占い師
―1―
「よく当たる占い師の予約が取れた」
意気揚々に息巻いていたのは鶉塚楓。私の高校時代の知り合いで先日部屋掃除に付き合わされた仲である。ズボラな格好の私とは対照的に仕事帰りのバリバリのキャリアウーマン。しかしながら私の格好に合わせたような焼き鳥居酒屋である。
彼女の曰く「この間、この店来た時に美味しかったので再来店」とのことであった。特段待ち合わせをした訳でもなければ依頼人という訳でもない。偶然にも出くわしてしまった感じである。とはいえ、丸の内から足立区にわざわざ足を運ぶのであるから余程の気に入ったのであろう。それで絡み酒。酒癖が悪いとはいわないけれども一人でチビチビと呑みたかったので少し残念ではあった。
「それで? どんな占いなの。それ」
「おやおやおや、黒川さんも気になりますか? やっぱりオカルトマニア的にはスルーできないようですねぇ」
などと、フルスロットルで絡んでくるのであるが、女性はとりあえず否定せず喋らせておけばよい。という私の経験上の知恵が働いているので、軽くハハハッと笑って流してやった。気を良くしたヅカ(鶉塚楓のこと)は、フフンと得意げな笑みを浮かべて「よく当たるって評判なんですよぉ」と続けた。
……どうにも会話にはならないようであった。
池袋に評判の占い師がいるということは雑誌やら何やらでこの所、目にする機会が多かったので覚えていた。数年に一度くらいの周期で人気占い師が世に出ては消えていくが、今回もそのサイクルがやってきたのだろうと鼻にもかけてはいなかった。名前は何と言ったか。
「龍宮寺政宗。陰陽師の龍宮寺政宗先生。黒川も陰陽師なら先生に弟子入りでもしてみなさいよ。いい勉強させてもらえるかもよぉ」
「そうだね。先生がいいよって仰るなら是非にでも」
そう、とても仰々しい名前。龍宮寺政宗。漫画のような名前であるが間違いなく源氏名であろう。しかしながら今まで事あるごとに評判となった占い師とは打って変わって女子中高生やOL、主婦まぁ大きく括って女性層をターゲットとしていた今までの人とは違い、男性の評判もなかなかよろしいらしい。陰陽師と名乗っているからには易であるとか星を見たりするのであろう。
「それで、ヅカは何を占ってもらうんだ?」
「わたしぃ、……うーん、やっぱり仕事運かなぁ」
机に突っ伏しながら一升瓶をキラキラとした目で見つめる三十路OLには現実が……もとい、仕事が気になるらしい。ほっておいたら美人なのに勿体ない。
「黒川は? 何を占ってもらうのぉ?」
酔っ払い特有の甘えたような甘ったるい間延びした声で質問をするヅカであったが、私が「そうだな、占いっていうよりはどんな術を使っているか見てみたいかな」と真面目に答えても「ふーん」と聞き流しているような聞いていないような……眠いのだろうか?
どうでもいいが、流石に寄っているとはいえ、ブラウスだけだと風邪をひいてしまうのではないか若干心配である。
―2―
『黒川、ごめん。風邪ひいた。代わりに逝って』
誤字っぷりがヅカの重症度を知らせてくれた。例の陰陽師、龍宮寺政宗先生の占いの予約を取ったまでは良かったものの、案の定、風邪をこじらせてしまったようで、代わりに話を聞きにいってくれ。とのメールがその後に続いていた。まぁ恋愛運であったり結婚運ではなく仕事運について聞くだけであれば女性のプライバシーも守られるものであろうと引き受けたのであるが、どうにも雨の池袋。まぁ天気はあまり関係ないのかもしれないが、土曜日ともなれば学生やらなんやらとにかく人が多い。人に酔う。都内近郊に住む者の定めとも思える光景であるが、足立区に引っ越してからというもの都心という都心には足を運んでいなかったので久々にこの感じである。
それでいて、池袋の『あやかし者』の多さったらない。地下だからとかそんなレベルじゃないくらいに『あやかし者』がウロウロしている。うろついているだけで害がないので別段問題ないのであるが、よくもまぁこれで騒ぎにならないもんだと感心する程である。
イケフクロウの視線の指す方向に向かって真っすぐ。東口からサンシャイン通りの方へと歩いていくと程なくある雑居ビルの一つ。人気占い師の居る場所とは到底思えないようなビル。通りに面した窓に『占い』とだけポップが施されているが、それが胡散臭さを二倍にも三倍にもしているようであった。
そして池袋の雑居ビル特有なのかもしれないが、入口に対してビル内の入り組み具合に訳が分からなくなる。階段を上がったはずが、スロープを下って外に出てみたり、行きたくもない喫茶店に辿り着いたりと迷うことこの上ない。慣れている人にすればそんなことはないのだろうけれども私からすれば迷宮そのものだ。ミノタウロスのような黒服に出くわしでもしたら尻尾を巻いて逃げてやる。
―3―
雑居ビルの五階。入口にはようやく予約がとれたと喜ぶ女性のグループがチラリホラリと目に入った。キャイキャイと楽しそうに騒ぐ女性達を尻目に男一人、肩身が狭い思いであった。
「男性にも好評とはなんだったのか」
思わず愚痴っぽくそう呟きながら順番を待っていると、質素な黒い布の覆いがされた奥の部屋から一人の女性が「ありがとうございました」と嬉しそうに出てきた。どうやら何か良いことを言われたのであろう。そんな彼女の肩の上には小さな虫が乗っているように見えた。すれ違い際の一瞬であったのでもしかすると見間違いかもしれないが、恐らくカミキリ虫。そんなものが肩の上に乗っていれば奇声と共に掃い落されそうなものであったがルンルン顔の女性は気にする様子もなく出口で料金を支払い占いの館から出て行った。
「次の方、どうぞ中に……」
赤袴。巫女の格好をした従業員と思わしき女性が次に待つ一人を部屋へと案内する。安っぽい黒い覆いをバサリとたくし上げ、部屋の中に入るようにと。
黒い覆いは遮音性の高いものなのであろう。順番待ちをする傍らで聞き耳を立ててみたが終ぞ中の音を聞くことは叶わなかった。そうして、前の女性がまた一人と部屋から出てくる。一様に肩に虫を乗せて。蚯蚓であったり、蝶であったり、私の一つ前の女性の肩には蜘蛛が乗っていた。
「それでは次の方……貴方が鶉塚様でいらっしゃいますか? 女性と伺っておりましたが……」
「あっ、いえ、鵜塚の友人です。体調を崩してしまったのですが、どうしても龍宮寺先生の話を聞いておきたいのでどうしても。とのことでして……難しいですか?」
「……申し訳ございません。龍宮寺先生に確認してまいりますので今しばらくお待ちください」
そう告げると巫女姿の女性が部屋の中に入っていき、ものの三十秒程で「どうぞお入りください」と案内してくれるのであった。
部屋の中は暗室のように自然の光の一切を遮っており、蝋燭に社、何を御神体として祀っているのかはわからなかったが、神具をひどく適当に並べただけのような異様な場であった。空気が重い。重々しい。巫女も龍宮寺と思われる男もそんなことを意に介さないようにケロリとしているのであったが、息苦しさで窒息しそうな程であった。何かに圧迫されているような感じたことのない威圧感。それは彼らから発せられているものではなく、部屋自体がそうしているような、そんな感覚。
―4―
「どうされますか、貴方を占いましょうか、彼女さんを占いましょうか」
巫女はヅカの事を彼女と呼んでいたが、私は否定しなかった。というかそんな余裕がなかった。「彼女の占いで結構です」声を出すだけでも何かが身体の中に入ってきそうな嫌な空気が漂っていたので、思わず俯いてしまうのであった。それを見た男は「おやおや、大丈夫ですか、私の気にあてられちゃったのかな。まぁどうぞ、そちらにお座りください」とニヤリと顔を歪めて椅子を指し示した。言われるがままに腰を下ろすと少し気持ちが楽になった。どうやらこの部屋の上層部分に嫌な感じの空気が溜まっているようで、頭を下げるとそこから逃れられた。
「それでは、事前にお伺いしておりました、鵜塚楓さんの仕事運について、ですね……」
「ま、待ってください。龍宮寺先生と仰いましたか、貴方は何故この部屋の中でも立っていられるのですか? この部屋の嫌な感じは貴方も感じられるのでしょう?」
私の問いに対して龍宮寺政宗という男は笑いを堪えるように言った。
「私は陰陽師ですから。私の創り出した空間ですから、少し霊感の強い人でしたら感じられるかもしれませんね。ごめんなさい。ただ、大抵の皆さんには害がありませんので」
そんなレベルの話ではない。私は眼を凝らして天井部分を仰ぎ見た。蝋燭の灯りでは天井までは照らしてくれていないのであるが、モヤのような霧のような中間層を抜けた先、天井。見えるようで見えない。それでも何かが蠢いているのがみえた。そして、先ほどまでの占い後の女性達の肩に乗っていた生物を思い出して合点がいった。
「蟲ですか。龍宮寺先生は占いといって蟲を使役されている」
なるほど、占いが当たるというカラクリもそういうことかと理解した。例えばカミキリ虫であれば悪縁を切るために憑りつかせたのであろう。カミキリ虫自体には切る縁を選ぶことなんてできない。目に入った縁を切る。占いにあたって「ここを出て縁を切りたい人と最初に会いなさい」とでも言えば、良縁であろうが奇縁であろうが悪縁であろうが縁が切れる。あるいは、蜘蛛「意中の男性と今日、一晩中一緒にいなさい」そう占えば蜘蛛の糸で男を縛ることができる。という訳だ。蟲を使った占い。目的を果たすことができない場合もあることはあるだろうが『当たる』訳だ。
天井をウゾウゾと蠢いていたのは無数の蟲であった。そして一つの森の中にも匹敵するような蟲を小さな一つの部屋の中に囲っているのであるから瘴気が洩れても仕方がない。多少の蟲であればなんていうことのない瘴気であったとしてもこの数はちょっと経験がなかった。
「龍宮寺先生、そういうことですね」
ここまでの蟲を自在に使役できるという陰陽師には会ったことがなかった。思いの外、力の強い先生であったということなのだろう。世の中、狭いようでいてなかなかに広い。そう感心するのであったが龍宮寺の次の発言で寒心を覚えるのであった。
「……何を仰っているんですか? 虫……ですか? この部屋に居ます? 虫。若い女性が多いので殺虫剤撒いたり気にかけてはいるんですけどねぇ」
「……え? 先生が使役しているんじゃないんですか、この天井の化け物……」
「だから、貴方が何を仰りたいのかわからないのですが。ひょっとしてクレーマーの類いですか? でしたら申し訳ないですが部屋から出て行っていただきたいのですが」
龍宮寺が何を言っているのか理解ができなかった。しかし、それは冗談でもなんでもなく本心のようであった。じゃあ何故こんなに蟲が集まっているというのか。なぜ、占った人に蟲が憑いていたというのか。
「あ、いえ、失礼しました。龍宮寺先生お願いします……」
龍宮寺は顔に集る蟲の存在など気のもとめず、訳のわからない宗派も無いような無意味な呪言のようなものを唱えて、ヅカの仕事運を占った。それ自体には何にも意味がない。蟲も何も反応を示さなかったのであるから。やはり、龍宮寺には陰陽師の力は無いようであった。終始、舞のような無味な芸を魅せつけられ、最後に社の神殿に置かれていた一つのお守りをヅカに渡すように、と手に握り何かを祈るような仕草を魅せたが特に何も起きはしなかった。もういいや。
「鵜塚さんには、これからも己を強く持って仕事に取り組めば男性を喰ってしまう程のバイタリティが溢れてきますよ。とお伝えください」
「……はぁ、そうですか」
お守りを受け取った私の手元に天井から一匹の蟲が降りてきた。カマキリであった。カマキリはまるで命じられたかのようにお守りへと溶け込んでいき手元から消え去ってしまった。
結果だけ、結果だけをみれば占いの結果は当たっているのではあるが、雌のカマキリは雄のカマキリを捕食するし、何とも納得はいかなかったが二度とあそこには近寄らないでおこうと思う。天井をウゾウゾと蠢く蟲の姿は蠱毒の中に閉じ込められた非力な虫のような気分であった。
池袋は『あやかし者』が多い。それはそうなのであるが、恐らく、入り組んだ建物の中という異質な空間で占いという曖昧なことを行っている場が設けられ、適当であるとはいえ丁寧に社まで組んで用意しているのであるから蟲からすれば格好の隠れ場であったのであろう。生前の虫が夜、光に集るようなもので死後において蟲となってしまってからは池袋をフラフラしている途中で過ごしやすそうな塒)を見つけてしまった。蟲たちはその塒が無くなってしまわないように占いの手伝いをしてくれていたのであろう。蟲にそんな大層な頭があるとは思えないが、群れると巣をなし、これを守ろうとする本能が働いたのであろう。
この龍宮寺政宗という陰陽師。欲をかいて新しい事務所に移転でもしようものなら途端に当たらずの占い師となってしまうのだろう。ということを本人には勿論伝えてはいない。
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