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7人目 卑弥呼(古代)

 久しぶりになりますが、1回連載終了扱いにしましたが、これより連載を始めたいと思います。まずは、2話連続で古代シリーズという形で短いですが、よろしくお願いします。

 卑弥呼(ひみこ・ひめこ・ひめみこ……など読み方多くあり)

 邪馬台国女王

 父 不明

 母 不明

 弟あり

 生誕 不明

 没年 247年または248年頃

 

 久しぶりに日本史考察をするということで、今回は日本史において最初に出てくる人物卑弥呼についてやります。卑弥呼について詳しくもっと知りたいという人はエ〇スプロージョンさんも動画でやってるので見てください。

 さて、卑弥呼って実は日本の歴史史料において登場しないんです。登場するのは中国の歴史書『魏志』の中の倭人伝という章です。この中で邪馬台国の行き方や卑弥呼について書かれています。邪馬台国が何処にあるか論争は今回はしませんが、個人的には九州説の人間です。どうでもいいですね。

 さて、卑弥呼がどうして女王になったかというと時は3世紀。2世紀の倭国大乱と呼ばれる内戦により日本はボロボロでした。男性の王が立つと内戦で平和ではなくなります。そこで女性で巫子であった卑弥呼が女王として国を治めることになります。卑弥呼は鬼道で国を治めたと言います。この鬼道とはまじないとか御祈とか宗教的なものであろうと考えられています。

 卑弥呼の行ったこととして238年ごろに魏に使者を送り大量の銅鏡や金印をもらったという話があることです。この時中国の魏の皇帝より親魏倭王の封号をもらっています。

 しかし、これ以後卑弥呼の行った業績は書かれておらず卑弥呼がなくなる際に日食が起こった話、卑弥呼の墓の話が書かれていることぐらいです。


 日本史においてこの卑弥呼がでは、日本の史料だと誰にあたるのかがよく話題になります。

 天照大御神、神功皇后、宇那比姫うなびひめ、孝霊天皇の皇女倭迹迹日百襲媛命やまとととひももそひめのみことなどが有力な候補として挙がります。

 中国の歴史書に出てくるぐらいの人物ですから日本の歴史書において出てきてもおかしくはないでしょう。このあたりの研究が進んでくれることを期待し、今回はこのあたりで終わりです。


 ◇参考

 ・ウィキペディア『卑弥呼』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%91%E5%BC%A5%E5%91%BC

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