだ!」
勢いに任せた、あまりにも恰好よくない告白だが
今のクロにはこれが精一杯だった。
「――えっ!」
カナデはクロから告白されるなど予想外だった
王都に出発するのが明日と決まってからカナデは、王都に行く前にせめて自分の想い位はクロに伝えようと考えていた。それが、逆にクロの想いを伝えられる事になるとは
(ホント……間が悪いんだから
もっと、早く言ってくれてたら……
――いや、そう考えるのは止めよう
良くも悪くも、こうなったからこそ、クロは真剣に私の事を考えてくれたんだ)
クロは自分の想いを伝えたまではいいが、次に繋げる言葉が見つけられずにいた
「――クロ」
急にカナデに名前を呼ばれて、クロは変な声で返事をする
「ぅん!」
「ありがとう。嬉しいよ。……でも、ホント遅いよ! バカクロ……。」
そう言うとカナデは(フフッ)と笑いながらクロの唇に口づけをした
びっくりしたクロの様子を見て、また(フフッ)と笑って
もう一度、ゆっくりと唇を合わせた
クロは突然の事に、腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまう。
その様子を楽しそうに見ながら、カナデは追い打ちをかけた。
へたり込んでいるクロの周りを
カナデは楽しそうにクルクルと回りながら質問する
「へぇー。
クロは私の事が大好きなんだ……
お嫁に貰ってくれるんでしょ?
いつかなぁ?
いつ貰ってくれるのかなぁ?」
「も少し……大人になったら……」
クロがつぶやくと、カナデは足を止めて真剣な顔でクロを見つめる
「私、ホントに待ってるからね……」
カナデは、小さな声でつぶやいた




