第三十六話 感動
そして、現在屋敷の庭である。
外に出た瞬間、一頭の狼が駆けてきた。真っ白というか、銀色の狼だ。名前は、ロンというらしい。ローズさんのモフリ要員らしいが、ロンは既にボムの配下である。
ボムに喧嘩を売り、ボムチョップ一発で、撃沈したやつである。ロンは召喚獣というやつだ。ロンは、本来のご主人である、ローズさんを一瞥すると、ボムの前で伏せたのだ。
「あの阿呆予備軍をボコボコにする。見ていくか?」
ボムの誘いを断る、阿呆ではないようだ。すぐに頷いた。ロンは、ランクBのシルバーウルフである。進化の可能性もあるらしいが、一応魔物である。それより、阿呆の坊ちゃまは、ある意味スゴイのかもしれない。
「ラース殿。済まないが、手加減をしてくれると、ありがたい。特に槍は止めて欲しい。一応跡取りなのだ。阿呆だが……」
どうやら、エルザさんに聞いたようだ。このメンバーだと、ボムとカルラとエルザさんしか、知らないはずだからだ。
「もちろんですよ。私は模擬戦用の武器を、用意してもらいましたから。刃がないやつですよ。それにテイマーですよ。安心してください」
と笑顔で言ったのだが、辺境伯はアイコンタクトでエルザさんに、確認を取っていた。答えはもちろん、ノーだった。一応彼女は、全てを一部始終見た、唯一の人間なのだ。辺境伯は、絶望である。
「早くしてください。店が閉まってしまいます」
どうやら彼は相当切羽詰まっているようだ。
「では、ギブアップか戦闘不能が、勝利条件です。怪我と装備の破損については、自己責任でお願いします」
そう言って、チラッと、シュバルツを見た。審判は彼なのだ。
「始め」
坊ちゃま風阿呆予備軍は、早く勝負を決めたいのだろう。長剣を振り下ろして来た。それを、短剣でそらして、弾いていく。もちろん、長剣の攻撃を、短剣で弾くのは難しい。だが、俺は短剣に、こっそり暴嵐属性を纏わせているのだ。当たるときの感触で、気づきそうなものだが、彼は気づかないのだ。同じ事をボムにやったときは、すぐに気づいたというのにだ。
さらに、コイツは体重移動が、滅茶苦茶下手なので、手だけで剣を振っているようなものだ。そんなことをすれば、疲れてすぐに、腕が上がらなくなるだろう。実際に肩で息をしている。
「ちょこまかと……逃げてばかりでは終わらないぞ」
そう言うが、俺は一歩も動いていない。ちょっとズルして、弾いていただけである。それに体力が尽きて、向かってきて欲しいだけだろう。魂胆が見え見えだ。
「腹が減ったぞ。早く終わらせろ」
と、注文が入ったため、向かっていってやることにした。明日はダンジョンだから、早く寝たいのだ。
まず、首元に軽く刺突。ちょっと喉が痛くなる程度だろう。次に、膝裏の鎧の隙間に軽く刺突。膝カックンである。手順は違うが、Aランク冒険者風阿呆と同じ姿を、さらしたことになる。エルザさんとシュバルツは見ていたから、まさか! と思うが、そこまではしない。
ひたすら、鎧の隙間に軽く刺突して、声が出そうになったら、また喉に軽く刺突する。それを、相手の心が折れるまで、ただひたすら、繰り返すだけである。狼二頭は悪魔だと思い、ボムさんとカルラは、スッキリしたのか、大爆笑である。
怪我も打ち身程度であろう。
槍は打ち込まなかったが、たまに意識を失いそうになったら、隙間から刺突して、目を覚まさせてやり、ときには短剣の腹での、往復ビンタをしてあげること二十分ほど、彼の心は完全に折れたようだ。白目を剥いて倒れてしまった。
「勝者、ラース殿」
「なんとか勝つことが出来ました。危なかったです。テイマーには、難度が高すぎますよ」
と答えてみた。
彼らからは、抗議の目を向けられるが、無視である。無視繋がりで思い出したが、あのメイド風阿呆その二はどうなったのだろうか。
その一も一緒に入れてのもう一巡か、草人間を入れるのも面白そうだ。痛覚はないが、痒みはどうなのか、実験出来そうだからだ。マッドなことを考えながら、坊ちゃま風阿呆予備軍を放置して、厩舎へ行くことにした。
その道中。
「後でロンを綺麗にして、一緒に飯を食うぞ。俺は、子分を大切にするタイプだからな」
と、ボムが言っていた。
綺麗にするのは、ボムではないのだが、モフモフのために、言うことを聞く人は、ここには山ほどいる。メイドの何人かも狙っているのだ。
この家の使用人の基準に、モフモフを愛せるかというものが、あるのだそうだ。故に、モフモフを愛して止まないものが揃い、子供たちは小さな頃から、モフモフの英才教育が始まるのだ。完成形は、もちろんエルザさんである。もう一人いるのだが、今はいない。
「確かここだったな。それより呻き声がすごいな。どうしたのだろうか」
荷車からの呻き声がすごいのに、馬たちは気にしていないようだった。ボムは馬の調教師になれるのではないか? と、思わないでもないが、馬が可哀想なので、止めておこう。
そう思いながら、荷車の荷台に、穴を開けてみると、水をあげ忘れていたことを、思い出した。それに加え、味覚が崩壊しているため、普段マズいものが旨く感じているようだ。汗も美味しいのだろう。たぶん……。
草人間は、草だから大丈夫だが、他二人がすごかった。片方は廃人寸前で、片方は名実ともに、男色愛好家だったはずだ。お互い水を求めあっていたのである。カルラの教育に悪いことは、止めて欲しい。それにうるさくて、馬たちが休めないのは、可哀想である。
メイド風阿呆その二が入ってる穴を開け、中を覗くと、パンパンに腫れた、誰か分からない人が、そこにはいた。磔にされて。
虫を威圧して、退かして穴を広げ、メイド風阿呆その二に、解毒剤と体力回復の失敗ポーションを飲ませる。これで元通りである。彼女はやっと解放してくれると、思ったのだろう。嬉しそうに涙を浮かべていた。それを横目に、穴から上がり荷車の下へ。あまり触りたくなかったため、全て魔術でやってしまうことにした。
まずは普通に、荷車を滑り台のようにして中身を出し、服を焼いて全裸にする。火傷は失敗ポーションで治し、磔にして穴の中へ落とす。そして、虫たちに向けた威圧を解除して、宣言する。
「第二回パンパン変身ツアーへ、ようこそ。第一回は、寂しい思いをさせてしまいました。第二回は友達と、是非気持ちを共感させてください。そして、シェアしていいねをもらいましょう。では、いってらっしゃいませ」
と言って、蓋を閉じたのだった。汗を拭う仕草をしながら、後ろを振り返ると、ボムとセルは爆笑していて、カルラはボムに、目を閉じられていた。
その他は震えていた。まさか、二回目をやるために、回復させると思っていなかったのだろう。だが、麻痺してしまっては、お仕置きにならないため、仕方がなかったのだ。
そして、ロンを綺麗にして、中に入っていく真面メンバーたち。ちなみに、坊ちゃま風阿呆予備軍は、中に入れられていたようだ。
晩御飯は俺が用意するので、出さなくて構わないといい。ボムたちと客間に行く。これから、俺達が寝る部屋である。幸いにも、ベッドの買い換えを予定している部屋があったため、そこにしてもらった。
我が家は、床に布団を敷いて寝るのだ。おデブさんがいるからである。そして、何故かついてくる王女。王女は別室である。それなのに、ついてくる。
「部屋、間違えてますよ」
と言ってあげた。
「間違えてないのじゃ。カルラも熊さんも、それに狼さんもおるのじゃ、ここ以外に部屋は空いていなかったのじゃ」
コイツは何を言っているんだ? と、思わずにはいられなかった。
「未婚の女性が、男性と同室になると、あらぬ疑いを、かけられてしまいますよ。王族として駄目でしょ。それにモフモフが、どうしても欲しいなら、ローズさんの部屋に、ロンがいますよ」
そう言うと、悔しそうにしなが、頭をフル回転させてるようだった。そして思いついたのだろう。ニヤリと笑った。
「昨日。暗部が来たのではないか? それならば、今夜も来るかもしれん。怖いのじゃ。お主は、護衛じゃろう。妾を守って欲しいのじゃ。故に、同室の方が守りやすかろう?」
と、すごい形相で説得してきた。そして、カルラをチラリと見て、妾を守ってくれぬか? と、カルラに言っていた。なかなか強かな王女である。モフモフしてるときは、間抜けな顔を、さらしているのにだ。
『カルラ守るー!』
「諦めろ。それより飯だ。ホールとやらに行くぞ」
「あとで念書を書いて貰いますからね」
「任せておくのじゃ。……勝ったのじゃ」
という小声が聞こえてきた。絶対に念書を書いてもらおう。そう決意したのだった。
『娘が一緒に寝るなら、話をする暇がなさそうだから、言っておく。エルザ曰く、誕生日プレゼントなるものが、あるそうだ。王族や貴族の誕生日プレゼントでは、珍しいものをあげるのを、競って行っているらしい。一般的なものをあげると、馬鹿にされたり、招待した者も一緒に、馬鹿にされたりするそうだ。だから、行くならば、何か持っていった方がいいと言っていた。エルザは護衛騎士だから、必要ないらしい。カルラに、恥をかかせるようなことはできん。何か珍しいものを考えろ』
『確かに誕生日プレゼントは、結構どこにでもあるな。ちなみに、カルラは何をあげたいんだ?』
『カルラはねー、熊さん!』
『……何故熊さんなんだ?』
『リアは、父ちゃんのこと好きなの。でも、カルラの父ちゃんは、あげられないの。カルラのだからね。だから、熊さんをあげたいの。駄目かなー?』
『駄目ではない。駄目ではないぞ。兄ちゃんに任せるのだ』
と、何故かボムが、目に涙を溜ながら、カルラに返事をしていた。嬉しかったのだろう。尻尾が激しく揺れている。
『どうなのだ? 熊をあげられるのか?』
『ちょうど、やりたかったことがあるから、大丈夫だ。ただ、カルラからのプレゼントなんだ。一緒に手伝ってくれるだろう?』
『うん! 一緒にやるー♪』
『父ちゃんも手伝うぞ』
『姉ちゃんもよ』
『わーい! ありがとー♪』
と、話したところで、ホールに到着。床に布を敷いて、皿を置いていく。そして、プモルンに頼んで、料理を出していく。もう面倒くさかったから、そのまま出した。賢い系真面貴族筆頭なら、大丈夫そうだと、思ったからだ。誰もパンパン変身ツアーを、やりたいと思わないだろう。
ちなみに、寝込んでいる坊ちゃま風阿呆予備軍以外の全員で、食事をしている。テーブルがいい人は、自分で料理を取っていって、もらうようにした。
そして、おデブさんの近くには、プモルンを置いている。専属のウェイターである。それぞれの期待を胸に爆食が、今始まるのだ。そこからは、やはり無言だった。直前までモフっていた者も、全員無言で食べたのだ。
最初は料理長も渋っていた。
当然だろう。
マズいからいらないって、言っているようなものなのだからだ。だが、食べてみたら分かったのだ。今までのものは、ただの塩味に、香りを変えているだけのものだと。
これは王族でも、食べられるものではないことを。そして、それと調和する酒も、最高であったのだ。これからも、絶対に敵対的行動をせず、いろいろ教えてもらおうと、決心したのだった。
「アレを出せ。大きいやつだぞ。あと、ソモルンの補充はちゃんとしているだろうな? 忘れていたら、チョップだぞ」
忘れるはずがない。
毎朝、確認してくるのが、日課なのだ。そして、ボムの言うホールケーキを出したのだ。まだ、パーティーケーキとかいうデカいのは、教えていない。あれは、なかなか高いのだ。今は、金銭的に不安なため、まだ教えるわけにはいかない。
「これより大きいのはないのか? すぐに終わってしまう。それに、本屋で買った本に書いてあったやつは、もっとデカかったぞ。まさか隠してないよな?」
鋭すぎる熊さんだ。
これが野生の勘なのだろうか。
「隠してはいない。現在買えないだけだ。今日ギルドに登録出来ていれば、買えたんだ。それに、アレはソモルンとの再会を祝うときまで、取っておこうと思うんだ。このホールケーキも初めて食べたときは、ソモルンと一緒だっただろ? なら、次も一緒の方がいいだろ?」
「そうだな。ソモルンと一緒がいいな。じゃあ、その時を楽しみにしてるぞ」
やっぱり、このおデブさんは、ソモルンを中心に世界を回ることを、やめたわけではないようだ。そして、デザートを食べ終わり、ローズさんに、一緒にアハト伯爵の領地へ行ったメンバーを聞いた。
「同行者は、マーガレット侯爵夫人。ゼクス公爵閣下。セシリア公爵夫人。イリス第三王妃様。そして、国王陛下です」
錚々たるメンバーだった。
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やる気が満ち溢れます。




