ドラゴンメイデン #3~双児女神と愛子たち~:大魔女の最弱夫外伝
その日、ルア・ベレーザは霊峰から出て外界を散歩していた、そしてある土地で戦争で焼かれた村を見たのである。
「……」
ルア・ベレーザは何も感慨を抱かなかった。
生まれて直ぐ現在のような姿を持っていた超知性体である彼女にとって、この世に無数にいる人間など気に留める存在ではなかった。
勝手に繁殖し、勝手に増えて、勝手に自滅して、勝手に減って——、そうして蠢く小虫——それが彼女にとっての人間だった。
自分の妹であるエストレーラは人間社会で生まれた衣装や装飾品に魅せられて、外界に屋敷を建ててそういったものを集めながら生活しているらしいが、彼女にとってはそういったものも興味の対象外だった。
——そして……、
「うわあああああん」
「?」
村の片隅でなく子どもの声が聞こえた。多分焼け出された村の人間の生き残りだろうが、自分にとってはどうでもいい話だった。
正直、臭くて汚いこの環境から早く離れたかった。しかし——、
「げ……ルア・ベレーザ……」
そう言って地上から空を舞うルアを見つめるのはある【上位魔種】の一人だった。
「……? ガノンドール? こんなところでなにをしてるの? まさか……」
心底不快な表情を浮かべてその【上位魔種】ガノンドールを見下ろす。
この者は力を持つくせにそれを下位の小虫を潰すことにしか使用しない卑怯者であった。
この村は普通に戦争の被害にあった村ではあるが……、
おそらくこの下品な男は、生き残りをいじめ殺すために現れたのだろう。
「……つまらないものを見たわ」
「な、何だと!!」
蔑んだ目を向けるルアにガノンドールが怯えとともに怒りを向ける。
その男の足元にはついさっきいじめ殺した人間の女性が倒れていた。その傍の家屋の影に泣き怯える幼い男の子がいた。
ルアは状況を理解して、そしてガノンドールを睨んだ。
「本当に下品な奴ね? 触れれば死ぬ程度の小虫を潰すのがそんなに楽しいの?」
「く……、うるせえ!!」
そう言って悪態をつきながらも、そのルアの冷たい目に怯えた表情を向けてそして走り去る。
その段になって、泣き怯えていた少年が女性にすがりついていった。
「ママ!! ママ!!」
「……」
亡骸にすがりつき泣く少年を、ルアは何の感情も抱かずに見下ろす。
この子もどうせその内に死ぬ。
この場を生き延びても——、結局、自分が刹那に感じる一瞬で死ぬ。
ならばその生にどれほどの意味があるのか?
——まさにどうでもいい事。
そうして見下ろしていると少年がルアの方を見上げる。
「ママ! ママを助けて!! お願い!!」
「もう死んでるわ……」
「ひぐ……!」
少年の涙の訴えに冷たい言葉を返すルア。少年は悲しみを深くして女性にすがりついて泣き始めた。
燃える村で、ただ少年の泣き声が響く。
——ああ、とても不快だ。
「泣き止みなさい……。不快なのよ貴方……」
「ひぐ……うぐ……」
それでも少年は泣き止まない。
「……」
ルアは怒りに駆られてその手を少年に向ける。しかし——
(これじゃ……あの下品野郎と同じじゃない)
ルアはそう考えて、そのプライドで不快と怒りを抑え込んだ。
「はあ……」
面倒くさい。このまま放おっておくか? しかし——
ルアは気まぐれで、その少年を近くの集落まで送ることにした。
そしてルアはその手の指で、汚いものに対するように少年の襟首をつまむ。
そして魔法もあわせて持ち上げると、そのまま空に舞い上がった。
「ひ……うわ……」
「うるさい……、黙っていなさい……。暴れたら落とすわよ」
そのルアの言葉に少年は怯えた目を向けた。
正直その視線も不快ではあったが……、ルアは我慢してそしてその少年を近くの村に送り届けた。
「はあ……余計なことをした……」
妙に感謝の言葉を述べるその村の住人を無視して、そしてルアは霊峰へと帰路につく。
今回の散歩はとても不快極まりなく。その不機嫌さは数日間続くことになった。
◆◇◆
そこそこ長い月日がたった。
ルア・ベレーザがたった一人で暮らすその霊峰の宮。
その日——そこに来訪者があった。
世界でも最強クラスの【根源魔種】が住まう場所。普通恐れから近づくことがない場所に旅人が現れたのだ。
一応出迎えて——しかし、冷たい目で見下ろすルアに、その旅人である男は土下座して言った。
「俺を……貴方の使用人にして下さい!!」
「……」
「貴方にお仕えさせて下さい!!」
その言葉にルアは深い溜息をついて——そして答えた。
「失せなさい下郎……。人間ごとき小虫が私に近づくな……」
その冷たい言葉が土下座する男に浴びせられる。しかし男は——
「小虫で構いません!! 俺は貴方のお側でお仕えしたいのです!!」
「あのね……、何なの貴方?」
心底不快な表情で男を見下ろすルア。そんな目で見下されながらも彼は必死で訴えた。
「ルア様!! どうか!!」
「ち……」
眉を歪めたルアがその手で男の首根っこを掴む。そして小柄な身体に似合わない腕力で男を持ち上げた。
「失せろと言ったわよ? 死にたいの?」
「……ルア様……」
「……?」
男はそれでも笑顔でルアを見つめて。そして言葉を紡ぐ。
「構いません……。貴方に救われた命……、お返ししても構いません」
「……?!」
その言葉に初めて驚きの表情を作るルア。その彼女に対して男は答えた。
「お久しぶりです……。あの時、戦争で焼けた村から救って頂いた者です……」
「……」
ルアは黙って男を地面に下ろす。
男は再びその場に跪いて言った。
「どうか……私を貴方のおそばに……」
「……はあ……」
ルアは心底困惑した表情で深い溜息をついた。
「……本当に……余計なことをしてしまったわ……」
◆◇◆
「姉さま!! これはどういうことですか!!」
「……はあ……」
いきなり霊峰に帰還して、そして姉を攻めるエストレーラにルアは深い溜息をつく。
「人間などという猿をそばに置くなど……、何を考えて……」
「……そうね……同感だわ……」
その答えにエストレーラは困惑の表情を作る。
首を傾げながら姉に問う。
「もしかして付きまとわれているのですか?」
「まあ……似たようなものね……」
「じゃあ!」
怒りの表情を浮かべて何処かに行こうとする妹をルアは止める。
「やめなさい……」
「は? 姉さま?」
「……まあ、一応役には立っているし……」
心底困った表情で答えるルアに、エストレーラは一瞬目を見開いてから、憎々しげな表情を浮かべた。
(あの猿……、まさか……姉さまの心に……)
そうして怒りを燃やすエストレーラは、このまま「猿」と姉を二人きりには出来ないと悟った。
そして——、彼女は外界の屋敷を引き払って霊峰へと住まいを戻したのである。
そうして二人の尊大な【根源魔種】と、弱っちいが陽気で何かと役に立つ使用人の生活が始まった。
困った表情で——しかし、彼を受け入れ始めるルア。
初めこそ無理難題で彼を困らせながらも——、次第に想いを寄せ始めるエストレーラ。
そして——、ただ彼女らのために楽しげに働く使用人。
その生活は——、とても賑やかで——、
——とても笑顔に満ちた、そんな生活だった。
——しかし、彼は人間——、二人の刹那の間にその別れは来る。
◆◇◆
霊峰の宮にある使用人の部屋。そこで静かに眠る老人があった。
「……」
それを傍で見つめるルアとエストレーラ。
「ねえ……下僕……」
「……ん、エスト、レーラ、さま……」
「今からでも構わないわ……。私たちの眷属になりなさい」
「……」
そのエストレーラの言葉に弱々しく首を横に振る男。
その答えにエストレーラが悲鳴のような声を上げる。
「なんで?! そんなに私たちと一緒にいるのが嫌なの?!」
「……」
その泣き顔を優しく困ったような表情で見つめる男。
それを見て、ルアがエストレーラの肩に手をおいた。
「……そんな事ないことは貴方がよく分かってるでしょ?」
「分かってる!! 分かってるよ! 姉さま!!」
二人は哀しげな表情で彼を見つめる。
そんな二人に男は静かに語り始める。
「はははは……、私は……、結構遊び人でして……。もし……貴方がたの……眷属となって無限の寿命を得たら……、おそらく……調子に乗って……貴方がたのお側から離れたり……、ご迷惑をおかけするかと……」
そんなことはない事は二人はわかっている。
ただ彼は——、眷属——【魔種】となった果てに自分が変わってしまうのが怖かったのだ。
「ルアさま……」
「何?」
「戦争で焼け出されたあの村……、生き残りの行方を調べてくださってましたね?」
その彼の言葉にルアは小さく頷く。
「母を失った恐ろしく……悲しい記憶にまみれていますが……、私の年の離れた兄は生きていた……と」
「ええ……そうよ。その人自身はすでに亡くなっているけど……、その子供や孫が……今も生きているわ……」
その言葉に満足そうに頷いて彼はいう。
「結局……出向くことが出来ませんでしたな……」
「……ごめんなさい……、人間の寿命は短命だと理解しながら……、もっと強く言っていれば……」
そのルアの言葉に彼は優しく微笑む。
「いえ……あなたのせいではありません。私がただ臆病であっただけのこと……」
——でも——。
「……どうか、私の望みを聞いていただけるならば……、彼らの未来をどうか見守ってくださいませ……」
「うん……わかった……、約束する……」
ルアは静かにさみしげに笑いながら彼の頬を撫でる。
「ルア様……」
「なあに?」
「もうしわけありません……」
彼のその言葉に静かに俯くルア。
「私は……貴方を愛しながら……、でも……貴方に愛の証を残せなかった」
「……いいのよ……、仕方がないの……」
結局、ルアと彼の間には子供は出来なかった。愛し合いながらも出来なかった。
眷属になれば——そうも考えたが、そもそも【根源魔種】には——
——そういった外見的構造はあっても——機能は無かったのだ。
通常の魔種とすら隔絶した存在。
——孤独な生命……それが彼女らだった。
ただ想いが募るだけで……、そんな彼女を彼は見ていられなかった。
——だからその叶えられない想いの元凶は……消えなければならなかった。
それが——彼の心の奥に隠された想い。
——そしてルアは——、薄っすらとではあるがそれに気がついていた。
ただ思い出を残すように生きて老いてゆく彼を見つめ続けた。
それはあまりに悲しい——諦めだった。
「ルア……さま……」
「……うん」
「私は幸せでした……」
「私も……私たちもよ……」
そうして彼は——その生を終えた。
ルアとエストレーラは——、それまで小虫と断じて何の思いも抱かなかった——、
——【人間】のために……数日にわたって泣き続けた。
◆◇◆
再び長い年月が過ぎた。
彼の血を引く者たちは、世代を重ねて——、
——あるものは悲劇的な最後を迎え、
——あるものは幸福の中で生きていった。
そんな人生が繰り返されて、それをルアとエストレーラは見つめ続けた。
あるものは王になった——あるものは大悪人になった。それはまるで万華鏡を見るような多くの人生の輝き。
——それをルアとエストレーラは見守った。
そしてある想いを彼女らは得た。
——命とは……、次の世代に受け継がれて、そうして一つの大きな生命を形作るのだと。
小さくも……弱くも……、輝かしい人生の数々がどれだけ素晴らしいものかを。
——二人は……その生命の継承の枠には入れない。次の世代を生むことが出来ない。
二人にとってそれが何よりも悲しい現実だった。
——誰かと愛し合っても——その証が手に入らない。
——子供が出来ない。
——ならば……。
ルア・ベレーザは思う。
——ならば、彼の血を次ぐ子らを——、そして世界中の人間たちを——、自分の子供と想おう。
それはただの欺瞞かもしれないけれど——、それでも——。
——それでも——。
たとえ永遠に、共に生きられないとしても——
その時間が余りに短いとしても——
——私たちは……人間たちを想う。
そうして——、世界に双児女神は生まれた。




