第四十九話 客
「ところでギン、お前カトレアを放っておいていいのか?」
ギンは、現在授業中であるはずの、カトレアの下から来たのだ。主人を放っておいて、何をしに来たのだろう。
「ああ。お使いです。お嬢から、頼まれたものでして。従魔の情報を嗅ぎ回るかのような動きをする教師が何人もいたらしく、その中に首輪で言うことを聞かない鳥がいることを愚痴っていた者がいたそうです。以前、カルラ様のお兄様の話を聞いたときに鳥だと聞いていたため、関係あるかもしれないと思って伝えてきて欲しいと言われたためこちらへと来ました」
コイツの敬語、所々おかしいが一応先ほどのお仕置きの効果があったのかもしれない。そして、いい情報を持ってきてくれた。
「よくやった。今日は好きな酒を飲ましてやる」
「ありがたき幸せ」
大喜びであった。カトレアのおかげなのだが、知らせに来たのはコイツだから仕方がない。カトレアには、ボムをモフらせてあげよう。
「じゃあ確実に怪しいな。この学園。これが大陸一の学園とはとても思えないな」
「そうでございますか? 皆自由に勉強でき、活動出来る素晴らしき場所ではございませんか?」
と、俺の呟きに返答してきた者がいた。自称賢者のペテン師だ。初めて会った就任契約のときに、すぐに【神魔眼】で鑑定したが、闇黒魔術を使えるだけの魔術師だった。しかも、称号にペテン師と表示されてもいた。そのとき俺の中で決定した名前は、自称賢者風阿呆教師筆頭。
「これはこれは、学園長先生。どのような理由でここへ。ここは、先ほどまで胸糞悪い光景が広がっていた不浄な場所ですよ。崇高なる賢者様には、相応しくごさいません。どうか学園長室のような相応しい場所でおくつろぎくださいませ」
嫌味をたっぷり乗っけた言葉を放ったのだが、どうやら相当気にくわないようだ。最初から俺がここに来るのも嫌がっていたが、商業ギルドというスポンサーの機嫌を損ねるのはよろしくないという判断で契約がなされただけだ。
ちなみに、普通の紙での契約だった。通常このような重要な契約では魔力紙が使われる。だが、いつでも破棄できるようにと普通の紙を使ったわけだ。俺にとってもありがたい話である。
さらに商業ギルドで話を聞いたところ、この自称賢者風阿呆教師筆頭が来てからこの学園はおかしくなり、国もおかしくなったようだ。商業ギルドも商売をしにくくなったと嘆いていたため、今回は利害の一致で協力体制が整った。加えて、前学園長は行方不明らしい。すごく真面で、実力も知識も確かな人物だったようだ。
この国は少し特殊で、国の運営を学園長とそれを補佐する顧問団によって舵取りをしている。最終決定権を学長が持つとかは一切ない。それをしたら、顧問団は不要だからだ。ただ、学園長特権として常時二票持っていることと、一人だけなら顧問団への任命権があるというだけである。
商業ギルドのギルドマスターも、この顧問団に必ず含まれている。あとは有力者だったり、各ギルドのギルドマスターだったりする。ちなみに、人数は公表されない。狙われたり買収したりと、犯罪に巻き込まれるリスクを減らすためだ。学園長でも顧問団の人数は知らない。
では、どのように意思決定をして集計して伝えるかということだが、教会の神父が行うことになっている。教会の神父は、神聖リュミリット教国から派遣されている。そのため、中立だと言い張っているのだ。結局、国に関係ない外部の者を信じ切って国を運営舵取りをしていた。この時点でこの国はかなりヤバいことを分かっていただけただろう。
さて、このヤバい国を憂いていた者もいた。まず、商業ギルドのギルドマスター。冒険者ギルドのギルドマスター。前学園長。真面系教師数名。結構な人数がいて有力者もいたため、改革の見通しも立ち実行というときに事態は急変した。
全員行方不明になってしまった。そして現在は、学園長以外は代理を立てているだけであった。学園長の席には、このペテン師が座っている。元々ヤバい国を、さらにヤバくした元凶のクソ野郎だ。
「そういえば、魔の賢者と仰っているそうですね。では、全十一属性と新たな魔術をお使いになるのですよね? 是非生徒のため、午後の実技の授業で見せてあげて下さい。自由に勉強をすることを応援するのが、教師の仕事でしょう? 崇高なる賢者様には釈迦に説法でしょうけど、是非にと思い進言させていただきました」
こめかみをピクピクさせて、怒りを抑えているようだ。自分が言った言葉によって、攻められるとは思っていなかったようだ。
「午後は用事があります故出来かねます。午前ならこのように時間がありましたのに、残念でなりません」
と、勝ったというようなドヤ顔をしてきた。
「ご心配なく。俺も無限魔術も使え、映像記録魔術ももちろん使えます。さらに、そのような効果を持つ魔道具もございますから、安心して今から共に教材を作りましょう。お時間あるんですよね?」
唖然とする顔に、言ってやりたかった言葉がある。それは、「バーカ!」である。だが、我慢した自分を褒めてあげたい。そしてふと横を見ると、ボムの毛が揺れていた。顔を見ると、笑いを堪えているようだった。どうやらテイマーズも戦っているようだ。笑いと……。
「素晴らしい物をお持ちで羨ましい限りですが、どうやら時間が来てしまったようです。これで失礼させていただきます」
そう言って去って行った自称賢者風阿呆教師筆頭を見送り、少し離れたところで全員で爆笑してしまった。ボムなんか、床を叩くほど爆笑した。ちなみに、そんな魔道具はない。そんな便利な道具を持っていたら、ソモルンやカルラの可愛い映像コレクションを撮りためているに決まっている。俺達は一通り笑ったところで、移動を再開したのだった。
◇◇◇
「くっそぉぉぉぉぉ!」
部屋中の物に当たり散らし、怒りを爆発させる男がここに。
「何故! 俺があんな小僧に笑われねばならん! 俺のことを見下しやがって! 俺は賢者だ。賢者なんだ! 希少な闇黒魔術を使えるんだぞ! なのに、何故! 何故馬鹿にされなければならん!」
自称賢者風阿呆教師筆頭は、ラースに馬鹿にされ言い負かされ、結果従魔たちにも笑われたことが屈辱的で許せなかった。彼は、憎悪の感情をその瞳に宿していたのだった。
◇◇◇
「やっと着いたな。無駄に広い学園のようだ。だが、いきなりプモルンによる探査と俺の探索用魔術を使うと、あからさますぎてバレるな。今後の行動が制限されると面倒だ。そこでボム。久しぶりに軽く組み手をしよう。五秒だ。最後の攻撃は、必ず避けてくれ。プモルンは、そのときに同時に探査開始だ」
そう言って準備を始めたのだが、ボムが魔術で装備を作ろうとしている。
「ボム。軽くだから、それは必要ないぞ。それを軽くとは言わない。カルラが泣いてしまうぞ」
ライトニングドラゴンを屠ったときの、フル装備であった。
「それは問題ない。久しぶりに父ちゃんの闘う姿が見たいという、カルラからのリクエストだからだ。セル、ニール、ギン。しっかりと、カルラを守るのだぞ」
ボムからの言葉に、しっかりと頷く三人。そして、地獄の五秒が確定した瞬間だった。
「マジか……。五秒の条件は絶対だからな」
「分かってる」
カルラにカッコいいところを見せられると思い、張り切っているようだ。それならば、俺もカッコいい兄ちゃんの姿を見せてあげよう。
「はぁっ!」
闘気と魔力を練り解放。さすがに、人目については困るため幻想魔術は使わない。
――属性纏《雷霆》――
すると、ボムも攻撃態勢に移った。
――属性纏《火炎》――
さすがボムである。
属性纏《雷霆》の速度に対応するためには、属性纏《雷霆》が必要不可欠だと言ったが、トカゲのようにカウンター狙いなら属性纏《火炎》ほど適したものはないだろう。しかも、俺は基本的に魔闘術を使っているということもあって完璧な戦法である。これでコイツは熊だから本当にすごい。自称竜のトカゲは阿呆の極みだったわけだ。
そして、俺は触れなくなった。そこで以前、辺境伯宅で武闘メイドに使った遠距離攻撃を行うことにした。
――魔闘術《空撃》――
連撃を撃っている間に、足で魔術を発動。
――大地魔術《地剣の舞》――
ボムのような魔法金属はまだ作れないが、鋼鉄製の曲刀を作り出した。形はファルシオンというやつだ。幅広のところが、気に入っている。
――氷雪魔術《氷牙》――
氷雪魔術で剣を覆い、ボムに斬りつける。ボムは、ヒヒイロカネで出来た巨大な斧で受け止めた。火炎属性をよく使うボムは、熱伝導率が高いヒヒイロカネに目をつけたようだ。何故か魔法鉄と呼ばれるアダマンタイトや普通の鉄が好きで、よく使っていたのだが、こだわり過ぎるのをやめたようだ。おかげで、さらに大変な組み手になってしまった。
何合か刃を合わせたが、ついに俺の剣が切り飛ばされた。だが、五秒だ。魔力を乗せ強く踏み込み、正面に向かって掌打を撃った。パンッ! という音を鳴らし、その振動に魔力を乗せ探索開始である。術式は、鎧の下の腕と足に貼り付けてあった。
「……見つけた。グレタだ。首輪をはめられ、傷だらけだ。……許さん!」
阿呆共の殲滅が決定した瞬間だった。
「ただいま。って言っても誰もいないか」
今、みんなで帰ってきたんだ。誰もいるはずはない。……えっ? 午後の授業はどうしたかって? 授業はなくなった。
ボム達にグレタの現状を教えたら、あの全身武装のまま殺気を全開にして怒ってしまったため、学園にいたもの全てが気絶してしまった。
もちろん彼らの従魔も。あの派手好き阿呆教師が用意した魔法陣から出て来た調子に乗った魔物も、もれなく気絶し大人しくなったそうだ。お着替えと体調不良のため、午後はなくなりみんなで帰ってきたのだ。
ちなみに、カトレア達には異常はない。最初の俺の怒気に反応した熊ゴーレムたちの賢明な判断により、シェルターに避難したためだ。彼女たちは、自分の子達を大いに褒めたのだった。
「おかえりなさい」
誰もいないはずの我が家から、モフリスト共の返事がした。
「何故だ? 何故いる?」
学園でとりあえず、怒りを鎮めたボムが焦りだした。
「熊さーん! 待ってたのよ!」
振り払わないだろうと思って、ボムに抱きつくモフリスト共。何故ボムのことがこんなに好きなのだろう。不思議だ。
「は……離せ! どうやって入ったのだ?」
珍しく振り払うボム。すると、悲しそうな顔をするモフリスト共。
「私たちのこと……嫌いになってしまったの?」
その瞬間、ボムの目は死んだ……。ぶっちゃけ、ボムは嫌いではないからだ。カルラに優しくしてくれ、女の子には必要だと言い王女の誕生日パーティーでおめかしをするように助言をくれたり、ソモルンのお土産に何がいいか教えてくれたりしたため、強く振り払えないのだ。どうやら受け入れることを決め、大人しくモフられていた。
「だが、本当にどうやって入ったんだ? 説明してくれ」
「それはお客様が来てまして、その方が魔法で開けて下さいましたよ」
客が来てるなら早く言えよ! と、思わないでもないが、その客は知らないやつを人の家に入れる非常識なやつなのだから、構わないんだろうと思うことにした。そして応接間に入ると、その客はいた。
「初めまして。私ケットシーをしております、タマと言います。どうぞよろしくお願いします。本日は、急な訪問で失礼いたします。我が主が至急と申すもので、急ぎ来た次第でございます」
ケットシーは聖獣だ。ボムのように戦闘特化ではないが、妖精族のケットシーは知識・頭脳がずば抜けて高く、他にも特殊な能力を持つという。その主が気になる。間違いなく神獣以上だろう。
「ご用件を伺ってもよろしいですか?」
俺の緊張を感じ取ったのだろう。タマがニコリと笑いながら話し出した。
「そう堅くなる必要はございません。主とは親友だと伺っております。そして、私の主は【獅子王・リオリクス】様でございますので、その親友の貴方様もとても崇高な方と存じ上げておりますよ」
絶句だ。親友じゃない。そんなこと怖くて言えない。師匠と同格の方が、そんな気安い存在なわけがない。そして、何やら嫌な予感しかしない。お願いだから、何も言わずに帰って欲しい。
「分かります。嬉しいのでしょう」
何か勘違いしてくれている。ボムですら喜ばないぞ。きっとこう言う。
「そんな、畏れ多い」
とね。俺も同じである。
「では、用件をお伝えします。こちらでは、熊ゴーレムなるものを作れるそうですね。そして、形は自由だと。それを作って欲しいそうです。連絡手段を持っているのに使わない理由は、現在使えない状況にある仕事を受けているためです。そこで、私に手紙を持たせたということです。こちらが、その手紙になります」
そう言って、結構厚めの手紙を渡された。
覚悟を決め、いざ!
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