天邪鬼
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「では、会員証を発行いたしますのでこちらの用紙に必要事項をお書きください」
紅葉が色づき、なんとも気持ちのよい散歩日和であった。私はいつも通り近場を散策して帰るはずであったのだが、気が付くとどういう訳かレンタルビデオ店に私は居た。そして手にしていたのはDVD。既に会計を行っている最中であり、もう後戻りはできないな。と心の中で思った。
たかだかレンタルビデオ如きで何を言うか、と思われるかもしれないが、定職に就いていない私にとってはこの会員証を作成する行為そのものが億劫になってしまうのである。
黒川大輔、25歳、男、東京都足立区……、ここまではいい、ここまではいいのであるが問題は次の項目『職業欄』である。
次の中からお選びください。と、会社員、自営業、学生、その他。
世間一般的に道端の霊障を祓ってみたり直接の依頼で幾何かの謝礼をいただいたりする行為を自営業として良いものであろうか。とはいえ、その他欄にチェックして括弧に『陰陽師』であるとか『祓い士』みたいなことを書く程には厨二病を拗らせてはいない。ましてやゴーストバスターに至っては想像するだけで顔から火が出る程に恥ずかしい。
くだらない事ではあるが、いつも困ってしてしまう設問である。この手の対応はいつも学生で誤魔化してきたのであった。学生証の提示を求められることもあるが、その時はその時で過去の学生証をもってして誤魔化したりしていた。
嘘をつくような面持ちで、というよりも詐欺に近い行為を働いている手前、実に気持ちが悪いのであるが、学生に丸を付けて同年代と思わしき店員に手渡し、確認をしてもらうのであった(こうなるから嫌なのだ)。
「お客様。お手数ではございますが、会社員であることを証明される身分証などお持ちでしょうか?」
「へ?」
店員の方が「はぁ?」と言いたげな顔であったが差し返された書面には確かに会社員として堂々とした丸がつけられていた。あれだけの葛藤を繰り広げいつものように間違いなく学生に丸を付けたはずである。にも関わらず戻された申込用紙には会社員に丸がついている……
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足下に目線を落とすと膝上くらいの背丈の可愛らしくも憎たらしい小鬼が私のデニムを掴んで見上げて笑みを零していた。小鬼は季節柄であろうか黄色い半纏を身に纏い、モシャモシャとした髪の毛をしていた。
天邪鬼。
その起源を辿ると日本の神話にまで遡らなければならない。ある種の悪神ともいわれているが、どういう訳か仏教においても同様に悪鬼に例えて語られている小鬼である。
どちらが正当な起源なのかなどと野暮なことはどうでもよい。現代社会において天邪鬼という言葉が浸透している。という事実だけ抑えていただければ。それだけ世間一般に天邪鬼が浸透しているのである。ある種の神であるにも関わらずどこにでも現れる。2匹を同時に見かけたことなどないが、どう考えても1匹ではないと思う。神だからなんでもありなのかもしれない。
性格がひねくれているこの小鬼を簡単に説明してしまうと「西にむかえ」と言えば東にむかい「真っ直ぐ進め」と言えば踵を返す。といったような、実にしょうもない存在である。しかしながらどこかでこの行動を目撃したことはないだろうか。特に溜める必要性も感じないのでいってしまえば『子供』である。駄々をこねる子供。親がこっちに来いと呼んでも何故かありもしない自意識下において逆をいくという。あるいは別の道をいく。実に困ったちゃんである。全部が全部とは言うまいが、天邪鬼が絡んでいる場合が得てして多い。
今日の私の行動もどうやらコイツの仕業のようだ。
そういえば自宅を出た時に珍しく迷い犬を見かけた。
10歳を優に越えているであろう白い老犬。そのよろよろとした体躯に見合わない鎖が、根元からわざとらしく何らかの仕業で解けてしまったようで長い鎖をジャラジャラと首からぶら下げ闊歩していた。無類の犬好きである私は面白半分でその犬に近づき、5分程撫でまわした挙句、巡回中の婦警さんを呼び止め、鎖を手渡した。ということがあった。つい今しがたのことである。
どうやらその時に天邪鬼がついて来てしまったらしい。小さいから気づかなかった。と言えばいい訳くさく聞こえてしまうが、どおりでいつもの散歩道と違う道を進んでいたはずだ。
天邪鬼に絡まれると判断に迷うことが多くなる。そして決断したことと結果が異なる。というちぐはぐな現象が起こる。例えば先ほどの私のように右に曲がろうと思っているのにも関わらず体は直進してしまっている。頭の中では右に曲がったつもりなのに。といった具合だ。
というか、天邪鬼って犬に憑りつくのか……
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天邪鬼は人間の意識内に入り込み悪戯をする存在である。陰陽師として祓うことができないのか、と言われれば何ということもないが、ぶっちゃけると鬼は祓っても意味がない。祓うとは『掃う』が転じている言葉だ。つまり鬼がこの世界に入るための門、鬼門に返すことを祓うというのであるが、祓った所で、鬼門を潜ってすぐにこの世にやってくる。退治とは少し違うのだ。それに、少なからず神でもある天邪鬼を退治することはできない。この手の鬼は気の向くままに体を預けると満足して自然と剥がれ落ちる。
飽きるという方が正しいのかもしれない。
レンタルビデオ店を出た後、真っ直ぐ自宅に帰りたかったのであるが、結局路地に入ったり迷子になったりしたのであるが、自宅に帰り着く頃には足にしがみついていた天邪鬼はどこかに去っていた。こんなものである。
きっとどこかのタイミングで別の宿主を見つけたのであろう。
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そういえば職業について少し語ったが、陰陽師とはあくまで自称である。人によっては霊能力者と呼ぶこともあるし、神事を行ったりもする(呼ばれたときだけ)。
この手の話を初対面の相手にすると、部屋を見て欲しいといった依頼を受けることがあるのでお邪魔することがあるが、得てして艮の方角に水の物を置いていたりすることがある。
それがどうしたということも正直無いのではあるが、部屋が霊道であるにもかかわらず「艮の方角は鬼門にあたるので花瓶の代わりに猿の置物でもおいておくといい」と伝えるだけで済ませてしまうあたり私も天邪鬼なのかもしれない。
それにしても適当に借りたと思ったDVD。観てみると意外と面白かった。
天邪鬼のセンスも侮れないものであると見直すのであった。
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