第二章 新城学園の新入生たち②
(しかし、豪胆な女の子だったな)
新城学園校舎の一階にある1年2組の教室。
時刻はHR前。多くのクラスメイトたちが談笑に興じる中、四遠悠樹は自分に割り当てられた机の上で片肘をつき、そんなことを考えていた。
思い出すのは、あれだけの人数を相手に堂々と宣戦布告した美しい少女のことだ。
実は、彼女が言わば神槍の副賞であるということは入学してから初めて聞いた。
由良が勉強の邪魔にならないように意図的に隠していたそうだ。
『よいか、悠樹』由良はこんなことを言った。
『あやつは絶対返品じゃからの。手に入れるは神槍だけじゃ。よいな!』
どこか怒っているような口調だった。
(いやいや。それは当然だよ。由良)
由良の言葉を思い出しつつ、悠樹は苦笑を浮かべるが、
(……けど、御門家の《瑠璃光姫》か)
彼女――御門翔子こそが、この三年間における最大のライバルに違いない。
(どれほどのものか。まあ、その実力はおいおい見るとして……)
悠樹は自分が着ている制服の袖を撫でる。白のラインで装飾された紺色の制服。首には一部チェックの入った緑色のネクタイ。下には灰色のスラックスを履いている。
しみじみと思う。この学園に入学できて本当に良かった、と。
――合格発表の日。悠樹は思わず泣いた。
歓喜の号泣などではない。それは死線を生き延びた者の安堵の涙だった。
あまりにさめざめと泣くものなので、心配になってきた由良が膝枕をして慰めてくれたほどだ。ちなみにその時「……うわあ、由良ってやっぱり柔らかいなぁ。それに凄くいい匂いもするし」と思ったのは悠樹だけの秘密である。
なお、言うまでもなく、由良の方も無事入学していた。
ただ残念ながら、クラスは1組・2組と分かれてしまったが。
(ともあれ、ここからが本当の戦いなんだ。三年後、何としても神槍を――)
「――おっ、何だ、やっぱ白い姫さんだけじゃなく、悠樹も入学してたのか」
不意に、ポンと肩を叩かれる。
悠樹が振り向くと、そこには制服を腕まくりして着込んだ生徒がいた。
身長は恐らく百八十センチ後半。角刈りの髪形が印象的な巨漢だ。
少年と呼ぶにはかなり違和感のある風貌をしていた。親しげに声をかけられたが、見覚えのある顔ではない。悠樹は少し眉根を寄せた。
「……えっと、どなたですか?」
「はあ? オイオイ、俺っちのことが分かんねえのかよ? 俺だよ俺。ほら情報屋、玉城さんちの坐空さんだよ」
「………は?」悠樹はポカンと口を開けた。
――玉城坐空。そう名乗る人物を悠樹は知っている。
悠樹と同じはぐれの鬼狩りであり、副業で情報屋もしている謎多き人物だ。由良経由で一年ほど前に出会い、何度か一緒に仕事をしたこともある。
ただ、記憶にある玉城は、まるで熊のような髭を蓄えた人相で……。
「えっ? ザックさんなの? だって髭は? いや。いやいや、それ以前に――」
悠樹は思わず目を見開いた。
「確かザックさんって三十代でしょう!? なんで制服着て高校にいるの!?」
「オイオイ、何言ってんだ」すると玉城はひょいっと肩をすくめて、
「俺っちは今年で十六歳の少年だぜ」
笑みを浮かべながら、三十代後半にしか見えない風体で嘯いた。
悠樹はパクパクと口を動かす。
(え? ええ? どういうこと? この老け顔で同じ年?)
訳が分からず悠樹が混乱していると、玉城が呆れるように嘆息して、
「……おい。信じんなよ、悠樹。流石に十六はねえよ。俺は今年で三十六だよ」
「えっ、じゃ、じゃあ、なんで高校に?」
「そりゃあ入学したからに決まってんだろ。正真正銘お前さんの同級生さ」
「ええッ!? どうやって入学したの!?」
悠樹のもっともな問いかけに、玉城は神妙な顔で腕を組み、
「……悠樹。人生の先輩として一ついいことを教えてやろう」
「な、何を……」困惑する悠樹に、玉城は厳かに告げる。
「お金の力は偉大なんだ」
一拍の間。そして悠樹は唖然とした。
「――まさか裏口入学!?」
思わず声量を上がる。が、玉城は悪ぶれた様子もなく、ガハハッと豪快に笑い、
「いやいや、手を加えたのは年齢だけさ。入試の方はちゃんと実力で突破したぞ。まぁ、それよりも、お~い! 月森! ちょっとこっち来いよ!」
不意にクラスメイトの一人を呼んだ。
「……ああン? 俺になんか用かよ? 玉城」
そう吐き捨てて、不機嫌顔ながらも近付いてきたのは玉城並みの巨漢だった。
誰とも関わらず一人ふてぶてしい態度で椅子に座っていた生徒だ。玉城と同じように腕まくりし、ネクタイを少し緩めたチンピラ風の男である。いかにもガラが悪そうな人物だった。
「紹介すんぜ、悠樹」
そう言って、玉城は『月森』と呼んだ生徒の肩に腕を回すと、悠樹にこう告げた。
「こいつの名前は月森竜也って言うんだ。まあ、こいつも俺の同類だな。おっさん顔の高校生じゃねえ。『おっさんの高校生』さ」
「…………え」
長い沈黙の後――悠樹はこの上なく目を見開いた。
「お、おっさんの高校生!? 何それ!? なんでそんなのがいるの!?」
「そりゃあ神槍欲しさにだよ。なっ、お前もそうだろ? 月森」
「うっせえな。知るかよ。顔見知りだからって馴れ馴れしんだよ、てめえはよ」
そう吐き捨てると、月森は玉城の腕をはねのけ、苛立った様子で席に戻った。
乱雑に扱われた玉城は、やれやれと肩をすくめた。
「あいつももうじき三十路だってえのにつれねえよな。けどまぁ、この学園、流石にそんな数はいねえと思うが、あいつとか俺とか、年齢詐称組が潜んでいるみたいぞ」
「そ、そうなの……?」
唖然として悠樹は呟く。が、徐々に困惑した思考も落ち着いてきた。
(……そっか。そもそも由良だってそうなんだ。その可能性もあったんだ)
――神槍に、御門家の《瑠璃光姫》。
今回はあまりにも『餌』が破格すぎたのだ。
鬼狩りであれば、学生でなくても奪取したいと考えるのは当然だろう。熟練の鬼狩りが年齢を詐称して忍び込んできてもおかしくはなかった。玉城や月森はまだ直球だが、もしかしたら整形してまで潜入している者もいるかもしれない。
「まあ、そういうことさ」
一方、玉城は、少し双眸を鋭くして口角を上げた。
「ありゃあ、俺らにとってもちょいと劇薬すぎたってことさ。ともあれ、今日から三年間はクラスメイトだ。よろしく頼むぜ、悠樹!」
そう言って、バンバンッと悠樹の背中を叩くのだった。豪快な年上の友人に、悠樹は少し緊張を解いて苦笑を零す。危惧すべき案件だと思うが、今はまだ互いに入学したばかりだ。
悠樹は改めて玉城と向き合った。
「うん。こちらこそよろしくね。ザックさん」
「おうよ」
二人は握手を交わした。が、そこで玉城は「ああ、そういやさ」と呟き、
「ところで悠樹よ。俺もたいてい真っ当じゃねえから、あんま他人のプライベートを根掘り葉掘り訊くつもりはねえんだが、一つだけいいか?」
「……なに?」眉をひそめる悠樹に、玉城が小声で問う。
「(お前さんの獣殻のことだよ。あれって学園で使ったらどう考えてもまずい代物だろ。異例すぎんぞ。そこら辺どうすんだ?)」
悠樹と共に仕事をし、その獣殻を知る玉城からの率直な質問だった。
悠樹は「ああ、それ」と頷き、小声で返す。
「(それなら大丈夫だよ。やろうと思えば、部位限定の顕現も出来るから)」
「(ほおー……意外と融通きくんだな)」
感心したように玉城は呟いた、その時。
ガラガラガラガラッ――。
不意に、教室の前方のドアがスライドして開いた。
担任教師でもやって来たのかと思い、悠樹と玉城は音のした方に目をやった。
しかし、そこにいたのは一人の女生徒だった。
身長は百六十センチほど。腰まで延ばした艶やかな黒髪に、今は無表情だが本来は温和そうな瑠璃色の瞳。すらりとしたスレンダーな肢体に、凛とした雰囲気を纏う美しい少女だ。
この学園の暫定生徒会長である御門翔子だった。
「……おい、あれって御門の……」
「……チッ、すかしやがって。俺らなんて眼中になしかよ」
一斉に教室中から敵意だらけの視線が向けられるが、彼女はまるで揺るがない。何事もないかのように歩を進めて、窓際の席まで移動すると音も立てず着席した。
そこで悠樹はようやく気付いた。彼女が自分のクラスメイトであることに。
「え? 御門さんって、うちのクラスだったのか?」
「……どうやらそうみてえだな」玉城が肩をすくめながら相槌を打つ。
「ま、最大のライバルを間近で探れて好都合……っと、今度こそ担任が来たようだ」
と言って、玉城は自分の席に戻っていった。ドアの方に視線を送ると、確かに三十代半ばのジャージ姿の男性がいた。きっとこの男性が2組の担任教師なのだろう。
悠樹は居住いを正して座り直す。それから、御門翔子の後ろ姿を見据えた。
(御門家の次期当主か。それにザックさん。熟練の鬼狩りたちか……)
恐らくは、学園随一の才媛。
さらには学園に紛れ込んでいるという歴戦の鬼狩りたち。鬼狩りの弱体化が危惧される現代において今日まで生き延び、妖鬼との均衡を維持してきた者たちだ。その実戦経験の豊富さは学生など比較にもならない。完成された猛者たちだ。
(どちらも侮れる相手じゃない)
どうやら想像以上に混沌とした状況のようだ。
改めて警戒する悠樹だった。




