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人形に恋した男

―1―

「何故こうなった」


 第一声、私はそう言わざるを得ない状況におかれていた。特段、生活環境にこだわりがあるということもなければ大概の物であれば許容できる私ではあるものの、今回ばかりはそう言いたくなった。


「そりゃお前、依頼を請けるからだろ」


 猫は眠そうに顔を洗いながらそう言う。


 それはそうなのだが、仕方がないことなのではあるが、まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。依頼主から話を聞く流れでこうなってしまったのであるから……


 いや、結果はどうでもいい。そこに至るまでの過程だ。問題なのは。結果なんて過程のおまけみたいなものだ。誰に言い訳することでもないが、押し切られた。寄り切られた。土俵際の争いに負けたのではなく結果的にみれば敵前逃亡とも思えるような失態であった。


「そこまで言っちゃあ流石に依頼主様に失礼ってもんだろ。お前がそれで生活費を稼いでいるってんだからなおのこと。餓鬼じゃあるまいし、請けおった仕事はキッチリこなせばいいだろ」


「ぐぬぬ……」


「なぁにがぐぬぬだ。おい、それよりもなによりもそのベッドに腰掛けている姉ちゃんは誰だ。居候している俺が言える立場じゃあないけれどもこれ以上住人が増えてしまえば流石に住みづらいぞ」


 猫の指、もとい視線の先に座っている少し小柄な女の子を示して猫は呟くが、女の子は猫が喋ることに動じることはおろか、私の嘆きにすら一切の反応を示すことはなかった。


―2―

「黒川さん。ぼかぁね、本気なんだ。冗談なんかじゃない。本気で愛しているんだ」


 人を見た目で判断することなど普段はしないが、今回ばかりは少しツッコミを入れたいと思う程にチェックのシャツをデニムに押し込んでいる男を初めて見た。偏見かもしれないがバンダナは巻いていなかった。でもリュックだった。プログラマという職種柄、趣味が偏ってしまったというのが本人の話である。オタクとは言わないでおこう。私もオカルトマニアだから傍から見れば似たようなものだ。


「そんなに大きな声を出さなくても大丈夫ですよ。貴方の話し相手はこの場に私しかいない」


 人は人、仕事は仕事、依頼人は依頼人である。私はいつものようにドリンクバーで注いできた熱々で薄味のコーヒーを口に含み、鼻から抜けるコーヒーの極々ほのかな香りを楽しみながらそう返した。


「いや、僕は声を大にしていいたい。愛していると」


「いやいや、だからですね。私以外の人に聞かせるような話しでもないでしょうとお伝えしたいのですよ私は」


 鼻息の荒いチェックの御仁は、勢いのまま立ち上がりかけた腰を再び下ろし、大きく深呼吸をおいたうえで愛について語り出した。この話については割愛したいと思う。というよりは私も半分以上覚えてはいない。


「……そこで僕は決心した訳です。彼女と一緒になるにはいましかないと」


「それはそれは、おめでとうございます。でよろしかったですか?」


「ええ、黒川さん。祝福してください。あと一週間もすれば彼女と永遠の愛を誓いあうのですから」


 どうにもトリップしてしまっている彼の話によれば、二次元の彼女がいるということらしい。それがこの度、三次元化することになったので満を持して一緒になる。そんなような話であった。超ヒモ理論やら多次元やら何やら私にはさっぱりであったが、彼が喜んでいるのでめでたいことなのであろうと思っていた。


「そこで黒川さんにお願いしたいことに繋がるという訳です」


「……? はぁ」


 結果として、彼女、御園彩芽みそのあやめさん十六歳、身長百四十五センチメートルの一分の一フィギュアが私の部屋に届けられたのであった。

  

―3―

 不自然なまでに大きな目はアニメで見る分には丁度いいのかもしれないが、どうにもこうにも、こう実物として実現されてしまうと『怖い』の一言に尽きる。まだマネキンの方が人間臭くていい。いや良くはないのだけれども。御園彩芽さんはその昔、流行をはくした深夜アニメ『放課後プリンセス』のヒロインの一人である。特徴でもある青い髪はポニーテールにまとめられ、ボーイッシュながらも貴賓に満ちた社長令嬢だそうだ(公式ホームページより)。

 放送終了後もメディアミックスにより据え置きゲームやカードゲーム。フィギュアを経てこの度、フルサイズの人形が販売されることになったのだという。その実物が私の部屋にある訳であるが、眼のサイズや輪郭、恐ろしいまでに整ったスタイルを除けば最先端の技術によって造形されたというギミックと肉肉しい質感、触れた感じ、体温こそないが、マネキンよりも人間じみたプニプニ感が私を一層の恐怖へと落としこんだ。まるでネクロマンチストにでもなった気持ちである。実に気持ちが悪い。


 この人間に近いような物体を私に預けた理由。簡単にいえば「ここまで人間に近いのならば魂が籠っているはずだ。御園嬢と生活をするためにも黒川さんの力でそのところなんとかできないか」ということである。なんとかできないかと言われても……


 人間大の肉の塊が私のベッドに腰掛けている姿を見ると、それこそ今にも動き出しそうな雰囲気を醸し出している。リアル……というのかこれは……。


 付喪神。


 付喪神、あるいは九十九神。物は百年使われると魂が宿ると言われている。それを恐れた昔の人々は九十九年目に物を廃棄するようになった。結果として『あと一年使われたならば魂が得られたものを恨めしい』と人への怨みの末、結局魂を持つようになってしまって人を驚かした。というものである。

 あやかし者。といえども神。と言いたいところではあるが、八百万の神々と言われる位に神様が溢れている日本において、付喪神の神としての力は脆弱ぜいじゃくである。しゃもじに足が生えた所で腕力が人に勝る訳はない。如雨露じょうろが水責めをしてきたところで水の量はたかが知れるというものだ。脅威はない。むしろ、人形のように求められて魂を得る物も存在はするのであるが、市松人形よろしく、大人が怖がれば子供も怖がる。歩くことくらいカラクリ人形でもできることだ。害もへったくれもない。


 さて、御園嬢の話へ戻そう。要はこの一分の一フィギュアが付喪神になってくれればそれで済む話なのではあるが、いや、そういう訳でもないのだが。仮にこの人並みのサイズの人形が付喪神化したとして、それは依頼人の望むような御園嬢ではない。依頼人であるチェックシャツの御仁が長年積み重ねた人形に対する人形の想いの化身に過ぎない。そこにはアニメの設定なんてものは存在せず、彼の想いを人形がどう感じ取ったか、それだけである。


 現実は非常だ。事実はアニメよりもリアルである。


―4―

 後日、チェックシャツの御仁はネルシャツであったがそれは本題ではない。とりあえず会った。そして現実を突きつけた。


「申し訳ないが、私の手には余る。ただ、大事に扱ってさえいれば、きっと貴方の願いは叶うと信じてもらえないだろうか」


「……そうですか。……まぁそうですよね。現実的じゃない。それは僕でもわかります。黒川さんのお言葉、とても嬉しいです。大事に扱っていれば願いは叶う。ですか」


 どちらが悪いという話であれば安請け合いしてしまった私の方が悪いのかもしれないが、彼はそれでも納得してくれた。それは依頼をしようと思い立った段階でも心の奥底では『そんなことありえない』という考えが残っていたからであろう。ため息のような大きな鼻息を一吐きした彼は清々しいまでに笑顔であった。


「いやぁ、もし黒川さんが「出来ました」なんて言ってくださっていたら僕、どうしていたかなって思うんです。たぶん受け取らなかったんじゃないかな。本当に本当の御園嬢かどうかなんてわからないですし、黒川さんが全く知らない変な幽霊を押し込んでしまう可能性だってあるじゃないですか。それに……」


「……そうですか」


 彼が呼吸をする間もなくまくし立てるように喋り続けたのは本心からで会ったのであろうか。それとも心の底から残念だったから。万が一という表現が正しいとは思わないけれども、私の手によって魂が込められた人形を期待していた。初めましての頃から、私は彼女のことを知らなかったのだけれども彼の中ではもう何年も画面の向こうで彼女が動き回る姿を見てきて、それが実際に手元に、触れられるところにやってくるという期待感や高揚感が暴走気味なオタク愛を一足飛びにしてしまったのかもしれない。大変失礼な話ではあるが恐らく彼は人間の彼女がいたことがないのであろう。


 ともすれば、もしかすると、彼にとってこれが初めての恋であり初めての失恋であったのかもしれない。


 猫は猫であり人は人だ。人形はどうしたって人形である。叶わぬ恋と言ってしまえばとてもロマンティックな言い回しになってしまうのかもしれない。テレビの中の人物に恋をしてしまう。それはドラマの俳優であろうが、アニメであろうが変わりはないのだと思う。


 ただ、一点だけどうしても避けられない現実は、それが実在するか実在しないかの違い。俳優が演じる俳優のまま私生活をしていることなんかはありえない。そう考えると両者の実在性というものは限りなく近しいものなのかもしれない。


 彼は、こちらが遮るまで喋り続けた。気にしない。気にしていない。何故ならそんなことはありえないと始めから知っていたのだから。そう続ける彼の眼からは涙が溢れていた。


読了ありがとうございました。

今後も更新をしていきたいと思いますので少しでも気に入っていただきましたらブックマークや評価、感想などお聞かせいただければ幸いです。

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