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鬼狩り裏譚 叛天のサクリファイス【第2部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第1部

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第三章 蒼と銀の《霊賭戦》①

「……なん、だよ、ここは……」


 その少年は呆然と呟いた。

 彼が今いるその場所は、あまりにも異様な世界だった。

 遂に先ほどまで彼がいたのは、ショッピングモール近くのビル街だった。

 時間は夕刻ほど。同級生である親友と下校していた。


 しかし、今は違う。

 不意に鐘の音が聞こえてきたと思えば、いきなり世界が移り変わったのだ。

 光景は同じ。しかし、人が一切いなくなった。

 車道を走っていた自動車はその場でピタリと停止しており、無人になっている。

 さらには、いきなり夜になっていた。巨大な月が頭上で輝いているのだ。

 少年は喉を鳴らして夜空を見やる。

 そして頬に一筋の冷たい汗を流した。

 そこに何よりも異様な存在がいるからだ。月光を背に滞空する怪物である。


(何なんだ、あいつは……)


 思わず喉を鳴らした時、


「逃げろ! 悠樹!」


 不意な叫び声に、少年――都築(つづき)悠樹(ゆうき)はハッとした。

 声を上げたのはこの場にいるもう一人の少年――石神大和(いしがみやまと)だった。

 少し灰色がかった短い髪と精悍な顔立ちが印象的な少年だ。

 百七十代後半という中学生としてはかなりの長身を持つ彼は悠樹の親友であり、幼馴染でもある少年だった。

 大和は右腕に橙色の甲冑を、手には大きな斧を握りしめていた。

 彼の獣殻だ。多くの獣殻は西洋鎧に似たものが多いのだが、大和のそれは東洋風甲冑を思わす形状だった。

 六大家の一つ。石神家の特徴である。


「なに言ってんだよ大和ッ!」悠樹は声を張り上げて叫ぶ。


「逃げるんだったらお前の方じゃないか! 分家が本家に守られてどうすんだよ!」


 大和は石神家の本家筋。それも次期当主を約束されている人間である。

 一方、悠樹は数多くいる分家筋の一人に過ぎない。

 この場で盾となるべきなのは、どう考えても自分の方だった。

 しかし、本家の人間であるはずの大和は、そんな理屈は認めなかった。


「こんな時にそんなん関係あるか! 第一お前まだ霊獣と契約もしてねえだろうが!」


 と、大和は吠える。その事実に悠樹はグッと言葉を詰まらせるが、


「それこそ関係ないじゃないか!」


 思わずそう言い返した。

 ――そう。今の状況には霊獣の有無は関係ない。

 何故ならば……。


「大和だってもう気付いてんだろ! あの怪物は――」


 一拍置いて、悠樹はさらに声を張り上げた。


妖鬼(・・)じゃないってことに(・・・・・・・・・)!」


「…………」


 大和は何も答えない。

 悠樹は渋面を浮かべて、空に浮かぶ怪物を鋭く睨みつけた。

 壮大な鐘の音と共に、悠樹たちの前に突如現れ、この隔離された世界を創り上げた怪物。

 妖鬼にそんな能力があるなど聞いたこともない。そもそも頭上にて浮かぶ黒い六翼を持つ騎士のような怪物は、妖鬼の証たる宝角をどこにも持っていなかった。

 だからこそ霊獣の有無は関係なかった。霊獣とは妖鬼と戦うためのパートナーだからだ。この未知の敵に対しても通じるかは疑問だった。

 悠樹は必死に策をめぐらせる。

 今は戦うべき時ではない。いかにしてこの場を切り抜けるかが重要だった。

 だが、あの六翼の紅騎士は果たして自分たちを見逃してくれるのか……。


『………』


 六翼の紅騎士は無言で地上に降り立った。その身長は人の二倍はありそうだ。

 悠樹は焦りを隠しつつ、静かに喉を鳴らした。

 直感が告げる。この謎の騎士は、自分たちを『敵』と認識している。そもそも武器であるメイスをこちらに向けているのだから疑いようもない。

 もはや、いつ襲い掛かって来てもおかしくない状況だった。


「………悠樹」


 その時、大和に呼びかけられ、悠樹は再びハッとした。

 慌てて大和の方に視線を向ける。親友の横顔はすでに決意していた。

 悠樹は強い焦りを抱く。大和とは何だかんだで物心ついた時からの付き合いだ。

 その性格や考え方は大体分かる。きっと先攻をしかけてあの化け物の隙を窺い、悠樹が逃げる時間を稼ぐつもりなのだ。


「俺が突破口を開く! 隙を見て走れッ!」


 まさしく予想通りの大和の指示に、悠樹が青ざめた。

 ぞわりと背筋に嫌な予感が走り抜ける。その選択肢は――。


「――ダ、ダメだ! 待つんだッ! 大和ッ!」


 直感から悠樹は制止をかけるが、大和は駆けだした。強化された身体能力で瞬く間に六翼の紅騎士との間合いを詰めるが、すぐに攻撃はしない。真横に跳んでビルの壁に着地。すぐさま蹴りつけて加速。アスファルトも含めてそれを連続で繰り返し、縦横無尽に跳躍する。瞠目すべき速さだった。

 生まれ持った霊力量は石神家歴代最高。ただ一人の天才少女を除けば、石神家において若手最強と謳われる実力は伊達ではない。

 六翼の紅騎士は追いきれないのか、立ち尽くしているように見えた。


「――くらいやがれ!」


 大和はその隙をついて、斧を六翼の紅騎士の首に叩きつける!

 ――ガキンッ!

 鳴り響く破砕音。


「な……ッ」


 同時に大和の声が零れ落ちる。その双眸が大きく見開かれた。大和の斧は六翼の紅騎士の甲冑に、わずかな損傷を残しただけで砕け散ったのだ。

 ザザザッと、大和はアスファルトに着地する。

 攻撃のタイミングも威力も間違いなく必殺だった。だが、それでもほとんどダメージを負わすことが出来なかった事実に、大和は思わず愕然とした。

 が、それ以上に愕然としていたのは悠樹だった。


「――ッ! やばい! 大和ッ! 早く逃げるんだッ!」


 と、叫び声を上げる。

 六翼の紅騎士が動き出していたのだ。手甲に覆われた左手を大きく開いた。

 それに対し、大和はハッと息を呑み、後方に跳躍しようとしたが一歩遅かった。戦闘経験の浅さが致命的な遅れを招いてしまった。

 六翼の紅騎士は、先端が爪のように鋭利な左手を大きく振り上げた。

 それに対して、大和はまだ回避行動をとれていない。

 悠樹の顔から一気に血の気が引いた。

 まるでスローモーションのように、その光景がゆっくりと見える。

 だが、体は動かなかった。危機的状況に感覚だけが鋭くなっているのだ。

 灼けつくような焦燥感から喉が酷く乾いていくのを感じた。


 ゆっくりと。

 ゆっくりと左手の手甲の爪が親友に迫っていた。


 まずい、まずい、まずい! このままでは――。


「お、おい、やめろ……大和ッ! 逃げるんだ、大和ッ!」


 歯を軋ませて全身に力を込めた。硬直を打ち砕き、悠樹は強引に走り出す。

 必死になって右手を大和へと伸ばした。

 だが、ここからでは遠すぎた。

 そもそも自身の動きがあまりにも緩慢だった。

 この手は届かなかった。

 そして――……。




「……………痛い」


 勢いよくベッドから落下した悠樹が目を覚ましたのは、その時だった。







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