第二章 新城学園の新入生たち①
――風倉市。
そこは自然との調和をコンセプトに、山間に建設された近代都市だ。
総人口は約三百万人。二十八の区を持つ都市で医療機関や娯楽施設なども充実しており、他都市との交通の不便ささえ除けば、自然に囲まれた住みやすい街である。
そんな風倉市の一角にて。
秘匿性を考慮し、都心から少し離れた第十七区の山間に私立新城学園は創立された。
現生徒数は三百二十二名。三年後にはおよそ千百名が所属する予定の学園だ。
その新築の白い校舎は四階建てで、他にも体育館、運動場、プール。少し離れた区域に男子寮と女子寮が建築されている。見た目は完全に普通の学校である。
しかし、当然ながらその中身は普通ではない。
この学園の特徴は、授業の種類が午前までの第一部と、午後からの第二部に分かれていることだ。第一部は守秘義務を持つ一般人の教師たちが通常授業を。そして第二部からは現役の鬼狩りたちが講義や訓練を受け持つことになっていた。
そうして三年かけて妖鬼の知識や戦術・戦略の勉強。最適化した戦闘法の教育。人払いなどの多種に渡った術式の講義や習得を行い、教養と実力を兼ね揃えた一流の鬼狩りを育成するのが、この施設の目的なのである。
そして今、その校舎の屋上で一人の少女が佇んでいた。
紺を基調に縁取りなどを白のラインで装飾されたブレザーと、灰色のスカートを身に付けたその少女の名は――御門翔子。現在、暫定で生徒会長を務める少女だ。
柔らかな風で彼女の長い髪が揺れた。
(……私は)
翔子は、おもむろに屋上を囲むフェンスを片手で掴むと、
(どうして私は、あんな馬鹿げた真似をしてしまったのでしょうか……)
美麗な眉根を寄せて、山間の遠方を見つめた。
心の中に後悔が広がる。
流石に、今回ばかりは気落ちする心を隠せなかった。
重大な使命を携えて新城学園に入学を果たした彼女だったが、実のところ、今回の入学に向けて少しだけ淡い期待も抱いていた。
淡い二つの願いを、胸の奥に秘めていたのだ。
祖父から受けた任務は極めて重要だ。それは常に心に留めている。
けれど、同時に彼女は、まだ十五歳の一人の少女でもあるのだ。
(私はいつも失敗してしまいます。だけど……)
視線を落として、翔子は唇を強く噛んだ。
(……あの頃のようなことは繰り返したくありません)
かつての頃の記憶が脳裏によぎる。
中学の頃。一般校に通っていた当時の翔子は常に一人だった。
彼女は生真面目で少し堅苦しさこそあるが、人当たりが悪い訳ではない。楽しいことや、嬉しいことがあれば普通に笑みを返すような少女だ。
しかし、あの頃、翔子には、たった一人の友人もいなかった。
どうにか友人になろうと周りの人間に話しかけても、気まずげな表情で「また今度」「今日は用事が」など言われ避け続けられた。
ある日のことだった。同級生の女子たちが話しているのを偶然聞いてしまった。
どうも翔子と一緒にいると容姿を比較されて嫌なのだそうだ。
(……私は)
再び唇を噛む。
男子の方はもっと酷い状況だった。
彼らは翔子の前に立つと緊張するのか、会話さえもロクに通じなくなっていた。
とても深い溝を、彼らとの間に感じてしまった。
結局、翔子は「この人たちは一般人だから」と自分に言い聞かせて諦めたのだ。
仕方のないことだったのかもしれない。
けれど、胸の中に大きな穴が開いたのを感じた。
そうして今。
この学園にいる生徒は、すべて彼女と同年代の鬼狩りたちだった。
あの頃とは違う。同じ立場の人間だからこそ、密かに期待してしまう。
この場所で信頼し合えるような友人と出会い、そして、もう一つ……。
(……愛する人と……)
翔子は微かに頬を染める。
(私はこの場所で将来を誓い合えるような人と出逢ってみたい……)
それが、彼女のもう一つの願いだった。
こんな願いは、今までは一度も考えたことはなかった。
自分の伴侶はいずれ祖父が決めるものだと思っていたからだ。
神槍の副賞のような扱いをされたことにも最初は驚いたが、心のどこかでは来るべきことが来たと受け入れていた。
だからこそ、祖父のあの言葉は予想もしていなかった。
『儂の本心としては、やはりお前には愛する男と結ばれてほしいと思っておる』
その言葉で、翔子は考えるようになった。
思い出すのは翔子が幼かった日々。交通事故で亡くなった両親が生きていた頃だ。
両親は、大家では非常に珍しい恋愛による婚姻だった。
学生結婚だったと聞いていた。父が分家などの猛反対を押し切ったそうだ。
幼い頃の記憶だが、二人はいつも笑っていた。
祖父から命じられた神槍の守護。そしてもう一つの任務は間違いなく重要だ。
しかし、青春時代とは生涯で一度しか訪れない貴重なモノであるのも事実だった。
その事実を、使命を理由にしてないがしろにしてもよいはずがない。
亡き両親も、祖父もまた望まないはずだ。
(だから、私は)
翔子は瞳を細めた。
(信頼し合える友人を。そして愛する人を……)
その二つを得たい。
あの頃は早々に諦めてしまった。けれど、今度こそは――。
そのためには、まず自分から友好的な態度を示さねばならなかった。
入学前から、翔子はそう考えていた。
だというのに――。
『最初に宣言します。我が御門家が神槍を譲渡することはありません。何故ならば三年後、最優秀者の座を勝ち取るのは、この私なのですから』
それは、つい先程行われた入学式でのことだった。
トップ入学を果たした生徒会長として、穏やかに挨拶するつもりだった壇上で、いきなり宣戦布告をしてしまったのである。堅苦しい性格が災いして使命感が先走ってしまったのだ。
言い放ってしまってから、自分でも完全に失敗したと思った。
当然ながら、この言葉は生徒たちの反感を呼んだ。
教師陣の前だったので、流石にブーイングこそ起きなかったが、三百名を超す人間の敵視をぶつけられたことは、翔子であっても恐怖を覚えた。
こんな状況では、愛する人と出逢うことはおろか、友人さえも出来るはずがない。
「……どうすれば、この状況を挽回できるのでしょうか……」
ガシャン、とフェンスに額を打ちつけて後悔する。
堅苦しさ。何事にも真面目すぎる性格。
俗に言う『高校デビュー』に失敗して、流石に落ち込む翔子であった。




