肝試し
―1―
いきなりではあるが、この話のオチは実のところ「人間が一番怖い」ということになる。
古典落語にあるような饅頭こわいじゃああるまいし、と言いたいところではあるが、結局そんな話に落ち着くので質が悪い。今回のケースでは意地が悪いというべきか。
いや、どちらにしても意味は同じか。
何はともあれ年も明け、正月を迎えることができたことは非常にありがたいことである。特に私のような定職にもつかず、宗教めいた戯言を堅苦しく淡々と面白おかしくもなく夜が明けて陽が昇るように当たり前に当然にあることをつらつらと語るだけの陰陽師紛いにとっては。
不思議なことに日本という国はこの上なく節操がない。
何のことかと言えば、誰からともなく当然のように盆は田舎の催し物のような扱いを受け、都心ではハロウインで騒ぐ。八百万の神を祝えとは流石に言葉が過ぎるが氏神参り位はやるべきであろうとは思う。キリストの生誕祭を祝う位であれば。
それは独り身の愚痴のようなものなのかもしれないが、何はともあれ年が明ければ詣でる。三社参りであるとか、それこそ氏神参りであるとか。
初日を拝みにどごぞの山々に大晦日の寒空を登山するのも似たようなものであろう。私からすれば元旦の日も五月六日の日も同じ日に見えてしょうがない。
これも誘ってくれるような友人がいないから半ばヤケクソ気味に呟いている訳ではないのであるが、如何せん、それを言われてしまうと反論はできないので大っぴらには口にしない。
―2―
学生時代の友というのは往々にして莫逆の友ともいうべきありがたい存在へと昇華されることがある。『往々にして』という前提を早速取り消すが、生憎私には莫逆の友はいない。本人からすれば『そんなことはない』なんて熱い友情を確認するような若いパッションも正直無い。
というよりも、そもそも寒すぎて外に出ることが億劫になる。
用事がない限りは自宅から出ない。もっとも、喋る猫くらいには年賀の挨拶を交わしたりもしたが、猫はこたつで丸くなる。
……訂正しよう。こたつがないので。電気ストーブの前か布団の中だ。顔を出したと思えば食事の催促あるいはトイレくらいなものだ。
年末年始、皆様いかがお過ごしでしょうか?
なんて挨拶も二月を迎えようとする一月下旬に差し掛かった今日の今になって問いかけるのも何か違う気がする。
今回、雪の吹きすさぶ中、都心の容赦ないビル風に体感温度が大変なことになっている中にも関わらず、わざわざ電車を乗り継いで他県から相談に訪れた大学生然とした出で立ちとでも言い表そうか、タートルネックのセーターに丈のいやに長いコート姿で現れた。お世辞にも長いとはいえない脚にその格好は逆に足を短く魅せるのではないか? と問いたいところではあったが、面倒なので早々にファミレスへと場所を移した。
どうにも寒い。いつものようにファミレスの中で待てば良かったのであるが、どういうことか、約束の時間よりも随分早い時間に着いたはずなのに、その青年は既に寒そうに白い息をため息のように吐き出しながら待っていた。
ヌクヌクとした暖房がカラカラの空気と空間を生み出すインフルエンザの申し子のような店内で熱々のコーヒーで一息入れてから迎えようと考えていただけに少し機嫌を損ねる。そんな訳で今回のエピソードを残すにあたっては多少文章が荒れていることをご了承いただきたい。
―3―
「黒川さん。僕に何か憑いていませんか?」
「ああ、肩口にゴミが付いているのは気になっていましたが」
「いえいえ、そうではなく……」
「冗談ですよ」
全くもって冗談ではない。この青年は私にこのファミレスの一押しである熱々の味も香りも薄いただの苦いお湯のようなコーヒーを楽しむ余裕すらくれないのであろうか。
面倒なので彼の話を要約しよう。
彼は年末に実家であるN県へと帰省していたとのことだ。大学は東京にあるので都心に一人暮らしであるそうではあるが。
何にしても上京している大学生ともなれば地元の友人と会うこともそれはあろう。特段珍しいことでもない。いくつかのグループと酒を酌み交わし、それはそれは充実した年末を過ごしたとのことである。
そこまでは良かった。
悪気はなかったなんて今時、子供でも使わないような大人がよく用いる枕詞を置いた上で話したのは、酒の勢いとでも表現していたが、初詣にと実家に程近い名も知らないような神社に足を運んだとのこと。
昔々なんて昔の話ではなくて、その青年が少年であった頃によく遊んでいたような神社であった。
記憶を頼りに神社の境内までは辿り着くことができた。お参りもした。さて帰るか。その矢先に友人の一人が口にする。
「そういえば神社の裏手って行った事なくね?」
青年も少年であった時分の記憶を辿るが、何度その神社を訪れても一向に、友人が指差す向こう側に何があるのかを思い出せない。
田舎の神社である。大晦日の夜とはいえ人手は地元の爺婆程度なもの。若い彼らは好奇心からそっと奥を目指す。
神社の裏手、暗闇であるからか思いの外広く、月明かりに参道のようなものが目に入り、友人を先頭に奥へと進むと、どうやらそこには祠のような物があったという。
「ええ、何の祠だろう?」
友人の中の女性がキャイキャイと声を上げる。
祠には……何も収められてはいなかった。ただ、誰かが随分前に参ったのであろう蝋燭の燃え残りとカップ酒、かつてはそこに何かが入っていたのであろう鉄格子のような扉が半開きになった状態であったという。
青年はシゲシゲと祠を観察したのだという。珍しい物を眺めるように、その小さな石の祠を左回りで一周して……
半周したところ、丁度、友人達と一番距離のある所へと歩を進めた時、彼の背筋に冷え切った手で撫でられるかのような寒気が走る。
「おい、なんだよアレ?」
携帯電話のライトで照らされた方向を、青年から見て真正面にそれは居たのだという。黒髪に白いワンピースであればそれこそ和製ホラーの出来上がりではあるが、そうではなかった。
白い何か。風もないのにウニョウニョと蠢く何か。ビニール袋のゴミか? なんてことは思わない。声にならない声、泣き喚くではなく喉が緊張で閉じてしまい、出ない声を身体の内側で叫びながら走り去った。
怪談話、怪異譚の類いであればそんなものだ。それこそ江戸絵巻に出てくる侍じゃああるまいし、この世のものではないように『思える』だけでも恐ろしく思える。そこに集団心理が加わる。一人が走れば何か不味いことがあるのでは、と皆が駆け出す。
そんなものだ。
そんな中にあって、彼が見た白いものは友人たちが目撃したものとは一線を画していたのだという。それこそ、白いワンピースに黒く垂れさがった髪に身を包んだ血の気のない白い女性の姿であったのだと。
―4―
勿論、その時の友人たちとその後もその事について連絡を取り合っているのだという。その神社、裏手の祠について調べた友人の話だと、そこは過去、首切り場であったのだそうだ。祠には首のない地蔵が収められているはずだと。
少年時代の彼がそこに訪れていなかった理由は『立ち入るべからず』と強く教え込まれていたからだと。
事実、神社の境内に隣接している施設で『立ち入り禁止』とされている場所があるケースは多い。それは偏に境内以外の場所にご神体が収められているであるとか、立地的に危険なので、といったものまで種々ある。それは知っている。
東京に戻ってきてからというもの、一人暮らしであるからという心理も働き、不安な日々を送っているのだそうだ。いつあの白い幽霊が襲ってくるかもしれない。と。
「安心してください。貴方には何も憑いてはいませんよ。どうでしょう。その時の友人達の中で『いつもは集まるのにそういえば来なかった』なんて方はいらっしゃいませんでしたか?」
「……ええ、まあそれは居ましたけれど」
私は思わずため息を漏らす。それはあまりに露骨すぎたのかもしれない。
「申し訳ないのですが、流石に全国の神社津々浦々を知っている訳ではありませんので、その祠とやらが仮に、首切り場の跡地であったとしましょう。そのような場に素知らぬ顔で訪れるのは誉められた行動ではない。それはそうです。至極当たり前でしょう。ですが、『白いワンピースに黒髪の女性』なんてひと昔前のホラー映画じゃああるまいし、ないです」
「で、ですけれど黒川さん……」
青年の言いたいことはわかる。わかるが申し訳ないのだけれども話を終わらせる。
「貴方は友人達とやらにドッキリを仕掛けられたんですよ。あくまで推測に過ぎませんが。あまりにもお約束過ぎる。申し訳ないがありえないものはありえないんです。どうしても気になるのであればこの場でその見たという『人』に心を込めて謝りなさい。今、この場で」
少し語気を荒げてしまったのは寒さのあまり早く帰りたいという大人げない事情があった。青年は脅されているかのようにビクビクしながら口に出して立入禁止区域を侵し、眠りを妨げたことについて両手を合わせて謝罪した。
全くもって質が悪い。騙す方もそうだが、騙される方も大概である。少しは怪しいとは思わなかったのであろうか。久しぶりに帰ってきた友人に対して多少手荒い歓迎のつもりだったのであろうけれど、物事には限度というものがある。
恐らく、彼が聞いた元首切り場であった。ということは、まあ強ち間違えではないのであろう。駅前の待ち合わせ場所で彼を視界に捉えた時には、その背後から恨めしそうな目で彼をジッと眺める男の姿が見えていた。
白の襦袢に髷を落としたのであろう黒髪が腰のあたりまで長く垂れさがった血の気のない武者の姿が。




