プロローグ ちび医師朔は走る~熱中症に注意~
よろしくお願いいたします♪
希望が丘駅前商店街に昔からあるあのね医院が最近改装された。
三階建ての医院はマンションのアーバン希望が丘の道向こうにたっている。
いつでも希望が丘駅前商店街に駆けつけられる距離である。
改装の理由は老医師、阿野十六夜の孫息子、朔が跡をとることになったからである。
阿野 朔は今年35才の成人男子で祖父十六夜が祖母と早々に有料老人ホームに行ってしまったので現在独身一人暮らしである。
「うーん、暑いね。」
朔は医院の上にある居住スペースの窓辺で延びをした。
まだ朝早いが夏の外気は暑い。
太陽の眩しさに少しつり目の目を細めた。
居住スペース一人暮らしにはりっぱ過ぎる4LDKだが…家族が増えたらちょうどいい広さだなと父親の満に真顔で言われてダメージだったのは最近の話だ。
朝食は買っておいた菜の花ベーカリーの美味しい食パンに目玉焼き、キュウリステックに牛乳だ。
特に牛乳は欠かさないことにしている朔である。
白衣に着替えて階下に降りる。
朔はケーシー派なのでたて襟に半袖のジャケットに白いズボンで看護師と同じ格好をしている。
一階は医院である。
こじんまりとした診察室と採血注射室、心電図兼エコー室はつながっている
二階にレントゲン室と点滴室がある。
特に点滴室は十六夜から絶対に必要だから作っておけと言われて診察ベッド三台ほどいれてある。
その他は倉庫状態だ、かつての病室であるが、朔は入院は光陵学園付属病院桜川分院か本院…つまり古巣に送るつもりなのでいらないのである。
ちなみに父親はまだそこで教授をしている。
「おはようございます、朔先生。」
階段を下りて一階に歩いていくと出勤していた事務のおばちゃん正岡祥子が待合室を掃いていた。
ちなみにエレベーターは三階まで通っている。
かつての入院施設の名残である。
待合室はバリアフリー改築され今風だが畳の小上がりがある。
いつでも寝転んで休めるようにと配置されたユニット畳は30センチほど高さがある三畳ほどのスペースで座卓と低反発の座布団が置いてある。
「祥子さんおはようございます。」
暑いですね~と朔は笑った。
正岡祥子は近所の主婦で老医師十六夜の時代からここに勤めている医療事務の女性で孫が六人もいるベテランである。
もうすぐ60になるがまだまだ元気だ。
まあ、最近60才はお年寄りではないが…。
朔ものんびりと玄関をはきだした。
朝の日差しが今日も暑いといっているようだ。
向こうから大柄の男性がかけてきた。
「おはようございます。」
朔がニコニコいった。
「おばちゃん、朔先生、おはよう。」
大男な看護師、立川涼太である。
大急ぎでかけてきたようだ、190センチ以上身長がありがっしり系の涼太は看護師に見えない。
前のアーバン希望が丘に住んでるのにいつもギリギリな37才である。
「涼ちゃん、余裕をもって!」
地元の涼太を子供の頃から知っている祥子が叫んだ。
悪い後で聞くな~と言いながら涼太はかけていった。
二階の倉庫の一角に更衣室とタイムカードが設置してあるからである。
「あんな、大人になっちゃダメだよ、先生。」
遅刻寸前の涼太にため息をつきながら祥子が受付用のクリップボードを出した。
「僕、もう大人です…。」
朔は視線を少し下に落として呟いた。
朔は小さい…165センチなので小柄なのだが丸顔のややつり目の可愛い顔のせいで余計に小さい認定されるのである。
朔が落ち込んでも何はともあれ診察開始である。
「おはよう、朔先生。」
元気な声で近所のご隠居清蔵がはいってきた。
ほぼ毎日のようにお年寄りたちはやってくるのである。
一番争いは過酷のようで後ろから来た押し車を押したマツが残念そうな顔をした。
「今日は暑いですからしっかりお水を飲んでくださいね。」
朔は近所のご隠居清蔵の血圧を計った。
「なかなか飲めねぇよ。」
清蔵はまくった長Tシャツをもどしながら言った。
ひ孫にもらったという長Tシャツは清酒龍聖の響きという文字と星と龍が書いてある企業コラボTシャツで清蔵のお気に入りである。
お年寄りは体温調整がきかないせいか水分をあまり取りたがらない人がいる。
クーラーもかけない人も多いので熱中症に要注意である。
暑い夏なのに清蔵が長Tシャツを着ているところからも見とれるであろう。
「それより血圧はどうだったんだ?」
清蔵が朔をみた。
大先生の孫は少し頼りないなと内心思っている。
大先生、つまり引退した十六夜のことである。
十六夜の代からのヘビーユーザー…患者様なのである。
「大丈夫ですよ。」
朔はステートを耳から外した。
ステートとは聴診器のことである。
あのね医院はお年寄りが多い待合室の小上がりはサロン状態である。
普通の待ち合い椅子ではチャウが編み物をしている。
マツは小上がりで持ち込みのせんべいをバリバリ食べている。
清蔵は将棋の本をみながら陣形を考えているようだ。
「…帰んなくていいんですか?」
涼太が患者を呼びにでてたじろいだ。
わー、相変わらずスゲーなと心のなかで思っているが口には出さない。
「追い出す気かい!?」
元気な老婦人マサが甘辛煎餅をかじりながらおこった。
マサはデイサービス以外の日大概ここにいると評判である。
ここは病院だぜ。
涼太は就職を少し後悔した。
涼太は朔がここに来たとき雇った看護師でもともと希望が丘デイサービスにいたのである。
何だかんだといっても患者はくる。
電話が鳴った。
「はい、あのね医院です。」
祥子が電話を取った。
「すぐ、伝えます!」
緊急事態のようである。
「先生!櫻花庵のご隠居が吐いてるそうですよ。」
祥子が診察室の朔に叫んだ。
小さい医院であるすぐに伝わる距離である。
「わかった、チャウさんごめんなさい。」
朔が診察していたチャウに謝り立ち上がった。
涼太が診察カバンを準備する。
櫻花庵は商店街の和菓子屋さんである。
羊羮や上生菓子が並ぶ店内は客絶えない。
朔は涼太と居住スペースに案内された。
「おじいちゃん~!」
上品そうな老婦人があわてて気持ち悪そうな老人の背中を叩いている。
嘔気がまだあるのか老人は再びはいた。
「涼太さん、横向きに寝かせて。」
朔はしゃがみこんだ。
室内は明らかに暑い。
クーラーが効いていないようだ。
扇風機がむなしくまわっていた。
「高津さん、分かりますか?」
朔が御隠居高津周平の脈を見ながら声をかけた。
明らかに体温が高いようである。
「涼太さん、点滴するから用意して…あと救急搬送するから連絡を。」
重症の熱中症…しかもお年寄りの周平を朔は光陵学園大学付属病院桜川分院に送る事にした。
入院施設のないあのね医院は入院させる事が出来ないからである。
輸液を行い、身体を冷やして救急車が来るのを待つ。
「大丈夫です。」
老婦人を救急車にのせて見送った。
希望が丘駅前商店街でみんなが心配そうにご隠居を見送ったことをいっておこう。
「さてと…チャウさんが待ってるから帰ろう、涼太さん。」
朔は笑った。
「げ、チャウさんおこってないといいけど。」
涼太がぼやいた。
行きと打って変わってのんびりとかえってチャウさんに怒られたのは良い思い出である。
高津周平氏は光陵学園大学付属病院桜川分院に入院し順調に回復してきたと言う事だ。
なにはともあれ良かったと朔は胸を撫でおろした。
ちび医者はもっと頑張ろうと思うのである。
本日の患者
高津周平氏75才
熱中症
駄文を読んでいただきありがとうございます♪