第五十五話 家族
お茶を飲みオークの国の話をしている間中、ずっと静かだったセレール様。グレタのことで落ち込んでいるのかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。初めて食べた新しい味に感動しているようだった。
この世界の料理は少しなら食べたことがあるが、マヨネーズや醤油などの元の世界の調味料で作った料理を食べたあとに、また食べたいと思うような物ではなかった。だからだろう、セレール様はケーキを食べている時も手を止めることなく、次から次に口に入れていた。
プルーム様は酒の方が気に入っているようだったが、セレール様はお菓子が気に入ったようだった。そして、どのようにして手に入れているかを近くにいたセルに聞いていた。その方法を聞いた後のセレール様の行動は、他の管理神二体と同じものだった。
「この子機という物はもらえるのか? リオリクスももらったのだろう?」
目を輝かせながら聞いてきた。この世界の神々は、自分の欲求に素直な方しかいないようだ。
「もちろん、構いませんよ」
そう言って一つ渡した。セレール様は、足首につけていた。手首や首につけないのは、鳥だからだろう。
「その代わりにいい物をやろう。少し待っていろ」
塔の天辺に向かって、飛んで行ってしまった。待っている間、ボムがおかしなことを言ってきた。
「なぁ。セレール様に空の飛び方を習えないか?」
と、ソモルンをモフリながら言ってきた。だが、ボムには翼がない。まだプルーム様に習った方がいいだろうと思うのだが、プルーム様は竜の飛び方の仕組みがよく分からないため無理だった。しかし、ボムはソモルンと空の散歩をしたいようだ。
「空の散歩って、ソモルンの雲じゃ駄目なのか?」
ソモルンは雲を作って空を漂うのが趣味なのだ。
「ソモルン曰く、スピードが出ないからあまり面白くないらしい。日向ぼっこや昼寝の時はいいのだが、もっと早く飛びたいらしいぞ。ソモルンが空を飛ぶなら俺も空を飛びたい」
この世界の神々は自分の欲求に素直と言ったが、神々だけではないようだ。可愛い熊さんに可愛い怪獣。この子たちの願いを叶えてあげたい。
「以前見つけて、完成させておいた魔道具があるから試してみるか? 空を飛ぶ魔道具だ」
ボムは目を輝かせた。
「それで本当に飛べるようになるのか?」
「俺は、飛べた」
微妙に本音を隠しながら答えたのだが、賢く鋭いボムにバレたようだ。
「……本当に飛べるんだろうな? 落ちたり壊れたりしないよな?」
「……」
俺は目をそらし、黙秘した。
「おい! こっち見ろ! そして、何故黙る? 不安になるだろ!?」
このおデブな熊さんが、重すぎるため断言出来ない。
「まずは、やってみよう」
そう言って魔道具をボムに取り付けて行く。と言っても、何処かのヒーローのように自動で装備をつけてくれる。魔道具と言ってもマジックアイテムに近い。ボムの腹にこの魔道具の心臓部である装置を押し当てると、ベルトのように魔力で出来た帯が発生し、腰で合体し装着された。
さらに、心臓部を魔力を込めながら捻ると、心臓部の装置から筋が伸びていき、全身に張り巡らされた。次にその筋から膜が形成され、全身をボディースーツのように覆った。あとは肩と背中、腰と足に翼と噴射口が形成された。
これで準備完了である。ちなみにエネルギー源は、俺が雷霆属性の魔力を込めて作った【雷霆結晶】という魔晶石だ。
「かっこいいぞ、ボム。飛べそうだぞ」
そう言う俺だが、セルやタマは笑っていた。
「……本当にかっこいいと思っているのか? そこのお馬鹿さん達は笑っているぞ。それに、こんなので本当に飛べるのか?」
疑問に思うのも分かる。俺も不安だからだ。
「とりあえず、魔力纏の要領で魔力を込めてみてくれ」
ボムは、言われたとおりにしていた。すると、噴射口にかなりの魔力が集中し圧縮されていた。あとは、噴射するだけだ。
「発射の意志も方向転換も全て、その筋のような物を使ってコントロール出来るから、魔力纏が出来れば大丈夫……だと思う」
やはり不安が拭えないのは、この目の前の熊さんがおデブさんだからだろう。
「少し不安だが、やってみる」
ボムは、噴射口に待機していた魔力を解放し始めた。そしてボムは空を飛んだ。
……十cmだけ。
やはり重すぎた。
凄い音を鳴らしながら、駆動している心臓部。これでもかってくらいに、魔力を噴射している噴射口。だが、その頑張りも虚しく天高く浮くことはなかったのだ。
「……残念だったな。こんなこともあるさ」
そう慰めたのだったが、セルとタマが爆笑したため台無しになったのだ。もちろん二人は、ボムチョップを喰らっていた。このままでは可哀想だと思い、竜の飛び方を教えてあげることにした。この飛び方を教えれば、ソモルン達でも飛べるだろう。俺もこの方法で空を飛んでいる。ただ、セルに出来るかは分からない。お馬鹿さんだからだ。
そして、一つの疑問が湧いたと思う。
何故こちらの方法を最初から教えてあげなかったのか、という疑問だ。理由は簡単だ。可愛いボムを見たかったから。
最近は家族が増えたため、ボムの可愛い姿があまり見られなかったのが少しだけ寂しかった。一家の長である父親役が板についてきたことで、可愛さが減ってしまったのだ。今回はそんな可愛いボムの姿が、少しでも見られたらと思っての悪戯だった。
そして意外だったのは、プルーム様やソモルンも喜んでくれていたことだった。ソモルンが俺の腹に感謝の印である、顔でグリグリをしてきたのだった。さらに、プルーム様は一言。
「よくやった」
と、言っていた。
プルーム様に褒められることは滅多にないため、かなり嬉しかったのだ。しかし、喜ぶのはそこそこにしてボムを元気づけなければと思い、行動に移すことにした。
「ボム。もう一つ方法があるぞ。俺が空を飛ぶ時に使っている方法を教える。以前習わなかったのは、時間がなかったからだろう? 今なら属性纏も慣れたし、魔術の発動も以前とは比べて思ったように発動出来るだろ? それならばすぐ出来る。重要なのは属性纏だからだ。だが、気付いていない者が多いから、神獣でも出来ないらしいぞ。出来たら、すごいぞ!」
ボムにやる気を注ぎながら説明した。実際に、神獣は属性纏が出来るくせに空を飛べない。それだけではなく、リオリクス様も空を飛べない。飛べない理由は、竜族が空を飛んでいる原理は種族特性だという思い込みによるものだった。
この理由を知ったのは、賢者の遺産ではない。魔術展開では遺産を使って構想を立てたが、知ったのは別である。プルーム様の折檻を受けたとき、人間の姿だったのに浮いたのだ。ジャンプとかではなく、フワッと空を歩いているように。
そのことに気づけたのは、全身全霊で防御か回避をしたかったため、無意識下で神魔眼を使っていたためだろう。魔力の流れや魔術展開、属性纏など、あらゆる要素が目に映ったのだ。
だが、本人も意識していないほど、小さく自然な魔術式だった分かったときはとても驚いた。故に、全身全霊で折檻を受けてしまったのは言うまでもない。前置きが少し長くなったが、一応自分で見つけた物だから、ズルはしてないと言いたいだけである。
「神獣でも出来ないことを出来るのか? 属性纏が重要ならソモルンも出来るな。セル達はまだだな。ソモルン、一緒に練習しよう」
瞳を輝かせるボムが嬉しそうに、ソモルンを誘っていた。
「僕も教えてもらえるの?」
ソモルンは、ボムだけに教えられると思っていたようだ。
「当たり前だろ。ラースがソモルンに、そんな意地悪するわけないだろう。ラースもソモルンが大好きだからな。そうだろ?」
「もちろんだ」
ボムはソモルンに向かって、自信満々に答えていた。ソモルンやカルラを見て嫌いになるやつはいないだろう。いたとしたら、阿呆共だけだろう。故に、俺の答えは「好き」という一択のみだ。
「本当に? じゃあ一緒に頑張る」
そう言って喜んでいた。星霊シリーズは神獣達と同じで、産まれた瞬間から属性纏が出来るのだ。ソモルンも息をするのと同じくらい自然に出来る。ちなみに、俺とボムはまだそこまでではない。自分の中で切り替えないと発動出来ないのだ。
ここで悲しそうにしている者がいた。それは、ニールだった。カルラもさっきから寂しそうにしている。これは子供の頃によくある、自分の居場所がとられるかもしれないという不安によるものだろう。実際、子供だけではなく大人でもあるが、幼い子供達には愛情が不可欠である。魔物だからとか関係なく、まだ赤ちゃん同然の二人だ。当然だろう。
そして、突然来たソモルンにボムを、居場所をとられてしまうと思っても不思議ではなかった。ソモルンがイヤなやつなら、まだよかった。だが、優しく可愛い存在で自分達も大好きになってしまったのだ。だから、誰にも当たれず相談も出来ずにいた。俺はそんな二人を見て声を掛けようとしたが、我が家の出来る熊さんが先に動いたのだ。
「二人ともどうしてそんな隅にいる? もっとこっちにおいで。もう、あの魔道具は取ったから危なくないぞ」
と、ボムは二人を呼んだ。
『今日はね……ソモルン兄ちゃんに譲るの……』
カルラが我慢しながら、ボムにそう言った。
「なんだ? 腹の場所を気にしてるのか? 父ちゃんの腹は大きいのだぞ。それに家族に遠慮することはないんだ。寂しいときや甘えたいときは、好きなだけ甘えていいのだぞ。ソモルンも、そんなこと言われた方が寂しくなってしまうぞ。父ちゃんはな、本当はもっと大きいんだぞ。それに、頭にも乗れるから大丈夫だ。それから空を飛ぶ練習は、ニールも誘おうと思っていたんだ」
そう言うボムに、驚いた顔を向けるニール。
「……どうして? まだ属性纏出来ないよ……」
セルでさえ出来るか分からないと言われていたのに、自分が誘われるとは思わなかったのだ。もしかしたら気を遣われているのではないかと思い、我が儘な自分を恥じてしまった。
「理由はな。ラース曰く、セルはお馬鹿さんなんだと。戦闘勘が鈍く魔術に関しても本能頼りらしいから、属性纏に慣れるまで保留だ。その点ニールは聖獣のサラブレッドな上、この塔周辺の魔境に住んでいたくらいの実力もある。もちろん、小さいながらに戦闘勘も鋭い。ラースも、教え甲斐があると言っていた。今後、十大ダンジョンに連れて行くときに主戦力になるかもしれないから、今の内にいろいろ経験させておこうと思ってな。それに、誤解してるぞ。ソモルンは攻撃的な魔術を使わない。出来るけど、支援系がメインなんだ。
さらに、お前は弟分から息子になったんだ。遠慮などするな。我が儘などではない。この世界は、自分の欲求に素直になることが一番大事だと、火神様が言っていたぞ。神様が言っていたのだ。間違いないではないか。だから、好きなことを好きなだけしろ。そして、楽しめ!」
そう、満面の笑みで言ったボムに、カルラとニール、ソモルンが抱きついたのだった。三人をしっかり抱き留めたボムは、三人が満足するまで撫で回したのだった。
「『父ちゃん、大好きー!!!』」
「ボムちゃん、大好きー!!!」
ボムはどうやらこの世界で、かなりモテる存在のようだ。モフリスト共にもボムに勝てる存在はいないと言われ、星霊シリーズにも一番懐かれ、聖獣のサラブレッドにも懐かれていた。そして、セルには自分の主だと思われているようだ。この巨デブな熊さんの謎が、さらに深まった瞬間であった。
「さて、落ち着いて来たところで説明するとしよう。まず、属性纏の属性は何でもいい。属性竜を見れば分かると思うが、飛びにくそうなアースドラゴンも空を飛んでいる。属性を纏うことで重要な点は、常に魔術を発動していて、体全体を魔力が覆っているというものだ。属性纏は、小規模で小さい術式の連続魔術を使用しているようなもの。そこに飛行術式を組み込むだけで、空を飛ぶことが出来る。ただ、この術式は多重展開型の魔術式だから難しい。だから、時間が足りなかったため、プルーム様のところの修業では保留になったのだが、今回も修業は必要ないようだ」
俺がそう言うと、ボムは不満そうに顔をしかめた。
「何故だ? 教えてくれるのではないのか?」
ワクワクしていたため、機嫌が悪くなるのも早い。
「違うよ。セレール様が戻って来たみたいだ。手に持っているのは、どうやら羽根のようだ。アレを使って、魔術式を組み込んだ魔道具を作ってみる。動力と方向転換に魔力纏を使用すれば、あとは空を飛ぶ練習だけだろ? その方法なら、お馬鹿さんのセルにも出来るだろ? だから、一人で拗ねるなよ」
横で、飛行訓練に参加出来ないことを知り、一人拗ねていたセルに声を掛けた。狩りから帰ってきたときに、属性纏《雷霆》が出来たと聞いていたため、セルにも出来る方法を考えていたのだ。
「さすが、ラース。セル、よかったな」
ボムも気づいてあげられなかったことに気づき、嬉しそうに声を掛けていた。そして、俺に向け親指を立てたのだ。
「待たせた。プルームに素材を渡した話を聞いてな。羽根をいっぱい持ってきたぞ」
「ありがとうございます」
そう言って受け取った羽根は、山ほどあったのにもかかわらず、ほとんど重さを感じなかった。さすが、管理神の体の一部だと思った。一体どうなっているかという謎は、創った創造神様にしか分からないのだろう。
「それで、プルーム達は午後も狩りをするのか? この周辺の魔物の素材は街では売れないぞ? 取引をしたいならこの近くの学園国家ではなく、北のドワーフの国に行くか獣王国や魔王国に行くしかないぞ。どちらも少し遠いぞ」
どうやら、人族とは取引出来ないようだ。おそらく、四賢者がいた国なら大丈夫ということなのだろう。だが、プルーム様は大丈夫だと言っていた。俺達には、お金が必要なのだ。そう思い、プルーム様を見た。
「安心しろ。確か、そのギフトは近くに換金出来る場所がないときに限り、両替所なるものが開くのだったな。竜の巣でも、そう言っていたはずだ。ならば、そこで換金すればいいではないか。欲しいものだけ手元に置き、あとは売ってしまえ」
と言うが、今からダンジョンに行くのだろうか。はっきり言って二度手間である。すると、プルーム様が竜の姿に戻った。
「さっさと乗れ。換金出来る場所に行くぞ」
どうやら、無理矢理両替所を開けさせる手段を取るようだ。おそらく、上空だろう。そのことをソモルン達に話すと、一緒に行きたいと言い始めたため気球の籠を出した。今日は俺の代わりに、プルーム様が風船役をするようだ。
ちなみに、満員で俺が入れなかったためセレール様の背に乗せてくれるようだ。俺が乗れなかったのは、自分で飛べるはずの雷竜王が籠に乗ったからだった。
そして、上空へと上がった俺達はというと、目の前の景色に大興奮していた。異世界の雲海を初めて見た。海というより大地のように広がり、途中切れたり島のようになっていたりと、もう一つの世界に来たようだったのだ。このような景色を見たくて冒険者になり、勝手気ままに楽しく旅をしたいがために、強くなることを決めたのだと思い出し、改めて決意した。
世界は広く、まだまだワクワクが広がっていた。ボム達の笑顔も可愛く、幸せそうだったのが嬉しかった。この笑顔のために、まずはグレタ救出を頑張ろうと思いながら、両替所で換金するのだった。
◇◇◇
プルームとセレールはいつもと同じような空の光景なのに、どこかいつもと違って見えた。いつもは同じ景色で、特に何も感じなくなっていた。それが今回は違って見えたのだ。理由は、この景色を見て大興奮している者達が側にいたからだろう。
自分が司っている、空の景色をここまで喜んでくれたことに嬉しく思ったセレール。空から見える魔素のキラキラと輝く光りを、はしゃぎながら見るボム達の姿に頬が緩むプルーム。この世界を、自分達が管理していることを誇らしく感じたのだった。その気持ちを取り戻してくれたラースやボム達に、心の底から感謝したのだった。
◇◇◇
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