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青行燈

―1―

 鬼を談ずればあやかしにいたる。


 簡単に言ってしまえば出鱈目も並べ立てれば本物になる。といった具合であろうか。いや、少し飛躍し過ぎか。怖い話をすれば怖いことが起きる。こんなところであろう。


 ともすれば人という生き物はどうしても『怖いもの見たさ』に誑かされる。それはひとえに『あやかしもの』とも呼ぶべきこの世にない輩がそのような心持ちに誘導しているのではないかとさえ思ってしまう程に。


 夏場は夏場の暑さを凌ぐために背筋も凍る話を。

 冬場は冬場で身を寄せ合っては折角なので話を。何が折角なのかは知らないけれども。

 春であろうが秋であろうが、人は人であり続けるが故に好奇心に駆られて踏み入れてはならぬ領域に知らぬ間に足を差し込んでいるのかもしれない。


 なんて話はまさに青行燈の話に帰結することになる。姿、形は語られぬことのない、百の怪談話を終えた後に訪れるという鬼か何か。


 百も怪談をつらつらと語るような怪談馬鹿がいるのか、という話ではあるが、実際のところ前述の話ではないが、創作話も多分に含まれていることが間々あるというからこれまたおかしい話だ。そうでなければ適当な話を百重ねるだけで青行燈のお出ましとなってしまうではないか。


―2―

「友人達……自分を合わせて四人で鍋を囲んで誰からという訳でもなくそんな話を始めたのがきっかけだったと思います」


 私はいつものファミレスのいつもの窓際の座席で変わらぬ味気ない熱いだけのコーヒーを口に運びながら彼の話を聞く。他人の充実した生活など聞くにも堪えない話ではあるが……妬みだな。こりゃ。


「ネットで探せばいくらでもあるじゃないですか、怪談話なんて。動画配信サイトだと、それこそ呪いのビデオなんてものも簡単に視れたりしますし」


「まあ、そうですね」


 一人だとそこまで踏み入れはしないであろう。見ても不安にかられて楽し気な動画を視たり、寝たり。『友人と』という話であったから引っ込みがつかなかった。辞め時を見失ってしまった。というところであろうか。


 ちなみに、彼は四人という人数を強調していたが、別にそんなものは問題ではない。よく、日本語的に『四』は『死』に通じるから縁起が良くないとは言われていたりもするけれども迷信だ。

 四つ葉のクローバーはどうなる。という具合だ。

 それでも忌避される数字であることには違いない。大多数の者が、それがそうであると認識してしまうと思いは重くなる。『四』と『死』の間に相関関係が無かったとしても精神的なつながりが生まれてしまう。

 嘘も方便とは言葉が悪いが、ここまで世間に周知されてしまっている現代社会において、『四』と『死』は切っても切れない関係にあることは否定できない事実であることは間違いない。


 ともあれ、個別の案件にまでそんな迷信の中の迷信ともいうべき四が暗躍しているということは考えにくい。そこは重要ではない。


「それで、わざわざ私に連絡をとってくださったのですから何かあったのでしょう? 不具合のような、不幸というべきでしょうか」


「五、五人いたんです。部屋に。確かに四人だったのに……」


「どなたか知り合いを呼ばれたなんてことはないんですか?」


 男はそんなことはない。と首を左右に振り、涙を浮かべるような睨みを私に返してきた。言葉にしてしまえば馬鹿にするなといった所であろうか? 存外、奇妙な出来事が実のところ大したことは無かった。なんてオチであるケースも往々にしてあるものであるから念のため。と彼に断りを入れておいた。


「スマホで写真なんか残していたんですが……」


 そうやって差し出されたスマートフォンの画面には大層仲が良いのであろう男女四人が肩を組み合って映っていた。


「……この写真、誰が撮られたんですか?」


 写っていた男女の左右の手は全て画像に納まっていた。


―3―

「こ、この写真、僕のスマホだけではなくて、この場に居た四人のスマホにも登録されていて……勿論、誰かのスマホから共有された様な履歴なんかなくて……」


 取り乱す男に落ち着く様に促しながら、煙草を勧める。私は空になったマグカップをドリンクバーまで持っていき、やはりいつものように波立つ程度に熱々のコーヒーを注ぎ、零すことがないように上手い具合に歩いて席へと戻る。


 余談ではあるが、この時の歩き方が気持ち悪いと店員の皆さんに不評との話を聞いた。流石にへこむ。客すらまともにいないファミレスに足繁く通っているのであるから……なんてことは言わないけれども、知りたくない事ではあった。


「く、黒川さんは率直にどう思われますか? ぼ、僕に何かとり憑いているのでしょうか?」


「いえいえ、少なくとも貴方には何も憑いていませんよ。安心してください」


 ……他の三人は知らないけれども。


「幽霊や妖怪、私は『あやかし者』と呼んではいますが、そういった類いの者がわざわざスマートフォンの使い方を覚えるなんて小噺みたいな感じですね」


 和ませようとそんな話をしてみたが、彼は至って変わらず顔面蒼白。人間、ユーモアを忘れてしまっては勿体ない。常々思う。


「僕はどうすればいいんでしょうか?」


「僕『達』ではなく?」


 揚げ足をとっている訳ではない。純粋にそう感じただけ。そう思えてしまっただけ。この男は自分がどうなるのか、ということだけをしきりに気にする。私の切り返しに対しても大した反応をみせない。余裕がないと言ってしまえばそれまでなのかもしれないけれど。


―4― 

 実のところ、この画像を視たのは都合、五回目であった。その事実を突きつけても彼は納得しないであろう。先の四人には「何か生活に支障をきたすようなことがあればすぐに一報を。逢魔が時には極力一人にならないこと」を強く言い伝えておいた。


 彼女らから相談を受けた日からそれ程に日が経っていないこともあったためか、それ以降は緊急を要するような連絡が来ることはなかった。


「もしよろしければ、貴方と友人の三名の間柄について教えていただけませんか?」


「ええ、それくらいであれば……」


 彼は語り出す。在りもしないエピソードを。そのどれもがどこか不自然で虚ろ。中身の無い話。彼の話に添うように私は相槌ちを入れてコーヒーを一口、また一口と飲み、喉を通る熱い液体が胃に流れ込むのを楽しんだ。


 青行燈の正体は鬼であったり、蜘蛛であったりとあやふやで曖昧なあやかし者の中でも群を抜いて有耶無耶なモノである。それは事象であったり事柄であったり、現象である場合もあれば人の形を成すこともある。本人はそうであるとは露にも思ってはいない。


 スマートフォンとして差し出された物は気づけば砂とも土ともいい表わせない物に変わり果てて店内の空調にかき回されるように散って……やがて消えた。


 祓うという類いのものではない。如何せん存在しないものであるから。危うきに近寄らず。という言葉を先の四人の相談者に対して平等に伝えることだけが私にできることであった。


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