第五十七話 逆鱗
突如現れた光りの槍だったが、どのような能力があるか分からないため、触るのを避け回避を選択した。さらに、術者の姿を確認できなかったこともあり、回避しつつ索敵することにした。
あらかじめ属性纏《雷霆》を施していたことで、回避するのは問題なかった。脅威度も、プルーム様の折檻に比べれば大したことなかった。ただ一つだけ言うとしたら……
「多い!!!」
質よりも量を優先しているのだろう。次から次へと、減ることのない槍を回避するのが面倒になってきた俺は、ナイフを抜き切り払って行くことにした。同時に魔術を展開し索敵も開始した。
――火炎魔術《爆裂槍》――
この魔術で倒す気などなく、一定時間で爆発するという効果に期待し発動した。討伐目的以外の目的とは、爆発と閃光により一瞬でも構わないから隙を作るということだった。
だが、隙を作っても攻撃力が劣るのでは無意味。だからこそ、簡単な魔術を展開していた陰で、本命の魔術を完成させぶつける作戦を考えたのだ。その本命の魔術とは……。
――結界魔術《鎖縛網》――
魔力で作った細い鎖状の網を周囲に配し、探知・捕縛する魔術だ。さらに、この魔術の一番いい点は、他属性の魔術を重ね掛けでき追い打ちが可能だというところである。今回はイラつかせてくれたため、雷霆魔術の轟雷を付与させた。
「ぐっ!」
雷の光りとともに、うめき声が聞こえてきた。どうやら、罠に掛かってくれたようだ。今夜はソモルンのケーキを食べる姿を、目に焼き付けようと楽しみにしていた。それを邪魔した相手には、容赦などしない。まだ結界魔術で拘束してあることを確認して、逃げられないようにしてから追い打ちを掛けることにした。
――結界魔術《絶界》――
――雷霆魔術《召雷》――
――火炎魔術《煉獄》――
――暴嵐魔術《嵐龍牙》――
――重力魔術《天蓋》――
――大地魔術《竜爪》――
大規模破壊魔術のフルコースを堪能してもらおう。相手が誰であろうが関係ない。ソモルンは、俺にとっても大切な友達だ。その大切なソモルンの喜ぶ姿の観賞に、水を差す阿呆には最大級の御礼をしなければ。
絶界の中は、幾筋も降り注ぐ雷に消えることなく燃え盛る炎。暴嵐魔術で最大級の魔術とされる、龍が蠢いて見えるほどの大きな竜巻。動けないように押し潰し、下にある大地で出来た槍に体を押しつけられていた。絶界の規模は、屋敷の外の道にまで及ぶ大きさで作っていた。故に、大規模な魔術のフルコースを選択した。徐々に収まりつつある魔術を目にし、フルコース第二弾の準備に取りかかった。
◇◇◇
火神・ボルガニス様からの命令で、十大ダンジョンの守護を親族に任せ、憂鬱な気分でラース達の下に向かう最強の神獣。その名も、【金聖虎・ヘリオス】。
「なぜ俺が子守りなど……。だがこの話を【煉獄鳥】に言ったら、代わってくれと言われたな。代われるなら、代わってほしい」
そう一人ぼやきながら歩を進めるのだが、ここで一つ閃いた。教えることがあれば、教えてやれみたいなことを言っていたということを思い出したのだ。ということは、教える価値がないと判断すれば帰れるということだ。
「適当に力試しをすれば、泣きが入ること間違いない。俺は最強の神獣だからな。その後帰り、そのままリオリクス様と合流して宴をやるとしよう」
ラース達のお守りを放棄する言い訳を思いつき、嬉しそうに尻尾を振る【金聖虎・ヘリオス】。彼はリオリクスがどのようにして酒を手に入れているか知らなかった。そして何故、【煉獄鳥・ガルーダ】が代わってほしいと、言っていたのかも分からないかった。
だが、一番知らなければならなかったのは、ラース達の師匠のことだろう。その存在を知っていれば、泣きが入ることなどないことも分かっていただろうし、力試しをしようとも思わなかっただろう。
【煉獄鳥・ガルーダ】は、もちろんプルームの存在を知っている。だからこそ、空を飛べるというのにも関わらず、すぐにラース達の下へ行かない。完璧な言い訳を見つけない限り、怖くて行けなかったからだ。当然、他の神獣達も同様だった。
ただ、金聖虎は最強という慢心から情報収集を怠り、自分の考えに間違いなどないと信じて疑わなかった。こういうところを変えたくて、火神はラース達の下へ行くことを指示したのだった。
そして現在、自分の見通しの甘さを実感している真っ最中であった。
「なぜだ? 光りの槍を避けるということは、属性纏《雷霆》を使えるということだ。だが、属性纏を使える人族など聞いたこともない。ないが、そこまでならいい。しかし、この魔術の規模はなんだ? まるで神獣同士の小競り合いに近いぞ。このまま手加減をしていたら、多少なりとも怪我をしてしまう。それは、最強の神獣の名に傷がつく。では、少し本気を出そうではないか」
そう決めた直後、声が聞こえてきた。
「それでは行くよー! 大規模破壊魔術のフルコース第二弾! どうぞ召し上がれー♪」
という声だった。
どうやら相手は、頭のおかしなやつらしいと初めて認識したのだった。
◇◇◇
「それでは行くよー! 大規模破壊魔術のフルコース第二弾! 召し上がれー♪」
俺の鬱憤を晴らすための犠牲になってくれ。と、思いながら魔術を展開していく。
――火炎魔術《火炎流弾》――
――大地魔術《流星鋼弾》――
――創造魔術《魔巨兵・大鎚》――
――無限魔術《籠手操作》――
「第二弾の内容は、打撃コースになっております」
火炎魔術と大地魔術による、雨霰のごとく降り注ぐ弾丸に、巨人ゴーレムによるハンマー連撃。そして一番目玉は、籠手操作だ。この魔術は結界内にガントレットを出現させ、それを俺自身で動かすことが出来る。安全圏から、嫌がらせし放題ということだ。
「ここだ!」
不可視のガントレットは、確実にヤツの股間を打ち抜いた。弾丸と魔巨兵に集中しすぎたせいで、魔力把握を怠ったようだ。ニールと同種である虎をお仕置きするのは気が引けるが、仕方がないことだ。
すると、我が家のおデブさんの声が聞こえてきた。
「ぷっ! お前、股間好きだな。俺にはやるなよ。それにしても遅いから見に来てみれば、面白いことしてるな。お客さんは誰だ?」
魔術乱撃と夜の闇のせいで、よく見えないのだろう。ボムはお客さんのことを質問きてきた。だが、俺も虎としか分からなかったから答えられない。
「分からん。金色の虎だ」
股間をフルスイングされクリティカルヒットし、そのおかげで悶絶している虎を横目に、ボムにそう言って答えた。もちろん、嫌がらせの手は緩めない。俺はカンチョウしたりチョップしたりと、攻撃しているわけではなく、嫌がらせに心血を注いでいた。
起き上がろうとしたら、足を掴んで転ばせて鼻で笑う。俺に集中したら、ゴーレムと弾丸攻撃。その攻撃をかわしながら攻撃してきても、絶界は中からも干渉出来ないという効果のせいで、俺に攻撃は届かない。
「はーはっはっはっ! 愉快! 愉快!」
と、馬鹿にしてみた。すると、ボムに肩を掴まれ虎の正体を説明された。
「……金色の虎……だと? それは、【金聖虎・ヘリオス】しかいないぞ。最強の神獣だぞ。いいのか? 怒ってるぞ」
一瞬、ボムが何を言っているのか分からなかった。最強の神獣の股間を、フルスイングしてしまったようだ。そして、笑い転げるセルやプルーム様達。さらに、セルとギンは……
「魔王降臨! 笑い方が、魔王にしか見えない」
と、爆笑していた。あとで、ボムナックルの刑にしてくれる。
「……ソモルンの、ケーキを食べる姿が見られなかったのだ。俺に後悔はない!」
そう断言する俺に、ソモルンが答えた。
「ケーキ? まだ食べてないよ。ラース、待ってたもん。一緒に食べるの」
目の前の怪獣が、天使に見えた瞬間だった。だが、そんな優しいソモルンを待たせた原因の虎に容赦など不要。
「じゃあ、さっさと片付けてケーキを食べような。今すぐ終わらせるからな。……魔巨兵よ! 取り押さえろ!」
――多重複合魔術《神竜の咆哮》――
上空から数十の魔法陣を展開し、縦に集めて魔法陣による塔を作製。その真ん中を魔力の奔流がほとばしり、押さえつけられた虎に向かって魔巨兵ごと降り注いだ。その光景を見て一番驚いたのは間違いなく、プルーム様だったと思う。
「ラース! 何故この魔術を使える? これはカルラにしか教えてないし、カルラ以外には使えんぞ」
プルーム様に同じように見えたのなら、合格と言っていいだろう。
「これは、プルーム様とカルラのとは別ですよ。なんちゃってという、偽物です。プルーム様がカルラに教えるために、手本を見せていたところを目撃してまして、そのときから色々考えていたのです。そこに、今回セルがドラゴンブレスのような魔術を欲しがり、ヒントを得たので完成したのです。ただ魔力を大量に持って行かれるため、多用は出来ないですね」
説明している最中、《神竜の咆哮》の衝撃と幾多の魔術の攻撃により、絶界が崩壊した。そして、そこから怒り狂う金色の虎が出てきた。
「貴様! 散々馬鹿にしてくれたな? 無事で済むと思うなよ! そもそも子守りのために来てやったというのに、この仕打ちとは親の顔が見てみたいわ!」
と、怒り狂う虎が言ったのだが、俺は防御魔術を展開しながら答えてやることにした。
「親というなら見せてあげられますよ。火神様と水神様、戦神様と魔神様です。神獣ならば、拝謁出来るのではないですか? そもそも、いきなり攻撃してきたのはそちらではないですか? 予想外の反撃を喰らったからって、逆ギレされても困るんですよね。あんな無様な姿をさらしていましたが、本当に最強の神獣なんですか? それに子守りと仰いましたが、頼んでないので帰ってください。礼儀の知らない者に食わせる物はないので。 あっ! そうそう。股間は大丈夫ですか?」
最後におまけで、悪意をたっぷり乗せた嫌味を言い放った直後、プルーム様が噴き出した。
「ぷっ! ラース。レディーがいる前で、それを言ったら駄目だぞ」
と、叱られてしまった。嫌味を言われ、笑われたことがムカついたのだろう。虎が、プルーム様に食ってかかった。
「レディーだと? 貴様のような性悪など、ババアで十分だ」
よりにもよって、絡んではいけないに人に、言ってはいけない一言を言ってしまった。俺とボム達テイマーズは、少しずつ後退して避難して行く。もちろん雷竜王もだ。そして、結界を張るよう促され、魔力が減っている中、最大限の魔力を注ぎ張った結界の中に入った。
そこまでしたのに、何故か止まらない震え。いつもはツンデレのボムも、俺にくっついて肩を掴んできた。
「……おい。今、我のことをババアと言ったな?」
「お前以外誰がいる! 性悪ババア」
二度目の言葉により、刑が確定したのだった。いつもは引っ込めている存在感が、爆発したかのごとくあふれ出したのだ。当然他に被害がないように、気配遮断の結界を張ってある。まあ、どこまで効果があるか分からないが……。
一応、結界に自信があるギンも手伝い、タマも雷竜王も手伝ったから大丈夫だと思いたい。しかし、ソモルンとカルラは平気のようで結界の外ではしゃいでいた。
「死ぬ準備はいいか?」
プルーム様による死刑宣告だ。
「……これ……は。【始原竜・プルーム】様……。何故、ここ……に?」
そして、やっとプルーム様に気付いた虎さん。だが、既に遅いのだった。プルーム様は、右手だけを竜の腕に戻していた。俺の時は人間の腕だったが、骨折までいってしまったのだ。あの手なら死ねるだろう。その気持ちから、つい言葉に出してしまった。
「御冥福をお祈りします」
その言葉に気付いたテイマーズも、同時に手を合わせ頭を下げたのだった。
「すみませんでしたー! 火神様に、ここに来るように言われているのです。リオリクス様も途中まで一緒にいたので、確認してもらえれば本当だと証明出来ます」
どうやら火神様とリオリクス様を盾に、助命を懇願するつもりのようだ。必死に土下座をしている、最強の神獣であった。だが、俺達は笑わない。笑ったあと、俺達に矛先が向くのを避けるためにだ。
「では、何か? 我に、性悪ババアと言えと命令したのは、リオリクスと火神様だと言いたいのだな? それならば、すぐに火神様に確認を取らねばなるまい。場合によっては、ラースにお供えを中止させ謹慎してもらわねばな。もちろん、リオリクスも同様に」
ここで虎は、ミスを犯すことになる。いくら管理神と言えど、火神様に連絡を取る手段などないのだから、祭事までは無理だろうと踏んだようだ。それまでに機嫌を取れば、なんとかなるだろうとも。そして、答えを出した。
「すぐに確認を取ってもらって構いません」
最悪の悪手だったのは、言うまでもないだろう。
「ラース!」
「はっ! ここに!」
俺は全力で移動し、忠実な僕になることに徹した。
「メールというもので、火神様に確認を取れ」
「畏まりました」
現在の状況をメールに記し、場合によっては男神のみお供えを止めることを、女神様達と男神様達の全員に送った。女神様達は同じ女性だから、味方に引き込めるだろうと思っての行動だった。これはプルーム様の勝率を上げるための、俺からのささやかな後方支援であった。そして、その効果は絶大だった。
『急ぎ祭壇を出し、プルームに魔力を込めさせよ』
というメールが、水神様から来たのだった。
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やる気が満ちあふれます。




