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ミカンとのど飴  作者: 冬染
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始まりの章 過去の背景

 私が初めて告白されたのは中学二年の夏。

 当時一緒にお昼を食べていた五人のメンバーで夏祭りに行った帰りのことだった。それぞれの帰路に着いていた時だ。帰る方向が同じ男子と必然的に二人になった。名前は沖野くん。彼とは小学校が同じだ。近所の中学校に進学したので、他にも同じ小学校出身の子はそれなりにいた。その中で、普段からよく話すようになったのが沖野くんだった。小学生の頃はクラスメイトになったことがなく、中学二年のクラス替えで初めて同じクラスになった。

 住宅街を少し歩ていくと分かれ道がある。私は左に曲がり、沖野くんは真っすぐに進む。別れ際に私は「じゃあ」と軽く手を振った時だ。沖野くんに呼び止められてそちらを向いた。

「柑崎が好きだ」

 真っ赤になりながらも沖野くんは私の方を真っすぐに見ていた。一瞬、唖然としたがすぐに我に返り、告白を断った。沖野くんも断られるとは思っていなかったのか、少しの間だけ口をぽかんと開けた後にもう一度考えてから答えを聞かせてと言ってきた。そのお願いを承諾して二日考えた末、やはり告白は断った。

 本当は迷っていた。沖野くんのことは嫌いではない。中学二年生で多感な時期でもあった。正直、初めての告白で浮かれてもいた。小学生の頃と比べたら、少し不愛想になった自分。そんな自分に好意を持ってくれたことがとても嬉しかった。それなのに、何故告白を断ったのか。単純に怖いからだ。誰かと友達以上になるのがとても怖かった。何か簡単なことがきっかけで壊れてしまいそうで、取り返しがつかなくなってしまうんじゃないかと。あの時みたいに。

 次に告白されたのは、その年の冬だ。

 クラスでクリスマスパーティーをした時だった。終業式が終わって他の生徒が帰った後、私のクラスは教室でクリスマスパーティーをしたのだ。丁度、その日がクリスマスだったということがきっかけで企画された。皆が教室の中央でわいわい騒いでる中、私は一人で窓の外を見ていた。曇天ということもあって夕方前なのに外は既に薄暗かった。朝の天気予報では夕方から一気に気温が下がり雪が降ると言っていた。

「雪降んないかな…」

 ぼそっと呟く。独り言の筈だった。声も小さかったから誰にも聞かれていないと思っていた。それなのに、「降ってほしいの?」と誰かの声が返ってきた。声の方を見れば、クラスで爽やか男子と女子に人気な梅林くんがいた。彼も私の隣に来て一緒に窓の外に目をやる。私は特に何も気にせずに頷いた。

「雪好きだから」

 ずっと窓の外を見ていたら、梅林くんは不意に私を呼んだ。視線をゆっくりそちらに移して梅林くんの方を見る。そして、私はまたあの言葉を聞いた。

「好きだよ」

 暖房の効いた教室の中にいるはずなのに私の周りだけ妙に空気が冷たく感じた。自分の胸中が悲鳴を上げてる気がした。何故か心が落ち着かなくて、嫌な胸騒ぎを覚えた。

「俺…、柑崎が好き」

 主語として使われる自分の固有名詞。それは紛れもない自分自身に向けられている言葉なんだと認識させられる。真っすぐにどこか優しげで私を包み込もうとする梅林くんの視線が心地悪かった。

「……ごめん」

 そして、胸騒ぎの理由が分かる。今まで、記憶の片隅にいた沖野くんの顔。告白を断った時に見せた悲しい笑顔が、今また私の目の前に存在している。また誰かを傷つけてしまった。ごめんという三文字の言葉にどれだけの重みがあるのか。その重みを知るのは誰かに好意を抱き、それを受け入れてもらえなかったものだけ。私にも好きな人がいれば、少しは彼らの痛みを知ることができたのかもしれない。

 中学で最後の告白は中学三年の時。丁度、文化祭の時期だ。

 同じ実行委員だった加川くん。私よりしっかりしていて委員の仕事も完璧にこなしていた。今まで告白してきた人とはかなり違っていて、彼はクラスでも普段は大人しい人だった。じゃんけんに負けて実行委員になっただけだったが、加川くんには誰よりも長けた統率力があり、すぐに人望は集まった。実行委員は加川くんと私の二人だったのに加川くんが有能過ぎて、ほとんどは加川くん主体で仕事をしていた。私はサポート役に回ったり、他の雑用や係の手伝い、部活動が忙しい加川くんの代わりに臨時で開かれる委員会に参加するくらいだった。

 本番前日に加川くんは過労で倒れた。その時はかなり騒ぎになって、さすがに私も心配して保健室のベッドで眠る加川くんの様子を気にしたものだ。加川くんが休んでいる間は、今まで加川くんに回っていた仕事も私が引き受けることになって大変だったことをよく覚えている。大分、落ち着いたと聞き保健室に行ったら、彼は慌てて私にクラスの様子を訊いてきた。自分のことよりもクラスのことを気にしていて、純粋に加川くんのことを尊敬した。

 後夜祭では無事に仕事を終えられたのは私のお陰だと、満面の笑みを見せて加川くんは礼を言った。クラスの皆と同じように加川くんの役に立てていたならよかったと私も微笑み返した。そしたら、彼もあの言葉を口にした。

 どうしても受け入れられないその感情。好きという言葉はいつしか私にとって呪いの言葉になっていた。




 卒業式の日、教室に一人残っていた。思わず溜息を漏らした。

「また告られたの?」

 背後から聴き覚えのある声がした。

 声の主は一旗星葉(いちはたせいは)。小学生の頃からずっと同じクラスの幼馴染だ。その為、他の友達よりも仲は良い方だ。

「うん」

 隣に一旗くんが来て机の上に腰掛ける。ふと隣を見ると一旗くんはぼんやり窓の方を眺めていた。夕焼け色に染まった空は別れを告げているようで何だか寂しい。そんな夕陽が窓から差し込んで薄暗い教室内を赤く照らした。一旗くんの頬が僅かに赤いのも夕陽の所為だ。

「別に気にしなくていいのに」

 他人事みたいに笑う。実際そうだけど。私が告白されてそれを断ったことをこんな風に引きずることも一旗くんは知っている。

「振られたからって心が悪い訳ではないじゃん」

 柑崎心(かんざきこころ)。中学でも私のことを下の名前で呼ぶのは一旗くんだけだ。私は誰かと特別仲良くならないように壁を作って他人と接している。それでも、上手くいかなくてトラブルになることはあったんだけど。

「気にするくらいなら付き合っちゃえばいいのに」

 簡単に言ってくれる。そんなこと簡単にできないから断ってるのに。どうしてもあの悲しい笑顔を向けられると同情してしまうのだ。人が強がって辛いのに無理矢理笑顔を作る場面を始めて見た。自分までもが悲しい気持ちになって、まるで自分が振られたのではと勘違いしてしまう程に胸が締め付けられた。

「………心って優しいよね」

 急に何故そんなことを言われたの変わらなくて一旗くんの方を見た。

「だって、俺は振った女子のことあんまり気にしないからさ」

「確かに…」

 酷い男だ。少しくらい気にしてあげてもいいのに。

 思えば、一旗くんも私と同じようにこの三年間で色んな女子に告白されていた気がする。小学生の頃もクラスで二番目くらいにモテたかな。幼馴染だからと言って、クラスの女子が一旗くんのことをすごい訊いてきた覚えもある。

「彼女できたことないよね。沢山告白されてるのに」

 噂では他校に美人の彼女がいるとか、本当はプレイボーイで何股もしてるからこれ以上は彼女を増やせないとか。女に興味が無いとか。実はホモとか。

「………ホモなの…?」

「ちっげぇーよ‼」

 即答で否定された。少し、怒っているみたいだ。

「じゃあ、何で誰とも付き合わなかったの?」

 後輩で第二ボタン貰いに来た子にも容赦なく断っていた。卒業しちゃうからと連絡先を訊きに来た他クラスの女子にも完全脈なしみたいな対応だったし。

「お前こそ何でだよっ」

「えっ⁉」

 逆に訊き返されて思わず声を上げた。今までにこんな話をしてこなかったわけではない。二人とも暗黙の了解のように言葉を濁して、お互いにそれ以上は詮索しなかった。多分、今回がこんな話をするのも最後だと思う。一旗くんとはずっと一緒だったけど、高校は別々になったのだ。

「………私は特に付き合う理由がないし…、特別な関係になるのが怖いから」

 ただ、相手の好意から逃げているだけだ。自分以外の人間が怖い。信じられない。そんな恐怖心に立ち向かうことを放置して逃げ出した。それが私なのだ。

「ふーん」

 どうでもいいみたいに一旗くんは相槌を打つ。

 一旗くんは私によく考えすぎだと言った。自分でもそう思う。でも、どうしても頭の中にこびりついて離れないのだ。一度持った疑念は簡単に消し去ることもできずにどんどん大きくなっていく。私の意思とは関係なく。

「小三の時のこと覚えてる?」

 突然な話題変更にも慣れた。一旗くんはそういう人だ。

「うん」

 小学三年生。私がまだ、他人に対して距離を置かなかった頃だ。今と違って親友と呼べる友達もいた。誰かと仲良くなれることが嬉しくて、色んな子と話していた。その中でも特別仲良くしている女子二人がいて私はいつもその三人で一緒にいた。深沢彩夢(ふかざわあやめ)と相谷さくら(あいたにさくら)。

「あの時のことが原因だったんでしょ?」

「そう」

 あの時のことがきっかけで私たち三人は決別してしまった。三年生も終わる冬のことだ。バレンタインデーが近づいていた時期。当然、話題はそのことになる。必然的に好きな人の話になり、私も友達とそういう話をするのが憧れだったから、二人の話を聞くのとても楽しみだった。

 放課後、誰も残っていない教室の机を三人で囲んだ。彩夢が頬を染めて幸せそうに好きな人とのエピソードを話した。話し終わった後で、好きな人が誰かを告げたのだ。

「深沢と相谷の好きな奴が同じだったんだっけ?」

 私は黙って頷く。

 その名前を告げた後に、さくらもその人が好きだって言い出して少しの間沈黙になった。私には好きな人がいなかったし、話題を変えてもきっと二人ともお互い気になることが沢山あったはずだ。小学三年生、入学したてならすごい大人に見えた。それでも、たかが八歳。同じ人を好きになってしまった状況をどうにかするには、私たちはまだ幼過ぎた。

「二人が距離を置くようになったのは、それから間もなくで私なりに仲直りできないか考えて色々手段は尽くしたんだけど…」

 それが裏目に出てしまった。彩夢もさくらも気が強い子でプライドも子供なりに高かった。自分が好きな人と両思いになるんだという気持ちが強過ぎてお互いを敵視するようにもなった。そんな二人を仲直りさせようとした私は二人から嫌厭された。気づけば修復できない溝が三人それぞれの間に生まれ、お互いに避けるようになった。それぞれが違う子と行動を共にし、五年生のクラス替えでは私は二人と違うクラスになっていた。結局何もないまま小学校を卒業したのだ。家が遠かった彩夢は近所にある中学に進学し、さくらは私立の中学入試に合格して三人ばらばらになった。

 それから、私は何故だか他人が信じられなくなった。たった一回だけのトラブルでそんなことが起きるとは思っていなかった。恐らく、自分が思っていた以上に衝撃だったのだ。ショックを受けて、三年経っても心の中は立ち直っていなかった。他人と仲良くなることが怖くて友達になることに恐怖を覚えた。仲良くなっても一線を越えてはいけない。こちら側の一線を越えさせてもいけない。他人と接することに憶病になって壁を作り距離置いた。

「………その二人の好きな奴って誰だったの?」

 私は答えない。

「教えてくんないの?」

 一旗くんから私は顔を逸らした。

 座っていた机から立ち上がると、鞄を持って教室の出入り口の方に歩き出す。

「なぁ?帰んの?」

 慌てて追いかけてくる一旗くんの気配を背後に感じながら、あの日のことを思い出す。


『好きな子がいるらしいよ』

 彩夢とさくらを仲直りさせようと彩夢と話した日のこと。彩夢は好きな人のことを誰にも譲る気はないと言ってから、当然そんなこと言い出した。

『え?』

 彩夢の意図が分からず、私は訊き返した。彩夢は私のことを鋭く睨みつけると、叫んだ。

『心のことが…、あんたのことが好きなんだって……!』

 悲痛な声だった。今にも泣き出しそうにして目を潤ませている。本人に確認した訳ではないが、男子がそう話しているのをたまたま聞いてしまったらしい。


 別の日にさくらと話した時もだ。さくらも彩夢から一方的に告げられたらしく、二人の好きな人が私のことを好きなことを知っていた。

『楽でいいよね。対して努力もしてないのに好かれる子は』

 さくらは彩夢とは違って泣きはしなかったが、私と話している時、ずっと手が震えているのを私は知っている。


「教えてくれてもいいじゃん」

 帰り道、二人でのんびり歩いていると、一旗くんは頬を膨らまして拗ねていた。

「中学進学して急に苗字呼びされて、告白されても誰とも付き合わないで、今では誰より信頼してる幼馴染なのに昔のことも教えてくれないんですかー」

 すごい拗ねている。苗字呼びになったのは名前で呼んでたら、他の女子に勘違いされて面倒臭かったからで、誰とも付き合わないのは勝手でしょ。というか、クラスメイトで私たちが喧嘩してるってことまで気づいていたのに、原因になったと言ってもいいくらいの好きな人が誰だか知らないなんて。確かに、彩夢もさくらも誰にも言っていなかったけど、見ていれば気づくもんじゃないのかな。

「あの頃は星葉くんって呼んでくれてたのに」

 親しかったのはあの頃だけで今はただの友達ですか?とか、まぁ面倒臭い。今更だけど、知られるのも嫌だから、適当に答えておこうかな。

「クラスで一番モテてた人かなー」

「えぇ⁉斉木⁉あいつらとは相性合わないと思ってたのに!」

 あ、もしかして人選ミスったかな。

「………ほら、一番モテてたし。二人とも影では何かと助けられてたらしいよ」

「へーー…そーなんかー……」

 信じたかな。大丈夫かな。

「お前は?」

 不意打ちだった。

「え?」

 首を傾げて、一旗くんのことを見る。思わず、足を止めてしまった。私より遅れて止まった一旗くんは私を振り返ってぼそっと言った。

「…お前は斉木のこと好きだったのかよっ……」

「…あぁ」

 質問の意味を理解して私は再び歩き出す。一旗くんもそれに続いた。

「好きじゃないよ。あの時は私、好きな人いなかったし」

「ふーん」

 訊いてきた割には興味無さそうなんですけど。それでも私はふと見てしまった。不愛想に逸らした顔の頬を微かに染める一旗くんを。なんだかおかしくて笑みが零れる。

「何笑ってんだよ」

「別に」

 一旗くんは気づいているのかな。私が苗字呼びにした本当の理由。

 胸がキュッと締め付けられた。その感情にどんな意味があったのかは分からない。少なくとも私は、自分が悲しんでいることを自覚していた。今日で中学は卒業、一旗くんとはもう一緒ではないのだ。


―――――――私ね、星葉くんが好きなの


―――――――え?彩夢も?私も星葉くんが好き


―――――――心は?星葉くんのこと好き?


―――――――ううん、私は好きな人いないから


―――――――好きな子がいるらしいよ


―――――――心のことが…、あんたのことが好きなんだって……!


 誰にでも優しいと思っていた。私だけでなく。だけど、一旗くんは………星葉くんは私にだけ優しかった。それに気づいたのは本当に最近で、今まで自分が星葉くんを好きな女子の告白を手伝ったりと好きな人にはされたくないことを沢山してきた。小学一年生から律儀に誕生日プレゼントをくれたり、夏中見舞いのはがきや年賀状も毎年欠かさず送られてきた。女子だけではなく、男子にさえそんなことはしていなかった。幼馴染だからだと思っていた。だけど、そしたら小学一年生から送られてきたということに説明がつかない。あんなことは二度とごめんだと思っているが、あんなことが起こらなければ、私はずっと今までもこれからも星葉くんの気持ちに気づかないままだった。

 苗字呼びにしたのは、確かに他の女子に勘違いされたということもあるけど、中学生になって彼氏彼女という関係が当たり前になったの実感したからだ。急に恋愛感情というものがどんなものなのかを理解してしまったから。その言葉の意味は知っていた。だけど、実際どんなものなのかが実感が全くわかなかった。だから、それを理解した途端に星葉くんのことを少しずつでも意識してしまったのだ。幼馴染だった星葉くんを一人の男の子として。

 それでも、私の感情はまだ恋愛感情と言えるものではなくて星葉くんとの関係は特に変わらなかった。私が星葉くんを好きだと自覚したのは、今年のバレンタインデーだ。三年は卒業を控えて、授業も午前中しかなかった。二月十四日、女子は本命チョコやら義理チョコやら、友チョコなどを持ってきていた。毎年、星葉くんは女子の誰からもチョコを貰っていなかった。義理でもだ。私はそういうイベントには毎回不参加なのでチョコなど用意はしていない。毎年、星葉くんにせがまれたけど。欲しいなら他の女子もチョコを断らないで貰えばいいのにと思っていた。だから、今年のバレンタインデーの日、私はそう言ったのだ。そしたら、星葉くんは拗ねた子供みたいに唇を尖らせた。

『毎年、心から貰えることを期待してるのに、他の女子のチョコなんて貰ったって嬉しくないよ』

 星葉くんに本命チョコを用意した女子が可哀想だった。高校は別で最後だしと思って、私は市販のチョコを帰り道に買って星葉くんに渡した。

『手作りとかじゃないけど、最後だしね』

 そう言ったら、星葉くんは今までにないくらい喜んでにっこり私に笑って見せた。その時の笑顔は眩しくて本当に幸せそうで私まで幸せな気持ちで一杯になってしまう程だった。その時にいつも感じる星葉くんへの温かい気持ちに気づいた。私は星葉くんのことが好きなのだと。

 そう自覚してから、星葉くんの今までの気になった行動も何となく説明がついて、星葉くんは今でも私のことを想ってくれているんだってとても嬉しかった。


「なぁ、一つ訊いてもいいか?」

「何?」

 もうすぐ二人が分かれる道まで着いてしまう。まだ、一緒にいたい。このまま時間よ止まれと心の片隅で願いながら、私は歩を進めた。

「高校別々なの、どうして黙ってたんだ?」

 ズキッと胸が痛んだ。先程まで問題なかった足が鉛のように重たく感じて私は立ち止まってしまった。星葉くんも立ち止まって私を見る。

「…だって、一旗くん、仲が良かった木村くんと同じ中学行くって言ってたのに私と行く中学が違うって知った途端、進学する学校変えたから。高校も行きたいところに行かずに私と同じところにすると思ったから」

「だから、黙って違う学校受けたのか?」

 私は頷く。

 家が近所なんだから会おうと思えば会えるでしょ。どうして、そこまでして私にこだわるの?私が好きだから?私の為に自分の人生まで犠牲にしなくていい。

「一旗くんの行く高校だって、一緒に見学しに行った時に私がここに行くって言ったら、一旗くんもここにするって言うし」

「悪いかよ。俺は心と同じところがよかったんだ」

 その言葉に胸が更に締め付けられる。

 いつまでも一緒。そんな考え方、現実見てないだけだよ。

「私は一旗くんの行きたいところに行ってほしかった」

「だから、それが心と同じところなんだって」

 頬が熱くなって泣きそうになる。身体の中で感情がぐちゃぐちゃになって渦を巻いていた。頭の中で整理しきれなくて、今自分がどんな感情を抱いているのかさえ分からなかった。

「……何で」

 私は俯く。

「何でよ!」

 我慢ができずに私の目からは涙が溢れ出した。勢いのまま一旗くんに掴みかかる。でも、力が思うように入らなくて、涙だけが止まることなく溢れていた。

 どうして、どうして、……私なの。

 星葉くんは私の掴みかかる腕を受け止めて、そのまま私を抱きしめた。

「…何でよ」

「お前が好きだからだよ。心のことが大好きだから」

 私も星葉くんのことが大好きだよ。だけど、駄目なの。怖くて怖くて仕方ない。

「星葉くん……っ」

 私の嗚咽が星葉くんの胸の中で聞こえる。

 多分、気づいていた。星葉くんは私が星葉くんを好きなことを。私に星葉くんが私を好きだってことを気づかれていることも。全部知ってて星葉くんは黙っていたのだ。

 いつまでもしゃくりあげている私をずっと抱きしめてくれていて、少し落ち着いた頃に星葉くんは私を呼んだ。

「心」

 まだ、涙が溜まる目で星葉くんの顔を見上げる。星葉くんはゆっくりと顔を近づけて、私の唇に自身の唇を重ねた。




 その年の春に私は高校生になった。

 星葉くんとはそれっきり会ってはいない。連絡も取り合っていなかった。

 私の人間関係も相変わらずで、中学の頃よりも他人を避けるようになった。そして、何の出来事も起きないまま半年以上が過ぎた。

 乾いた空気の吸い込んで窓の外をぼんやり見ている。冷たい風が頬を掠めた。

「心ーーー、今日の数学、実習だってさ。早く行こー」

「んー」

 教室の出入り口から自分を呼ぶ声に返事を返す。窓を閉め、何だか懐かしくて見つめていた寒空を流し目に私は教室を後にした。


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