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狐憑き

―1―

 いつ誰が何のためにこんなことを言い出したのかわからないが、霊能力者などの見えないものが見えるような特異な類いの人間はギャンブルでは負けない『らしい』。賭場で丁半博打が今も行われているのかは知らないが、あらゆる勝負事に対して先を読むことができるので負けることはないのだそうだ。そこへいくと私はどうかといえば、元々ギャンブルはあまり好きではない。日曜の15時頃に中央競馬の中継がテレビで放映されているのを観て「あっ、日曜が終わる」などとたわけたセリフを吐くような男である。一般社会、言い換えれば俗世から距離を置いている人間ならではの話なのかもしれない。勿論、煩悩がないなんてことはありえない。楽はしたいし、お金も欲しい。(できれば彼女も)、一人前に会社勤めでもしていれば休日を有意義に過ごそうと努めるのであろう。それにつけて……若干の自暴自棄的な原因は恐らく財布の中に入っていた一万円がものの一時間も持たずに三千円へとグレードダウンしてしまったからであろう。あやかし者が見えるような霊能力者みたいな輩はギャンブルで負けないとは誰が言い出したのか。言い出しっぺを探し出して延々と説教をくれてやりたい気持ちだ。

 

 ギャンギャンと音をかき鳴らす暖房が効いたパチンコ店から身も心も抜け殻の様な心境でフラフラになりながら端玉で得た冷たい缶コーヒーを飲むと実に虚しい気持ちに包まれる。「あぁ見知らぬ街で人知れずに過ごしたい」などと戯言を洩らしながらトボトボと行き着いた先が稲荷神社であった。

 こと、関東に限らず稲荷、要するに狐を祀っている社は実に数が多い。全国に約三千、分祀を含めれば三万近い社があるというのだから驚いた。とんだ狐大国である。その狐。実のところ陰陽師と関係が深いという話はご存じであろうか。かの安倍晴明、セーマンからセイメイと呼ばれることが多い彼が実はハルアキ、あるいはハルアキラと呼ばれていたのだそうだ。名は重要だ。世の中を構築する全ての事柄、事象には意味がある。名前とはそれを現すものなのであるからその重要性が推し量れるといえるであろう。しかしながら今日のところはどうでもよい。聞いてもらいたいのは、その安倍晴明。御母堂が狐という話があるということだ。

 有名な話ではあるので知っている方も多いかもしれない。晴明のそのあまりの知識、そして力ゆえに嫉妬のような意味合いで狐の子とされていたのではないか、とも思われるが実際のところはどうなのであろうか。事実は私の知る所ではない。ただ一つ言えることは平安の時代において晴明の活躍は過大とも思える程に評価されているということと、事実として安倍晴明という男が実在していたということだ。


―2―

 稲荷信仰。

 日本では古来より生活の近くに犬が存在していたのと同じように、近くに狐の存在があった。人とは交わらず、されど人の生活に寄り添うようにして山から下りてくるその様はある種の山神遣いのように思われていたであろう。面白いことにこの稲荷信仰。日本独自の文化であるという。狐の生息域ではなかった地方では狐に代わり狸などが信仰の対象となっていたりするので面白い。狐の代わりに狸。ということからも推察される通り、陰陽道において狐と狸は対極にはいない。あるいは狐と狸の合戦などといった物語もあったりするがそもそもにおいて生息域が異なるので対立することすらないと思われる。少なくとも太古においてはそうであろう。住処を追われた現代においてどうかと問われると何とも言えない。意外と現代社会に忍ぶようにして人に化けているのかもしれないと想像すると少し笑える。自宅に帰ると狸の親子が仲良く暮らしている姿などを思い浮かべると頬が緩む。


 話を狐に戻そう。


江戸時代においても『伊勢屋、稲荷か犬の糞』と言われる程に狐を祀った稲荷神社が多く存在しており、現在は新しい社ができているというよりは昔からの稲荷神社がそのまま残っていると考えるのが妥当であろう。

 では何故、稲荷信仰なのか。という話であるかといえば、先の通り、山神の遣いとするところを起源と考えると非常にわかりやすい。狐の鳴き声一つでその年の田畑の実りをみていたというのだから稲荷信仰侮り難し。狐憑きと呼ばれるような稲荷を蔑ろにしたことなどによる憑き物も信仰の対象となったきっかけとなったのではないかと思われる。人は恐怖する生物である。それも目には見えない者の存在は神、つまり『あやかし者』として一律に丁重に祀ってきたという歴史がある。

 科学が進んだ現代であれば狐には種々な寄生虫であるとか、細菌であるとかが発見されており、野生の狐に触れると感染するといったリスクがあることがわかっているが、昔話に出てくるような人々はそうはいかない。山神の遣いと触れ合ったことがきっかけになって世にも奇妙な病に苦しむことになった。これは山神様の祟りだ。鎮めなければ。祀らなければ。狐様。お稲荷様。といった具合に。結果的に狐を遠ざけるに至って病は、あるいは流行り病は落ち着くにいたる。傍からみるとなんとも滑稽な話である。


―3―

 狐憑き。

 原因こそ前述の通りではあるが、狐に憑りつかれるというものは女性に多いものとされている。それは陰陽における狐が陰の存在であり、女性もまた陰の存在であることから互いを引き寄せているあるいは同化しやすい傾向にあるのだと考えていいだろう。それに女性特有のものとなるが、魂が抜けやすいという特性によるものが大きい。妊娠という現象によって魂を分化させるという女性ならではの特性が外からの魂を受け付けやすくしている。というものだ。付け加えていってしまえば、それは何も狐に限った話ではない。よく『霊感が強い』と名乗るのは女性が多いというのは大体これで説明がついたりする。それも心の持ちよう一つであるということを付け加えて覚えていただきたいことであるが。

さて、憑りつかれるとどうなるか。まずは狐のような言動を起こすようになる。狐のような言動といっても動物的な意味合いではなく稲荷という意味だが。その次に、顔つきが狐に近くなる。そして精神が錯乱状態となる。一つの肉体と精神に人の魂と狐の魂が同化するのであるから混乱してしかるべきであろう。狐を神格化してしまったのは人間であるので広義でみれば自業自得なのではあるが。最も、だからこそ人の魂との親和性が高く憑りつきやすい狐が畜生霊の中でも比較的有名な憑き物となった原因であろう。


 なお、祓うのは至極簡単なことである。松葉をいぶしてやれば息苦しくなってその者の身体から出ていく。一般信仰に近い療法であるものの、これも広く大衆に稲荷信仰が行われているからこそであろう。


 狐は霊獣になろうが狐である。人とは相いれぬ仲に違いはない。人も狐もお互いに距離をとろうとしている間柄にあって何かの拍子に憑りつかれるのだから狐自身も出ていきたいのだ。松葉でいぶすことで松脂のような効果が生まれる。要はツルツルと滑っている憑りつかれた者の魂と狐の間に滑り止めを用意してやることで狐の魂が抜けやすい状態を作りしてやれば勝手に出ていくという具合である。

 人の想いは天まで通じるという類いの言葉があるが、ある意味でそうなのかもしれない。見えてはいない者の存在をある者のように信仰すること、信じること。傍にいるという認識一つで無いものをその場に在るようにしてしまう。神様と呼ばれる存在がいるとは言わない。だが、いないとも言わない。それはいつ、どんなときでもそこに居るし、そこには居ないものだ。禅問答のような話ではあるが、心の持ちようであるというのが一つの大きな答えであることには違いない。ともすれば、それは人と人との間における想いであってもそうなのかもしれない。人と動物の間であってもそうであるのかもしれないし、いってしまえば動物同士の方がより本能的にそうであるに違いない。


―4―

この話のオチとして、狐の対極にあるのは狸ではなく猿であることを伝えたいと思う。女性がその特性ゆえに狐に憑りつかれやすいのであるとするならば、陽の特性を持つ男は猿に憑りつかれやすいのかといえば、その実はなんとも言えないが、元来、男は猿のような生物であるのでそれはそれでいいのではないだろうか。


 すっかり寂しくなってしまった財布の中から「ご縁がありますように」と五円玉を取り出し、稲荷神社の賽銭箱へと投げ入れた。境内の木は葉が散ってしまっていて何の木だかよくわからなかったが、それでも冷たい風に吹かれながら境内を散歩するのは何ともいえず心地よい気持ちとさせてくれるのであった。


読了ありがとうございます。

これからも更新していきますので、よろしければブクマや感想をいただければと思います。

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