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式神

―1―

 寝苦しい。腹の辺りが熱い。

 重い。寝返りもできない。呼吸が荒れる。

 寝る前には何の気配もみせてはいなかったが……

 どうやら何かが憑いているような感じだ。しまったな、かろうじて手先は動くようではあるものが、この腹の上に居座る輩の正体を目にすることなく祓ってしまうのは己の信条に反するけれども致し方ない。


 腹の上の輩は何かブツブツと唱えていた。参った。悪戯まがいのあやかし者であれば造作もないのであるが、私怨をもった者が相手であればそう簡単な話ではない。祓うとは転じて『掃う』ことを意味する。前述の単なる悪戯好きのあやかし者であれば腹の上から掃い落すだけで次の人の所へと移ってくれるが、後者であればそうはいかない。私怨、あるいは丑の刻参りのような呪術の類いである場合には対象の者に伝えたい呪いを呟くのだ。


 仕事の関係上、そういった事を受けることも無くはない。呪いを代わりに請け負う。憑りついた厄介者を私の体内で祓う。それにしても最近はその手の依頼を請け負っていないのが少しばかり気がかりではあった。


―2―

 切りかけていた九字を格子に動かす。

 言葉が発せられないため、体内にて九字を唱える。臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前。正式な順に即した九字切りではないため、この程度では腹の上の輩を祓うことができないことは容易に想像できた。そのため、この九字切りで行いたかったのは式神の呼び出しであった。


 枕元、時計やらなにやらでごった返していたサイドテーブルの上で、下敷きになっていた人形ひとがたがひょっこりと立ち上がり、腹の上の輩に動きを悟られないように右手の指先までフワリと舞った。


 私は人形の和紙特有のざらっとした触感を感じ取り、それの腹に文字をなぞった。すると人形をした紙きれは私の指先から離れ、ベッドの下へと滑り落ちポンっと乾いた音を鳴らしてそれは姿を現した。


「大輔さん。呼んでいただくのは構わないのですが腹の上に猫を乗っけて僕に何をしろと仰るのですか?」


―3― 

 猫? 

 そう聞いて先ほどまで開かなかった目をそおっと開くと腹の上に香箱座りして糸目をしている寝ているのやら起きているのやら区別がつかない猫の姿と、ベッド脇で困った顔をしている真っ赤な髪をした50センチ程の小さな式神、朱雀の姿が目に入った。


「しゃりーしーぜーしょほうくーそうふーしょーふーめつふーくーふーじょー……」


 さっきまで聞こえていたのはこの声か。しかし、この経は節が進めば進むほど猫の重さが増していくように思えた。先ほどまでの重みと明らかに違う。重い重い。


「朱雀、スマンが水を一杯ついできてくれないか?」


 はぁ、別に構いませんが、といった顔で寝室から朱雀が出ていくのを確認したうえで、猫の頭をひっぱたいてやった。二度ほど。


「お前、起きてるだろ。どこの世界に寝言で般若心経唱える猫がいるんだよ」


 それを聞いた猫は片目を開け、こちらを確かめるようにして「ようやく起きたか」と一言。

いやいやいやいや、どこからツッコめばいいのやら。昨晩までは一言も喋りもしなかった猫が急に人が、いや猫が変わったかのように喋り出すのだから。


「それにしてもお主。その年で式神を使えるとはなかなかやるではないか。目を覚まさねばこのまま押しつぶしてやろうかとも考えておったが、なかなかどうして」


 流暢に喋る猫。というものを見たことがあるであろうか。意外としっくりくると言うべきか、何故に上から目線なのかと言うべきか。ともあれ、この猫は明らかに猫又であることが証明された訳である。記憶の中の猫又は尾が二股のものであったが、コイツはそんなことはなかった。


―4―

「どうでもいいが、そろそろ腹の上から降りてくれないか。いい加減重いんだが」


 香箱座りを決め込む猫は嫌だとばかりに顔を洗いだし、飯を寄越せと言う始末。

 トテトテとそれこそカラクリ人形のようにお盆の上に水をついだコップを乗せて朱雀が戻ってくるのが見えた。冷蔵庫だと朱雀の身長が足りないのでここに引っ越してきたついでに我が家にもウォーターサーバーを設置してみたのであるが正解であった。


「大輔さん、水、お持ちしました。次なにをしましょうか?」


「ああ、朱雀とやら。すまぬがカリカリを準備してくれまいか?」


 朱雀は猫を指差し、私の方に顔を向けて「猫?」とだけ確認をとった。言いたいことはわかる。朱雀の言いたいことはよくわかる。朱雀の使役者は私なので私以外の命は聞く必要がない。そもそも人間ですらない相手であればなおのことである。


「朱雀、やってあげておくれ」


「大輔さんがそれでよいのならやりますが」


 そう言い残すと朱雀は踵を返し、トテトテと台所に向かっていった。


「やれやれ、食事にありつくだけでもこの手間とあっては先が思いやられますなぁ」


 猫はそれだけを言い残し、私の腹の上からのっそりと立ち上がり、伸びをし、ゆるりとベッドを降りて台所へ向かっていくのであった。


 えらく上から目線で話をしていたり般若心経を唱えたりしている猫又であるが、どう考えても人間である私の方が年齢は上なんだけれどなあ。もっといってしまえば使役しているとはいえ朱雀の方が、この世界に存在している者としての格も位も上だと思うんだけれども……

読了ありがとうございました。


是非感想などお聞かせいただけますと幸いです。

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