第十八話 旅立ち
別れの瞬間は、なかなか来なかった。
「おい。早くしろよ。決心が鈍るだろ」
ボムが何かを催促してくるが、何を求めているのだろうか? と、疑問に思う。
「どうやって出発するつもりだ?」
「はっ? カルラも飛べて、お前も飛べるんだろう? それならば飛んで行くのが、一番早いじゃないか」
さも当たり前のごとく提案する、我が家のおデブさん。そう。俺はお供え物のお陰で加護をもらい、異世界電脳で魔導書の読み込みもしたおかげで、飛行魔術が使えるのだ。
「却下だ」
だが、断る。
「何故だ? お前はソモルンの笑顔を見たくないのか?」
不機嫌そうに見てくるボムと、悲しげに見てくるソモルン。
違う。
そもそもボムは、空を飛べない。
つまりだ、この巨大なおデブな熊さんを、掴むか背負うかして、飛べと言っているのだ。無理だろう。九歳の子供にさせることではない。
「ソモルンの笑顔は最優先で見たい。だが、お前を背負って飛ぶのは無理だ。掴むのもなっ! 考えてもみろ。お前はドラゴンを背負って飛べるか?」
「ドラゴンを背負う必要なんかない。アイツらは飛べるからな」
そういうことではない。
ソモルンとカルラは、面白かったのか爆笑している。プモルンも肩を震わせて、我慢しているようだ。
「じゃあ、ランドドラゴンだ。アイツらは飛べないからな」
「あんな重い奴らは、嫌に決まってるだろ」
「そういうことだ。今の俺の心境がそれだ」
「じゃあ、どうやって行くんだ?」
やっと理解してくれたようだ。
まあこんなこともあろうと、船を造っていたのだ。簡単なボートみたいな屋根なし、帆なしで木造だ。ただ、動力は錬金術で作ったアクアジェット推進機をつけて動かすわけだが、沈まないかどうか不安になる。
とりあえず、ここから一番近く、学園国家グラドレイの隣の国で、この世界で一番真面な【ドライディオス王国】を目指して出発することに。
だがまずは、ここに毎年来る人たちが船を置いている小島に行くため、一路進路は北に。
不安定な船に恐る恐る乗るおデブな熊さんと、それに抱きつく可愛いカルラ。俺も乗り込んで、いざ! 出航!
「「『いってきまーす!』」」
『いってらっしゃーい!』
姿が見えなくなるまで、お互いに手を振り続けた。
さすが、試運転なしで出航しただけのことはある。最初はよかった。寂しさに目を潤ませつつも、初めての船旅を楽しんでいた。だが、この世界の沖には、強力な魔物がいることを忘れていた。ソモルンとの楽しい日々が終わるという、悲しみに気を取られすぎ、誰もが失念していた。
まぁ関係あるのは、俺とボムだけなのだ。
昨日生まれたばかりのカルラには、失念もなにもないのである。毎年祭壇に祈りに来る人達は、特別に加護を受けた船を使い、さらに魔物の脅威が弱まる時期に来て、そして帰って行くわけだ。
そして、現在の状況を端的に説明すると、めちゃくちゃ襲われている。空から海から。カルラは初めての経験で怖いのか、目を瞑ってボムに抱きついていた。そんなカルラを抱きしめ、撫でているボムは、俺を見て……
「やれ」
と、一言。
彼はカルラを撫でるのに、忙しいようだ。
この二年の修行の成果をお披露目しよう。
――雷霆魔術《召雷》――
お気に入りの雷霆魔術。
規模と威力がすごい上に、速度もあるから当てやすい。そもそも範囲が広いから、楽だ。その魔術は、広範囲に複数の雷が幾筋も落下してくるという魔術だ。触れるだけでも麻痺させられて、Cランクまでなら瞬殺である。
だが、その直後その魔術を使ったことを後悔する羽目になるとは思いも寄らなかった。
無限収納庫の口を大きく開けて、落ちてくる魔物の真下に移動させ、次々に収納していく。幻想魔術で使う心臓は、新鮮さが重要だからだ。時間停止機能のある、無限収納庫は幻想魔術を使うのに最適のスキルだと思っている。ちなみに海の魔物は沈む前に、プモルンがストレージにしまっている。
しかし、現在船は停まっている。
理由は、雷で推進機が壊れたからだ。
「おい。どうするんだ?」
落ち着いたカルラを、撫でるのを辞めることなく聞いてくる、ボム。まぁこんなこともあろうかと、準備はしていた。それをやるだけだ。上手くいくかは、やってみなければ分からないのだが、おそらく大丈夫だと言いたい。
「まあ任せろ」
そう言って、まずは推進機を外してストレージへ。修理か改修しなければならないからだ。まあ魔導機工房がアンロックされるまで放置でいいだろう。
続いて、探査スキルを使う。
北に向かって流れてる海流を発見。
あとは、そこに向かって突っ込んで行けばいいだけである。方角を確認して、手を後方にかざす。
反動を使いたいのだが、不思議現象なのか知らないが、風属性の魔法を使っても体は動かない。つまり、帆に直接当てるしかないのだが、この船に帆はない。
最初、爆発を利用しようと思ったのだが、この船は木造だ。木っ端微塵になりかねない。そこで思いついたのは、水で押し流してもらおうということだった。では、早速。
――流水魔術《雲竜水》――
手をかざした場所から、水が発射するイメージで発動させる。強すぎると、木っ端微塵だから、強すぎず弱すぎず……。すると、すごい勢いで押され始め、魔術の発動時間が経過し停止する頃には、目標地点へ到着。あとは潮に乗るだけで島に近付くから、そのときになったら考えよう。
とりあえず、船旅というか漂流を楽しもう。
魔物狩りも、ついでに。
街で売るつもりだ。
そして、冒険への期待に胸を膨らませ、海を進んでいくのだった。
◇◇◇
とある島の森の中。
周囲には遺跡群があっただろう光景が。
長い時間をかけて風化した姿をさらしていた。
見飽きたその光景を見ながら、独り呟く。
「つまらん。暇だ。永き時を生きてきたが、暇の一言に尽きる。
我は決して、仕事をサボっているわけでも、サボりたいわけでもないのだ。だが、あの遊び好きのように、少しは楽しんでも罰は当たらないと思うのだが、いざ何をしようと思っても、ここには何もないのだ。はあ~。何か面白いことはないかのぉ」
◇◇◇
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やる気がみなぎります。




