第三十四話 悪魔襲来
今、エルザさんの母親、ローズさんの部屋の前にいる。現在確認作業中である。ボムが入っても、大丈夫かという。
病人の前に、いきなりボムが現れたら、不幸以外の、何物でもないからだ。そして、許可が下りた。現在彼女は、寝いているそうだ。本来、寝ている女性の部屋に入るのは、失礼に当たるが、仕方がない。説明が面倒だからである。まだやることは山ほどあり、状況説明からやり直すのは、勘弁願いたい。これは全員の意思が、通じた結果なのである。
「失礼します。ああ……なるほど」
たまに忘れるユニークスキル、【神魔眼】で視たのだが、どうやらなかなか、厄介な事になっているようだ。
「これはちょっと……」
と、口に出したところ、怒濤の攻めが待っていた。
「そんな……。どうにもならないのですか?」
「本当に無理なのですか?」
『治せないの?』
「おい。なんとかしろ」
まだ続きがあったのに、早とちりで攻められるとは、思わなかった。辺境伯、エルザさん、カルラ、ボムの順に詰めよってくる光景は、迫力満点である。特にボム。
「まだ続きがあります」
「なんだよ。カルラを不安にさせるなよな。さっさと続きを言え」
現在のボムは、カルラを中心に、世界が回っているようだ。以前はソモルンだったのだが……。
「まず、一つは病気でしょう。エルザさんと同じ病気です。心当たりがあれば、教えて下さい。次に、毒物ですね。いわゆる、魔薬というものですね。この魔薬の恐ろしいところは、一度でも摂取すると体内に蓄積してしまい、完全に取り除かなければ、後遺症を発症することです。最後に呪いですね。呪殺という方法がありますね。それです。
ただ、体の見えるところに、魔紋が見当たらないし、近付いても、魔力を感じないところをみると、毎日継続的にかけられているみたいですね。ちなみに、これならすぐに解呪でき、犯人も分かると思いますよ」
と、説明してみた。
驚愕の説明を聞き、本日二度目の、茫然自失である。悪意のスペシャルコースを、体験中の彼女は、相当悪い人間なのか、それとも激しく嫌われているのか、それとも他に何かあるのだろうか。だが、ボムには関係ないようだ。
「おい。カルラに移ったりしないよな? 病気も呪いも」
心配のようなので、結界を張ることにした。
――結界魔術《聖域》――
この結界は、範囲内の浄化、抗菌滅菌、消毒をしてくれる優れものである。ただ、難点もある。まず神聖魔術を使えない場合は、発動しない。さらに、結界とは言っているが、防御能力はゼロである。例外としては、アンデッドの攻撃は防ぐということだけである。
まあ医者や教会の方達には、最適だろうが、そもそも使えない。基本的に、何でも魔法なため、菌という存在を認識していないのだ。消毒はする。だが、汚れを取るくらいにしか、思っていない。必要がないなら、いいのだろう。それに、魔力量の消費が多いのだ。魔術二つ分だからである。
さて話を戻すが、結界を張ったことで心配事は、一つ消えた。次に、呪いを解呪することにしよう。
――神聖魔術《解呪》――
普通の回復魔術の解呪でも、大丈夫だっただろうが、念を入れてのことである。そして、犯人は現場に戻ってきたのである。
「奥様、どうかされましたか?」
寝ていたのだ。呼ぶはずはないだろう。俺は、メイド風阿呆その二に、蹴りを浴びせた。
……だが、まさかナイフで受け止められるとは、思わなかった。本気ではなかったにしろ、普通のメイドには、到底無理である。コイツも、武闘メイドというやつだろう。この二日間で、何人かと戦闘をしてきたが、コイツが一番強そうだ。
「なかなかやりそうだ。そちらもナイフだし、こちらもナイフを使うとしよう。少しは楽しませて欲しい。頑張ってくれ」
俺のナイフは、大型のシースナイフである。対して、メイド風阿呆その二は、ダガーナイフというものだ。彼女のは、特に刺突に特化しているようだ。ちなみに、ボムとカルラは観戦モードである。ついでに、蒼い狼もである。他数名は、未だ茫然自失であった。
だが、そんな願いを、叶えてくれそうもなかった。隙も出来ていないのに、喉を突いて来たのだ。鎧を着ているから、仕方がないのかもしれないが、少しは魔法と組み合わせてみても、よかったではないかと、思ってしまった。ボムもガッカリである。
そんなボムに、少しでも楽しんでもらうことにした。まず突いてきた方の手の、手首を切り飛ばした。目の前に落ちる、手とナイフ。目を見開くメイドだが、さすがプロである。すぐに止血をし、新しいナイフを、残った左手に持つ。
俺は、生活魔法でナイフを綺麗にして、鞘に戻した。メイド風阿呆その二は、舐められていると思って、怒りの表情を浮かべ、ナイフを突き出す。このナイフは、魔道具だったようで、スペツナズナイフのように、刀身が飛んできた。もちろん避け、後ろにいたボムに、叩き落とされていた。
そこで俺も真剣白刃取りならぬ、真剣細腕取りをグーで行った。結果、メイド風阿呆その二の左腕は、粉砕された。だが、このままでは、彼女も生活出来ないだろう。優しさを見せてこそ、男である。足元に落ちていた彼女の手に、阿呆共が愛して止まない薬を、切断面に塗りつけて、叩きつけてやった。文字通り、本当に叩きつけたのだ。
――魔闘術《空撃》――
この技は、空気の塊を、相手に叩きつけるもので、近接しか戦えないと、思われている武闘家の、数少ない遠距離攻撃なのである。そして、彼女の手を宙に投げ、タイミング良く、その技を極めたのだ。
彼女の手が、彼女の胸に飛び込んで行った。本当に帰りたかったのだろう。すごい勢いで、飛び込んでいったのだ。これには、ボムさんからお褒めの言葉を頂いた。
「なるほど。ああいう風にも使えるのだな。敵の体の一部も弾丸に出来るのか。久しぶりに勉強になった」
と、言っていた。
そして、こちらの思惑通りに、ポーションを飲みながら、手をくっつけた。
「……か……痒い! な……何これ! 何をしたのよ!」
先ほどまで一言も発さず、黙々とナイフを突き刺そうとしていたのに、表情が一変。だが、このメイド風阿呆その二は、カルラの友達である、エルザさんの母親を苦しめている、張本人だ。簡単には、許しはしない。
まず、毒は原液である。
そして、仲間なのだから、メイド風阿呆その一とお揃いの、お仕置きがいいだろう。だが、コイツはバージョンアップしたものを、体験してもらう予定である。そこで意識を取り戻した全員で外へ。
人から見えず、開いたところは、厩舎の近くしかなかったのだが、本当に申し訳ないと思う。ボムから解放されて、寛いでいるところに、また悪魔襲来であった。
空いている場所に穴を開ける。ここまでは、いつもの作業だ。もう慣れたものである。次に裸に剥いた、メイド風阿呆その二を、磔にして穴の中へ。
「何する気なの? こんなことをして許されると思っているの? 私が何をしたって言うのよ! 攻撃されたから、反撃しただけよ」
意外なほど正論である。
だが、世の中客に、ダガーナイフを向ける、普通のメイドはいるのだろうか。
「アハト公爵の命令で、呪いを掛けていたとか?」
そう言うと、目が泳ぎだした。鎌を掛けただけなのに、確定である。
「し……知らないわよ! そんなこと! 証拠は……証拠はあるの?」
「一般層の冒険者ギルドの、地下倉庫で見つけましたよ」
と言ってみた。
あの中のものは全部持ってきた。王女権限でだ。本来は無理だが、王女襲撃の証拠を確保するためには、必要だったからだ。そして、現在はスキャナでコピーして、図書館に保存・解析中である。全てプモルン任せで。
だから、まだ証拠はないのだが、その言葉で十分だったようだ。大人しくなってしまった。
「さて、お仲間も体験した、廃人コースのスペシャルバージョンを、御賞味あれ」
そう言って、穴の中へ魔術を発動した。
――闇黒魔術《蠱毒》――
ただし、あの痒い毒の元となった、虫だけである。死にはしない。痒いだけだ。そして、掻けない。現在も手首の中が、痒いのだろう。もじもじしている。磔になっているためだ。
「楽しみを邪魔するのも悪いから、あとで迎えに来るまで蓋をしておきますね」
「この悪魔ー!」
と、優しさも分からず、悪魔と叫ぶ声を無視して、蓋をした。
そして、シュバルツや馬たちは思ったのだ。馬たちにとってボムは、悪魔。人間にとってラースも悪魔。悪魔のコンビなのだと。
そして、お願いだから、カルラにはこうならないように、切に願うのだった。蒼い狼は、悪魔になりそうだから、元から期待などしていない。
さらに、辺境伯は娘の言ったことを思い出し、丁重に扱うことを、心に決めた。賢い系真面貴族筆頭になることを、決めたのだった。
「では、戻って治療の続きをしましょう。あとは、病気と魔薬ですから。病気に関して、何か思い出しましたか?」
部屋に向かって歩きながら聞くと、エルザさんが思い出したようだ。
「確か、私たちの部隊とは別に支援に赴いていた、馬車の集団がありました。貴族の馬車だったようだが、私はその後すぐに倒れてしまって、確認出来ていません。ですが、うちの馬車ではなかったはずです」
それなら、それに乗っていたのだろう。その場合、他にもいるのだろう。面倒事の予感がする。
「ずっと気になっていたのですが、その領地の領主は誰で、薬は誰が手配したのですか?」
悪意満載の薬と、完治してもいないのに、領地から出す阿呆貴族の正体。明らかにわざとだろう。
「領主は、アハト伯爵です。薬を手配したのは、アハト公爵です」
「はっ? どちらもアハトということは、親戚か何かですか?」
「親子です」
絶句である。
蛙の子は蛙なのだろう。
阿呆の子は阿呆だったのだ。
「その病気にかかって生き残った人に、後遺症はなかったのですよね? その人たちは、今どこにいますか?」
「その方たちは、伯爵家で働いている者と、伯爵の家族なので、伯爵の家にいます」
完全なる茶番劇である。
伯爵は最初から、自分たちの薬だけを確保していたのだ。しかも最高品質で。領民が死のうが、構わない行為をしたことになる。そして、おそらくは、その馬車で来てたものたちが、主役だったのだろう。エルザさんは巻き込まれただけだ。俺と同じパターンである。
「それならば、お母さんを治して、聞くことが一番早そうですね。王女襲撃事件とも、関わりがありそうですしね」
そう言うと、辺境伯と王女たち当事者は、まさか! という顔をしていたが、まだ確実ではないため、何も答えるつもりはない。この間、カルラがボムに、何かを相談していて、ボムが頷いている。
「あとで話があるからな」
とだけ言うのだった。
あと、辺境伯は、ボムが話していることについては、思考を放棄したため、気にしていない。ただ、心配事があるが、まずは治療だと思い、またも思考を放棄したのだった。
そして、再び部屋へ。
期待の視線が突き刺さる中、治療を始める。
――生命魔術《完治》――
――生命魔術《吸毒》――
――生命魔術《解毒》――
――生命魔術《薬物生成》――
まず、あの疫病を完治させた。
次に蓄積されている魔薬を、吸収してしまうことに。これは本人に返すつもりなので、しまっておく。そして、微量ながら残った魔薬を消して、最後に栄養や体力回復に効果のある、ポーションを飲ませて終了である。直に目を覚ますだろう。
そう言うと、疲れた体を癒してくれる存在が現れた。
『兄ちゃん! ありがとう!』
と、ペコリとお辞儀した後、抱きついてきて、頬にお礼のキスをしてくれたのだ。今回ばかりはボムも、抱きつくことを、許可してくれたようだ。そして、キスを羨ましげに見る王女。エルザさんは、母親が治ったと聞いて、それどころではないのだ。
だが、ここで王女を除く全員が、やっと気づいた。俺が魔術を使っていることに。そして、今までのも、そうだったのではないか? と、思い始めたのである。
王女は、モフモフに夢中なので、気づかない。そもそもここにいるのも、モフモフがいるからだ。しかし、俺の幸せな時間は、長く続かなかった。ボムに取り返されたからだ。
ボムは、デブなのが原因なのか、ベッド脇の床に座り込み、カルラを抱いて、ローズさんの顔をガン見している。カルラは、手をベッドの縁に置いて、ボムと同じように、ガン見しているようだ。さらに、狼もベッドに顔を乗せている。コイツらは疲れたのか? と、思ったのだが、どうやら違うらしい。
ローズさんの瞼が動き、そろそろ目が覚めるようだ。
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やる気満々になります。




