媚び猫ちゃーみーと、偏屈猫てつ
ある田中さん家の庭先の昼下がり。2匹の野良猫がおりましたとさ。
方や媚び猫の『ちゃーみー』
自分の宇宙のような瞳の美しさを知っています。だから何時も上目遣いで人気者です。
方や偏屈猫の『てつ』
漆黒の毛並みが艷やかに靡くような、自分の気高さを知っています。だから、ちゃーみーが何時も上目遣いで餌をもらいに行くの咎めているのでした。
例えばこんな具合です。
田中の婆さんからオヤツを貰って喜ぶちゃーみーに、てつが言います。
「やい、ちゃーみー。物乞いなんて辞めろ。我々は人間に捨てられたのだぞ。目の前のババアたちは俺らを見世物にして茶を飲んでいるだけだ。あぁ情けない。猫として恥ずかしくないのか!」
ちゃーみーは、ジトッとした目で、てつを見ました。てつもちゃっかりオヤツを貰っていたからです。
「まったく君は。そうやって気高く誇りがあるフリをする。実際はボクが人間に媚びてあげてるからオヤツを食べれてるのに。そうやって威勢よく叱ってくるのも田中の婆さん家の前だけ。どっちが恥ずかしいんだか〜」
「にゅ……っ!」
ちゃーみーの言葉を不快に思ったてつは、反論します。
「ふん。媚を売るなんて誰にだって出来る。俺はお前に忠告をしてやってるんだ。猫としての誇りを失うなと!」
「じゃあ、ボクに執着せず、1匹でオヤツ食べる方法探せば〜? ボクは人間に媚びたフリをして生きるよ。だってその方が美味しく安全に暮らせるもん」
「その態度がだなぁ……!」
2匹の猫が戯れ合っているのを見て、田中の婆さんたちはのほほんと笑っています。
そんな中、1人のお婆さんが言いました。
「この可愛い子、目がクリクリの子。いつも田中さんの家に来とるね。よぉ懐いとるこって。飼おうとかは思わんのけ?」
田中の婆さんは首を横に振ります。
「孫がアレルギーなもんで」
茶室に「あんれまぁ」と声が重なった。
ちゃーみーの頭を撫でた1人の婆さんが言った。
「1匹だけなら、飼えんことないかも」
「にゃあ」
その言葉にビクついたのは、てつでした。
(さぁ、どうする?)
という顔で、てつを見るちゃーみー。
このままでは『媚びたほうが良い生活が出来る』事を証明してしまいます。猫の誇りや気高さを抱えて1匹でどうやってオヤツを貰うのでしょうか。
(くそぅ、こんなにも屈辱的なことはない。俺を捨てた人間に媚びて明日を生きるくらいなら死んだほうがマシだ!)
てつは、心の中でそう思いました。
「元気で暮らせよ、媚び猫のちゃーみー」
「言われなくてもね。偏屈猫のてつ」
てつがちゃーみーに背を向けて植木に隠れた頃、カラスのけたたましい声がします。
風向きや音で、狙われているのは黒猫のてつではなく、鮮やかな茶トラのちゃーみーだと一発でわかりました。
(ふん、救ってやる気なんてない)
てつは、瞬時にそう思いました。しかし、同時に、
(アイツが媚びてまで欲しがった居場所があと1歩の所で終わるのか……)
ちゃーみーを哀れに思う気持ちも湧いてきました。
──カーカー!
「にゃーん!」
庭にけたたましい鳴き声が響き渡ります。お婆さんたちは身に危険を感じたのか、ちゃーみーを置いて襖を閉じました。
怯えたちゃーみーは目を開けます。そこには、大きなカラスの羽根を噛みちぎるてつの姿がありました。
「てつ。ど、とぉして!」
「ソレみたことか。人間はお前を守ってくれなかったぞ、ちゃーみー。人間なんてそんだけの奴だ!」
カラスが諦めて飛んでいきます。
庭に残された2匹の猫は、改めて互いをみて話をします。
「……ごめん。ボク怖かったんだ。猫として戦うのが。だから楽な方に逃げてた。でも、人間にすべて委ねちゃいけないんだ」
ちゃーみーの涙が庭の草木を濡らします。その少ししょっぱい露をてつは舐めながら言います。
「俺もだ、ちゃーみー。媚びるってのは俺には出来ない才能だ。お前が誰からも気に入られているのが心底羨ましかった」
「ついでメシもしてたもんねぇ」
「黙れ」
「にゃん……」
2匹の猫が耳を澄ますと、お婆さんたちはちゃーみー達のことなど忘れたかのように笑っていました。
「ふん。ボクにはてつが居るもんね〜だ!」
「おいおい、俺はお前の用心棒ではないぞ……」
しかし、時は夕方。
帰るところのない者たちにとっては夜は恐ろしい空間となります。その前に居場所を確保せねばならないのです。安全な居場所を。
「……来い。何時もの良い場所がある」
「わぁ、あのちょっとカビ臭い軒下だね!」
「そうだ。そのかわり、またどこかで俺の代わりに媚びろ。メシを貰いに行く」
「はぁ~い♪」
夕焼けに猫の影がふたつ、長く伸びた。この時の大地の気持ちを述べよ(配点30)
おしまい




