王妹殿下へ熱視線
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王妹殿下と三人の婦人方がのんびりくつろいでいる木の隣。隣といっても、全力で走っても三十秒はかかる距離。
それ程離れた位置にある木に身を潜めるようにして、銀髪の美丈夫が王妹殿下を物憂げな様子で見つめている。
かなりの距離があるのだが、彼の翡翠色の瞳は王妹殿下をしっかりと捉えていた。
微風に揺れる簡素な藍色のドレスや同じ色のリボン。
リボンが纏めているのは黒とも、茶色とも言える中途半端な色の長い髪である。
表情を伺うのは距離的に無理なのだが、銀髪の彼には想像出来た。生まれつき目尻の吊り上がっている彼女のいつもの癖が表れ、細めすぎて横一直線になっている目。そして、紅も引いていないその口を小さく丸く開き、「ホッホッホッ……」と好々爺よろしく笑っているに違いない、と。
銀髪の彼、王妹殿下付きの護衛、アンリは深い溜め息を漏らしながら、ぽつりと呟いた。
「姫様が、枯れている……」
「いやいやいや、変態よろしく木陰から女の子見つめてる人が、他人のこと、とやかく言えるの?」
アンリの横から、ヒョコリと現れた金色。
王妹殿下と同じくらいの年齢の少年だ。しかし、天使のような笑顔が、彼を若干幼く見せている。アンリの横にある金色は、天使の笑顔を浮かべるこの少年の髪だった。
愛らしく見える笑顔に対して、アンリは苦い表情を相手に向けた。
「ディーか。何でここにいる?」
「アンリさんと交代するために来ました! お勤め、ご苦労様です!」
と言いつつ、ディーと呼ばれた少年は、右手を額にかざす形の敬礼もする。
しかしアンリは素っ気ない。
「結構だ」
「そんなぁ、遠慮しないで」
「遠慮などしていない」
「そろそろ疲れたんじゃない? 一休みしようよ」
「意地でも代わらん」
「……もしかして、ストーカーごっこが堪らなくなっちゃった?」
「違うッ!」
「ていうか、何でこんな離れた所にいるの? やっぱり、離れた所で見る女の子にハアハアしたい−−」
「その舌抜くぞ」
「すいません。反省しますから、抜かないで下さい」
目にも止まらぬ速さで抜かれた剣を目の前に、ディーの口がピタリと止まる。
ついでに両手で口を押さえてみせるパフォーマンスに舌打ちしつつも、アンリは剣を納めた。
「お前はそもそも護衛じゃないだろ」
アンリの言う通り、ディーは王妹殿下付きの使用人であり、護衛の任には就いていない。
ディーは満面の笑顔を見せた。
「サボりじゃないよ?」
「いや、嘘だろ」
「しかし、ホントに何でこんな離れた場所にいるの? 護衛なんだから、もっと近くにいないと」
「……逸らしたな、話を」
ディーは「ん?」と笑顔で首を傾げてみせた。
サボりの件は追及出来ない。悟ったアンリは溜め息をつこうとして、さっきから溜め息ばかりだと気づき、かろうじて飲み込む。
飲み込んだ溜め息の代わりにディーからの問いに答える。
「護衛として、この距離に支障があるのは、重々承知している。更に言えば、姫様のあの枯れたご様子は憂慮すべき事」
「そうかなぁ? いいんじゃない? あれはあれで愛嬌があって」
「いや、良い事ではない。早急に対応すべきだ。なのだが。……だが、しかし!」
「おおッ!? どしたの、急に?」
いきなり声を荒げたアンリに動揺するディーを無視し、悔しさから堪えるかのように、アンリは歯を食いしばる。
「あれ以上近づけば、姫様達の空気に呑まれて、俺まで、まったりしてしまうんだッ!」
「くそッ」と悪態を吐きながら、拳で幹を叩くアンリ。
「以前、姫様のすぐ後ろで護衛していたのだが、いつのまにか、お茶をご一緒していた。我に返った時の俺の気持ちがお前に分かるかッ!?」
「……アンリさんって、阿呆なの?」
「空気だ! 空気が悪いんだ!」
澄み渡る青い空に、アンリの叫びが吸い込まれたのであった。
空気のせいにしてはいけないと思います。