「キラキラヒカル」シリーズ 8 (前編)
「キラキラヒカル 8」
〇もくじ
第1話 ~ 第16話 (前編では 9話まで)
登場人物の履歴一覧
中野地区MAP
〇配役(次のように配役を決められますとさらに面白くなります。)
明星光・・・あなたの好きな男優
三鳥礼子・・・あなたの好きな女優
マチコ・・・マツコデラックス
荒川さおり・・・江角マキコ
冬木マリ・・・夏木マリ
郷雅俊・・・竹野内豊
春日ひろみ・・・オードリー春日
鳥谷すみか・・・久慈暁子
山中良男・・・天野ひろゆき
小袋花袋・・・林修
権藤博文・・・やくみつる
清水若菜・・・壇蜜
大野竹輪・・・大野智
原作: 大野竹輪
ここでは光の一つ上の学年について書いています。
第1話
ここは東京近郊のとある高級住宅地の一つにほぼ近いところである。
そしてここは風光明媚なことでとりわけ人気の高い駿河台地区。
北には小高い自然の山々が一望でき、またその周辺には新緑に満ち溢れた大小さまざな木々があちこちに見え隠れ、東から西へと目を動かすに従ってなだらかなスロープのある道路の白いガードレールがわずかに見ることもできる、そんなとても自然環境の良い、その上景観もみごとな場所である。
そして地区のほぼ中央に位置するのがヨーロッパから取り入れ近代風に設計された駿河台公園があります。
そしてそこから約2キロメートルほど離れたところにある南高針地区。
中央には南高針小学校と南高針公園があり、そのすぐ西に一際目立つ花園学園大附属中学と高校がある。ここは常に一貫教育を目指し、早くから幼稚園と小学校も併設されていました。
今日は晴天に恵まれた清々しいそんな日和の入学式の当日、高校の門を次々とくぐる親子や教職員を気にもせずに1台のダークブルーのベンツが割り込むようにして入ってきた。
やがてベンツは1階入り口の駐車場にゆっくりと止まり、そこから光の両親が召使2人に続いて車から降りてきた。
母親はかなりの有名女優でこの近所でも知らない人はまずいないだろう。
周りの人たちは一斉に彼女に注目する。
勿論彼女の衣装はこの日だけの特注、年齢にはとてもじゃないが似ても似つかぬショッキング・ピンクのワンピースにフリルが付いていて、さらにサマンサタバサのラメの入った少し大きめのバッグ、グッチのブレスにはブランドが何なのかわからないがとにかく宝石がちりばめられている。
説明しだしたらきりが無いがその他いろいろなブランドに全身が包まれていた。
そして母親は気取りながら会場となる講堂に向かってゆっくりとまるでお姫様のように歩いていた。
その後を蝶ネクタイにグレーのブレザー、やや大きめのスラックスを身にまとった父親が周りを気にしながら、自らは全身固まりながらついて行く。
さらに付き人が2人、左右にぴたりとくっ付いて歩いていたのである。
翌日の授業初日。A1クラスには、荒川さおり、冬木マリ、郷雅俊、春日ひろみ、鳥谷すみかがいた。
しばらくざわついていた教室だったが、担任の女性教師が時間に10分ばかり遅れてようやく教室に入ってきた。
するとすぐに教室の中は一転して静まりかえった。
彼女は真ん中の教壇に立つと、
教師「んんん・・・」
彼女は1、2度ばかり喉の調整をしてから、
教師「えー今日からこのA1クラスの担任になった・・・」
教師が黒板の中央に小さく名前を横向きに楷書で書きながら、
教師「清水若菜です。」
清水先生は両手を前で軽く組んで、それからゆっくりとお辞儀をした。
薄い水色の水玉模様が入ったワンピースにベージュのロングスカート。そしてベルトは赤だった。
かなり流行を意識したスタイルだ。
清水「まだみんな顔も名前もわからないと思うので、昨日の入学式のときに撮ったクラスの集合写真をそこの横の壁に貼っておきますので、休み時間を利用してみてね。みんな早く覚えましょうね。」
そう言って清水先生は壁際にゆっくりと歩いて、そしてB4サイズの大きなクラスの集合写真を壁になじむようにしっかりと貼った。
やがて教壇に戻った彼女は両手を教壇の前側の左右の淵にそれぞれ置いて、それから自分の経歴やら、過去の担任したクラスの思い出やら長々と語り始めた。
その話がようやく終わったのが40分後だった。
清水「さてと、今日は教科書をもらって帰ってもらいますね。まず受け取ったら全ての本に名前を記入してください。」
こうして教科書の配布が始まった。
生徒は1人ずつ順番に前に来て1つの束になった教科書を勝手に受け取ってまた席に戻って行った。
その間清水先生は教室の窓から外をじっと眺めていた。
やがて、
清水「あと、クラブを決めてもらうためにクラブ紹介のパンフレットを配りますね。今日から以降昼休みや放課後などを利用していろいろ見学して、自分の希望するクラブを決めたら、そのクラブに1つ入ってください。なお入部に締め切りはありませんから、よろしくね。」
その後2限目はホームルームの時間になり、1人ずつ自己紹介をしていた。
さおり「荒川さおりです。趣味は32アイスクリームを食べることです。」
全員が笑った。
マリ「冬木マリです。日本人とアメリカ人のハーフです。趣味は本を読むことです。いえ本を見ることです。」
あちこちで笑いが起こった。
郷「郷雅俊です。趣味は音楽で聴く事も歌う事も演奏するのも好きです。休みの日はけっこう時間をかけてギターを弾いてます。」
クラスの中が一瞬静まり返った。
春日「えーと、オレは・・・」
全員「はい次!」
春日「な、なんでだよ。まだ何も言ってないよ。」
全員「言わなくてもいいよ。話し長すぎー!」
春日「な、なんてことを・・・」
・・・・・・・・・・・
そして、
清水「では、今からクラス委員長を決めたいと思いますが、まだ皆誰が誰やらわからないと思いますので、くじ引きにしようかと思いますが、どうでしょうか?」
クラスの多くが拍手した。
春日「ジャンケンがいいなあ。」
教室の一番後ろの席に座っていた春日が急に答えた。
春日は右ひじを付きながら、さらに左の人差し指で耳の穴をいじりながら、清水先生の方を見ていた。
さおり「くじ引きでいいよ。」
さおりが強い口調で割り込んで言った。
春日「いやあ、ジャンケンでしょ。」
さおり「くじ引き。」
今度はさおりが振り返り、春日の方を見ながら言った。
春日「ジャンケンでしょ!」
春日の声が大きくなった。
さおり「くじ引きに決まってんじゃん!」
春日「ジャンケン!・・・ポーン!」
・・・・・・・・・・・・・・・
清水先生はしばらく2人の様子を見ていたがやがて、
清水「じゃあ、皆さん。この2人にしますか?」
クラスの多くが拍手した。
春日「おいおいおい・・・それはないっしょ。」
さおり「はあ・・・・・」
呆れるさおりだった。
春日「じゃ、もうくじ引きでいいよ。」
春日が左肘を着きながら言った。
結局振り出しに戻って、くじ引きで決める事になった。
くじが済んだ生徒は皆清水先生の様子をじっと伺っていた。
清水「えー今からクラスの委員長を発表します。郷雅俊君です。」
クラス皆が拍手した。
そしてこの日の授業は終わった。
生徒は皆蜘蛛の子を散らすような速さで帰って行ったのだった。
翌日(授業2日目)のA1クラスの朝礼でクラスの副委員長にジャンケンで負けた春日が決まった。
春日「あーあ、どーなってんだよもう・・・」
春日は落ち着きがなく教室にいる間はずっとイライラしていた。
郷「ほんとだよね、なんかやる気がないよなあ。で、クラブどうする?」
春日「オレができそうな奴がないんだけどなぁ・・・お前は?」
郷「オレは軽音楽部。」
春日「軽音楽・・・はあ・・・。オレ歌が下手だしなぁ、運動もいやだし・・・ううん、家庭科部はないのか?料理して食べるやつ。」
郷「そんなのないよ。」
春日「なんだよ、せっかく飯が食えるかと思ったのに・・・」
郷「そういう奴がいるからないんだよ。」
春日「トゥース!」
郷「ほんとうは家庭部があったんだけどね。2つに分かれてて、昨年に調理室でノロウイルスが見つかって、調理はしばらく休部になってんだよ。募集はたしか裁縫だけだと聞いてるけど。それはどうでもいいけど、オレ中学の時ギターを弾いてたからさ。」
春日「いいなあ、それ。中学のときは、早弁ばかりで、昼になると、腹へって・・・」
郷「お前、食う事ばっかだな。」
春日「トゥース!」
郷「なんだよ、その人差し指は?」
春日「決まってるでしょ。ポーズ!」
郷「何でもいいから、早くクラブ決めなよ。」
春日「そのうちに。」
翌日(授業3日目)のA1クラス。
1限目は美術だった。
生徒は全員美術室に移動して講義を受けていた。
美術の講師は非常勤の23歳で草食男子の花出先生。
小柄でスリムな体だが声はかなりでかい。
ベージュのジャケットに紺のズボンだが、何故か妙に似合っていた。
花出「始めまして、私が美術担当の花出聡です。」
春日「なんだよ大声で・・・」
花出「そこの君、何か言ったか?」
花出は声のする春日の方を指差した。
春日「いえ別になんでもありません。」
花出「今日はさっそくデッサンを皆に描いてもらいます。」
花出はケント紙を1人に1枚ずつ配って回った。
そして題材を言ってからさっさと教室を出て行った。
外から爽やかな風が少し吹いて教室の中に流れてきているのが、女子生徒の髪が時々ゆれるので感じ取れた。
やがて30分程して花出は教室に戻ってきた。
花出「どうかな、進んでいるかな・・・」
そう言いながら教室の中をゆっくりと回って生徒のできばえを見て歩いた。
やがて春日の前に来たところで急に立ち止まった。
春日は絵を描くことが大嫌いだった。
花出「なんだ君は、全然描いてないね。」
春日は鉛筆をクルクル回しながら、
春日「今考え中です。すぐに出来ます。」
他の生徒たちが急に笑い始めた。
花出は教壇の真横にある椅子に戻って座った。
時の流れと共にしばらく沈黙が続き、結局春日は何も描かず窓の外で鉄棒をやっているA3クラスの女生徒ばかり見ていた。
やがて授業終了のチャイムが鳴り始めた。
花出「はい今日はここまで。なおできなかった者は宿題です。来週持って来て下さい。」
やっぱり予想したとおり春日だけが宿題になったのであった。
2限目はローラン先生の英語だった。
ローラン先生はフランス人とイギリス人のハーフで、日本に来てまだ2年しか経っていないせいか、日本語はまだカタコトだった。
郷「すっげえ、ロンゲ・・・」
春日「トゥース!」
男子生徒は超長いロンゲに感動していた。
さおり「まったくねえ。半分切ればいいのに。」
マリ「ははは。でも似合ってるわね。」
さおり「それが悔しいわ。」
ローラン「デハ・・・ハジメマス・・・スワッテクッサイ・・・」
翌日(授業4日目)、1限目は小袋教師の社会だった。
小袋「はい今日は2回目なので地図の見方を勉強しましょう。地図帳を開いてください。それと教科書も見てくださいね。」
郷「先生、前回もそう言いながら一度も教科書見なかったんですけど。」
小袋「そうだったの?じゃあいいです。」
さおり「なんだそれ・・・」
さおりは小さな声でつぶやいた。
小袋「えーと、この地図帳の真ん中の2つの地図ですが・・・あーと、ちょっと小さくて見にくいかな?」
生徒はそれぞれ地図帳を開いて問題の地図を探していた。
郷「先生、教科書に同じ地図ありますよ。」
小袋「え?どれどれ・・・あー、ほんとですね。教科書の方が大きいですね。」
春日「どっち見るんですか?」
小袋「教科書の方がベターやね。」
さおり「ベター??英語・・・」
数人の笑い声がした。
春日「や、やるなあ・・・(^^;)。オレよっか笑わせるのうまいじゃん。」
>>春日君、教科書開いてないですよー!。
2限目は権藤教師の数学だった。
C2クラス担任の権藤博文教師は中肉中背の紺のスーツが似合うもっと若ければけっこうイケメンの紳士だった。
権藤「では・・・教科書の16ページを開いてください。」
生徒はそれぞれ教科書を開いた。
権藤「今日は関数とグラフについてやります。君たちは中学で座標を勉強したと思いますが・・・」
権藤が黒板に書き始めた。
権藤「これがx、y座標ですね。」
春日「ちぇ、こんなもん将来何の役に立つんだぁ・・・まったくぅ。」
権藤「はい、そこの君!」
権藤は春日を指差して、
春日「トゥース!」
権藤「何か言いましたね。あまり教師が聞きたくないような台詞を。」
春日「はあ・・・?知らんなあ・・・」
数人の生徒が笑った。
郷「オレも思うよ。先生、こんな座標なんか将来何の役に立つんですか?」
権藤「ま、どうだろ・・・この学校の生徒だったら1%も必要ないかなあ。」
権藤は微笑みながら答えた。
春日「やっぱりね。じゃこんな授業意味無いじゃん。」
郷「そうだそうだ、意味のない事やって何になるんだ。」
権藤「まあ興味がないなら、別に真剣に授業を受けてもらわなくてもいいけど。」
さおり「えー、先生。そんなんでいいんですかぁ?」
権藤「私が言いたい事は、座標の話を聞いて面白いって思う人はまずいないでしょう。興味の無いことは何でも面白くないものです。」
春日「ほうら、先生。わかってるじゃん。」
権藤「じゃ、何故、教えているのかという疑問です。皆不思議に思いませんか?いろいろな科目がありますよね。ほとんど興味のない科目が多いと思いますが。」
春日「オレ全部だ。」
生徒が皆笑った。
さおり「先生、それだったらどうして必要の無い事を学校で教えるんですか?」
権藤「うん、それは良い質問だ。」
郷「はあ~?」
権藤「まあその説明をし始めると40分では足りないなあ。」
生徒「聞きた~い!!」
権藤「じゃ、次回に説明します。」
生徒「えー、ずるいー!」「トゥース!」
第2話
翌日(授業5日目)のA1クラス。1限目は音楽だった。生徒は音楽教室に移動した。
クラス担任の清水若菜先生はボブがとても似合う品のある女性なのだ。
クラスの女生徒の間でも注目をする子が多かった。今日も臙脂色のブラウスにグレーのスカートで決まっていた。
清水「ではみんなで合唱します。」
このクラスはかなり音程が外れた生徒が何人かいたようだ。
聞きたくないハーモニーが最後まで続いた。ぎこちない授業だった。
そしてやや微かな香水の香りが音楽室全体に漂っていた。
2限目は山中良男先生の国語だった。
山中は右手で敬礼をするようなスタイルで挨拶をした。
地味なダークグレーの背広に紺色の斜めのストライプが入ったネクタイさらには黒の皮ベルト、かなり流行遅れのスタイルだった。
山中「ん???」
山中は何か妙な香りが教室中にしていたのを感じて、もともと半開きだった窓を3つばかり大きく開けた。
山中「今日は四字熟語についてやります。」
彼はそう言って教科書を使わず、プリントを配り始めた。
山中「さて、四字熟語はたくさんあるのですが、今配ったプリントにはとくに有名なものを400ほど載せてあります。」
春日「こんなに覚えられないよ。」
郷「お前覚える気でいるんかよ。」
春日「トゥース!」
郷「もういいよ、それ・・・」
郷は途方にくれていた。
山中「では故事成語のひとつである『一陽来復』について説明します。」
クラスの数人はしっかりプリントを見ていたが、ほとんどの生徒は好き勝手な行動をとっていた。
プリントをしっかりと眺める春日を見て、
郷「おい、お前真剣だなぁ。」
春日「え、オレのこと?」
郷「お前しかいないだろうが・・・」
春日「いやあ、このプリントに『あ』が何文字あるかを数えていたんだ。」
郷「はあ・・・何それ・・・?意味あんのかよ。」
春日「意味は・・・? ナシ!」
郷「はあ・・・」
何度もため息の出る郷だった。
山中「で、この言葉の意味ですが、冬が去って春が来る。つまり冬至を表しています。そこからようやく運がむいてくることの意味に使われています。」
このあとも山中がいくつか説明をしていたのだが、ほとんどの生徒たちはそれぞれ自分勝手な行動をとっていたのであった。
そして授業中、さおりとマリが丁度隣の席だったので、2人で小さなメモを伝書鳩のように行き来させていた。
さおり「あの先生ってさ、商店街の確か『いたっく100』」
マリ「そうだよ、商店街の100均」
さおり「あのめっちゃ古い店だよね (^^)V」
マリ「着けてるものが皆100均に見えるけど(笑)」
さおり「うふふ確かにそうね VV」
マリ「せめて1つくらいブランドもんにはならんのか <(ーー)>」
さおり「あのベルトも見た目は皮に見えるけどさ、じつは100円じゃないの(笑)」
マリ「あはは確かに V」
授業が終わるまで2人のメモはずっと行ったり来たりしていた。
放課後になって、ここは音楽室。
ピアノの音が聞こえてきた。
郷が教室に入っていく。
そこには清水先生がピアノを弾いていたのであった。
郷「こ、こんにちは。」
清水「あらあ、えーと・・・」
清水先生は彼をまだよく覚えていなかった。
郷「郷です。」
清水「ああ、郷君ね。ごめんね。」
清水先生はちょっと照れくさそうにしていた。
郷「オレ、軽音楽部に入りたいんです。」
清水「あー、よかったわ。今年はゼロかと思ったのよ。」
郷「そ、そんなに少ないんですか?」
清水「そうね。この学校は運動部がメインなのでね。」
郷「そうっか、それで掛け持ちもできるんだ。」
清水「そうなのよ。で、郷君は楽器は何がいいの?」
郷「オレ、ギターが弾けるんで・・・」
清水「あー、そうなのね。それだったら、昨日ねA3クラスの菊池さんがバンドのメンバーを募集してたわよ。」
郷「え、昨日ですか?」
清水「ええ、ここで練習してるのよ。菊池さんも軽音楽部だからね。」
郷「じゃあ、今度話に行きます。」
清水「来週私からも話しておくね。」
郷「わかりました。」
こうして後日、郷は軽音楽部に入った。
翌週(授業6日目)1限目は権藤教師の数学だった。
権藤は前回と同じ紺のスーツで登場した。
権藤「今日は先週の続きをします。」
そう言うと、教壇の上で教科書を開いて二、三度じっと眺めると、黒板に話しながら書き始めた。
権藤は淡々と授業を進めてあっという間に授業が終わったのである。
マリ「この授業いつも早く終わる気がする。」
さおり「ほんと。まあ先週は余興もあったけどね。」
さおりとマリは向かい合わせになりながらニコニコしていた。
すると急に、
郷「先生、前回の続きは?」
権藤「続き・・・あ、ああ。君よく覚えていたね。」
春日「先週の事ですよ。」
権藤「今日朝のことすら忘れる人がいますから。」
春日「オレのことか・・・」
納得する春日。
さおり「私の事かな・・・」
さおりが小声でつぶやいた。
権藤「今日は残念ながら説明をする時間がないので、また次回にしましょう。」
郷「おいおい、またかい・・・」
権藤が教壇に立って、生徒たちを一通り眺めた。
権藤「最後に連絡です。来週は校内の競技大会があります。そのためいつものカリキュラムを少し変更して、しばらく体育が増えます。」
郷「やったあ!!」
郷の大きな叫び声が教室いっぱいに響いた。
その後郷だけでなく他の生徒も似たような表情でそれぞれ小さく叫んでいた。
それと同時に拍手があちこちで起こった。
この日は2限目が体育の予定だったが、急遽2~4限目が体育に変更となった。
体育は隣のA2クラスと合同になり、男子と女子が別れて授業を受けることになっていた。
さおりとマリが女子更衣室に入っていった。
さおり「マリは種目何にするの?」
マリ「さおりは?」
さおり「私は中学がバスケ部だったから、バスケにする。」
マリ「私バスケは下手だからなあ。」
さおり「他に卓球、テニス、バレーかぁ。4種目から選ぶんだぁ。」
マリ「やっぱ卓球が無難かなあ。」
さおり「うん。私もそう思うけどね。」
さおりが軽くうなずいて言った。
マリ「じゃさおり、クラブもバスケ部に入るの?」
さおり「うん、そうしようかと考えてる。マリは?」
マリ「私は体操部にする。」
さおり「マリはスタイルいいしね。」
マリ「そんな事はないけどさ。まあ一番楽かなって思うんだ。」
さおり「私体操よくわかんないけど、まあ頑張って。」
話ばかりしていた二人はようやく着替え始めた。
放課後の音楽室。
菊池令と野口秀樹が話し合っていた。
令「どうする?明日練習する?」
野口「そうだね。清水先生がOKだって。」
そこに郷がやって来た。
郷「こんにちは。」
令「あー、もしかして郷君。」
郷「はい、郷です。」
令「ちょうど良かったわ。私たちバンドを組もうとしているんだけど、メンバーが足りなくてね。」
野口「ギターが出来るそうだね。」
郷「で、でもアコギなんで・・・」
野口「じゃ、大丈夫だよ。」
野口は2回うなずいた。
令「あとは、ドラムだよね。」
郷「もしかして、この3人なんですか?」
令「そうなんだ。」
郷「あら・・・あ・・・」
郷はちょっとショックだった。
こうして3人はあと1人のメンバーを募集することになったのだった。
校内の競技大会の当日。
空はけっこう晴れ渡って風もなく穏やかだった。
生徒たちは全員グラウンドに集合していた。
さおり「あー気持ち良い日。」
さおりは大きく背伸びをして深呼吸をした。
マリ「ほんと。」
すると春日がどこから来たのか急に割り込んできて、
春日「ほーんと。」
さおり「何よ!」
春日「そんな大きな声を出さなくても・・・」
さおり「あっちに行ってよ!」
春日「トゥース!」
春日は笑いながらスキップをして別の女子のグループの方へ去って行った。
マリ「しかしここの高校って、男子のレベル低いよね。」
さおり「これは裏情報だけどさ。内緒ね。」
さおりが急に小さな声で話した。マリがさおりの顔にくっついた。
さおり「ここの男子は寄付で入ってくるのが多いのよ。顔よりお金よ。」
マリ「なるほどね。」
マリは大きくため息をついた。
そして2人は準備体操をし始めた。
さおりはバスケットボールの試合に参加した。
しかしA1クラスはチームワークがまるでなくレシーブもガタガタで呆気なく1回戦で敗退した。
トーナメント方式だったのでその後はA1クラスは試合の参加が無くなってしまった。
そこで多くの女子は男子のバスケットボールを観戦することにした。
一方球技が苦手なマリも卓球で1回戦で負けて、その後バスケットボール観戦に加わった。
各クラスのミニ応援団たちが威勢良く太鼓と笛で応援合戦をしていた。
さおり「マリ。」
マリ「あ、さおり。」
さおり「あれぇ?、もう負けちゃったの。」
マリ「だって、レシーブも出来なかったんだよ。ダブルスだから組んだ相手の子に悪い事をしちゃった。ぜんぜんさえないわ・・(^^;;)」
さおり「私も1回戦で負けちゃったよ。」
マリ「えー、厳しいんだ。」
さおり「だいたいが、チームワークだからね。1人では出来ないのよ。」
マリ「観てるほうが楽でいいよね。」
さおり「ほんとほんと。」
2人は白熱する男子バスケを観ていた。
A1男子にはバスケットボールの上手な背の高い郷がいた。
マリ「ねえねえ郷君。頑張っているじゃん。」
さおり「ほんとだ。これはけっこういいところまでいくかもね。」
マリはちょっと首をかしげるようにして、
マリ「でもさ、彼って確か軽音楽部だよね。」
さおり「きっとスポーツ万能ってやつですか・・・」
2人は試合が終わるまで周りの女子同様ずっとずっと郷を見続けていた。
さおり「やっぱ委員長だけあるわ。」
マリ「何となくわかる気がする。」
さおり「でしょ。」
そしてもう一人目立たない場所から郷をずっと見続けている生徒がいた。
すみか「かっこいい・・・」
すみかは試合中ずっとそう思い続けていた。
そして郷の活躍に最後まで釘付けだった。
しかし多くの女子生徒たちは先輩を含めて、C1クラスの西城四郎を応援していた。
A1クラスの男子バスケットチームは2年のB1、B3クラスにもけっこう余裕で勝ち、3年のC1クラスには負けてしまった。
といってもC1クラスにはバスケ部が5人いたから負けても不思議ではなかったのだが。
さてバスケットボール部にはA1クラスからさおりが入部していた。
それからマリは体操部に入った。
翌日。
1限目は美術だった。
生徒は全員美術室に移動して講義を受けていた。
美術の講師は非常勤の花出先生。
今回もベージュのジャケットに紺のズボンだが、やはり妙に似合っていた。
花出「まずは、先々週の宿題。春日君。」
春日「トゥース!」
花出「何か言ったか?」
花出は声のする春日の方を指差した。
春日「いえ別になんでもありません。」
花出「宿題のデッサンは持って来ましたか?」
春日「はい。ありんす。」
花出「どこの言葉?」
>>何弁?
春日は花出のところに1枚のケント紙を持って行った。
花出「はあ?」
花出はそれを見るなりあきれ返ってしまった。
花出「これでは、単なる落書きですね。」
春日「トゥース!・・・いや、なんでですか?素晴らしいでしょ。」
花出「ま、まあいい・・・今日は頑張ってください。」
こうして春日は小声でブツブツ言いながら席に着いた。
花出「今日は動物を皆に描いてもらいます。」
花出はケント紙を1人に1枚ずつ配って回った。
そして題材を言ってからさっさと教室を出て行った。
外から爽やかな風が少し吹いて教室の中に流れてきているのが、女子生徒の髪が時々ゆれるので感じ取れた。
やがて30分程して花出は教室に戻ってきた。
花出「どうかな、進んでいるかな・・・」
そう言いながら教室の中をゆっくりと回って生徒のできばえを見て歩いた。
やがて春日の前に来たところで急に立ち止まった。
春日は絵を描くことが大嫌いだった。
花出「なんだ君は、全然描いてないね。あっ、君かあ・・・」
花出先生は春日を覚えてしまった。
春日「今考え中です。すぐに出来ます。」
>>それしか言えないのかい!
他の生徒たちが急に笑い始めた。
花出は諦めて教壇の真横にある椅子に戻って座った。
時の流れと共にしばらく沈黙が続き、結局春日は何も描かず今回も窓の外でバレーボールをやっているA3クラスの女生徒ばかり見ていた。
やがて授業終了のチャイムが鳴り始めた。
花出「はい今日はここまで。なおできなかった者は宿題です。来週持って来て下さい。」
やっぱり予想したとおりまたしても春日だけが宿題になったのであった。
第3話
昼休み。ここはトイレ前の洗面所。
さおり「あーあ、この学校ってなんでイケメンが来ないんだよぉ・・・」
マリ「ほんと、しょうがないよね。」
さおり「あれ?」
さおりはベランダごしに反対の校舎の建物に花出先生を見つけた。
そして、その横には菊池令がいたのだ。
花出「どうしました?」
令「先生、来週私たちライブをするんですけど、見に来てもらえないですか?」
花出「へえーそうなのか、行くよ。どこかな?」
令「中野商店街前広場です。」
花出「わかった、必ず行きます。」
令はいつもにない表情をしながら喜んで走って行った。
そしてその週末の日曜日。
令率いる高校生バンドが商店街前の広場にいた。
なんとか郷もエレキギターに慣れた。
3人はそれほど上手くはなかったのだが、なんとかまとまってはいた。
見物は少なかったが、それでもしっかり応援する1人の男性。
そう、花出先生だった。
花出「よー、いいよいいよ!」
彼は1人で思いっきりのっていた。
やがて演奏が終わって、3人が設置した装置を片付け始めた。
花出先生もそこに加わって片づけを手伝ってくれた。
花出「いやー、よかったよ。上手いじゃないか!」
令「先生、お世辞うまい。」
花出「お世辞なんかじゃないよ。」
しかし一番嬉しかったのは郷だった。
人前で演奏するのが初めてだったので、かなり緊張したのだが、時間と共に慣れていったのだった。
花出「よかったら、どっかで軽食でも。」
野口「いいんですか?」
花出「いいよ、おごってあげよう。今日のギャラだね。」
花出が笑っていた。
3人と先生は近くのファミレス「リトル・キッチン」に行った。
そして店を出てからの帰り道、「男は大丈夫だ、本来男は素直で優しい」という都合のいい先生の考えから、令を家まで送って行った。
こうして令と花出先生の小さな恋の物語が始まったのである。
ところで競技大会の翌日から毎日すみかは下駄箱のところで郷を待っていた。
クラブは家庭部だったが部員が彼女1人だけだったので、勝手に部活の終了時間を決めることができたのであった。
ところが郷は毎日同じクラブの部員か、同じクラスの春日と下校していたので、結局すみかの期待には答えられる状況ではなかった。
5月上旬。A1クラスの昼休みの時間。
郷「なあ、春日。入れよ。」
春日「だからオレ、楽器は駄目なんだって。」
郷「なんで、叩くだけじゃん。」
春日「難しいだろう。」
郷「やってからにしたら。」
春日「うーん・・・」
郷「担当が清水先生だよ。」
春日「わかってるけどさ・・・」
春日はまったくその気にならなかった。
郷「あのさ、内緒だけど。音楽の成績プラスしてくれるって。」
春日「おい、ほんとか。よしやるやる。」
郷「単細胞・・・」
春日「何か言った?」
郷「いや。」
郷はとにかくバンドのドラマーを増やしたくって、春日にウソをついたのであった。
その後バンドは令、野口、郷、春日の4人組になった。
5月下旬。ここはスーパーに隣接するカラオケ店。
令と花出先生がいた。
2人は人目を気にしながら、さっさと入って行った。
令「先生。歌おう!」
花出「よし!行くでー!」
けっこう乗る花出先生だった。
こうして時々令と花出先生がカラオケに行くようになった。
しかし誰も見ていないようで、見ていたのであった。
6月上旬。たまたまさおりがスーパーに行った日だった。
隣接するカラオケ店から令と花出先生が出てくるのを目撃したのだ。
さおり「やるなあ。それぐらいなら私だって・・・」
さおりは次の日の学校で。
さおり「先生。」
花出は急に後ろから叩かれてびっくりした。
花出「あ、なんだ。さおり君じゃない。」
さおり「覚えてくれたんですね。」
花出「勿論だよ。」
花出はちょっと照れくさそうにしながら言った。
さおり「見ちゃった。」
花出「え!」
急にさおりが話し出したのでまたびっくりした。
さおり「カラオケ・・・」
花出「カラオケ?」
さおり「令さんと・・・」
花出「あ、あはは。ははは・・・」
さおり「何誤魔化してるんですか?」
花出「いや、誤魔化しはしてないけど。」
花出の立場が気まずくなった。
少し沈黙が続いて、
花出「とりあえず、内緒ね。」
さおり「あーら、私軽いわよ。」
花出「そ、そんな・・・」
花出は困ってしまった。
こうして花出は仕方なくさおりに贈り物をする破目になったのであった。
ここは荒川家。さおりの部屋。
さおり「ふふふ・・・ふふふ・・・えへへ・・・」
何か聞いてると不気味だが、目の前のヴィトンのバッグがとても眩しかったのだ。
景子「さおり、ごはんだよ。」
1階から母親景子の声がした。
さおりはすぐにバッグを隠して下に降りていった。
このあとは花出がまるで二股をかけてるような日々が続いていくのである。
令にはカラオケ、さおりには食事と贈り物だった。
ところが今度はさおりと花出先生のツーショットを令が目撃してしまった。
6月下旬。ここは32アイス。
さおり「先生ありがとう。」
花出「いやいや、これくらいなら。」
さおり「私この『ローリィポップ』が大好き。」
さおりはしっかり自分の好みを指差して注文をしたのであった。
そしてダブルコーンで、花出先生はおとなしくシングルカップのチョコを食べていた。
店の道路を挟んで反対側では。
令「あいつぅ・・・」
令は我慢ならなかった。体が急に身震いし始めた。
令「くそ、こうなったら。ストーカーじゃ。」
そして毎回さおりの後をチェックするようになった。
ここはいつものカラオケ店。
花出先生がトイレに行ったときである。
令「い、いかん。こんなことをしていても、こちらが疲れるだけだわ。・・・そうだ、この際さおりと仲良くなってしまえばいいんだ。」
やがて令はさおりを誘ってカラオケに行くようになったのだった。
令「フフフ・・・これでいいわ。」
ところで家庭部は調理と裁縫の2つに分かれていて調理では調理実習でノロウイルスが見つかってしまい、しばらく休部になっていた。
部員のすみかはそれでも他の部に変わる気がなかったので家庭部は幽霊部になってしまった。
7月。とうとう記念日になる日がやってきたのだ。
ここは東京駅。
令「あっ、先生。」
令はなんとか花出を見つけた。
まあ携帯があるので余程の事が無い限り、迷子にはならないのだが。
花出「あーよかった。なんとか会えたね。」
令「うん。クラスメイトと一緒に旅行するからって言ってきた。」
花出「クラスメイトです。」
花出は右手を大きく上げて言った。
>>けっこうお茶目な先生
こうして1泊2日の京都旅行が実現したのであった。
さて京都旅行の1日目は嵐山のコース。
京都駅近くのホテルに宿を取ったので、まずは京都駅から地下鉄で太秦天神川まで行き、そこから嵐電に乗り換えて仁和寺駅で降りて、そこから仁和寺までは歩いて行った。
そして、そこから龍安寺、そして金閣寺と回った。
その後北野白梅町から嵐電で嵐山駅に向かい、そこから歩いて天龍寺、宝厳院、小倉百人一首の時雨殿、さらには大河内山荘、竹林の径から常寂光時、落柿舎、二尊院、そして祇王寺、宝筐院、清涼寺、ここでさすがに疲れたのか2人は人力車に乗って阪急嵐山駅に着いた。
そこから阪急で烏丸駅、そして地下鉄で京都駅に戻った。
翌日は東山コース。
京都駅から地下鉄で東山三条に到着。
そこから歩いて平安神宮、岡崎公園、南禅寺、哲学の道を通って、円山公園と八坂神社から河原町へ出た。
そしてここで少し休むことにした。
あるお店にて。BGMでスランプの曲が流れた。
令「あっ、これスランプの新曲。」
花出「えっ?・・・スランプ?」
令「最近人気が出てきたコーラスバンドよ。」
花出「ふう~ん。」
花出はよくわからない。
令「興味なさそうね・・・」
花出「音楽はよくわからんのだ。」
令「音楽は爆発よ。」
花出「爆発?・・・もっとわからん。」
令「わからないのがいいのよ。」
花出「えっ?そりゃまったくわからんぞ。」
2人の会話はどんどん深まっていき、まるでポアンカレのトポロジーのような世界だった。
店を出てから今度は清水寺へ、清水五条から京阪電車で七条まで行き、そこからタクシーで京都駅に着いた。
そして7月中旬。ここは喫茶「309」。
さおり「先生、待った?」
花出「全然大丈夫です。」
花出はニコニコしていた。
さおりは花出の横に座った。
花出「前でなくていいの?」
さおり「いいの。」
さおりの妙な納得が花出には理解できなかった。
そして、花出は京都に行ったときのお土産を出してきた。
花出「はい、これお土産。」
さおり「わあー、ありがとう。嬉ぴい・・・」
さおりは花出からちょー可愛い清水寺のストラップをもらったのである。
花出「よかった。」
花出はホッとした様子だった。
が翌日。ここはカラオケ店。
令とさおりが乗りに乗ってはしゃいでいた。
令「きゃー、さおり踊りがうまいよー!」
さおり「何これくらいで終わらないぞー!」
2人はしっかり歌いまくっていた。
そして2人の携帯にはお揃いの清水寺のストラップが付いていた。
とはいえ、さおりは令も同じようにもらったものだと思っていた。
まさか2人が一緒に旅行とは考えられなかったのであった。
ある日のここは校長室。
教頭「呼ばれましたか?」
校長「ああ・・・」
頭を抱えた校長が、椅子に座ったまま机に両肘を突き、両手を組みその上に顎を乗せながら、
校長「もうすぐ合同キャンプだよな。」
教頭「そうですね。」
校長「君も知っているだろう。」
教頭「ええ、毎回何人か問題になっています。」
校長「頼むよ今回は。」
教頭「は、はい。頑張って問題が起きないように、心得ております。」
校長は椅子を半回転させて、
校長「よろしく。」
教頭は困った顔つきで、
教頭「他にご用件は?」
校長「それだけだ。」
教頭「では失礼します。」
教頭は部屋から出て行った。
校長室の扉を閉めながら、
教頭「ああ、またいやな時期がやって来たわ。」
教頭は首を左右に軽く振りながらそうつぶやいていた。
夏休みの最初、3年に1回の学校の行事で部活の合同キャンプがあった。
これは運動部の部活同士の横のつながりを深めることが目的だった。
学年も1年から3年まで多くの運動部が参加した。
このとき1年のグループにはさおり、マリ、めぐが、3年はバスケ部の西城四郎が参加した。
担当の山中先生が小さなハンディ拡声器を持って話しかけた。
山中「午前中はオリエンテーリングで、森の中をぐるっと歩いてもらいます。」
山中は生徒代表の1人に地図をまとめて渡した。
その代表は生徒に1枚ずつ地図を配った。
山中「地図にあるポイント地点にはそれぞれスタンプが置いてあるので、この地図の所定の所にそのスタンプを押してください。」
さおり「めんどくさ・・・」
>>実はよくわかっていない。
めぐ「あー早朝から何で・・・こんなややこしいことをするんだろ。」
マリ「ポイントが20もある。多過ぎない?」
マリの横にさおりがいた。
さおり「ほんと、朝から疲れそうだわ。」
ため息のさおりだった。
山中「昼までに全部押して戻って来て下さい。では、スタート!」
生徒たちは塵々バラバラになって歩き出した。
やがて昼過ぎには多くの生徒がゴール地点に戻って来た。
キャンプ2日目はフィールドアスレチックだった。
爽やかな快晴の空の下、鮮やかな森の緑が当たり一面を覆っていた。
山中「今日のコースは男子がBコース、女子がAコースです。さあどんどん進んでください。」
女子のコースでは男子と違い、2つの難関である途中のロック・クライミングと最後のウンテイが省かれていた。
さおり「なにこれ・・・?」
マリ「これは無理でしょ。」
>>あなたはマリでしょ。
めぐ「やりたくないなぁ・・・」
みんなが話している間に西城はすぐにロープに捕まってすべって行ってしまった。
めぐ「西城先輩、早!」
数人の男女が西城に見とれていた。
男子のコースでは最後の8メートルもある、長くややアーチ型になった大きなウンテイが難関だった。
何せその前までで疲れがピークになってしまっていて、何度も落ちてやり直す生徒が続出したのだ。
なお、ウンテイのそばではすでにゴールした女子生徒が集まっていた。
そこへ西城がウンテイに挑戦し始めた。
さすが運動神経バツグンの彼は、あっという間に渡った。
さおり「さすがだわ。」
めぐ「はぁ・・・」
特にほとんどの女子は感動していた。
こうして2日間のキャンプは無事終了した。
女子アナ「は~い皆さん、こんにちは。TV西東京の水曜日は『突撃インタビュー』の時間ですよ。今日は東京近郊東中野地区にやってまいりました。そしてここは東中野商店街で~す。」
アナウンサーは歩きながら説明していた。
女子アナ「そして今日のゲストはこちら、大野竹輪さんで~す。」
大野が現れて、
大野「こんにちは、大野竹輪です。よろしく。」
女子アナ「は~い。よろしくお願いします。」
2人は商店街の中にあった『ももんが』に入って行った。
女子アナ「こんにちは。」
ももんが「あっ、こんにちはどうも。」
ももんがが出て来た。
女子アナ「今日はこのお店の紹介をしたいと思います。」
ももんが「あっTV。」
女子アナ「はい、『突撃インタビュー』で~す。」
ももんが「あっ、し、しまった。髪が乱れてるな。」
女子アナ「大丈夫ですよ。たいして毛がありませんから。」
大野「そういう問題?」
女子アナ「はい。で、この店『ももんが』というのは、ご主人のお名前でしょうか?」
ももんが「そんな訳ないでしょ。ももんがを私が昔飼っていたので、お客さんが『ももんが』と呼ぶようになったんですよ。」
女子アナ「じゃ、元々はお店の名前は『ももんが』じゃなかったんですね。」
ももんが「そうですよ。元々は『どんなもんじゃ』でした。」
女子アナ「あー、確かに『ももんが』の方が良いですね~。」
大野「めっちゃはっきり言うタイプ。」
女子アナ「で、飼っていたももんがは今は?」
ももんが「死んじゃいました。」
女子アナ「ですよね~。」
大野「はぁ・・・、何その・・・」
女子アナ「で、ご主人。ももんがに似てると言われませんか?」
ももんが「しょっちゅうです。おかげで近所の連中は皆私をモモンガと呼びますよ。」
女子アナ「ですよね~。」
ももんが「で、こちらの方は?」
ももんがが大野の方を指差して言った。
女子アナ「あっ、忘れてました。」
大野「ずっと横にいますので、忘れないでくださいよ。」
女子アナ「ですよね~。」
女子アナは上半身を15度やや傾けながら言った。ももんがは笑っていた。
女子アナ「では次のお店に行きます。」
ももんが「えっ?もう終わりですか?」
女子アナ「はい、時間ありませんから。バイバイバイ。」
女子アナは手を振りながら店から出て行った。
その後を大野がついてゆく。
大野「あのう?いつもこんな感じの番組なんですか?」
女子アナ「はい、そうで~す。」
大野「まじ?」
女子アナ「はい、まじで~す。」
大野「インタビューになってないような・・・」
女子アナ「ですよね~。」
こんな調子で商店街を順に回っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・
女子アナ「は~い。大野さん、今日はどうもお付き合いいただきありがとうございました。」
大野「あ、どうも。」
女子アナ「最後に何かアピールでも。」
大野「はい。小説『キラキラヒカル』をよろしくお願いします。」
女子アナ「は~い。私も読んでますよ~。」
女子アナはそう言うと手に持ったファイルの中から小説を1冊出して見せた。
大野「ですよね~。」
女子アナ「は~い。ですよね~。ではみなさん、また来週。」
7月まではさほど練習をしなかったサッカー部員は8月に入ってからは猛特訓になった。
9月に関西に遠征の試合、10月は地区大会が待っていたからであった。
花出はサッカー部の顧問でもあった。
こうなってくるとデートどころではなかった。
それでも令はいつも音楽室からサッカーグランドを眺めていた。
そしてもう一つ、さおりは体育館の端から音楽室を眺めていた。
さおり「まーた今日も見てるじゃん。呆れた・・・」
>>それを見てるあなたも呆れます。
第4話
夏には毎年恒例の花火大会が東中野商店街近くにある中野北公園で行われた。
公園だけでは場所が狭いので、近くの中野神社の境内や広場も縁日や櫓に利用されていた。
また公園がさほど広くなかったために、花火の打ち上げ場所は公園から北に2キロほど山よりにいったところで準備された。
さおりは同じ学年の令といっしょに最近流行のカラフルな浴衣姿で花火を見に来ていた。
さおり「令その浴衣可愛いじゃん。」
令「さおりも可愛いよ。来年は浴衣お揃いにする?」
さおり「ん・・・それキモくない?」
令「そうだね。やめとこうか。」
急に何やら族っぽい一団がさおりたちの近くにゆっくりと近づいていた。
光一「いえーい!いえーい!いえーい!おー!おー!おーーー!!」
叫んでいるのは光一だけだったが、あまりの大声だったので一緒に来ていた武にとっては迷惑千万だったようだ。
武「お前と来るんじゃなかったよ、まったくもうう・・・。」
そんな武の言葉さえ気にしない光一は、通り過ぎる女子中学生や高校生を見つけるたびに話しかけていた。
光一「ねえねえ、ちょっとそこのおねえさあーん、可愛いねぇ。ねぇねぇ、どこから来たのかなぁ?」
由紀子は急に鳥肌が立ったようで身震いしながら、
由紀子「きゃー!恐い・・・」
光一「何それ、オレモンスターじゃないよ。」
>>モンスターの方がましかも・・・
由紀子のすぐ後ろの方から、
めぐ「ちょっと、何カモってんのよ。私の妹よ!」
光一「ひやー!これはこれは・・・こちらのおねえさんはもっとお綺麗ですね。どうですか一緒に遊びませんか?」
そこにいたのはA3クラスの柏木めぐだった。
めぐ「相手間違えてるんじゃないの?」
めぐはにらみつけ返した。
光一「失礼しました!では一緒にフランクフルトを食べませんか?」
柏木姉妹は関わりたくなかったのでさっさと消えて行った。
呆れているのは一緒に来た武だった。
武「まったく・・・」
そう言って、近くのゴミ箱に食べたあとのフランクフルトの棒を投げ捨てた。
少しすると、打ち上げ花火が何発か上がり始めた。
光一には花火はどうでもよかった。
また周りの女の子ばかりを眺めてしつこく声をかけていた。
光一「ねえねえ、ちょっと君。どこから来たの?」
山中「おい、何やってんだ!」
急に現れたのは補導担当の山中先生だった。
何故かジョギング用の深緑色の上下ジャージ姿で、まるで生徒たちを監視するために来たようにも見えた。
光一「うーわ!ここはまずいぜ。」
武「退却。」
山中「何言ってんだか、こいつら。」
2人は山中から離れるべくさっさと群衆の中に消えて行った。
さて一方こちらはかなり暗い1人の女性。
すみか「あーあー、ひとりぼっちが一番不幸かもなぁ・・・」
すみかはそうぼやきながら歩いていた。
右を見ても左を見ても、1人で来ている人はいない。
自然とうつむきながら、かつ人目を気にするようにして歩いていたのであった。
カップルとすれ違うたびにため息が出で、やがて時間だけが経過して、空に輝く花火だけが心の慰めだった。
花火を最後まで観ることなく帰ることにしたのであった。
ともあれこの日だけは夜遅くまで花火の音が東中野の町全体に響いていた。
次の日の夜。ここは荒川家。
さおりがお風呂に入っている間、母親の景子が居間にいた。
景子「あれ?」
景子はさおりの携帯を見つけた。
やがてさおりが風呂から出てきた。
景子「さおり、この可愛いストラップどうしたの?」
さおり「あ、それ。友だちにもらったの。京都のお土産だって。」
景子「あらそう。」
景子はもうそれ以上聞かなかった。
同じ日の同じ夜。こちらは菊池家。
母「あら、どうしたのこの可愛いストラップ?」
令「友だちにもらったんじゃん。」
母「清水寺ねぇ。」
令「お母さん知ってるの?」
母「有名だからね。」
令「じゃあ今度連れてってよ。」
母「あああ、聞くんじゃなかったわ。」
>>そういう問題ですか。
やがて母が風呂に入って行った。
令「あぶねー。」
令はホッとしてソファーに倒れた。
数日後、令が西中野にある江戸前の寿司屋へ母親と食べに行った日のことである。
この寿司屋の店はけっこう古く、建物の外観といい、店の中の造りといいいたるところが昔ながらの材質で造られ、窓や中の柱などは際立った墨のような黒をイメージした店であることが町中で知られていた。
レトロな暖簾をくぐった2人は、店の中に入って行った。
主人「へい、いらっしゃい!」
主人はカウンターの奥を勧めた。
2人は勧められた席に座った。
そしてあがりが2つ出てきた。
母「トロ3つください。」
主人「へい、トロ3丁。」
しばらく2人がいろいろ注文していた。
そして母が令の携帯に目が入った。
母「あらあ、あの清水寺はどうしたの?」
令「あ、もう飽きちゃった。」
母「ふうん、そういうものなの・・・」
こうして2人は満足して店を出た。
この日の夜。
令「よく覚えているなぁ・・・」
令は記憶力の良い母親に感心していたのであった。
第5話
さて秋の芸術祭の行事のために美術部が中心となって夏休み頃から準備の計画を進めていた。
なお顧問の先生は美術科を教えている花出先生だったが、彼はサッカーの副監督も兼任していたので参加できず、夏の間だけ臨時で非常勤の鳥畑先生が担当していた。
美術部の部員は一緒にチームを組んで大きなアートを校門前に完成させるという計画でスタートした。
まず材料は廃材中心で、発泡スチロールを土台にして、お菓子の包装袋とか、食品のパックとか、プラスチックやアルミなどさまざまなものを使ってコラージュを作り、それを土台に貼り付けるという計画だった。
9月。全国高校サッカーの地区大会を目前にして、学校のサッカー部は関西に遠征に行く事になった。
花出「おーい!全員揃ったか?」
部員「はーい。」
花出は貸切バスの一番前の席で生徒の点呼をしていた。
花出「よーし。じゃあ出発!」
こうしてサッカー部の関西遠征がスタートしたのである。
なお、そのスケジュールはサッカー部員の保護者に配られていたが、そのコピーは花出先生から菊池令にも渡されたのであった。
令はスケジュールを眺めて、
令「よおし、これなら行ける。」
令は早速学校を早引きし、自分の部屋でいろいろ準備を始めた。
どうやら旅行するつもりなのだ。
令は担任の清水先生に連絡し、1週間学校を休む事にした。勿論ウソの病欠だった。
ここは菊池家。
母「令、ちょっと美容院行ってくるからね。」
令「どこ?」
母「いつものとこよ。」
令「ルミ?」
母「そうそう。」
令「じゃ、私も行く。」
母「じゃ、早く支度してね。」
こうして2人は『ルミ美容室』にやって来た。
ここは小柳昌子の母百恵が経営していた。
百恵「いらっしゃいませ。あら令ちゃん、ひさしぶりですねぇ。」
令は軽くお辞儀をしてちょっと照れくさそうにしていた。
そのあと2人は待合のソファーに並んで座った。
母「どうしたの急にオシャレなんかして?」
令「なんでぇ・・・もう半年切ってないし・・・」
母「そうだったかしら・・・」
母はまったく娘の事をわかっていなかった素振りだった。
次の日から令がクラブの合宿とかいう勝手な理由を母親に伝えて、京都に向かったのであった。
さて、こちらは関西。
そしてここは京都です。
サッカーの練習試合が府立の東山グラウンドで行われた。
そして夜になると、花出はホテルから外出するのであった。
令「神戸にも行ってみたい。」
花出「よし、行こう。」
こうしてこっそりと試合の中休みを利用して2人は神戸に出かけていった。
ここは神戸の三宮。
令「わあ、すっごくオシャレ!」
令はずっとはしゃいでいた。
花出にとってはまるで娘の様だった。
もちろん周囲の目も親子にしか受け取られなかったのである。
花出「よし、ここから港に行くとけっこうロマンチックなところがあるよ。」
令「へえー連れてって。」
2人は中華街を通って、港の方に歩いて行った。
そこにはモザイクと呼ばれるオシャレなネオン(イルミネーション)が見える港がポートタワーと並んで待ち受けていたのであった。
花出「そうだ。夕食はどうするかな?」
令「うーん・・・」
しばらく考えていた令だったが、
令「大阪。」
このあと2人は大阪のミナミ道頓堀まで電車で移動し、そしてにぎやかな町並みを一つ一つ見て歩いた。
花出「ほら、ここがあの有名な吉本新喜劇のホール。」
令「へえーよくわかんないけど。」
令はお笑いにはまったく興味がなかったのである。
令「何これ・・・ABK38?」
花出「ああ、今流行のお笑いグループだよ。」
令「お笑いグループ?」
花出「そう、38人のアホでブサイクでキモイ奴らが集まっているらしい。」
令「アホ、馬鹿、キモイ・・・」
花出「そうそう。」
令「AKBの真似ですね。」
花出「そうだよ。事務所も『オール馬鹿協会』だって。」
令「全部ABKですね。」
花出「ほんとだ・・・」
2人は道頓堀川に架かる橋の上で笑い合っていた。
令「いい匂いがする・・・」
花出「あっ、すっかり忘れていた。」
令「お好み焼きがいいな。」
花出「じゃ、あそこだ。」
令「有名なの?」
花出「ああ、大阪では知らない人はいないよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やがて遠征を終えたサッカー部のバスがようやく中野地区に到着したのであった。
10月。高校サッカー地区大会が花園学園大学のグラウンドで行われた。
花園学園附属高校は地元のこともあり、かなりハッスルしていた。
遠征の効果もあってか、最後の決勝戦まで進み、わずかに1点差で負けたのであった。
しかし2位という名誉ある記録は高校の校長室に、トロフィーという形でしっかりと残されるのであった。
この結果、全国大会に出場できる事になり、校内ではその話題が絶えなかった。
そんなある日曜日。
ここは附属高校のグラウンド。
サッカー部員は全員練習に励んでいた。
そして、午後になって花出先生が様子を見に来ていた。
ここはサッカー部の部室。
1年生部員がボールを拭いて、設置されたカゴに入れていた。
花出「やあ、ごくろうさんだね。」
花出先生は2,3回うなずいて、1人の部員の肩を軽くポンポンと叩いた。
そのとき、もう1人の部員が窓を大きく開けた。
花出「どうしたんだ、別にいいんだよ。」
急に窓を開けたので、花出はびっくりしたのだ。
そして、そのあとあわてて2人の部員は部室から出て行った。
花出「何か変だな・・・」
花出は部室をキョロキョロ見回し始めた。
そしてついに、ゴミ箱の後ろに数本の煙草の吸殻を見つけてしまったのであった。
花出「ま、まずいな・・・」
花出はしばらく考え込んでいたのだが、
花出「まあ、オレが言わなければいいだろう。」
花出はそう思って、その日は部員に黙って帰って行ったのである。
芸術祭の当日。
今年のテーマは『文化遺産』だった。
校門の前には美術部が全員で創り上げた大きなコラージュアートの張りぼてが展示されていた。
そして講堂ではかなりやかましい騒音とも十分とれるくらいの高校生バンドの生演奏が午後3時頃まで校内中に響いていた。
ボーカル担当の菊池令はけっこう丈の短いピンクのワンピースと真っ赤なスカーフにポニーテール姿で、黒のキラキラ光るラメの入ったベルトをしていた。
令「おーい!みんな、のってるかー!!」
観客「はーい!!」
令「よっしや、次いくぜ~ぃ!!」
観客「はーい!!」
そして再び演奏が始まった。
ギターとベースはさながら聞くには耐えれたのだが、時々狂うドラムの音がなんとなく調子を狂わせたのであった。
ところで菊池令は女性だがとにかく男勝りでグループの中心だった。
同じ軽音楽部のサークル活動でいっしょになった野口、郷、春日の3人の男子を引き連れて入学以来早くからバンドをやっていた。
令「いいよ、乗ってるねェ!!音楽は爆発だーー!!」
観客「イェーイ!!!」
すみかは郷がバンドでギターを弾いているのを知り、講堂でずっと彼を見ていた。
演奏を聞くと言うより、彼を見に来たという方が正しいだろう。
演奏は途中3回の休憩タイムがあって、観客はみなその休憩の1時間ごとは講堂の外に出ることになっていた。
すみかは家庭科部で、本来は部の展示用に教室が用意されていたが、何もしないまま、普段の教室のままになっていた。
そしてその教室で彼女は1人何もせずにぼうーと1時間の休憩をしていたのである。
一方美術室では美術部の個人作品や共同作品の展示物が所狭しと数多く張巡らされたり、並べられたりしていた。
窓もきれいに装飾され、いたるところにポップアートのようなポスターや、ステンドガラスに似せた額の絵など、さまざまな作品が貼られており、教室全体を作品で覆いつくしていたのであった。
また今年のテーマである『文化遺産』のパネルをたくさん展示したコーナーも設けられていた。
ところで花園学園は私立だったので、他校の生徒や一般の大人もこの日だけは特別に許可無く入場できた。
礼子「毎年毎年見に来るけどさあ、なかなか感動する作品はないなあ。」
マチコ「ふうん・・・私にはすっごい作品ばかりだと思うけどね。」
礼子「専門家の目で見るとまったくおもしろくないわ。」
マチコ「礼子は美大だからじゃない。私とは全然見る目が違うしね・・・」
この美術部の展示には数人の女子生徒と一般の女性しか見に来ないのが通例だった。
さて今度は教室の外を見てみよう。
グラウンドの一角には各運動部のバザーのブースが点在して不自然に並んでいた。
こちらはバスケ部のブース。
さおり「はーい!焼きそばいかがですかぁー!」
中では西城が焼きそばを作っていた。
そこに登場したのは、
春日「トゥース!」
さおり「またかぁ・・・」
春日「またかはないでしょ。買いに来たんですよ。」
西城「いくつ欲しいんだ?」
奥から西城が尋ねた。
春日「そうだなあ・・・」
西城「考えるんだったら、決めてから来い!」
春日「おお、そう。そうだねー・・・」
そのまま春日はどっかに消えて行った。
西城「何だああいつは?」
さおり「うちのクラスの癌よ。」
>>そこまで言うかぁ・・・
ここはバレー部のブースである。
めぐが手を強く叩きながら、
めぐ「はいはいはい、よかったらクレープどうですか!クレープどうですか!」
そこへすばしっこいスキップで春日がやって来て、
春日「トゥース!」
めぐ「何春日君、邪魔しに来たの?」
春日「まさかね、勿論食べに来たんですよお。」
春日はニコニコして答えた。
めぐ「ちょっと、自分のバンドはほっといていいの?」
春日「大丈夫大丈夫V!!オレピザがいいな。」
めぐ「ここはクレープだけよ!」
めぐがテーブルを叩きながら言った。
春日「じゃ、もんじゃ焼き!」
めぐ「ふざけてんの。商店街にあるでしょ、そこに行ったら・・・」
春日「じゃ、お好み焼き!」
めぐ「だからここはクレープだけだと言っとるんじゃああああああああああ!!!!!!!!」
春日「ひぇー・・・こわ・・・いよ・・・」
さすがにめぐの張り裂ける声にはかなわなかったようだ。
そこに3人組の女の子たちのお客さんが来た。
めぐ「いらっしゃいませ。いかがですか?」
客1「私バナナにしようかな?」
春日「あ、それとってもおいしいですよ~♪」
めぐ「邪魔邪魔!」
めぐはとうとう腕ずくで春日をブースから離れさせた。
春日はついに追い出された。
客2「私チョコで。」
客3「私も同じ・・・」
も一度バスケ部のブース。
マチコ「ほらほら、あそこ。」
礼子「ほんとだ・・・」
礼子がしっかりとブースの奥に座っている西城を見届けた。
マチコ「思い出した?」
礼子「思い出した。」
マチコ「高1の夏休みだったよね。」
礼子「そう。リトルキッチンで私たちバイトしてたんだ。」
マチコ「そこに彼らが4人でやってきて・・・」
礼子「クラブの帰りみたいだったね。」
マチコ「テーブルに座っても一際目立つ。」
礼子「そうね。気品があった。」
マチコ「何回かお店に来てくれたよね。」
礼子「うん。いつも男子グループだった・・・」
マチコ「昨年の夏だっけ?」
礼子「そう。忘れないわ、8月24日。いつもと違ってカップルで入ってきた。」
マチコ「びっくりしたね。」
礼子「うん。でもカッコイイから彼女がいてもおかしくない。」
マチコ「礼子はそんな風だからチャンスを逃すんじゃないの?」
礼子「そうかも・・・」
マチコ「どうする?・・・ブースに行く?」
礼子「遠くから見てるのが私には合ってるかもね・・・」
マチコ「そうかな?・・・」
この日ばかりは学校内は年に一度の生徒たちの活躍で大盛況だった。
やがて時も夕方4時をまわり、バザーのブースでは完売した店から次々とぼちぼち片付けに入るブースも出てきた。
それにつれて人だかりも徐々に減っていき、そしてブースの周りの掛け声もそれと共に減っていった。
芸術祭が終わった後、それぞれの持ち場にいた多くの生徒は芸術祭の打ち上げをするために、スーパー「ゲキヤス」の向かいにある「リトル・キッチン」に集まっていた。
そして彼らは窓際の一角を堂々と占拠していた。
講堂で演奏をしていたバンドのメンバーのテーブルでは、
令「秀樹、今日はなかなか調子良かったじゃん。」
野口はニコニコしながら、
野口「なんとか上手くいったよ。」
令「来週もしっかりね。」
野口はカロリーゼロのコーラを飲みながら、
野口「うん、頑張るよ。」
令はビーフオムライスを食べていた。
郷「あれれ春日は?」
令「まーたどこかへ行っちゃったの・・・」
令は呆れていた。
野口「演奏中に消えたしね。」
郷「ほんと・・・あっあそこのテーブルにいるわ。」
さらに少し離れた目立ち過ぎてやかましいテーブルでは右手のこぶしを上げながら、
春日「イエ~イ!!」
春日はテーブルソファの背もたれの上部分に腰をかけて叫んでいた。
西城「お前ほんとうるさいなぁ・・・ほんとに。」
西城五郎の兄、西城四郎が呆れながら話した。
春日「いいじゃん、この日こそはしゃがなきゃいつはしゃぐんだぁ・・・」
急に店員がやってきて、
店員「お客さん、そこから降りてください。ちゃんと座ってください。」
しかたなく座る春日だった。
西城「お前学校でいっつもはしゃいでるじゃん。有名だよ。」
春日「そうかなあ、いつも大人しいけど。」
>>完全に呆れる西城。
西城「だいたいが、そんなに暇なんだったらウチのバスケのブースでも手伝ってくれよ。」
春日「焼きそばくらいならすぐに作れますよ。・・・じゃあ、来年はオレが全部作ります!」
西城「その言葉忘れんなよ。」
春日「トゥース!!」
バスケ部男子の他の先輩は今年から打ち上げに参加しないことに決めたので、西城は仕方なしに春日に付き合っていたのだった。
こちらはバレー部の打ち上げ。学校に近いカラオケ店でやっていた。
めぐ「ファミレスはうるさすぎるからね。あんなところでよくやるよ、まったくう・・・」
バレー部は一度リトル・キッチンには行ったのだが、うるさすぎるバスケ部の声に、場所を変えてカラオケ店にしたのであった。
秋にドームで4人組のアーチスト『スランプ』の初ライブがあった。
数年前からかなりのファンである西園山中学3年の軽辺マキは、ドームまで彼らを見に行った。
そして、そこには花園学園附属高校の軽音楽部のバンドメンバーの1人でもある菊池令も見に来ていたのだった。
11月。高校サッカー全国大会の2週間前のことだった。
花出は教頭に呼ばれて、校長室に入った。
教頭「ああ、花出先生。ご苦労様です。」
教頭はそう言って、花出をソファーに座らせた。
花出「急にどうかしたんですか?」
教頭「実はちょっとまずいことになってしまったんです。」
教頭はそう言って、ポケットから煙草を取り出した。
花出「あれ、教頭。煙草は止めたんじゃなかったんですか?」
教頭「はい、止めました。これは私のじゃありません。」
花出「そうでしたか・・・」
教頭「これはうちのサッカー部の鈴木から受け取ったものです。」
花出「え、それはいったいどういう事ですか?」
教頭「この前の金曜日にスーパーの中にあるゲーセンで、うちの鈴木が吸っているのを補導員が見つけたんです。」
花出「何ということ・・・」
花出はショックを隠せなかった。
教頭「それで、また悪い事にPTAの関係者が2、3人それを目撃してしまって、教育委員会にまで話が届いているんです。」
花出「それはもしかして・・・」
教頭「お察しのとおり、今度の全国大会は諦めてください。」
花出「そうだったんですか・・・」
花出はうな垂れてしまった。
教頭「鈴木君はキャプテン?」
花出「いえ、副キャプテンです。」
花出は目頭を右手で押さえながら、
花出「せっかくここまで来たのに・・・」
教頭「私も同じ気持ちです。」
こうしてサッカー部は全国大会へのキップを取り上げられてしまったのである。
学校側では緊急会議を開き、今後4年間のサッカー部を休部にした。
12月。学校今年最後の授業の日。
教頭は花出を再び校長室に呼んで、サッカー部顧問の取り消しと、来年からの転勤が決まったことを彼に教えたのであった。
そして真実を言えば、実は花出先生の女生徒との交際が影でバレてしまい、学校としてはちょうど重なったサッカー部の事件を口実に表向きの処理をしたのであった。
第6話
クリスマスに少し離れた南高針地区を流れる高針川の河川敷で来年からイルミネーションが見られることになり、今年は途中まで工事が完成し、その敷地全体のわずが4分の1を特別に開放していた。
その情報を知ったさおりは令と、郷は春日と見に行くことにした。
やはりニュースで見たのか数十人の見物人がいた。
さおり「わあーすごいわぁ・・・予想以上。」
令「ほんとだ。綺麗だよね。これ完成したら目茶目茶いいよね。」
そこに向こうの方から2人組が近づいてきた。
さおりはちょっとうつになって、
さおり「あー・・・ムード壊す奴が来たわ・・・」
令「え、もしかして・・・」
さおり「もしかしてだけど・・・その通りよ。」
令「やはり・・・(^^;;)」
2人は向かい合わせになった。
さおり「どうする?」
令「帰ろうか。」
さおりは一瞬躊躇ったが、
さおり「よし、これは猛ダッシュよ。」
2人はクラウチングスタートの体勢になった。
郷と春日の2人が近づいてきた。
春日「やっほ~い!」
令「相変わらずのワンパターンってやつですか・・・」
ともかくさおりと令は一目散に走り出した。
春日「えー!こんなところでマラソン?」
さおりと春日の目と目が合ってしまった。
春日「トゥース!!」
さおりが急に河川敷でつまずいた。
令「さおり、大丈夫?」
令が急いでさおりの倒れた場所に戻った。
そこには観念したさおりが右肘を石のブロックに着いて座っていた。
結局河川敷に4人が座ることにした。
しばらく模擬イルミネーションを見ていた春日が、
春日「いいねいいね・・・いいよいいよ・・・トゥース!!」
1人ベンチの横で調子に乗って踊っていた。
あとの3人はずっとおとなしくイルミネーションを見ていた。
イルミネーションは時と共に色と形が変化し、そしてまるで滝が流れるようなネオンにもなった。
そんな不思議な景観に3人は感動していた。
令「来年、また来ようよ。」
春日「え!オレと?嬉しいなあ・・・」
さおり「そんなわけあるかい。(*。*)」
郷「だろうね。」
こうして4人組はそれぞれ生まれて初めてのイルミネーションを思い思いに楽しんでいた。
こちらはすみか。
すみかは中学の同級生で公立の高校に通っている池内直美と見に来ていた。
直美「綺麗だね。」
すみか「ほんとだね。」
直美「どうしたのさ、すみか。元気ないよ。」
すみか「そ、そうかな・・・」
直美「わかるよ、だって長い付き合いだもん。」
すみか「そうだったね。小学校からだもんね。」
直美「そうさ、それと私を誘うってことは友達できないんだ。」
すみか「ん・・・」
すみかは一瞬悩んでしまった。
直美はすかさず、
直美「ほら図星でしょ。クラスの友達はできないんだ・・・」
すみか「だって、みんな大人っぽい人ばかりでさ。」
落ち込むすみか。
直美「へえー、ケバイってこと?」
すみか「そうなの。化粧してるし、香水にピアス。」
さらに落ち込むすみか。
直美「げ!ピアスは禁止じゃないの?」
すみか「そうなんだけど、平気みたいよ。まあ、目立たないようにしているから学校側も強くは言わないみたい。」
直美「そうなんだ。うちの高校は厳しいから、ちょっとでも見つけたらすぐに保護者呼び出し。だからみんなぶつぶつは言ってる。」
すみか「そうなんだ。」
うらやましがるすみか。
直美「ほらあそこ、今光ったよ。」
すみか「え!見落とした。」
直美「またすぐに光るよ。・・・ほら。」
すみか「ほんとだ。」
ちょっとだけ元気が出たすみか。
直美「元気出してね。」
すみか「ありがとう。」
直美「また、一緒にどっか行こうよ。」
すみか「うん。初詣を一緒にしよう。」
直美「いいよ。」
2人はこのあといろいろ予定を話し合って、この日だけで来年の1年間のスケジュールが決まったみたいだった。
女子アナ「は~い皆さん、こんにちは。TV西東京の水曜日は『突撃インタビュー』の時間ですよ。今日は東京近郊南高針地区に今年から開催されていますイルミネーションにやってまいりました。そしてここは高針川河川敷で~す。」
アナウンサーは歩きながら説明していた。
女子アナ「そして今日のゲストはこちら、大野竹輪さんで~す。」
大野が現れて、
大野「こんばんは、大野竹輪です。よろしく。」
女子アナ「は~い。よろしくお願いします。」
2人は河川敷をゆっくりと歩いて行った。
女子アナ「こんばんは。」
郷「あっ、こんばんはどうも。」
マイクとTVカメラが郷に向けられた。
郷「あっTV。」
女子アナ「はい、『突撃インタビュー』で~す。」
郷「あっ、し、しまった。髪が乱れてるな。」
女子アナ「大丈夫ですよ。たいして格好よくありませんから。」
郷「失礼やなぁ・・・」
女子アナ「はい。いつもこのパターンです。」
郷「TV見てますよ。」
女子アナ「ありがとうございます。」
春日「おいおい、オレは無視かよ。」
突然横入りしたがる春日。
女子アナ「はい、次行っちゃいます。」
春日「ちょっと、ちょっと・・・待ってよ。」
女子アナ「いえ、待ちません。」
女子アナはさっさと次へ行った。
春日は呆れてしまって、
春日「何だよあれは?」
郷「TV見てないのか?・・・いつもあんな感じだよ。」
春日「まったくふざけた番組だなぁ・・・」
郷「ふざけてるのがいいんだよ。」
春日「オレの性格には合わないな。」
郷「おいおい・・・お前とまったくそっくりだと思うけどなぁ・・・」
春日「トゥース!!」
郷「や、やっぱり・・・」
さらに川面にも色取り取りのイルミネーションが美しくしとやかに、ときに鮮やかに時間と共に写って、まるで大きなキャンバスに描かれた動画のようだった。
やがてイルミも終わり、それぞれが帰り始めた。
すみか「ん?」
すみかは気がつかなかったのか、暗くてよくわからなかったのか、郷とすれ違ったのであった。
ところで、さおりの傷は治るまで1週間かかったのであった。
翌年の1月2日。
さおりはマリを誘って都内の浅草寺まで初詣に行った。
マリ「急に呼び出してどうしたのよ?」
さおり「ごめん、一緒に行く相手がいなかったから・・・」
マリ「令さんは?」
さおり「それが連絡つかなかったんだ。」
マリ「へえ、めずらしいね。」
さおり「うん。」
この日2人は原宿に寄って帰ったのであった。
そしてすみかと直美も浅草寺に来ていた。
直美「なんだろう、私の連れってみなここに来るわ。」
直美は歩きながら時々すれ違う同じ高校の生徒を見つけるたびにつぶやいていた。
すみかのほうはキョロキョロしながら、
すみか「うちの高校は少ないみたいだなあ。」
直美「そうなんだ。で、しっかりお祈りしなきゃね。」
すみか「そうするわ。」
2人は今年こそと、順番を待つ後ろの参拝客がイライラするほど深いお祈りをするのであった。
ところでこちらは令。
令「大丈夫ですか?」
花出「ああ、平気だよ。」
令「こんなことしてたら、いつかバレるような・・・」
花出「そんなことないさ。」
2人は大きな不安を抱えながら今日は横浜でデートをしていた。
令「あー、ここは良い所ね。初めてだから余計にそう感じるわ。」
花出「そうだね、いつかいっしょに住めるといいね。」
令「先生、本気ですか?」
花出「ああ、本気だ。」
花出は重たい口調で言った。
そしていつ令に転勤の事を切り出そうかと迷っていたのであった。
この日花出は令を家の近くまで送って、そして帰宅した。
ここは花出家。
妻「おかえりなさい。」
花出「ああ・・・」
妻「あれ?何かあったのかな、顔色が悪いわよ。」
花出「そ、そうかい・・・」
明らかに様子がおかしいと感じた妻は、ついに興信所に依頼した。
そして令と花出の3回目の旅行計画が妻にバレてしまったのであった。
妻「あなた。」
花出「何?」
妻「これ何かな?」
花出は顔面蒼白になって、急にその場に倒れてしまった。
妻は京阪神のツアーガイドとホテルの予約券を彼の部屋から見つけてしまったのである。
その後2週間も経たないうちに花出は離婚する事になったのである。
1月下旬。ここは横浜の港の見える丘公園。
令「どうしたんですか、今日は全然元気がないですよ?」
花出「うん・・・言葉が出てこないんだよ。」
花出は歩きながらもずっとうつむいたままだった。
やがて急に立ち止まり、
花出「令ちゃん。」
令「はい。」
このとき花出に映った令の瞳はとても美しく輝いていたのだ。
花出「今日が最後。」
令「え!・・・今何て言ったの?」
花出「今日で会うのは最後・・・」
令「ちょっと、ちょっと待って。もしかして浮気がバレたの?」
令は焦って話しかけた。
そして花出の腕をギュっと強く握った。
花出はじっと立ったままだった。
令「そう・・・」
やがて令は握っていた両手を下に降ろして、
令「仕方ないのね。こういうのって、いつかこうなるのね。そういう運命なのね・・・」
令は遠くに見える港をしばらく眺めていた。
風が少し強く吹き始めた。
花出は令を後ろから強く抱きしめたのであった。
2人は再び電車に乗って西中野地区まで戻ってきた。
そしてファミレス「リトル・キッチン」に入った。店内はかなり混んでいた。
令と花出が隅の席に座った。が、席が悪かった。
外村「あらあ・・・けっこう混んでるのね。」
山中「あ、あそこが空いているわ。」
外村「店員の案内がいないし、座っちゃえ。」
2人の隣の空いた席に東中野商店街の外村と山中の奥さん同士が続いて座ったのであった。
山中「しかし、何あの店員・・・全然動かないじゃん。」
確かに1人うろうろしている店員がいた。
外村「まだ見習いなのかな?」
山中「まあいいそんな事は。何にする?」
外村「そうね、チーズケーキとレモンティー。」
山中「私もそれと、ミルクティーにするわ。」
しばらくして店員がやって来て注文を聞き、10分位してそれらをトレイに乗せ持って来た。
山中「そうそう、ちょっと聞いた?」
外村「何々?」
山中「サッカー部なくなるんですって。」
外村「あー、あの生徒が煙草って話ね。」
山中「そうそう。」
外村「可哀想にね。ほんと。」
山中「でもさ、顧問の先生も辞めるらしいよ。」
外村「え、それほんと。それは聞いていなかったわ。」
この話を聞いてしまった令は、
令「本当なんですか?」
花出はじっと黙っていた。
令「今の話。」
少し間が空いたが、
花出「うん・・・」
花出はかなり小さな声で言った。
令「もう出ようか?」
花出「そうだね。」
2人はこれ以上聞きたくもない隣の話に耐え切れず、店を出る事にした。
店では、外村と山中の2人に話題が途切れたのか、2人はまったく要領の悪そうな店員をまじまじと見ながら、それをツマミにしてそれぞれのお茶をしていたのであった。
2月。今日は13日。スーパー「ゲキヤス」には多くの女性が新設のコーナーを占拠していた。
勿論目当てはチョコ。
とくに女子高校生の集まりは多く、押し合いもみ合いながらまるでそこは戦場になっていた。
その人数は特売日か年末の人手のようになっていたのだ。
さおり「すっごいね、人だらけ。」
めぐ「ほんとだ。」
さおり「あーあーうちの生徒が多すぎるわ。」
めぐ「ほんと、みんな渡す相手同じじゃない。きっと・・・」
さおり「やはり・・・」
めぐの言ったセリフは大当たりだった。
翌日の放課後、西城四郎の下駄箱の中にはたくさんのチョコが押し込んであった。
春日「おいおい何これ。」
西城「まったく・・・」
春日「いいよな、もらえるんだから。」
春日は心の底から欲しそうな表情をしていた。
西城「やるよ。」
西城はそう言うとチョコのほとんどを春日に渡した。
春日「おお、サンキュウー・・・。あ、それも。」
春日は西城の持っていた3つばかりのチョコも結局横取りした。
西城「しょうがねえなぁ。」
西城は完全に呆れてしまった。
春日は楽しそうに足早に1人で帰って行った。
ちょうど同じ時間にいた郷はその2人の会話をずっと反対側の下駄箱で聞いていた。
第7話
学年が1つ上がる。
美術担当の花出先生は転勤になり、代わって鳥畑先生が非常勤講師として担当することになった。
さおりは2年になってA1クラスからB1クラスに移った。
この高校は1年A1~A4、2年B1~B4、3年C1~C4というようにクラスが分かれていて3年間クラス替えがなかった。
2年以上の女子の楽しみと言えば新しく入ってくる新入生だった。
やがてそれぞれのクラブに新入生が入部していった。
女子バスケ部部室にて。新入生はたった5名だった。
さおり「みなさん、新入生を紹介します。」
・・・・・・・
新入生にはさおりと同じ附属中学の松尾美咲と森幸代の2人もいた。
2人とも中学からバスケ部で、そのときもさおりがクラブの先輩であった。
ある日の放課後のバスケ部練習日。
この日は男子と女子が合同で今年初めて基礎練をしていた。さおりは1年男子の中に西城の姿を見つけた。
さおり「君が西城君ね。」
西城「はい。」
西城は爽やかな表情で答えた。
さおり「お兄さんによく似てるね。今年の2月にお兄さんから聞いたわ。」
西城「よろしくお願いします。」
西城はけっこうイケメンで好青年だった。
さおり「今年の男子は主力がいないので頑張ってね。」
西城「はい有難うございます。」
1人離れてロングシュートの練習ばかりしている男子がいた。
さおりが傍に行った。
さおり「うーん、形が全然なってないなあ・・・」
彼のシュートは何度やっても入らなかった。
それどころかリングに届かないのも多かった。
さおり「ねえ君・・・」
光「ん?オレ?」
光は自分なのか不安でキョロキョロしていた。
さおり「君だよ!」
光「はい、何ですか?」
さおり「名前は?」
光「明星光。」
さおり「ん?聞いたことあるような名前だな・・・」
光はピースをしてまたボールを持った。
さおり「光君さ。もっと基礎からやらないと駄目だと思うよ。」
光「中学の時、しっかりやったけど。」
さおり「中学もバスケだったの?」
光「はい。」
さおり「それにしては下手だなあ。」
光「自分では上手いと思ってます。」
さおり「あっそう・・・」
呆れたさおりはもうそれ以上話さなかった。
校内の競技大会の当日。
空はけっこう晴れ渡って風も無く穏やかだった。
生徒たちは全員グラウンドに集合していた。
さおり「よーし、今年こそ昨年の挽回をするぞ!」
春日「トゥース!」
さおり「おい、どこから出てきたんじゃ・・・」
さおりはいやそうにその場から離れた。
春日「ちょっと・・・オレ野良犬じゃないんだから・・・」
さおり「全然そんな可愛いもんじゃないわ。ゴキブリと一緒。」
>>きついけど、当たってる。
春日「ねぇそれはないでしょ、それは・・・」
さおり「ほらあそこにあんたの友だちがいるわよ。」
さおりはそう言って、光の方を指差した。
春日は指差す方を眺めた。
光「やっほ~い!」
春日「まあオレの方がレベルが上かな?」
さおり「どっちもどっちじゃい・・・」
呆れたさおりはさっさとその場から消えた。
さて郷と春日が仲良しであることを知ったすみかは、直接郷に近づきにくいことから春日に近づいた。
すみか「こんにちは。」
春日「おお、これはこれはすみかさん。」
すみか「名前覚えてくれてありがとう。」
春日「えへん。クラスの女子生徒の名前は全て把握しています。」
>>変な趣味がある・・・
すみか「そうなの、それが趣味ですか?」
春日「え、いえ違いますよ。なんて事をおっしゃるんですか。」
そこに郷が近づいてきた。
それに気づいたすみかはさっと離れた。
郷「おい、春日」
春日「なんだよ、いいところなのに。」
郷「知らないよそんなこと。試合開始5分前だから準備してって連絡が来たよ。」
春日「試合開始は遅らせないのか?」
郷「お前、何考えてんだよ。」
春日「い、いや、別に何も・・・」
郷「じゃ、早く来てくれ。」
春日「もう、いいところなのに・・・」
と、振り返る春日だったが、もうそこにはすみかの姿はなかったのであった。
春日「あれれ?・・・すみかちゃ~ん。」
>>きもーい!
さてバスケットボールの試合だが、女子はB1クラスのさおりが優勝した。
2位は美咲と幸代のいるA3クラスだった。男子は3年のクラスが優勝した。
1年の西城はバスケ部だったが何故かバレーボールに参加したのだった。
球技の苦手なマリとすみかは今年も卓球に参加したが、やはり1回戦で負けていた。
休憩時間になるとすみかはとにかく春日に近づき、なんとか郷の情報を得ようとした。
当然ながらマリもその様子をしっかりと見ていた。
すみか「あれ、春日さん。」
春日「何ですか?」
すみか「肩にゴミがついてるよ。取ってあげる。」
春日「えっ、ほんと。ありがとう。」
すみかはそれとなく春日の肩から何かを取ったみたいだ。
すみか「じゃあね。」
そしてすみかはさっさと自分の席に戻った。
春日はそのちょっとした仕草が気になってしまった。さらに、やたら休憩時間になるとすみかと目線が合う事が多くなった。
何日か過ぎてある日のクラブ活動の時間。
体育館の横でたまたまA2クラスの麗子が西城とすれ違った。
西城「ん???」
西城はピタリと止まった。どうも香水が気になったようだ。
ハンカチを取り出して2回くしゃみをした。麗子は体育館の角の陰に回りこんで、その様子をじっと見ていたのであった。
そこに光が現れた。
光「よ、どうかしたのか?」
西城「たいした事じゃないけど。たぶん香水の香りに弱いんだよ。」
光「なんだ、香水ぐらいで?」
西城「ああ、鼻水が出てきてしまう。」
西城はハンカチで鼻を押さえた。
光「それは大変だね。花粉症?」
西城「香水の匂いだけだよ。」
光「ふうん・・・そんな病気あったっけ?」
光はそう言いながら去って行った。そして、
麗子「ん・・・やっぱり嫌いかあ・・・」
麗子はこんなところで西城が香水が苦手である事に気づいたのである。
そんないくつかの光景をしっかりとさおりは見ていたのであった。
そしてさおりの転がしたボールが西城のところに転がっていった。
学校の休みのある日の春日の部屋。
春日「は!」
春日は急に目が覚めてしまって、
春日「すみかちゃ~ん!!」
そして首を左右に振ってから、
春日「トゥース!!」
これを何度も繰り返していた。
1階から春日の母親が、
母「どうしたの?」
春日「い、いや。ただの寝言です。」
母「寝言?やたら大声なんだね。」
春日「私は変わってますから。」
母「父親似なんだ。」
春日「何それ。じゃ母さんはフツーの人ですか?」
母「この家の中じゃ私だけがフツーの人よ。」
春日「ぎょ!それはないっしょ・・・」
母「頑張れ青春!」
春日「わ!何を急に・・・」
母「すみかちゃんによろしくね。」
春日「しっかり聞いているんだ・・・」
母「聞こえるくらいの大声だから・・・」
春日「トゥース!!」
母「・・・・・」
>>母親も呆れています・・・
ある日の学校の下駄箱にて。春日が誰かを待っている様子。
郷「どうしたんだ春日?」
春日「い、いや何も。今日はオレ1人で帰るよ。」
郷「1人で帰るんだったら、何でここで待ってるんだ?」
春日「それもそうだな?」
春日は自問自答。郷は呆れる。
郷「じゃさらば!」
春日「トゥース!!」
そして問題のすみかがやって来て、春日はあえて知らん振りをして立っていた。
すみかはまったく彼に気にせず下校して行く。
それを見た春日。
春日「オイオイ、これってどうなってんだよ。」
春日は再び自問自答。
春日「わからない。女心は・・・」
そう言いながら、すみかの後を付ける。
で、そのすみかは、郷の後を付けていたのであった。
春日「あれれ?オレと同じ方角へ行くじゃん。そうっか、オレの家に訪問・・・クックックッ。」
春日は勝手に決め付けていた。
やがて春日の家近くに来たとき、急にすみかは左折。
春日「あれ、あれれ。あれれれれ・・・?」
春日は錯乱状態。
こちらはすみか。
郷の家の住所を知ったのであった。
すみか「ここなんだァ・・・」
彼女はため息をついて周りを見回しながら、何かを探していた。
そして急に足早に歩き出した。
ところでこちらは春日の部屋。
春日「すみかちゃ~ん!!」
そして首を左右に振ってから、
春日「トゥース!!」
これを何度も繰り返していた。
調子に乗って右手が棚にぶつかり、棚に飾ってあった置物が春日の頭を直撃。
しばらく春日は気を失ってしまった。
----- ここからは春日の夢の世界です。 -----
ハワイのとある教会。
素晴しい晴天の中で教会の前にステージが作られて、新郎の春日が神父の横に立っていた。
神父「まだですか?」
春日「おかしいなあ、早く来てくれないと式が始まらないよ。」
春日は新婦を待っている様子。
神父「新婦の名前は何と言うんですか?」
春日「すみかちゃん。」
神父「すみかちゃ?」
神父は不思議そうにうなずいて言った。
春日「あっ、すみか、すみかです。」
神父「ああ、すみかさんですね。」
神父は改めてうなずいた。
ところが急に雲行きが怪しくなって、さらに空全体が暗くなり、雷が鳴り始めた。
春日「おいおい、こんな大事な日なのに・・・」
しかし春日の思いも虚しく、急に雨が降り出して、
神父「これはいけません。とりあえず中に入りましょう。」
2人はステージを降りて、教会の中へ入った。
そして中へ入るや否や、そこにはジャニーズ系のハンサムボーイと純白のウエディングドレス姿のすみかがすでに式を待っていた。
春日「あ、あれれ。これは一体どういう事なんだ・・・」
----- ここで目が覚める。 -----
春日「は!」
春日は周りをキョロキョロした。
春日「何、ここはハワイじゃないのか?・・・えっ!・・・自分の部屋・・・」
春日はしばらく放心状態。
春日「もしかしてこれは夢・・・」
春日は傍にあったルフィーのぬいぐるみを思いっきり蹴った。
>>説明いらないですが、ワンピースです。
7月初旬。高校体操選手権地区大会があった。
附属高校からは、冬木マリ、月島あかりの2人が出場した。2人とも素晴らしい出来で最後まで首位争いをしたのだが、最後のリボンであかりが絡まって減点となり、マリは1位、あかりは4位になったのであった。
数日後、ここは高校の下駄箱の前。
春日「あれ?何々漫画部。漫画読み放題。おおお、いいじゃん。」
それを聞いていたAクラスの吉永。
吉永「ん?漫画・・・」
そう言ってすぐに春日のいる場所に近づいた。
吉永「漫画読み放題!!おお、すごいな。」
こうして春日と吉永は漫画部に入部したのであった。
さらに数日後、同じ場所で・・・
マリ「ねぇ、あかり。漫画部ってあるよ。」
あかり「どれどれ?」
マリ「行ってみようか?」
あかり「うん。」
この2人も漫画部に入部した。
ちなみに月島あかりはマリより1学年下のAクラスである。
マリは漫画部で春日に出会った。
といっても春日はどうでもよかった。
軽音楽部の練習で郷と春日がいつも一緒であることを知っていたので、できたら郷とデート出来ないかとささやかな期待をしていたのである。
夏休みに入る少し前。
ある日の漫画部の部室にて。
A3クラスの近藤など、数人の部員がおとなしくコミックを読んでいた。
春日が近藤のそばに行って、
春日「近藤、何読んでるんだ?」
近藤「これ?『火の鳥』。」
春日「火の鳥、鳥を燃やす・・・焼き鳥の話か。」
近藤「お・・・・・い。全然違います。とんでもなくレベルの高いコミックです。」
春日「何々?」
近藤「話が歴史上いろんな時代に行ったり来たり(ワープ)して、それぞれの時代のショートストーリーの連続。ストーリーはそれぞれ繋がりがないけど、必ず火の鳥が何かの形で登場する。」
春日「なるほど。」
近藤「え?わかったんですか?」
春日「いや、まったくわからん。」
近藤「まあ一度読んでみてくださいよ。」
近藤はそう言うと『火の鳥(黎明編)』を春日に渡した。
春日はそれを持って元の自分の席に戻り、読み始めた。
少しして、
春日「ワハハハ・・・」
近藤「何だよ急に。うるさいよ春日先輩。それと『火の鳥』はギャグコミックじゃないし・・・」
春日「あっそう。しかしこれはおもしろい。」
近藤「ちょっと待ってよ。その本『火の鳥』じゃないでしょ。」
春日「あ、それはココ。」
春日の尻に『火の鳥』があった。
近藤は落ち込んで、
近藤「やっぱりなあ・・・。で、それは何ですか?」
春日「うーん、えぞ松、チョロ松・・・?、う・・・ん?いや何松?」
近藤「ははん、『おそ松くん』か。」
春日「そう、それ!トゥース!」
近藤「黙って読んでください。」
このあと部室は静かになったのであった。
夏休みに入った。ある日の漫画部の部室。
春日「何かおもしろいやつはないかな?」
近藤「これどう?」
近藤は『こち亀』を指差した。
春日「ん?・・・こちら・・・」
近藤「何だ?」
春日「漢字が読めん。」
近藤「こちら葛飾区亀有公園前派出所。」
春日「近藤すごいな。早口言葉が言えるのか?」
近藤「そういう問題じゃないけど。」
春日「しかしこれがタイトルか?」
近藤「そうさ。しかし皆『こち亀』って呼んでるけどな。」
春日「ん、なら最初っからそれにすればいいじゃん。」
近藤「作者に言ってくれ・・・」
春日「作者?・・・作者は・・・山止・・・」
近藤「おい、またかよ。」
春日「山に止めるだぜ。」
近藤「合ってるよ。」
春日「どう読むんだ。」
近藤「山止たつひこ」
春日「そのままじゃないか。」
近藤「ああ、でも秋本治だけどな。」
春日「何それ、どういう意味だよ?」
近藤「ほら、こっちを見ろよ。」
近藤は第8巻を春日に見せた。
春日「ほんとだ。どっちが作者なんだ?」
近藤「どっちもだよ。秋本治が本名だよ。」
春日「ははあ~ん・・・」
近藤「わかったのかよ。」
春日「ま、どうでもいいや。とにかく読むわ。」
春日はさっさと自分の席に座った。
近藤「そこに出てくる両津勘吉は春日先輩にそっくりだよ。」
春日「そうか、そんなにかっこいいのか。」
近藤「・・・・・」
しばらく大人しく読んでいた春日が、急に、
春日「ギャハハハハハハハ!!」
マリたち「うるさい!!」
3、4人の部員が混声合唱で叫んだ。
春日「し、しかし、これは面白すぎて声が出てしまうよ。」
マリ「静かに読めないの?」
近藤「本当にそうだよ、皆読んでんだからさ。」
マリ「春日君だけよ、うるさいのは!」
春日「わ、悪い、・・・でもこの漫画で笑うなっていうのは・・・」
近藤「そこを何とか・・・」
マリ「ま、いいわ。確かに『こち亀』は面白いから。」
春日「何だマリさんも読んだのか?」
マリ「全巻ね。」
近藤「そ、それはすごい・・・」
春日「じゃオレも読むわ、全巻。」
近藤「軽く言ってやんの・・・」
マリ「わかってないのね。ほっときましょう。」
近藤「はい。」
またしばらく時が流れて、春日がやっと第1巻を読み終えた。
春日「よーし、次第2巻だ。」
そう言って棚に目をやると、そこには『こち亀』のオンパレード。
春日「お、お、お・・・おいおい、これはいったい何巻あるんだい。」
近藤「いまだに続刊が出てるよ。」
春日「何終わってないのか?さっきマリちゃんが全巻読んだって?」
近藤「それはギャグだよ。だってまだ未完なのは皆知ってるんだよ。」
マリ「ちゃんはやめて・・・」
春日「何オレだけ知らなかったってことか・・・」
近藤「そう言う事。」
春日「ま、まあいい、次読もう。今日中に無理だなこりゃ。」
近藤「今月中にも無理だろうが・・・」
やがて下校時間になり、ここは下駄箱の前。
マリ「春日くん♪」
いつもと違って甘えた声で呼んだ。
春日「え?私・・・」
春日は女の子から優しく呼ばれたことが今までなかったので、びっくりしたのであった。
マリ「そうだよ~ん。」
春日「な、何ですか?・・もしかして私悪い事をしましたか?」
マリ「違うわ。一緒にデートしたいと思ってね。」
春日「ひぃえー!ほ、ほんとですか?」
マリ「そ、そんなに驚かなくても・・・」
春日「私、実は・・・マリ」
そう言いかけた時、
マリ「へへへ、すみかさんでしょ。」
春日「わ・・・わわわ・・かってらっしゃる・・・」
春日が急に言葉をにごした。
マリ「知ってるわよ。すでに有名ですから。」
春日「え、ほんと?」
マリ「だから私とすみかと郷君と春日くんの4人でデートしようって。」
春日「わ、賛成・・・いや・・・わかりました。郷に話しておきます。」
マリはデートの話をすみかにした。
当然ながらすみかも郷が好きだったので大賛成したのであった。
ある日の春日の部屋。
春日「は!」
春日は急に目が覚めてしまって、
春日「すみかちゃ~ん!!」
そして首を左右に振ってから、
春日「トゥース!!」
そして時計を見て、
春日「おいおい、まだ朝の5時だよ・・・」
春日は一瞬固まったが、
春日「よおし、こうなったら男意気を見せようじゃないか。」
と言いながら、机にあったA4のケント紙に、文字を書いて、
春日「毎日早朝マラソン!!」
春日は2回うなずいて、
春日「よし!これで行こう!」
ニヤッと笑いながら、壁にそれを貼った。
そして体操着に着替えて、
春日「よし、行こう!」
商店街の方に向かって行った。
早朝の商店街はとても静かで、ももんがはヤクルトの野球帽をかぶりながら幽霊バットで素振りをしていた。
そこへ春日が通りかかり、バットが春日を直撃した。
春日「わ!」
ももんが「ん?なんだ?」
ももんがが振り返った。
ももんが「なんだ学生か。」
春日「ちょっと、なんだはないでしょ。危ないじゃないですか。」
ももんが「何が?」
春日「何がって・・・今バットを振り回していたでしょ。」
ももんが「はあ?・・・幽霊バットのこと?痛くないでしょ。」
春日「痛くなくても危ないです。」
ももんが「よくわからん事を言う学生だな。」
春日「わからん事を言うのはおじさんの方ですよ。で、何ですか、そのヤクルトは?ファンですか?」
春日はももんがが被っていた帽子を見て言った。
ももんが「オレはファンじゃないよ。」
春日「ややこしい大人だ・・・」
ももんが「もうややこしい事言ってないで早く行けよ。」
春日「今年はヤクルトBクラスですよ。」
ももんが「だからオレはファンじゃないって・・・」
怒ったももんがは店の中に入っていった。
さて、予想通り春日の早朝マラソンはわずか3日で終わってしまった。
夏には毎年恒例の花火大会が東中野商店街近くにある中野北公園で行われた。
公園だけでは場所が狭いので、近くの中野神社の境内や広場も縁日や櫓に利用されていた。
また公園がさほど広くなかったために、花火の打ち上げ場所は公園から北に2キロほど山よりにいったところで準備された。
さおりは同じ学年の令といっしょに最近流行のカラフルなお揃いの浴衣姿で花火を見に来ていた。
さおり「令可愛いじゃん。」
令「さおりも可愛いよ。いろいろもめたけど、お揃いにして正解だったよね。」
さおり「ん、そうだね。」
令「来年もこれで決まりだね。」
なにやらやかましい連中が近くにいた。
光「いえーい!いえーい!いえーい!おー!おー!おーーー!!」
さおり「また族の仲間か?」
令「あれ?」
2人は見覚えある顔を見て、
さおり「あいつかあ・・・」
令「うちの生徒だね。」
さおり「ゴキブリだよ。」
令「な、なに・・・その気持ち悪い名前・・・(^^;;)」
さおり「ほんとに気持ち悪いからさ。」
令「あー口直しが欲しいよ~!」
さおり「32!」
令「いえーい!」
そしてこの日だけは夜遅くまで花火の音が東中野の町全体に響いていた。
ここは令の家。月曜の夜9時になった。
母「あっと、9時だ。」
令「どうしたの母さん?」
母「TV、TV・・・」
令「またドラマか・・・」
母は毎週月金はドラマと決めていた。
母「今日はBGFの日よ。」
令「何よそのBGFって?」
母「バブルガムファンタジーの略。」
令「凄いね。主婦も略号かあ。」
母「令も時代に乗り遅れないようにね。」
令「ドラマを観ればいいのかな?」
母「そうだよ、最近のドラマは凄いんだから。」
令「じゃ、一緒に観るかな・・・」
母「よし、おやつ持ってくる。」
令「さすがだね。」
令は母親の行動にいつも呆れていた。
母「ほらあなたの好きなドーナツよ。」
令「よし!じゃ飲み物持ってくるわ。」
母「さすがわが娘。」
令「ほんとうかな・・・」
小声でつぶやく令だった。
こんな感じでいつも令はしっかり利用されていたのであった。
令「あっ、この曲聴いたことある。」
母「スランプよ。」
令「やっぱりね。よし今年も行くぞライブ。」
母「そっちか・・・」
食べながら観る母と体を少し躍らせながら聴く令であった。
こうしてドラマの最終回まで、2人はしっかり毎週かかさずTVに釘付けになるのであった。
さて夏休み中のクラブ活動では、バスケ部の基礎練習は男女一緒だった。
体育館のコートを半分ずつ男女で分けて使っていた。
また女子バスケ部の3年は1人しかいなくて、ほとんどさおりが仕切っていた。
さおり「はい、トスの練習をやるよ。」
女子が集まった。
そして練習を開始した。
少し経って、男子のボールが女子のコートに転がってきた。
1年の女子がそれを拾おうとしたが、
さおり「あー、いいよ。拾わなくて。」
そう言ってさおりみずからボールを西城に渡した。
しばらくして、またボールが転がってきた。
さおり「うっぜえ・・・」
さおりはその転がったボールを足で蹴っ飛ばした。
光「おいおいおい・・・」
光のボールだった。
さおりは見向きもしなかった。
光はたいして気にせず、相変わらず入りもしないのに1人ロングシュートの練習ばかりしていた。
一方音楽室では、令がバンドのメンバーと練習していた。
そのやかましい爆音が体育館にまで聞こえてきた。
光「なんだよ、うるさいなあ・・・練習できねえじゃないかよ。」
光はそう言うと、体育館から出て行き、校舎の音楽室の方を眺めた。
すると後ろからボールが飛んできた。
光「イテ!!」
光は振り返った。
そこにはA3クラスの美咲が立っていた。
美咲「すいません。」
光「ああ、いいよ。はい。」
光はそう言って、ボールを手渡した。
美咲は一礼をして戻っていった。
少ししてまた、
光「イテ!!」
再び光は振り返った。
そこには誰もいなかった。
光「なんだよ、どこから来たんだ?」
光は渡す相手がわからなかったので、その場に置いておいた。
やがて休憩タイムになった。
皆洗面所の所に集まって、顔を洗ったり、汗を拭いたり、それぞれリラックスしていた。
さおりは急いで、先ほど光の足元に置いてあったボールを取りに行った。
ある日の漫画部の部室にて。
A3クラスの加藤など、数人の部員がおとなしくコミックを読んでいた。
春日が加藤のそばに行って、
春日「部長、何読んでるんですか?」
加藤「これは『オバケのQ太郎』、藤子不二雄のやつだよ。」
春日「オバケ?、オバケがおもしろいのかなあ・・・」
加藤「読んだらわかるよ、ほら。」
加藤はそう言うと『オバケのQ太郎』の本を1冊春日に渡した。春日は元の自分の席に戻り、読み始めた。
数分後。
春日「ハハハハハハ・・・」
加藤「何だよ急に。」
春日「いやー、おもしろいや、これは。」
加藤「でしょ。」
春日「ハゲラッタ!」
加藤「それ、バケラッタですよ。」
春日「え!そうだったか・・・あ、ああ。しかしハゲラッタでもいいじゃん。」
加藤「まったく・・・大丈夫かよ。」
マリ「すいません。そこ、うるさいんですけど。」
マリはそう言いながら、部室の扉に貼ってある『部屋では静かにして読みましょう』の貼り紙を指差した。
加藤「ごめん。」
春日「トゥース!」
加藤「・・・・・」
しかしながらマリは春日の方を見て、優しくウインクしていた。
春日「ドキ・・・」
この日の夜、春日が郷にメールして4人でデートしたいと頼んだ。
それも自分がすみかとデートしたいので協力して欲しいと頼み込んだのであった。
いよいよデートの日。
マリたち4人は都心の渋谷に行くことになった。
ここは渋谷。
4人が「ハチ公前」でマリのデジカメで写真を撮っていた。
郷「すいません。撮ってもらえますか。」
さすが郷は、通行人に頼んで4人のショットを数枚お願いした。
すみか「うーん・・・隅はいらんな・・・」
すみかが小さくつぶやいた。
配置の隅に春日がいたからある。
マリ「私がプリントをハサミでカットしてあげるわ。」
すみかの気持ちを理解していたマリが話した。
すみか「ありがとう。」
しかしマリの本当の気持ちは、すみかと春日の2人をカットしたかったのであった。
このあと4人は渋谷の町をあちこち歩いて回った。
4人でデートの数日後、
マリが3人分のプリントをたくさん持って「リトル・キッチン」にいた。
やがてすみかが来て、
すみか「お待たせ。」
マリ「出来たよ。」
マリはそう言って、さっそく作ったプリントをすみかに見せた。
すみか「わー!すっごい!・・・ありがとう~♪」
すみかはゴキゲンだった。
マリがすみかのために作ったプリントは全てが郷とすみかだけだった。
すみか「ねえ?マリと私の2ショットは?」
マリ「いるかなぁ・・・?」
すみか「う・・・・・ん、そうね。ありがとう。」
こうしてわずか10分足らずで2人は店を出たのである。
当然ながら部活の日に春日に郷の分も一緒にプリントを渡した。
マリ「ちゃんと渡してね。」
春日「了解!」
ちょっと心配そうなマリであった。
そしてその心配は当たっていた。
春日は受け取ったプリントの袋を両方開けて比べていた。
マリは予想していたので、2つの袋はまったく同じ内容で同じ枚数だった。
春日「郷にすみかはいらんな。」
春日は勝手な解釈で、郷に渡すプリントの中から「すみか」が写っている写真を全て抜いたのであった。
翌日のバンド練習の日。
春日は郷にマリが作ったプリントを渡した。
郷は袋の中身を見ながら、
郷「写したのってこれだけだった?」
春日「あっ、あとはピンボケだったからって言ってたよ。」
郷「ふう・・・ん?」
かなり不思議そうな郷であったがあえて追求しなかった。
何故ならデジカメでピンボケはあり得ないと思うのと、シャッターを押したのは自分も多かったからであった。
次の部活の日。
マリ「春日くん、ちゃんと渡してくれた?」
春日「トゥース!」
マリ「それはいいから・・・」
春日はゴキゲンだった。
春日「で、次はいつデートするんですか?」
春日は早くすみかとデートしたかったのだ。
マリ「すみかに聞いてみるわ。」
この日の夜、マリはすみかにメールして都合を聞いてみた。
すみか「いいよ。」
マリ「わかった。伝えるね。」
こうして4人のデートの2回目が、今度は秋葉原で行われた。
マリ「ゲゲッゲ・・・」
すみか「わ・・・」
2人はすっかり変わってしまった街の様子に驚いていた。
店の多くがアニメ化していたのであった。
郷「好みが違うからペアで行動しよう。」
春日「そうだね。」
春日は一瞬嬉しくなったが・・・
郷「オレと春日はゲーセンに行くから。」
マリ「じゃ、12時にここに集合ってことで。」
こうして男と女のペアが別行動になった。
春日「なんだよ、残念。」
郷「そうかな、ここはアニメだらけだよ。ほら・・・」
郷の目前にはコスプレの女の子集団がいた。
春日「お、おおお・・・」
春日は普段目にしない光景に興奮が冷めなかった。
すでにすみかどころではなかったのである。
お昼に4人がファミレスに集合した。
マリ「郷くん、どうだった?」
郷「うん、いろいろ見ることが出来て、目の保養になってるよ。」
春日「ふふん・・・」
春日はすでにゲーセンでゲットしたアニメのフィギアとカードをチェックしていた。
そして、その様子をしっかりとチェックするマリとすみかであった。
午後からは4人は上野に移動して、公園を散策したのであった。
こうして思い出の夏が終ったのであった。
第8話
季節は秋。
秋祭りが中野神社で行われた。
神社前の広場ではいくつかの縁日が催されていて、「金魚すくい」、「輪投げ」、「ヨーヨ釣り」などの店に幼稚園児と小学校の1、2年の子供たちがたくさん集まっていたのだった。
ここは「金魚すくい」の店です。ピンクが似合う春日が来ていた。
子供「おじさんどいてよ。」
春日「何でだよ、オレが先じゃん!」
子供「早く取ってよ。次待ってるんだから。」
春日「しょうがないだろ、このアミすぐに破れるんだから。」
子供「何枚でやってるの?」
春日「うーん、5枚目だな。」
>>へぼ!
泳いでいる金魚たちが笑っていた。
また、「カラアゲ」、「りんごアメ」、「綿菓子」、「フランクフルト」、「たこ焼き」、「広島焼き」、「焼きそば」などの店には、中高生から20代までの若者たちが多く集まっていた。
神社の奥の方では火の見櫓が置かれ、その周りで盆踊りをするために準備がされていた。
女子アナ「は~い皆さん、こんにちは。TV西東京の水曜日は『突撃インタビュー』の時間ですよ。今日は東京近郊西中野地区にあるビジネス街にやってまいりました。そしてここは『花園学園大学』で~す。」
アナウンサーは歩きながら説明していた。
女子アナ「そして今日のゲストはこちら、大野竹輪さんで~す。」
大野が現れて、
大野「こんにちは、大野竹輪です。よろしく。」
女子アナ「は~い。よろしくお願いします。」
2人は大学前の大通りをゆっくりと北へ歩いて行った。
やがて、
女子アナ「はい、こちらが『江戸前寿司』です。」
女子アナはそう言いながら店に近づいていった。
女子アナ「さっそく店の中に入って・・・」
女子アナは入りかけてびっくりしてしまった。
女子アナ「ちょっと待ってくださいね。この店今日は臨時休業ですよ。スタッフどうなってるんでしょうか?」
しかし、いつもこのコーナーは大野とのツーショットでやっているためスタッフ不在で、さらにこのままボツにすることができなかった。
女子アナ「しょーがないですね。大野さん、今日は大野さんに特別インタビューしま~す。」
大野「おっとぉ・・・そうきましたか・・・」
女子アナ「はい、きました。よろしくお願いしまーす。」
大野「無理とは言えない立場・・・」
女子アナ「ですよね~。」
大野「ですよね~。」
女子アナ「さっそくですが大野さん。大野さんの恋人としての理想の女性はどんな人でしょうか?」
大野「えーと・・・男性交際歴なし、年齢30歳未満、厚化粧しない、ラメ系の服と飾り物が似合わないような人です。」
女子アナ「えー、それ私の事ですか?」
大野「そ、そうではありません。勝手にいいように解釈しないでくださいね。」
女子アナ「ですよね~。でもそれは私の長所です。」
大野「えー、長所だったんですか?」
女子アナ「そうですよー、チョー勝手気ままに生きてます。」
大野「わお、それは結婚遅くなりますよー。」
女子アナ「ほっといてください。」
大野が笑った。
女子アナ「では話題を変えます。」
大野「その前にあなたの恋人としての理想の男性はどんな人なんですか?」
女子アナ「そうきましたか」
大野「お返しです。」
女子アナ「包容力があって、優しくて、頭が良くって、働き者で、背が高くて、話し上手で、いろいろ私のわがままを聞いてくれる人。」
大野「十分無理ですね。」
女子アナ「あっともう一つ。顔はそこそこキムタクくらいでOKです。」
大野「十二分に無理言ってますよー。」
女子アナ「えー、そうですかぁー・・・私控えめなんですけど。」
大野「それは信じられませんね。」
女子アナは大笑いしていた。
女子アナ「でも、そんな男性っているでしょ。」
大野「えー、きっといないと思います。」
芸術祭の当日。
今年のテーマは『友情』だった。
校門の前には美術部が全員で創り上げた大きなコラージュアートの張りぼてが展示されていた。
そして講堂ではかなりやかましい騒音とも十分とれるくらいの高校生バンドの生演奏が休むことなく午後3時頃まで校内中に響いていた。
ボーカル担当の菊池令は昨年と同じけっこう丈の短いピンクのワンピースと真っ赤なスカーフにポニーテール姿で、黒のキラキラ光るラメの入ったベルトをしていた。
令「おーい!みんな、のってるかー!!」
観客「はーい!!」
令「よっしや、次いくぜ~ぃ!!」
観客「はーい!!」
そして再び演奏が始まった。
今年は昨年と違ってけっこう練習を積んだのか、まあ聞くに堪える演奏だった。
令「いいよ、乗ってるねェ!!音楽は爆発だーー!!」
観客「イェーイ!!!」
一方美術室では美術部の個人作品や共同作品の展示物が所狭しと数多く張巡らされたり、並べられたりしていた。
窓もきれいに装飾され、いたるところにポップアートのようなポスターや、ステンドガラスに似せた額の絵など、さまざまな作品が貼られており、教室全体を作品で覆いつくしていたのであった。
また昨年同様、他校の生徒や一般の大人もこの日だけは特別に許可無く入場できた。
礼子「毎年見に来るけど、なかなか感動する作品ってないなあ。」
マチコ「ふうん・・・私にはすごい作品に思うけどね。」
礼子「大学の方がレベルも高いしやはり専門的でおもしろいわ。」
マチコ「礼子は美大だからね。私とは全然見る目が違うから・・・」
礼子「まあ美大と言えど、好きで入ったような・・・親の後を追っかけてるような・・・」
この美術部の展示には数人の女子生徒と一般の女性しか見に来ないのが通例だったが、何故かこの年はめずらしく西城が1人で見に来ていた。
しかし西城は意外と早く美術室から出て行ったのであった。
さて今度は教室の外を見てみよう。
グラウンドの一角には各運動部のバザーのブースが点在して不自然に並んでいた。
こちらはバスケ部のブース。
さおり「はーい!焼きそばいかがですかぁー!」
中では西城が焼きそばを作っていた。そこに登場したのは、
春日「トゥース!」
さおり「またかぁ・・・」
いい加減呆れるさおり。
春日「またかはないでしょ。今年こそ本気で買いに来たんですよ。」
西城「いくつ欲しいんだ?」
奥から西城が尋ねた。
春日「そうだなあ・・・」
西城「考えるんだったら、決めてから来い!」
春日「おお、そう。そうだよねー・・・」
そのまま春日はどっかに消えて行った。
西城「何だああいつは?」
さおり「うちのクラスの癌よ。それも末期癌。」
>>そこまで言うかぁ・・・
こちらはバレー部のブースである。
めぐが手を強く叩きながら、
めぐ「はいはいはい、よかったらクレープどうですか!クレープどうですか!」
そこへ猟犬のようなすばしっこい駆け足で光がやって来て、
光「やっほー!」
めぐ「何光君、邪魔しに来たの?」
光「まさか、食べに来たんですよお。」
光はニコニコして答えた。
夏美「ちょっと、自分のブースはほっといていいの?」
そこに割り込んだのはA1クラスの夏美だった。
光「大丈夫大丈夫V!!オレピザがいいな。」
夏美「ここはクレープだけよ!」
夏美がテーブルを叩きながら言った。
光「じゃ、もんじゃ焼き!」
夏美「ふざけてんの。商店街にあるでしょ、そこに行ったら・・・」
光「じゃ、お好み焼き!」
めぐ「だからここはクレープだけだと言っとるんじゃああああああああああ!!!!!!!!」
光「ひぇー・・・こわ・・・」
さすがにめぐの張り裂ける声にはかなわなかったようだ。
そこに3人組の女の子たちのお客さんが来た。
めぐ「いらっしゃいませ。いかがですか?」
客1「私バナナにしようかな?」
光「あ、それおいしいですよ~♪」
夏美「光!邪魔邪魔!」
夏美はとうとう腕ずくで光をブースから離れさせた。
光はついに追い出された。
客2「私チョコで。」
客3「私も同じ・・・」
この日ばかりは学校内は年に一度の生徒たちの活躍で大盛況だった。
やがて時も夕方4時をまわり、バザーのブースでは完売した店から次々とぼちぼち片付けに入るブースも出てきた。
それにつれて人だかりも徐々に減っていき、そしてブースの周りの掛け声もそれと共に減っていった。
芸術祭が終わった後、それぞれの持ち場にいた多くの生徒は芸術祭の打ち上げをするために、スーパー「ゲキヤス」の向かいにある「リトル・キッチン」に集まっていた。
そして彼らは窓際の一角を堂々と占拠していた。
講堂で演奏をしていたバンドのメンバーのテーブルでは、
令「秀樹、今日はなかなか調子良かったじゃん。」
野口はニコニコしながら、
野口「なんとか上手くいったよ。」
令「来週もしっかりね。」
野口はカロリーゼロのコーラを飲みながら、
野口「うん、頑張るよ。」
令はビーフオムライスを食べていた。
実は次の週末に地元のライヴがあって、菊池令らが参加することになっていたのだ。
春日「うまし!」
春日は何故かおとなしくハンバーグを食べていた。
さらに隣の目立ち過ぎてやかましいテーブルでは右手のこぶしを上げながら、
光「イエ~イ!!」
光はテーブルソファの背もたれの上部分に腰をかけて叫んでいた。
西城「お前ほんとうるさいなぁ・・・ほんとに。」
光「いいじゃん、この日こそはしゃがなきゃいつはしゃぐんだぁ・・・」
急に店員がやってきて、
店員「お客さん、そこから降りてください。ちゃんと座ってください。」
しかたなく座る光だった。
西城「お前授業中いっつもはしゃいでるじゃん。」
光「そうかなあ、いつも大人しいけど。」
>>完全に呆れる西城。
西城「それとうちのバザーもっと手伝えよ。焼きそば食ってばっかりで、お前作ったことあんのか?」
西城の鋭い言葉が手裏剣のように光の喉に突き刺さった。
光「焼きそばくらい、作れますよ。・・・じゃ、来年はオレが焼きます!」
まったく西城の手裏剣に動じない光。
その上光は自分の胸を左手の拳で軽く叩きながら自信有り気に言った。
西城「その言葉忘れんなよ。」
光「モチ!!」
光はしっかり西城にピースサインをしていた。
>>ここでピースサインですか??
光はバスケ部の他の先輩が打ち上げに参加しない理由がまったくわかっていなかった。
西城は仕方なしに光に付き合っていたのだった。
で、翌週のクラブ活動の時間に西城が先輩から聞いた話なのだが、どうやらバスケ部の先輩たちは別の店で打ち上げをしていたらしい。
こちらはバレー部の打ち上げ。
学校に近いカラオケ店でやっていた。
めぐ「ファミレスはうるさすぎるからね。あんなところでよくやるよ、まったく・・・」
夏美「ほんとですよね、ほとんど1人がはしゃいでるみたいで。」
バレー部は一度リトル・キッチンには行ったのだが、うるさすぎるバスケ部の声に、場所を変えてカラオケ店にしたのであった。
ここは令の家。
令「あー退屈じゃー・・・」
令はする事がなかった。
というか、何もしない性格なのだ。
学校の宿題もまったくやっていない。
それはもちろん花出との交際がまだ続いていたからで、令の宿題は全て花出がやっていたのであった。
令「たまにはCD聴くかァ・・・」
お気に入りのスランプのCDを聴き始めた。
令「一切合切をー♪・・・」
鼻歌まじりで歌う令であった。
令「よーし!ドームのコンサート、行くぞー!!」
令は花出にメールを送った。
花出からの返信には、
「その日はちょうど東京で学会の講演に出席するから大丈夫だよ。」
こうしてスランプのドームコンサートの交通費は花出が負担することになったのだった。
花出はわざわざ自家用車で行くことにした。この方が待ち合わせが楽だったからである。
秋にドームで4人組のアーチスト『スランプ』の2回目のライブがあった。
令は花出の車から降りると、
令「じゃ、10時頃にここで待ってるね。もし変更があったらメールするわ。」
花出は軽くうなずいていた。
そして車はドームを離れて行った。
数年前からかなりのファンである軽辺マキも、ドームまで彼らを見に行ったのであった。
第9話
クリスマス当日に少し離れた南高針地区を流れる高針川の河川敷でついに完成したイルミネーションが見られることを知ったさおりは令と見に行くことにした。
そのクリスマスの日。
さおり「わあーすごいわぁ・・・予想以上。やっぱり来てよかった。」
令「ほんとだ。めっちゃ綺麗だよね。」
向こうの方から2人組が近づいてきた。さおりはちょっとうつになって、
さおり「おいおい、まさかのまさお君ですか・・・」
2人は向かい合わせになった。
令「逃げる準備OK。」
さおり「よし、回り道しよう。」
令は一瞬躊躇ったが、
令「いいよ、行きましょう!」
郷と春日の2人が近づいてきた。
春日「やっほ~い!」
郷「相変わらずのワンパターンってやつですか・・・」
春日「あらら逃げていったよ。」
郷「そりゃそうでしょ。」
春日「なんで、そこで納得するんですか?」
郷「みんな同じ気持ちなんだよ。」
春日「ま、いいでしょ。」
河川敷に2人が座ることにした。
しばらくイルミネーションを見ていた春日が、急に立つと踊り出した。
郷「ひぇー、これは見てられないや・・・」
春日「トゥース!」
郷「お前ここまでそれを言いに来たのかァ・・・」
春日「トゥース!」
郷「もういいよ。静かにしてイルミ見てなよ。」
春日「トゥース!」
郷「うるさい!!」
近くの人「あのう・・・静かにしていただけませんか?」
郷「は、はいすいません。」
春日「トゥース!」
郷「ばかか・・・」
郷は来年はもう一緒には来ないと思った。
女子アナ「は~い皆さん、こんにちは。TV西東京の水曜日は『突撃インタビュー』の時間ですよ。今日は東京近郊南高針地区に昨年から開催されていますイルミネーションにやってまいりました。そしてここは高針川河川敷で~す。」
アナウンサーは歩きながら説明していた。
女子アナ「そして今日のゲストはこちら、大野竹輪さんで~す。」
大野が現れて、
大野「こんばんは、大野竹輪です。よろしく。」
女子アナ「は~い。よろしくお願いします。」
2人は河川敷をゆっくりと歩いて行った。
女子アナ「こんばんは。」
郷「あっ、こんばんはどうも。」
マイクとTVカメラが郷に向けられた。
郷「あっTV。」
女子アナ「はい、『突撃インタビュー』で~す。」
郷「あっ、し、しまった。髪が乱れてるな。」
女子アナ「大丈夫ですよ。たいして格好よくありませんから。」
郷「相変わらず失礼やなぁ・・・」
女子アナ「はいはい。いっつもこのパターンです。」
郷「ですよね。TV見てますよ。」
女子アナ「ありがとうございます。ですよね~。」
春日「おいおい、オレは無視かよ。」
突然横入りしたがる春日。
女子アナ「はい、次行っちゃいます。」
春日「ちょっと、ちょっと・・・待ってよ。」
女子アナ「いえ、待ちません。」
女子アナはさっさと次へ行った。
春日は呆れてしまって、
春日「何だよあれは?」
郷「TV見てないのか?・・・いつもあんな感じだよって昨年言ったじゃないか。」
春日「まったくふざけた番組だなぁ・・・」
郷「ふざけてるのがいいんだよ。」
春日「オレの性格には合わないな。」
郷「おいおい・・・お前とまったくそっくりだと思うけどなぁ・・・」
春日「トゥース!!」
郷「や、やっぱり・・・。しかしまったく昨年と同じ事を言うかなぁ・・・」
一方のさおりと令。
さおりはイルミネーションが時と共に変わってゆく色と形の変化に感動していた。
さおり「素晴らしいわ。これこそが芸術。」
令「いいね。昨年のと少し違うね。」
さすがに凝っていたのか、昨年の作品とはスケールが違っていた。
光「やっほ~い!」
遠くから光の声が聞こえてきた。
さおり「げげげげ、ゴキブリ発見。」
令「まったく・・・ムード壊すよね。」
こうして2人はそれぞれ最高のイルミネーションを思い思いに楽しんでいた。
さらに川面にも色取り取りのイルミネーションが美しくしとやかに、ときに鮮やかに時間と共に写って、まるで大きなキャンバスに描かれた動画のようだった。
さらに翌日。
花出と令は誰もいない河川敷に来ていた。
令「ほんとうは昨日がよかったんだけど、生徒がいっぱいいてさ。」
花出「うん、わかってるよ。」
特に多くを語らない2人であった。
後ろから見るとしっかり手を繋いで肩を寄せ合いながら素晴らしいカップルに見えた。
翌年2月。今日は13日。
スーパー「ゲキヤス」には多くの女性が新設のコーナーを占拠していた。
勿論目当てはチョコ。
とくに女子高校生の集まりは多く、押し合いもみ合いながらまるでそこは大きな戦場になっていた。
その人数は特売日か年末の人手にも優る勢いのように思われたのだ。
令「すっごいね、人だらけ。」
さおり「ほんとだ。」
令「あーあーうちの生徒が多すぎるわ。」
さおり「ほんと、みんな渡す相手同じじゃない。きっと・・・」
令「やはり・・・」
さおりの言ったセリフは大当たりだった。
翌日の放課後、西城の下駄箱の中にはたくさんのチョコが押し込んであった。
光と西城が下駄箱にやって来た。
光「おいおい何これ。」
西城「まったく・・・」
光「いいよな、もらえるんだから。」
光は心の底から欲しそうな表情をしていた。
西城「やるよ。」
西城はそう言うとチョコのほとんどを光に渡した。
光「おお、サンキュウー・・・。あ、それも。」
光は西城の持っていた3つばかりのチョコも結局横取りした。
西城「しょうがねえなぁ。」
西城は完全に呆れてしまった。
光は楽しそうに足早に1人で帰って行った。
で、こちらは喫茶「309」。
さおりと令が買ったチョコの箱を見せ合っていた。
さおり「ねえねえ、これどうかな?」
さおりはカバンからリボンのかかった可愛い箱を出した。
令「うわーちょー可愛い!」
そう言いながら、令もカバンから可愛い箱を出してきて、
さおり「ひゃー、何それー・・・」
こうして2人はバレンタインのチョコを仲良く交換していたのである。
<<< 前編 終わり>>>
この小説は「キラキラヒカル」全集の第8巻(前編)です。
キラキラヒカルは新しいカテゴリ、「4次元小説」の1冊で、これまでにはない新しい読み手の世界を考えて描いてあります。
なお、「もくじ」は配布している冊誌の表紙裏を入れました。
このシリーズでは、「登場人物一覧」以降は「ハンドブック」に記載しています。そちらをご覧ください。
<公開履歴>
2018. 5 (8-1)「小説家になろう」にて公開