第一話 いつもの朝
魔女狩り…古来より人々は闇に惹かれながらもソレを残酷な形で否定してきた。それは魔の力に限らないが、それらの力を持つというのはこの世界で生きにくくなる…要は足枷とほぼ同じ意味となる。それが先天的なものなら『まだ』腹をくくりやすかろうが…
嘗て、後天的に魔の力を与えられ姿かたちを曲げられた男がいた。この生きにくい世界で暮らすことは不可能と考えた彼は異世界を作り出し、そこに逃げ込むことを選択する。しかし後天的に歪めらた生はどうあがいたところで人間の枠からは抜け出せず、道半ばに彼は息を静かに引き取った。
とはいえ不完全にできた異世界へと逃げ込み生活をする者たちは日に日にその数を増した。その異世界の空気に耐えられず死んだ者も多い。生と死を繰り返しやがてその異世界の構造に手を加え始めた者たちのおかげで、多少は安定する空間となったそこは『アチラ側』と呼ばれるようになった。
その単にオカルト的と称すには難しい世界へ、今生の世界に居ながら救いを求める者もいる。それは生贄を使った召喚術であったり様々あるが…この度はとある一人の女に焦点を当ててみることとしよう。
古参組の中でも『第二世代』と呼ばれる時代から存在するその女は、『アチラ側』と『元の世界』の両方を相手に生計を立てていた。彼女もまた『後天性の化け物』でありながら、細々と支持されてその生を繋いでいた。そんな彼女は自身を 『呪い持ちのまじない師』 …そう言っていた。
「ゆうや~。私、今朝はクロックムッシュがいいよ」
「うるせぇ!もうフレンチトースト作ってんだよ文句あるなら食うな!」
「…融通が利かないんだから。死ねばいいのに」
「はあッ!?」
キッチンで一仕事している最中に飛んできたのは七面倒で生意気な注文である。もちろん聞く気などさらさらないが…
三人分のフレンチトーストを仕上げている間に先程の生意気なクソガキが下りてきた。癖がなくふわっとしているのに指通りのいい黒髪のぱっと見七歳児は黙っていれば可愛げがある。ただ俺はコイツが嫌いだ。やはりまだ朝五時ということもあり眠たいのか目をこすっている。勿論左腕には黒猫を抱いて。
「優夜、もうこの子のミルクは用意してあるんだろうね?」
「俺は三人分しか用意する気はねぇ。そもそもそいつは同居人でもないだろうが」
「レディになんてことを言うのさ!」
「…今日は女なのか?」
「その言い方だと語弊をがありそうで嫌なんだけど。今日はユカちゃんだよねぇ」
そう言って猫に頬摺りをしながら席に着く。やはり食器並べさえ手伝うつもりは無いらしい。
「ミルクは自分で用意しろ、あと手伝え」
「やだよ、私の当番は『二か月』以上も先だもの」
「くっそ…」
とりあえず腹が立つのでナイフとフォークを三本ずつ投げてみたが、こちらを見ることなく綺麗にキャッチしてテーブルに並べだす。たぶん今のは嫌がらせとさえ思われていないのだろう。つまり彼奴にはただ『渡された』というふうに捉えられたに違いない。俺は一人天井を仰いで顔を覆った。…どうやったら彼奴から一本とれるんだ!
「手、止まってるよ?」
「うるせぇよ、人の事どうこうゆう前に呼んで来い」
「いいよ、それには応じてあげる。あぁ私はなんていい子なんだろう!」
…ホントに死ねばいいのに。
優夜の事は放っておいて、ユカちゃんにいい子にしておいてもらって、私は真っすぐ続く階段を三階まで上がった。この住処は大好きだが階段だけは嫌いだった。そもそも一階以外には廊下はなく部屋は広いが階段が極端に急なのである。『現在』七歳児の私には三階に上がるのも降りるのもなかなか重労働だったりする。たっぷり三分ほどかけて階段を上り三階にたどり着くとノックもせずに家主の部屋に入った。
一番日の入るこの部屋は遮光カーテンで閉め切られているせいで真っ暗だった。だが何年も住んでいることもあって目隠ししたって転ぶことなく辿り着ける自信があった。今は七歳児なのでドアから大股九歩だ。少しジャンプをするように音を立てたのに、ベッドにたどり着いても家主は起きなかった。子供らしく顔をペチペチと叩いてみる。
「起きて?」
「………」
「起きて…ねぇ起きてよ~」
返事がなかったのでベッドによじ登って勢いよく掛布団越しに抱き着くと『ぐぇ』と女性らしからぬうめき声が聞こえた。
「ヴゥ…はるき?」
「そうだよ!眠り姫様やっと目が覚めたぁ?」
「コラからかうな」
かわいらしくキャーと悲鳴を上げてみたもののすぐ捕まってわき腹をくすぐられる。どうやら私はわき腹が弱点なようで早速声が抑えられなかった。まぁ正直言えばくすぐる手よりも、癖のある長い髪が私の首にあたるのが一番くすぐったかったのだけどねぇ。
「飯で来たぞ!」
一階から優夜のバカでかい声が聞こえたことでくすぐる手が止まった。ホントに二階にいるならまだしも三階にいてこんなにクリアに聞こえるんだからご近所迷惑だよね。勿論ご近所と呼べる人がいたらの話だけど。
「降りよう?優夜のフレンチトースト早く食べたい」
「そうね、その前に…」
そう言ってベッドサイドに手を伸ばし眼鏡をかけてから、私を抱っこしてくれた。流石に十六歳に『なっている』優夜を抱っこできる人などいないだろう。こればかりは幼子の特権である。
階段を抱っこされて下りながら、思いついたように彼女が言った。
「あらためておはよう治樹」
「うん、おはよう桜華!」
二階まで来るとおいしそうなバターと砂糖の匂いに自然と口角が上がっていたのはナイショである。
初めての作品ですし、読み難い点もあると思いますがこれから気長に読んで貰えれば幸いです。