第六十二話 新魔術
俺を生贄にして殺した勇者の一人がキメラのおやつになり、この世をあっさり去ったのを見届けた。見届けた後、屋敷に転移しようとしたところを、キメラが蛇かトカゲの尾のようなもので、魔法陣の一部を破壊し邪魔してきやがった。
「蛇は嫌いなんだよ!」
――雷霆魔術《召雷》――
尻尾を使って防御しながらも、食事をやめないキメラ。最初は真っ黒の獅子のような生物だったのだが、今は全く違う。
蛇の胴体が尻から生えているような尻尾を持ち、鳥のような翼が生えている。さらに、猪の巨大な牙も生えていた。つまり、食べた生物の特徴を取り込んでいるのだった。ちなみに、コボルトによる変化は、毛深くなっただけのようである。
「アイツに喰われるのはイヤだな。ボムも気をつけろよ。丸々としているんだからな」
ボムはきっと、美味しそうに見えることだろう。それを証明するかのように、ボムに熱い視線を向けている。
「……吐き気がする。これなら、モフモフする女達の方が全然マシだ」
――雷霆魔術《雷神の一撃》――
雷霆魔術では最上位の威力の魔術で、雷で出来た大槌による一撃だ。雷霆魔術には珍しく打撃による効果もある魔術だ。魔術を防ぐようなバケモノには、物理攻撃の方が適していることだろう。
「グ……グォー!」
しかし蛇の胴体が焦げたくらいで、ほとんど影響もダメージもなかった。それどころか俺を見て、かなり怒っているようだった。怒りたいのは俺の方だが、大技の連発で魔力が底をつきそうだった。
このままでは魔力が足りず、怒ったキメラの攻撃に対処できない。そこで、【無限収納庫】より魔晶石を取り出し、魔晶石の魔力を幻想魔術で吸収していった。最近見つけた魔力回復方法だが、ここで役に立つとは……。
「俺が時間を稼ぐ。皆は転移結晶を使って、屋敷に行ってくれ」
自らフラグを立てることになるとは思わなかったが、キメラはカルラやソモルン達を狙って動いていた。理由は分かるが、そのためのフォローが面倒だと感じたのだ。
フォロー役にはプルーム様達もいるが、出来れば手を出さないで欲しい。もし、プルーム様の体の一部でも取り込まれれば、俺達に勝ち目がなくなるのは間違いなかったからだ。同じ理由から、ガルーダも却下。そしてこれが、キメラがソモルン達を狙う理由だ。御飯になりそうな子達は避難していて欲しいのである。
「俺はやるぞ。プルーム様がいるのだ。俺も戦闘に参加出来るぞ」
カルラやソモルンの護衛が不要だと思い、ボムも参戦を表明した。
「セル達には屋敷のモフリスト共を頼む。バイク式馬車に積んで街から離れてろ。この仕事のでき次第で、お仕置きはなしだ」
「合点承知よ」
どこで覚えてきたのだろうか。セルはやる気に満ち溢れ、他のメンバーに説明していた。ニールは最後まで残ると言っていたが、セルでも残れない場所に、幼いニールが残ることは無謀以外の何物でもなかった。
「では、しっかり始末してくるのじゃぞ? 我らは先に行っておる」
「「はい」」
師匠であるプルーム様の言いつけだ。実行することは、弟子として絶対に果たさなければならない使命である。
「ボム、最初から全開で行くぞ!」
「分かってる!」
そう言って、ボムは全身をヒヒイロカネで出来た鎧で覆った。さらに、ヒヒイロカネで造ったハルバードを持ち、火炎属性の属性纏を施したようだ。
俺は【無限収納庫】から、以前倒したファフニールが持っていた大地属性の【オーブ】を取り出した。俺の使っている幻想魔術は、昼間の狩りで第一段階を終えていた。
そこで既に持っている【オーブ】を、胸に出来た魔法陣に当ててみることにした。出し惜しみをしている余裕はない。初の試みだが、ビビっている時ではなかった。
「っ! 何だ……これは……!」
今までの吸収の比ではなかった。【オーブ】に込められた思念や魔力が体を駆け巡り、目を閉じると見たこともない生物の姿が脳裏に浮かび、俺を見て微笑んでいるようだった。
――幻想魔術《犀鎧》――
いつもは幻想魔術を使う際、詠唱もイメージもしなかったのだが、今はそうするべきだと自然に行動していた。そしてそれは正解だったようだ。幻想魔術による魔術の変化は、今までと比べものにならないくらい凄まじいものだった。
漆黒の硬い鎧のようなものが体を包んでいた。普段行っているような部分的な手足の強化などとは比べようもなく、存在感や魔力密度といった変化は雲泥の差だった。漆黒の鎧は魔法金属以上の強度がありそうだったが、重さをほとんど感じなかったことが一番衝撃的だったのだ。
次々とわく疑問を検証したかったが、今はゆっくりしている暇などない。ボムが時間を稼いでくれていたが、押され始めていたのだ。
――魔闘術《武流》――
この鎧での武流の威力は想像以上だった。片目を潰すことに成功した。もちろん、防御に使った蛇のような尻尾も切り裂いて。キメラも相当痛かったのだろう。ボムへの攻撃をやめ、悶絶していた。
「ボム、すまん。遅れた」
「なんだそれは! ズルいぞ。強くなりすぎだ。俺を置いていくなよ」
俺の変化を見たボムは寂しそうに言っていたが、俺はボムを置いて行く気はない。どこまでも同じ場所で隣に立っているから、相棒なのだ。
「そんなことするわけないだろ!」
鎧を着ていて顔も尻尾も見えないが、嬉しそうなのは伝わってきた。
「さて、俺のお仕置きタイムを邪魔したんだ。コイツには、代わりにお仕置きされてもらおう。せっかく、勇者のお仕置きが出来ると思ったのにな」
――大地属性《岩石杭》――
ライトニングドラゴンを縛り付けた返し付きの杭である。まずは、うつ伏せでリラックスしてもらおう。
「ガァァァゴォォォ……」
「どうですか? 手足が伸びて気持ちいいでしょ? では、ボムさん。輪切りお願いしますね。お腹が空いた子がいるんですから」
今回のお仕置きはボムも参加したいとのことだったため、お手伝いを買って出たのだった。ボムは、たまに参加したいと言うお茶目な熊さんなのだ。
「任せろ! 先っぽ行くぞ。そーれ!」
コイツへのお仕置きためだけに、ハルバードから大型のバトルアックスに変え、バトルアックスを全力で振り下ろした。
――一刀両断。
――とは、さすがにいかなかった。ヒヒイロカネで作られたバトルアックスに属性纏《火炎》を施していても、キメラ自慢の硬い鱗に阻まれ刃が途中で止まってしまったのだ。だが、ボムは諦めない。追加で作った大型のハンマーで、バトルアックスの背を叩き打ち込んでいた。
「グッ……グォッグォー……」
「どうしました? 私の国に針治療というものがありましてね。その大きいバージョンだと思ってくれれば、きっと痛気持ちいいと言っていただけることでしょう」
「ほんとにー?」
俺がそう言うと、どこか抜けた声が聞こえてきた。俺とボムが声が聞こえた場所を見ると、そこにはオレンジ色のモコモコしたミニ怪獣がいた。
「ソモルン! 何故ここに? 帰ったんじゃないのか?」
ボムは大興奮でソモルンに話し掛けた。怒られたと思ったソモルンは悲しそうに俯いていた。
「ごめんね。ボムちゃん。寂しくて……」
そう言うソモルンは、今にも泣き出しそうだった。いつも探検に行くときはずっと一緒だったのだ。もう一緒に探検するのはイヤなのかな? と、思ってしまったとのことだ。
「怒っているわけではない。置いて行かれたのかと思っただけだ。それから、お仕置き中のラースの言葉を信じてはいけない。全部嘘だからな」
心外だ。全部嘘ではない。オークの国がいいことは本当だからだ。もちろん、俺は行きたくない。
「僕もここに残っていい? ボムちゃんといたいの。あと、ラースとも」
「ついでかー!」
ボムは頷き、一緒にお仕置きをするようだ。創造神様が見たら卒倒するだろう光景だった。可愛い怪獣のソモルンが、端から見たら引くようなことをしているのだ。当然だろう。
「では、ソモルン。このハンマーで叩くのだ」
「任せて」
首を全力で横に振るキメラを横目に、ボム達は全力でお仕置きをしていた。時折、悲鳴をあげるキメラを確認しながら、嬉々として切断マッサージというお仕置き楽しんでいた。きっと、グレタにしたことへのお仕置きをしたかったのだろう。キメラにはいい迷惑だが……。
「さて、絶界の中に入れた二人はどうなったかな?」
とりあえずキメラは二人に任せ、俺は神罰実行中の阿呆共の様子を見ることにした。
「なんだ? ……これは……」
様子を見に来た俺は、不思議な光景を目にしていた。闇黒魔術の術式だけが、少しずつ消されていくのだ。それは絶対にあり得ないことだった。俺の魔力量と質で構成されている魔術だ。量はともかく、質は神が造ったものだ。その魔力で作った術式を剥がして消すなんてことは、神にしか出来ないことだった。
だが、このように神が直接手を出してくることは、ルール違反どころの話ではない。俺はバイクの運転中であろうプモルンを呼び出し、二人で解析と記録を行っていくことにした。
「俺の絶界が消されていないということは絶対に神クラスだが、闇黒魔術の術式だけとなると冥界神様が犯人という証拠になるな。だが、こんな簡単なミスを犯すのか? 優秀ではなかったのか?」
俺は嫌がらせに、時間稼ぎをすることにした。一番外したいであろう無間地獄を、ひたすらかけ続けた。しかも、漢字を使った暗号式で。少し面倒で魔力も多めに使うが、神罰を邪魔する者への嫌がらせのためだ。悔いはない。
「ついでに、トカゲと同じ魔術を掛けてやるか。死ぬかも知れないが、こんなに必死で魔術を解こうとしてくれているのだ。重要人物ということは間違いなさそうだ。相手の痛手になるなら本望だ。潔く死んでくれ」
――雷霆魔術《神罰》――
絶界の内側に少し入り魔術をかけた後、すぐに絶界から出た。この鎧のおかげで、中の闇黒魔術の余波も受けずに済んだのはよかった。
自称賢者風阿呆教師筆頭兼支部長を、よく観察すると蛇の紋章が瞬いていた。どうやら、あの紋章が魔術式を消しているようだ。
「なるほど……。じゃあ、あの紋章に直接魔術式を打ち込むと、どうなるんだ?」
――創造魔術《神威》――
また絶界の中に入り紋章に向かって、今創った魔術を打ち込んでみた。その効果は、術者に対する呪いのような永続的なダメージと、所在地情報の発信。紋章がある者全員に蛇への進化をプレゼントした。変化は少しずつだから、まだ大丈夫。近くに蛇がいるとか、想像するだけでも無理だからだ。
ちなみに呪いは術者に対してだけだが、所在地情報の発信は紋章所有者にも効果がある。場所を知らなければお仕置き出来ないし、いきなり蛇と遭遇するのは嫌だったからだ。
最初はオークにしようとしたのだが、冥界神に干渉されそうでイヤだったのだ。蛇の紋章が原因ならば、なおさら紋章持ちは遠慮してもらいたかった。ちなみに、毛があるオーク達の紋章は消してある。新しく入れるなら、ラース神の紋章にして欲しいからだった。
冗談はさておき観察を続けていると、神罰執行中のクズ共に新たな変化が現れた。
「どうやら術式の消去は諦めたようだが、何をするのやら……?」
不思議な魔力の波動を感じて観察していると、後ろのトカゲからも同じ波動を感じた。
「……これは、転移!」
止めようとするも一歩間に合わず、目の前から絶界と鉄の処女だけを残して消えた。探索魔術を使用して判明した場所は、キメラのマッサージ店だった。俺は急いでキメラのマッサージ店へ行くと、ボムとソモルンが端に倒れていた。
「よくも……こんな目にあわせてくれたな。滅ぼしてくれる」
どうやら幹部二人を喰ったことで、言葉と力を手に入れられたようだ。俺はしゃべるキメラを無視して、ボムに声を掛ける。
「ボム! 大丈夫か?」
「……大丈夫……だ。ソモルンは気を失っておるが、びっくりしただけだ」
――結界魔術《絶界》――
「その中にいろ。それから、水神様からのアドバイスの属性纏の先を見せてやる。ちゃんと覚えろよ?」
――魔印《雷霆》――
俺の背中に雷で出来た魔法陣が現れた。この魔法陣を形成しているのは、雷霆属性の魔素のみだ。雷霆属性の魔素は、黄色に染められている。空気中に漂う魔素は、それぞれの属性色に染められているのだ。
細かい説明は後日にするが、これにより何が出来るかと言うと、発動したこと自体が魔術である。常時待機型の魔術であり、俺自身が魔術でもある。
俺が以前に、魔術と格闘術を組み合わせた流派を創るのもいいかもしれないと言ったことがあったが、まさに【魔印】が魔術と格闘術の組み合わせた結果になるわけだ。俺の攻撃全てが魔術であり、想像するだけで全てが魔術になるというものだが、デメリットもある。
今は雷霆属性しか使えない上に、他の属性魔術が使えなくなる。さらに、魔力消費が属性纏よりも格段に多い。肉体的疲労も、かなりのものだった。
だが、俺はボムの治療を早くしたかったため、さっさと始末してしまいたかったのだ。故に、禁じ手の魔術も使う予定だ。使用後どうなるか分からなかったが、辛そうなボムを見る方が嫌だったのだ。
――幻想魔術《犀鎧・突撃槍》――
――魔印《雷霆》――
――獣神闘術《獣爪拳》――
右手を突撃槍にし、そこに【獣爪拳】の多重展開魔術を設置して、体を雷霆属性で包んでいく。俺は踏み込んだ力を逃がさないように、右腕をキメラの胸に突き立てた。
「ガァァ……何故だ……何故……人間なんぞに……。我は神ぞ……。こんなはずで……は……」
雷の轟音とともに体の隅々まで雷が迸り、胸から腹にかけて大穴をあけて貫通していた。俺はすぐに魔印を解除して、キメラをストレージに入れた直後ゴミ箱行きにした。ストレージのゴミ箱は神が創ったギフトだからか、どんな物でも完全に消去出来るのだ。
「ボム。今治してやるからな」
――生命魔術《完治》――
「……ありがとな。……んっ?」
ボムはお礼を言って立ち上がった。その時、何かに気付いたのだった。
「……お前……それは!」
「あぁ。これ? これは大丈夫だから、とりあえずプルーム様のところに行こう」
俺はそう言い、ボムとソモルンとともに転移したのだった。
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やる気が満ちあふれます。




