視線の先 (side S)
アイツを好きになったのは、ほんの些細なきっかけだった。
そう、あれは入学式の後。
自己紹介が終わり、アイツは俺の席の斜め前の席だった。
その時はまだ名前も覚えようとさえ思っていなかった。
先生のこれからの予定の説明が終わり、俺は席を立った。
そして、下駄箱に居たアイツの横を通りすぎる瞬間。
「あ、新橋・・君……だよね?」
「……あぁ」
「これからよろしくね。それじゃぁ、また明日教室で」
そう言って、アイツは俺に手を振って帰って行った。
その日から自然と目がアイツを追うようになった。
何気なく交わした言葉とアイツの無邪気な笑顔に、俺は一目惚れしていたんだ。
ふぁ~、と欠伸をひとつかいて、蘇芳は目を瞬かせた。
冬に近づいている為か、朝の空気は寒い。
朝早くに家を出た蘇芳は、行き交う人が少ないなか、学校に向かって歩いていた。
蘇芳の所属するサッカー部の朝練に出るためだ。
蘇芳の通う学校のサッカー部は、特に強いというわけではない。
それでも、頑張って大会に向けて練習しているのだ。
それに今度の土曜日には練習試合がある。
対戦校は、同じくらいの強さの相手だ。
それに伴って、監督はレギュラーを決めるらしい。
そう聞いて、蘇芳は積極的に朝練など自主的に出て、レギュラーになろうと頑張っていた。
学校に近づくにつれて、蘇芳は苛々しながら、ブレザーのポケットに手をつっ込んだ。
部活の方は順調にいっているが、恋愛に関しては、蘇芳は焦っていた。
矢代日向に告白して、もう二ヶ月経とうとしている。
あれから何度か声をかけようとしているものの、どうも避けられているようで、なかなか話せずにいた。
どうやら蘇芳の態度でわかったのか、クラスの奴らに噂や冷やかしなどされているからだ。
視線が合えば逸らされ、この二ヶ月間蘇芳は落ち込んでいた。
(ほっといてくれっつーの!)
蘇芳は切実にそう思った。
『友達から』と言われて、なかなか友達のように話せず、これでいつになったら『彼氏彼女』になれるのやら・・・。
今や日向と目さえ合わなくなり、蘇芳は苛々とした日々を過ごしていた。
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「お前、顔恐いぞ」
休み時間、日向に向けていた視線を、蘇芳は目の前にやってきた金髪の少年に向けた。
「あ?…真幸かよ」
「俺で悪かったな。
それより、そんな睨んでたら、矢代が恐がるぞ」
この金髪の少年は、蘇芳の幼馴染みで親友の梨本真幸だ。
「別に睨んでねぇーよ!」
そう言って真幸を睨むと、呆れたような表情で見てきた。
蘇芳は、むっとしながら、視線をまた日向に向けた。
その時、ちょうど日向もこちらを見ていたのか視線が合った。
でもそれはすぐに逸らされてしまった。
ショックを受けた蘇芳は、顔を俯かせた。
「…はぁ。蘇芳さ、今度の練習試合にでも、矢代誘ったら?」
真幸の言葉に蘇芳は顔を上げた。
少し拗ねたような寂しそうな表情で言った。
「話せないっつーのに、どうやって誘うんだよ」
「ま、幼馴染み兼親友のために、俺が協力してやるよ」
にかっと笑った親友と、一向にこちらを向かない日向を見て、蘇芳は頷いた。