ちび医師和菓子哀歌。
あのね医院は今日もお年寄りがいっぱいだ。
小上がりで勝手にお茶のみしている。
綺麗に柔らかいくせ毛を頭の上でお団子にまとめだ愛らしい若い女性が自動ドアを開けて入ってきた。
「こんにちは。」
可愛い声で女性が挨拶した。
待合室のお年寄りと受話器を持った受付の祥子が女性を見た。
「ありゃ、琴乃ちゃんじゃないのさ。」
チャウが持ち込みの水筒から玄米茶を飲みながらいった。
すでに診察は終わったのにいつも通り居座っている。
女性はチャウに気がついた。
和菓子屋櫻花庵の跡取り娘、高津琴乃である。
「あ、チャウおばあちゃん、ここの先生いる?」
琴乃は風呂敷包みを見せていった。
藍色に桜のシロヌキの風呂敷は涼しそうだ。
「先生は三千代さんが転んだとかでさっき出ていったみたいだよ。」
なぜか知ってるチャウであった。
もちろんいつもは聞こえない小耳を澄ましたのである。
「琴乃ちゃん、もうすぐ帰るって電話来たから、そこで待っててね。」
祥子が受話器を置いて待合室の椅子を指差した。琴乃が座ろうとしたところで自動ドアが開いた。
ちび医師と大男看護師が帰ってきたようだ。
汗だくになりながら嬉しそうだ。
「骨折してないようで良かったですね。」
朔がニコニコと涼太を見上げた。
「そうですね。」
涼太がからの車イスを押しながら笑った。
三千代はベッドから起きようとしてつまづいて転倒したようだ。
腰の打撲だったが根小屋第一ビルチヂングの林整骨院に車イスで送り届けてきたようだ。
人のよい話である。
「あの、この間は祖父お世話になりました、先生!」
琴乃が風呂敷包みを押し付けて頭を下げた。
看護師の涼太にである。
「あ~オレは…。」
涼太が困って朔を見た。
琴乃はこの間はいなかったので朔には会わなかったのだ。
朔はショックのあまり黙りこんでいる。
そして待合室のお年寄りに緊張感が走る。
「祖父は元気になりました。」
琴乃はペコリと涼太に頭をもう一度下げた。
男性看護師なので涼太と朔は同じケーシースタイルの白衣を着ている。
最近は看護師はエプロンはしない傾向にあるため涼太もしていなかった。
やっぱり小さいと医師に見えないんだ。
朔はショックを受けた。
実は女性に見えてたと後に琴乃は語った。
看護師は女性がまだまだ一般的のようだ。
「…あの、オレ、朔先生じゃないんですが…。」
涼太がきますそうに朔を横目で見た。
「え?ええ~?」
琴乃は驚いて朔を見た。
朔の方を看護師だと思っていたのである。
「小さくてすみません…。」
なぜか朔が頭を下げて謝った。
いたたまれなかったようだ。
「ご、ごめんなさい。」
琴乃はたじろいだ。
「いえ、僕が医者らしくないのが悪いんです。」
朔が虚ろに笑った。
医師と見られない…大学病院時代からの悩みである。
それでも十六夜のように地域に根差した医療をしたいという想いは変わらないが…。
「まあ、先生、身長で医者をやる訳じゃねぇから。」
寅右衛門が慰めた。
「あ、甘辛煎餅でも食べるかい?」
チャウが煎餅を差し出した。
それはさすがに断った朔は琴乃に向き直った。
「お祖父様は良くなられたのですね。」
朔は琴乃にはなしかけた。
「はい、ありがとうございます。」
琴乃は一瞬、朔をみてあわてて頭を下げた。
「お祖父様の生命力のおかげですよ。」
朔は嬉しそうに笑った。
「あの、先生、大したものではないのですがお礼です。」
琴乃は風呂敷包みを朔に押し付けた。
「そんな、いただけません。」
朔は断った。
頂き物はしないのが常識である。
医師として当たり前のことをしただけですよ。と続けていって微笑んだ。
「あの一生懸命作ったのでぜひ召し上がってください。」
琴乃は風呂敷包みを開けて中身の箱を朔に押し付けた。
そのままペコリと頭を下げると逃げるように立ち去った。
間違えが気まずかったのである。
桜花庵とかかれた包装紙につつまれた箱は要冷蔵今日中にお召し上がりくださいと書いてあるシールがはってあった。
「先生、あきらめていただきましょう。」
祥子がそういって包みを受け取った。
「皆さんも召し上がるでしょう?」
祥子はニコニコと包みを開けた。
もちろんとお年寄りたちは口々に言った。
「あら、水饅頭ね~綺麗だわ。」
祥子が感嘆の声をあげた。
透明の皮に赤い金魚の餡およいでいる。
となりには桜の花の餡が浮いている。
「さすが、周平ちゃんの孫だね。」
寅右衛門はみずまんじゅうを手に取った。
幸せそうに口に運ぶ。
「綺麗ですね。」
落ち込んでた朔が一転、目を輝かせた。
「櫻花庵の水饅頭は夏の名物だよ、琴乃ちゃんが作ってるんだ。」
チャウがささっとみずまんじゅうを取った。
「そうなんですか?」
朔はあの綺麗な人が作っているのかと朔は驚いた。
「いただきましょう。」
祥子がそういって待合室の冷蔵庫から麦茶を出した。
待合室の冷蔵庫には熱中症対策に麦茶が入っていて誰でも飲めるようになっている。
上品な葛と優しい餡の甘さに皆酔いしれる。
「櫻花庵の和菓子は最高だ。」
寅右衛門が嬉しそうに言った。
「そうだね~、今の若いもんはケーキだのがすきだけどね。」
チャウが愚痴りながらもうひとつ手を出した。
僕はトムトムのケーキもすきだけど…言い出しにくいなぁ…と朔は思いながらもうひとつ手に取った。
なんだかんだ言って朔は甘党なのである。
「それより…医者に見えない方がショックですよ。」
朔は麦茶を見つめながらため息をついた。
琥珀色の液体が水滴をまとったコップで揺れた。
「あ~、朔先生、ちみっこいからな。」
涼太が訳もなく頬を指でかいた。
「そうだよね~。」
チャウが目をそらした。
「ま、いいじゃないか、先生は身長でやってる訳じゃないしな。」
寅右衛門が慰めたところで自動ドアが開いた。
清蔵が杖をつきながらきたようだ。
「なんだい、お茶のみかい?ちび先生、膝が痛いから湿布出してくんな。」
清蔵がずかずかと入ってきた。
ちび先生は今不味いぞ清ちゃんと寅右衛門が呟いたが聞こえてないようだ。
朔がどうせちび先生ですよと呟くと清蔵に向き直った。
「どうぞ。」
朔は診察室に戻りながら言った。
涼太と祥子も持ち場に戻る。
「…整形の林先生かかってるんじゃないの、あんた。」
チャウが少し睨み付けた。
「朔先生とこが来やすくてな。」
悪びれなく清蔵は笑いながら診察室にはいった。
「そういや、櫻花庵によったら琴乃ちゃんがあのね医院の先生って小さくて可愛いんですねといってたぞ。」
清蔵が不思議そうな顔をした、朔と琴乃に接点はないと清蔵は思っていたからである。
周平の入院騒動は忘れているようだ。
「小さくて可愛い…。」
朔は清蔵の変形性膝関節炎を診ながら呟いた。
小さくて可愛いなんて誉め言葉じゃないです。
口のなかで続けて呟いた。
「整形の方で湿布沢山出してもらったのに足りなくなったんでしょう?」
涼太が湿布を張りながら言った。
「なんでしってるんだよ、大看護師。」
清蔵がたじろいだ。
「湿布、つかいすぎもいけませんよ。」
朔がカルテを記入しながら言った。
その日業務終了後悲しみのあまり水饅頭とチョコとスイスロールをむさぼり食べるの小さい医者の姿があったそうだ。
「やけ酒ならぬやけ甘味やめましょうよ朔先生~。」
付き合わせれた涼太がぼやいた。
「今度可愛いエプロンを制服にしてやります。」
朔にしては低い声で言った。
完全な逆恨みである。
「げ、やめてくださいよ。」
涼太はたじろいだ。
エプロンは届かなかったようであるが。
朔が白衣のカタログを見てたのは事実である。
白衣にしようか、スクラブにするか悩んで結局まだケーシーユニフォームのままである。
何はともあれちび医師の悩みはつきない?
本日の患者様
城之内清蔵
変形性膝関節炎
湿布使用頻度が多いため注意。
駄文を読んでいただきありがとうございます♪