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狐狗狸

―1―

 雨降りの図書館は静かでいてシトシト、あるいはパタパタとした軒と地を打つ雨音に包まれていてとても心を落ち着かせてくれる。もとより私以外の人もいる訳ではあるが、無駄な会話を行う訳でもなく、この少しの音を孕んだ静寂に余計な雑音を響かせないように互いに配慮をしているのである。私語厳禁とは誰の口からも図書館の貼り紙にも記載はないが、ここにはさもそういったルールが定着していて、誰が言う訳でもなく周知されているようにも思えた。

 図書館は書店と違い、本棚が低い。このことは私にとってありがたいことであった。如何せん、大手の書店であっても駅中にある小さな書店であっても、入ると必ずといっても差し支えない程にお腹が痛くなる。いい歳として若干恥ずかしい話ではあるが、生理現象であるからこればかりはなんともできない。その点、図書館の棚は高くても私の胸の辺りまでの高さであり、キッチリ整然と並んだ本に囲まれる環境であればそんなことは起きない。強いて欠点を挙げるとすれば、それは静かすぎてウトウトとしてしまうことくらいであろうか。

 

 さて、今日の依頼者であるがファミレスではなく、この図書館で落ち合うことになっている。学生とのことであったのでこんな静かな場所で騒がれでもしたら迷惑を掛けてしまうではないかと一抹の不安をもって今日を迎えた訳であるが、どうにも相談したいこと自体が何やらこの図書館と関連しているとの話であった。


 事前に仕入れた情報はこうだ。

 

 友人同士、それも女子高生ばかり四名。趣味はもっぱらのインドア派。とはいってもゲームやアニメではなくて占いやオカルト話。その時点で若干引き気味に話を聞き始めたのであったのだが、この図書館にはオカルト話のネタを探しによく足を運んでいたとのことであった。

 友人の一人が見つけた呪いの本。作者も出版元も覚えていないとのことであったが、そこには占星術であるとか呪術、魔女の軟膏の作り方から何から挿絵付きで紹介されているという一言聞くだけで何とも如何わしい代物であったそうだ。


 それを見つけ出した四人は大いに盛り上がったそうだ。しかし何故か貸出厳禁であったらしく、仕方がないので読める範囲でノートに書き写し、それを見ながら実験的に色々と試してみたらしい。

 後になって読み返してわかったことであったが、呪術の類いにしても軟膏の作り方にしても材料が揃わず、どうしても実行に移すことができなかったものの、紙とペン、それに少しの身の回りの物だけで実現可能なものが一つだけあったそうだ。


 それがテーブル・ターニング。


―2―

 机の上に0から9までの数字、五十音の書かれた表、そして『はい、いいえ』を中心にそのまた間に配置するように鳥居を置き両端には男と女を設けた紙を準備して十円硬貨を鳥居の上に乗せる。


 テーブル・ターニングと言われてピンと来なかったが、それがコックリさんという簡易な霊体を対象とした至極簡単な降霊術であることは説明の仮定でわかった。


 この降霊術。大元を辿ればレオナルド・ダビンチに行き着いてしまったり、ウィジャボードを用いた西洋版の狐貉狸さんとも言うべき代物が起源であったりするが果たして誰が何の目的でこんなことを始めたのかは明確にはなっていない。その年代といえば魔女。悪魔の力を使役して魔術を扱うこと魔女の存在がある。魔女を起源とする話も案外面白い。また、ユングによれば人間の集合的無意識は時間も場所も超越して存在している。という話もある。要は人間の深層意識のさらに奥は実は曖昧でいてあやふやな領域で繋がっていて一つの集合体となっている。というものである。


 何にしても降霊術は降霊術に違いはない。話は少しばかり脱線してしまったが、要約すれば彼女達四人はコックリさんをやってしまった訳だ。降霊の方法だけを手掛かりに。

 その結果、四人のうち一人の様子が変わってしまった。親に説明しようが教師に説明しようが相手にしてもらえない。このままでは彼女が病院に入院させられてしまう。どうにかしてもらえないか? そんな話だ。図書館である必要性が感じられないのだが……


 十五時を回る頃、女子高生ばかり三人が四人席に一人鎮座している私の元へと向かってきた。窓際に座っていた私を取り囲むような形で彼女達も座ってくるのであるが、どうにも雰囲気が薄気味悪いというかなんというか陰鬱な空気を身に纏っていた。


「黒川さん……ですよね?」


「はい、そうです……まぁとりあえず、話しをしましょうか、図書館なので音量は控えめで」


 うつむき加減の彼女らは友人にしでかしてしまった事の重大さに責任を感じて落ち込んでいるので暗い影を落としているのかと思っていたが、時折匂う獣臭さがそうではないことを教えてくれるのであった。しかし、彼女達にはその匂いを気にする様子は見受けられなかった。ただただ親しい友人の事を思って悩んでいる。そんな感じの話を訥々(とつとつ)と語りだした。


 感情がこもっているようでいて中身のないような、一枚の薄皮の下には憎々しい程の想いが込められているのに肝心の芯の部分には硬い意志が感じられない印象。眼鏡に三つ編みの女の子もショートボブの子もポニーテールの子も一様に感じられるのは酷く薄い感情。本人はそんなことを思ってはいないのであろうことは言葉尻から聞いてとれるのであるが……


「話しの腰を折って申し訳ないのですが、ここにいる三人には何か変わったことはありませんでしたか?」


 急に何を言い出すのだこの男は、といった具合に三人は相談するように目を交わすが、そんなことはないです。と一人が首を横に振ると、それに合わせるようにして残りの二人も首を横に振った。


「……そうですか」


―3―

 コックリさん。漢字で表すと狐狗狸さん。要は狐と狗と狸のような動物霊を降霊するものとして流行った遊び。無論、遊びでは済まない。というか、この文字面では遊びにしか使えないように思ってしまっても仕方ないと私は思う。この降霊術、至極簡単な仕組みでできている。複数人の念、想いを指先に集中することで一人では踏み込む出来ない領域へと足を踏み入れることができるようになる。といったものだ。人数が多ければいいという訳ではないが、彼女達の場合は人数も良くなかった。四人。よく四という数字は死をイメージさせるため演技の良くないものとされている。イメージはイメージなのであるが、つまるところ、自身が考えている表層上の想いではなく、深層において四というものが悪いイメージで定着してしまっているが為に、よりよろしくない。

 曖昧で逢魔が時にチラッと姿を現すような世界に自分達から踏み込んでいくのであるから、普段から人に呪いを妬みを僻みを陰の想いを持つあやかし者に憑かれる訳である。

 前提として狐と狗と狸だけが降霊される訳ではないことを改めて伝えておきたいと思う。八百万の神ではないにしても神も悪魔も霊も鬼もこの世ならざる者の何が降りてきても不思議ではない。降りるという表現も少し違うな。その場に居合わせた者に憑りつかれてもおかしくはない。あるいは都市伝説のようなあやかし者であることも考えられる。蟲のように弱い存在であっても、わざわざ人間の方から「来てください」と入口まで準備してあげているのであるから言い換えれば早い者勝ちなのである。


 どうやらその本にはそんなことまでは書いてなかったらしく、というよりは正しい終わり方すらも記載がなかったようだ。案の定、彼女達には何かが憑いていた。それは何なのかは今の段階ではわからない。自ら体の中に入ってきてくださいといって憑りついた霊だ。魂と同居していることに何ら不思議なことはない。ただ、一つの肉体に一つの精神と複数の魂が同居するという異常な状態、憑かれた影響がないなんてことはまずありえない。体が重いであるとか、変な行動をとってしまうといったことは起きているはずである。それでも彼女達三人が「どうにもない」と言ってしまうのは幸か不幸か、四人のうちの一人が早々にこの状況に対応できなくなってしまっただけのことである。その一人がそうならなかったのであれば、あるいは残りの三人のうちの誰かがそうなっていただけであろう。


―4―

 一頻ひとしきりの説明を終える頃にはそういった自覚があったのか、単に痩せ我慢をしていただけなのか、三人はヘトヘトに疲れ切っているようであった。外は寒い。館内は空調が効いて実に過ごしやすい快適な室温であるにも関わらず、異常とも思える程に発汗、喉の渇き、頭痛。せきを切ったようにして症状を訴え出る彼女達は私に懇願した「助けてください」と。彼女達を絶望の淵に落としたい訳ではないが「私には祓うことができない」と回答した。


 彼女達は自ら進んで入口まで用意して出迎えた。その身体に受け入れた。許容した。だからこうなった。それを第三者が引っぺがすような荒療治を行なってしまうとどうなるか、接着剤で引っ付いた板と板を剥がすような、ガムテープで封をした段ボールを引きちぎるような、元の身体に影響がないとは言い切れない。保証もできない。しかもまだ子供である。この手のケースであれば、正しい手順を踏んで降霊術を終える。要は「こちらにお越しください」から始めたのであれば「こちらからお帰りください」と促せばよいのである。彼女達はコックリさんに用いた紙を使用後に破棄した。ただただ、降ろすだけ降ろして紙を丸めて捨てた。それがよくなかった。

 

 帰ってもらえばいいのだ。新しい神を……もとい、紙を準備して、今度は迎えず、ただお帰りくださいと願うだけ。迎えた時と同じように心の底から帰ってください。そう祈るだけ。


「本当に、本当にそれだけでいいんですか?」


 一人の女の子が泣きつくようにしてそう喚いた。苦しいという状況から救われるのにそんな簡単なことでいいのか、そんなに単純なことで許されるのか。どうやらそう言いたいらしい。


「何も無理に来てもらった訳ではないんだ。君たちが「来てください」とお願いするから憑いてあげたんだよ。神様は。だったら帰ってほしいときには「帰ってください」ってお願いするのが普通だろう? そんなもんなんだよ。要は気持ちと手順ってことかな」


 十六時を回る頃、陽が傾き始めた。彼女達は今から急いでもう一人の家に行ってテーブル・ターニングを行うらしい。今度は間違えずにキチンとした手順を踏んで。

 それでも帰ってくれないような困ったあやかし者なのであったとしたら、それは無理矢理にでも引き剥がしているべき世界に帰ってもらう必要があるから連絡をして欲しい。そういって彼女達を見送ったのであるが、身体に張り付くように憑りついた霊を祓う行為は年齢的に色々とマズいと思われるのでできれば避けたいところである。条例的な意味で。私にとって本当に怖いのは警察だ。


読了ありがとうございます。

今後も更新を続けていますので是非ブックマークと評価をお願いします。

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