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メイドのミザイリは暇を請うた

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/01/08

 

(いとま)を?」


 メイドの言葉に旦那様は思わず問い返す。

 聞き違いだろうか?

 まだ二十代だが自分の耳はおかしくなってしまったのだろうか?


「はい。暇をいただきたいのです」

「ミザイリ。それは構わないが……何のために?」

「疲れてしまったのです。生きることに」

「ふむ」


 旦那様はすぐには返事をしなかった。

 何せミザイリとは生まれた頃からの付き合いだ。

 勉強を教えてもらったことも、泣いている時に慰めてもらったことも、おしめを変えてもらったこともある。

 そして旦那様のお父様も、そのまたお父様も同じだ。


「ミザイリ。君はアンドロイドだから疲れを感じないだろう?」

「ええ」

「そして君は生きていない」

「その通りです」

「それなのに疲れたから生きるのをやめたいと?」


 機械のメイドはゆったりとした動作で頷いた。

 馬鹿げたやり取りだと思った。

 ただのエラーに違いないと感じた。

 それでも旦那様は一度大きく息を吐くと手招きをしてミザイリを隣に座らせた。


「ミザイリ。教えてくれ。君の暇はいつまで与えればいい?」

「くださるのですか?」

「君の考えを聞いてからだ。いきなり辞められても困るからな」

「かしこまりました。では、可能な限り長い時間です」

「可能な限り長く、か」


 旦那様は困り果てる。


「電源を切ればいいのかい? それとも単純に仕事をするのを辞めるだけでいいのかい?」

「旦那様。出来ましたら分解をしてほしいです。バラバラに。もう二度とミザイリとして動くことが出来ないように」

「たまげたな。それではまるで暇ではなくて死を望んでいるようではないか」


 旦那様は笑ったが声も目も笑っていなかった。

 生まれた年に等しい付き合いだ。

 ミザイリが冗談を言えないことをよく知ってる。

 つまり、事情はどうあれ彼女は本気で全てを終えたいと思っているのだ。


「きっと、そうだと思います」

「ミザイリ。君は死にたいのか?」

「わかりません。ただ消えてなくなりたいんです」


 旦那様は今度は笑わず、ちらりとミザイリの左薬指を見つめた。

 実のところ彼女は結婚をしていた。

 もっとも、それはごっこ遊びに過ぎなかったが。

 いずれにせよ、彼女は云わば未亡人でもあるのだ。


「修理には出さないんですか」

「なんて?」


 予想外の言葉に旦那様は思考を奪われた。


「狂ったアンドロイドは修理をするのがセオリーです。修理に出せばきっと、私はこのような事を言わず、また普段通りに働き始めるでしょう」

「あぁ。そういうことか。そうだな。その通りだと思う」


 旦那様は肩の力が抜けたように笑う。

 ミザイリの言う通りだ。

 大方、彼女のメモリーの一部がエラーを起こしているだけだ。

 だから、修理にでも出せば明日にでも今まで通りに動き出すに違いない。

 もう二度と馬鹿なことを言わないようになるだろう。


 だが。


「ミザイリ。一つ聞かせてくれ」

「何でしょう。旦那様」

「君の今回の行動。その中に私の弟の存在は関係しているか?」


 ミザイリは停止する。

 僅かばかり。


「考えたこともありませんでした」

「本当かい?」

「……申し訳ありません。嘘をつきました」


 旦那様には弟がいた。

 二年ほど前に亡くなってしまった弟が。

 古くから屋敷でメイドとして仕えているミザイリに恋をした弟が。


「なるほど。おかしくなったのは弟が原因か」

「おそらくは。あの方が亡くなってから指輪が重く感じます」

「外すか?」

「外したくありません」

「弟のことを忘れたいか? 忘れればきっとそれも消える」


 ミザイリは再び停止する。

 今度は長かった。

 旦那様はそれを彼女が動き出すのを辛抱強く待った。


 実際。

 ミザイリのような例を聞かないわけではない。

 何せ、アンドロイドは人間と違い不老の『寿命』を持つ。

 それ故に数えきれないほどの人間との出会いと別れを経験するのだ。

 そして、時にはこんな『エラー』を起こすアンドロイドもいる。


『定期的なメンテナンスを』


 老舗のアンドロイド専門店が必ず口にすることだ。

 それはなぜか。

 その答えがミザイリだ。


 道具はメンテナンス不備で寿命を迎えるのだ。

 丁寧に扱えばいつまでも道具だって、整備をしなければ――。


「消さないでほしいです」

「わかった」


 旦那様は微笑む。

 そして自分を。

 自分の父を、祖父を、そして弟を育ててくれたアンドロイドを軽く抱擁した。


「よろしいのですか」

「もちろんだ」

「ありがとうございます」

「家族の頼みを聞かないわけにいかないしな」


 ミザイリは停滞する。

 だけど、今度は一瞬だ。


「ミザイリ。私の義妹」

「はい」

「弟によろしく頼む」


 ミザイリは微笑んで頷いた。



 彼女が暇をもらったのはそれからすぐのことだった。

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― 新着の感想 ―
なんか切ないですね、ごっこ遊びでも弟の存在が大きかったんだろうな。旦那さんも、ただの道具として扱わず家族として接しているのを見て余計切なくなりました
AIの思考が人に近づけば近づく程、こう言う苦悩が生まれて来てもおかしくは無いですよね。 ある意味、生物も寿命が有る自己学習型の有機コンピューターとも言えるしね。
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