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ハッピーニュー

「成程ねぇ。入社して三年目・・・か」


「ジロジロ見んなよ。剃るの苦手だし、すぐ伸びる体質なんだよ、オレの髭は」



 神の摂理を超える者。


 ジンという少年が言った、大口を叩いたかの様な自己紹介から一週間が経った。良い年の越し方なんて考えた事は無いが、少なくとも二道にとっては、今までの人生で最悪な年越しだったと思っている。


 現在の滞在地はネットカフェ。マスクやらサングラスやら帽子やらで顔を隠し、パソコンを前にして書類を漁るその有様は、一時の宿泊と言うよりは潜伏と言った方がしっくりくる。


「それで、これで有力な証拠が掴めるのか? あんた所謂平社員なんだろ、身の程を考えればこれは」


「一度死んだんだろ、だったら怖いモノなんざ限られてる。それにこの感覚が本当だったら、尚更ケリを着けなくちゃやべー気がする」



 あれは衝動で起きた感覚じゃ絶対無い。


 そうだ、あの時オレは確かに――――




 誰かに、突き落とされたんだ。




降界師 あるいは現代のアスクレピオス

第2話

『ハッピーニュー』




「・・・分かった。確かに彼はこの一件、他殺と考えているのだな?」


『案の定というか、一般のPCやメディア記事じゃあガチの証拠は掴めないです。報道も自殺の解釈に寄ってますし』


「歩道橋から・・・か。柵の高さからして力づくでも無ければ越えられない、その様子を見た人の証言も聞いた限りじゃ入ってこない。難しいな、この時点での判断は。・・・・それで、私からの支援は?」


『野花二道の勤務していた会社。聖郷製薬って社名だそうです。彼が言うには営業の仕事に就いてたんだとか』


*


 素性がバレないように・・・とはいえ、外でも同じ出で立ちで歩くのは、


「さすがに引かれるんじゃあねーの? 運が悪けりゃ職務質問だぜ」


「捕まって身体を弄られるのは嫌だろう? 自覚してないかもしれないけど、あんたは今でも狙われてるんだ、一度蘇ってる人間だからね」


 それだけ聞けば何となくは察せた。認めたくはないが、自分は所謂ゾンビみたいな者だ、身体の構造が変わっているかもしれない。人体について研究している者達には格好の実験台だ、死んでいると報道もされているからいなかった者として葬る事も出来る。


 と、悲観的な考察はここで打ち止める事にした。今気になるのは―――


「さっき電話してたのはどういう奴なんだ? 同業者? だとしたら秘密結社とかそういう・・・訳ないか」


「察しが良いね、ご名答。ただ、正確には僕の支援者だよ、イワンって名前で呼んでる」


 もはや溜息しか出ない。ありきたりな創作物の設定を語られているかの様だ。


「で、その支援者様がどういう手助けをして下さるんだ? ここまでの厨設定だ、オレを突き落とした犯人ぐらい、その、なんだ」


「残念ながら僕らは千里眼やら念力やら、エスパーの類じゃないよ。降界師は飽くまで生命専門の存在だ、一般的な人智は超えてるかもしれないけど万能の存在じゃない」


「はあ・・・じゃあ張り込み聞き込みするしかないってのか、地道に」


「その手間を省く為にイワンに連絡したんだ、少しは拝見してみてくれよ?」


 それは何て不敵というか、自信に満ちた微笑なのだろう。不安があるのは確かだが、しかし元一般人、現在は死人扱いでマークもされている身である現状では、その胡散臭い少年の微笑を信じるしかなかった。


*


「撤去されてる・・・!?」


「黒幕さんの方が一枚上手だった、って所かな。ただまぁポジティブに考えれば、あんたは謀殺された可能性がこれでハッキリした・・・それだけでも収穫だよ」


 急遽建てられたであろう看板には、『接触事故の為』と理由が書かれている。明らかに嘘だ、オレは確かにあの歩道橋から落とされたんだ・・・・思い出すだけで気分が悪くなる。


「続けるかい、謎解きを。言っとくけど―――」


「言っただろーが、怖いモンはもう限られてるって」


 呆れたのか、何故か安堵したのか―――ジンの口元に微笑が浮かぶ。




『今歩道橋を撤去した業者から話を聞いた。彼らは聖郷製薬の依頼でそうしただけで、別に何かを巡らせて事を起こした訳ではない。・・・私の聞いた限りでは』


 イワンの連絡を受けた二道は咄嗟に身体が動いていた。向かう所はハッキリしている。


「正気の行動かい? 正面から乗り込んでも門前払い、悪くて御用だよ」


「じゃあどーすりゃ良いってんだ、勤めてたんだから場所は知ってる。オレはバカだからこれ位しか思いつかねーんだよ!」


 確かにバカだ、彼は止めても聞きそうにない目をしている。だがそれにジンはどこか安堵していた、そのバカが言えるのが生きているという事であり、蘇った人間にもそれがあるのだと。


「・・・分かったよ。行こう、聖郷製薬に。ただ、鼻を明かす戦略位は必要でしょ?」


*


「本当に大丈夫なんですかね、縁さん? 我々は確かに管轄下にありますが飽くまで製薬会社です、ましてや戦闘技術など・・・」


「だから我々が来てやってるんだろう、来ない可能性もあるのだから一々ビビるなっ!」


縁下ノ助にとって、この機会は好機と見るか、屈辱と見るか―――彼が率いる部隊の警備対象・聖郷製薬東京支社に、「超神」を名乗る人物から爆破予告の電子メールが届いたのだ。


(十中八九あの死にぞこないと坊主だろうが、こんな幼稚な挑発を行うとは・・・名指しで任命された俺の恥が想像できないのか⁉)


「縁班長、正面から車が一台、こちらに向かって来ます!」


*


「こんなんで囮になるのか⁉」


「いちいち大声出さないっ! 人の行動に干渉するぐらい降界師なら朝飯前さ」


「だからどういう理屈だよ・・・!」


 ここに乗り込む事を考えたのは確かに二道自身の言い出しっぺだ、この判断は後悔していない。しかしこの少年の訳の分からない力を目にするたび、何か知ってはいけない領域に踏み込んでいる、不可解な恐怖にも似た感覚が渦巻いてくる。


「とりあえず走る走る! 社長に会うんだろ? 時間稼ぎも余裕がある訳じゃないんだから」


*


「自らの血液を飲ませての肉体干渉か・・・! 報告通りの汚らわしい術だっ」


 社の正門に全速力で突っ込んで来た、一台の車。ドライバーは大怪我こそ無いが泡を吹いて気絶しており、視線の定まらない目や異様に消耗したかの様な表情から、何かしらの『処置』を施されたのは明らかだった。


「彼、ウチの社員ですよ・・・この前死んだ野花の同僚だったんですけど」


「同僚? なら大方連絡のち、呼び寄せて処置を行った、という所か・・・ん?」



「お前達っ! ここの警備は良い、社に入って奴らを探せ!」


「えっ!? しかし縁班長・・・」


「見れば分かるだろう、囮だっ! ・・・何故こんなベタなやり方に感づけなかった!?」


*


「そろそろここいらでエレベータは止めとこうか。外が見渡せる構造で良かったよ」


「って事は・・・」



 エレベータを止め、逃げるかの様に二人は廊下へ飛び出す。そして直後に、背後で爆発が起こった。


「ロケットランチャー!? オレら如きに頭おかしーんじゃねぇの!?」


「逆だよ。それだけ僕等をどうにかしたいのさ」


 爆発騒ぎを起こす程に、オレの存在は狙われているのか。だとしたら、尚更引き返せない、引き返したくない。


「・・・後3階ぐらい昇れば社長室だ、バテてる場合じゃねえ」


*


「で、今こうしてその社長室を物色してる訳だけれども・・・典型的な雲隠れだね」


「ああ、まあ分かっちゃいたんだが・・・しっかし」


 出入口は何故か手錠も電子ロックも外されており拍子抜けする程あっさりと入れた。平社員である二道にとってはお目にかかる最初の機会だが、高価そうな芸術品が無造作に置いてあるだけで、


「社長つうよりエセ富豪って感じの部屋だな、知らなくても良かったぜ」


「その逆の知りたい情報は・・何だかおかしな会社だねえ。お薬造ってるんでしょ? こういうのの方が儲かるのかなあ・・・」


「は? 何言ってんだよ」


「そんな顔しない。怖いよ?」


 一瞬、処理に困る記憶が浮かび上がる。危険を避ける為に忘れるべきなのか、正義感、という感情の為に思い出すべきなのか。


 血の気が引くのが分かる。怯えと怒りの感情が顔に出る。ジンに指摘された通りの表情なのだろう。


「話せる? この時の為にここに来たんだよ?」




「確かにあんたが見た通りの事だね。生産してる一部の薬品には一般じゃ聞かない名前の薬が・・・人体構造を作り替えたり、強烈に感覚を刺激したり。まぁ要するに非合法薬品な訳だ。で、あんたは偶然かつ不幸にもこの名前がある書類を目にしてしまった」


「よっぽど焦ってた職員だったんだろーな・・・オレも営業に出る直前だったからお互いなんだろーけど、正面衝突であれだけバラければ・・・なんで紛れちまったんだろーな」


「悔いるのはまだ早いよ。ってか書類を目にして、何で非合法薬だと判ったのさ」


「何って・・・都市伝説とか知らねえの?」



「あぁ何となく分かった。・・・怖いね、陰謀論って」



「そこまで判れば十分じゃないか、もう未練も無いだろう。大人しく投降しろ」



 後ろには窓。最上階とまででは無いが、十分な高所だ、飛び降りて無事な高さじゃない。


 前方には下ノ助率いる武装隊が揃って銃を構える。背後には隊の者ではない人物も見える。二道にとっては忘れも出来ない、


「オイ社長!! アンタがオレを殺したんだろ!!」


 何か怯えた顔で言いたげだが、そんな隙など与えるものか。


「自分は手ぇ下してないからとか、ガキみてえな言い訳はすんな! 要はオレが邪魔だったんだろ! そうだよなあ、あんなクスリ売りさばいてるのがバレたら怖えよなあ! オレの生命はこの社の利益以下ってか、ふざけ―――」


「ふざけているのはお前の方だろう野花! あの薬品の効果が正しく証明できれば、医療技術の向上に役立てるんだ! 造る立場でもない身分のお前が目にしていい事では無かったんだっ!」


 互いの価値観をぶつける二人の人間。下ノ助は軽い足踏みを始め、早く終わらせろと言いたげだ。一方のジンは呆れたような顔で口を開く。


「ちょっとツッコませてもらおうか。このクスリ全般、安全性ちゃんと確認したの? 人に投与するならちゃんと臨床試験通らなきゃ。普通だよね?」


「当然だろう!」


「じゃあ何でコソコソ隠してるの? 正直に言いなよ、明るみに出せないんでしょ、これ」



 社長は無言で土下座をした、


 下ノ助に。


「そういう訳だ、不法侵入者には口無しだな。本来ならばお前ら常識外の連中は駆除した方が世の安寧の為なんだろうが、生憎殺しはするなという指令だ、抵抗するならば瀕死位

にはなってもらおうか」


 一矢報いるつもりで来たのに、これじゃあまるで連中の都合、その生贄みたいじゃないか。二道にどうしようもない無力感と悔恨が渦巻く。


 逃げようと後ろに飛び降りれば即死、立ち向かえば正面から蜂の巣。今この状況を打開する秘策は、無い。


「と、思うじゃん? 僕バッドエンド大嫌いなんだよね。後ろ盾なんて無いと思ったでしょ? 甘いよ」


 何かが窓を突き破り直進し、爆発する。あれはミサイルだ。


「何だ!? 思わぬ助っ人登場ってか!?」


「思わぬ、って訳でも無いんだけどね。とりあえず後方にジャンプ! ほら早く!」


 無理矢理引っ張られる形で、窓の外に飛び出す。思わず悲鳴に似た情けない叫びが出るが、それは長くは続かなかった。


「この冷たい感触・・・地面じゃない!?」


「僕の相棒『ケイローン』さ。じゃあ、これから反撃開始の大立ち回りだから、しっかり摑まっててよ!!」


 外観は銀色の大型バイク・・・と言った所だろうか。もっともそれはあくまで外観で、本来走る為のホイールがどうやらホバリングの役割を果たしている。


「走るよっ、ケイ!!」


 ジンがハンドルを掴むと同時に、ケイローンは紅く輝く。それは乗り手という鍵によって、この機体自体に血が通ったかのようだ。


「うへえっ、何だコレぇぇぇぇぇッ!!?」


 ホイールは垂直に立ち、バイクらしい形に変わり―――壁を走り昇る。


「落ちた筈ではッ・・・!?」


「残念、帰って来たよ」


 放たれる機銃の一斉掃射も、それを捉える事は一発として出来ない。


「野花さん、気絶してないよね!?」


「何とか起きてるよ! 舌も噛んでねえ! で!? 今度は何だよ!?」


「一泡吹かせるチャンス! このまま突っ込むからその道中・・・分かるよね!」


 マジか。


 出来るのか、オレに。


 だがその一瞬というチャンスがあるならば、やらずにいるよりかは遥かにマシだ。


 決まった。お互いに頷き、それが合図だ。


「なっ、なんだこれは、ヒッ・・・」


*


「どっ、どうするつもりだ! 金か? 謝罪か!? どっちもするだけしてやるぞ! それで帳消しだろう!? 言っておくがあれで助かる命もあるんだ、その過程の犠牲なんてモノは仕方のない事だぞ!」


「ほーお。いかにもなやる側の言い訳だな。じゃあアンタが被験者になっても人々の為の犠牲になります、って胸張って誇れんのか?」


 場所は何処だか知らないが、とりあえずは高いビル。その屋上で尋問めいた追及が始まる。


「そっ・・・そもそも私は社長だ、造る人間でも無ければ投与する人間でも無い、あくまで売る側だ、こんな目に遭わせるなんてお門違いだぞっ」


「売ったんだよな。儲かるから。ロクにどういうクスリか調べもせずに」


「一応一押し、って事で言っておくと。あのクスリ全般、死に至る成分も多分に含まれてるそうじゃん。そんなデータも保存しときながら売ってたんだね」



「その顔だと言い逃れネタも尽きたか。じゃ」


「こっ、殺すのか!? 私を恨んで殺せばお前達も人殺しだぞ!? ただの一般人にそんな権利はっ」


「誰が殺すかよ、お前程度の奴。吐いて貰っただけだから十分だよ」


「そ。あんたにはサプライズもある訳だしさ。これから楽しくなるだろうね」


 ジンが懐から出した物に、そこにいる二人は驚愕の表情を見せる。


 一人は安堵を秘めた驚愕。


 もう一人は絶望を秘めた驚愕。


 やがて屋上を去ろうとするジンと二道に、涙交じりの必死の謝罪の言葉が何度も飛ぶ。


 だが彼の罪を知った二人に、振り返って手を差し伸べる道理など無かった。


*


『ジン、テレビは見たか? 直接手を下した訳では無いが、あの裁きは当然の流れだろう』


「実はあれから見てないんですよ。逮捕されて連行されてるとはいえ、顔も見るのも嫌なんだそうです。・・持ってて良かったですよ、ボイスレコーダー」


『あれを警察に流すのはヒヤヒヤしたがね、こっちも怪しまれそうだから。ところで野花君は?』




「やっぱ正気の沙汰じゃないなあ、本当に来るのかい?」


「・・・偉そうにモノを言う訳じゃ無えけどさ、お前みたいな奴がいる、って聞いて、見ちまったから、簡単に日常に戻れねえ、そんな気がしたんだ。・・頼む、また足引っ張って死んじまったら見捨てても構わねえ、お前のその・・・旅ってヤツを見届けさせてくてねぇか。死んで生き返ったなんて体験をした以上、お前の」


「はい、そこまで。確かに子供風情が世界を回ってると面倒な事が多いしね。色んな意味で、普通の人が居た方が都合が良い。ただ・・・覚悟して欲しい事もある。僕のこの力は文字通り生命を操る力。それを使うって事はあんたは生命が亡くなる・・・その瞬間ってのを数え切れない程見るだろう。あんたにそのキツさ、耐えられる?」


 うぐっ、と言いそうになった。でも不思議と、言い返す事に迷いは無かった。


「それが、こうなっちまったオレが・・・また命を貰っちまったオレが、やるべき事だと思う」




 少年と男を乗せた機体が、男が見慣れたその街を後にする。


 静かに、誰に望まれているかも分からない、大きいか小さいかも分からないいのちの旅が、幕を開けた。






to be continued・・・・

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