第二章 再会③
時間は先日の放課後にまで遡る。
由良と翔子が石神沙夜について生徒会室で話をしていた時。
いきなり、その当人が現れたのだ。
それも学園の制服を着て堂々と訪問してきたのである。
流石に二人とも絶句した。
あまりにも話題の中心人物だったため、由良は席を外す訳にもいかず、翔子もまた客人として迎えるしかなかった。由良は一旦生徒会役員であると誤魔化した。
そして翔子と由良が並んでソファーに座り、その対面に沙夜が座ることになった。
――神宮寺家の《真白姫》。
――御門家の《瑠璃光姫》。
――石神家の《砂塵姫》。
奇しくも、本来の世界線における『三姫』が揃ったことになる。
「石神さんの編入は来週だったとお聞きしていましたが……」
「早めに来て見学したかった」
翔子の問いかけに沙夜はそう答えた。続けて、
「御門生徒会長。実は私には悩み事がある」
そんなことを沙夜は言い出した。まだ学園に編入もしていないというのに、いきなりの悩み事の相談だ。翔子はもちろん、隣に座る由良も眉をひそめた。
そうして、
「今日、この学園に来ていきなりセクハラをされた」
とんでもない台詞を淡々とした口調で告げてきた。
「え? 変質者が現れたのですか?」
翔子がそう尋ねると、沙夜はこくんと頷いた。
「相手はこの学園の生徒。いきなり抱きつかれた。二分ぐらいぎゅっとされた」
「……いや待て」由良が眉をしかめた。
「そなたも鬼狩りじゃろう。ましてや音に聞こえた《砂塵姫》ならば、そのような下衆な輩、その場で制裁することなど容易かったじゃろう」
「いいえ。鳳さん」翔子はかぶりを振った。「鬼狩りである前に彼女は女性です。突然のことで硬直してしまうことはあり得ます」
そう告げてから、沙夜を真っ直ぐ見つめた。
「怖かったことでしょう。無理のない範囲でお話しして頂けますか?」
「……ん」沙夜は頷いた。
「聞きたいことがあって彼に近づいた。するといきなり抱きしめられた。ただ、彼にも事情があったみたい。私は彼と和解したい。そのために探して欲しい」
「承知いたしました。その人の写真はありますか? なければ特徴を教えて頂ければ……」
「……ん」沙夜は再び頷き、容姿の詳細を語り始めた。
ただ、それはあまりにも詳細すぎた。まるでよく知る人物を語っているようだった。
少し困惑していた翔子と由良だったが、徐々に顔色を変えていった。
「あの、もしかしてこの方なのでしょうか?」
そう言って、翔子は自分のスマホを見せた。由良も同時にスマホを出していた。
それぞれのスマホには、同じ少年の画像が出されていた。
沙夜は「ん」と頷いた。
「この人。彼の名前と住んでいる寮の部屋番号を教えて欲しい」
「「…………」」
流石に由良も翔子も黙り込んでしまう。
沙夜は「?」と小首を傾げつつ、
「彼の名前と住んでいる寮の部屋番号を教えて欲しい」
同じ願いを繰り返した。翔子は「そ、それは……」と口籠りながら、
「その、彼には生徒会長として私の方から厳重注意をしておきます。直接お会いするのは石神さんもお辛いでしょうから」
「必要ない。私が話す」
「い、いや。こういうのは第三者が入った方が良いと思うぞ」
と、由良も言うが、沙夜は淡々とした眼差しを向けて、
「私が話す。和解のために会えないのなら、私は警察に訴えるしかない」
あまりにも強烈なパワーワードを出してきた。翔子も由良も言葉を失った。
「これは彼と私の問題」
沙夜は三度、こう尋ねた。
「彼の名前と住んでいる寮の部屋番号を教えて欲しい」
◆
「何故、あやつは幼馴染にセクハラで訴えられかけておるのじゃ?」
場所と時間は戻って、校門前。
由良は腕を組んで眉をしかめていた。隣に立つ翔子も似たような表情だった。
「一応、和解したいというお話でしたが、大丈夫なのでしょうか?」
翔子がそう呟くと、由良は「う~ん」と呻き、
「あの娘は、別に本気でセクハラとは思っておらんのじゃろうな。それはそなたも感じたのではないか?」
由良の問いかけに、翔子は「はい」と頷いた。
「ただ悠樹さんと話してみたい。そのような様子にお見受けました。彼女は――」
翔子は二人が去っていった市街へと続く道に目をやった。
「もしかして記憶があるのでしょうか? 悠樹さんとの思い出が」
「残念じゃが、それはあり得んな」由良は双眸を細めた。
「ただ、一人の女として思うには、もし、かつての石神沙夜が悠樹に想いを寄せていたというのなら、心のどこかにその想いが残っておるのかもしれんな」
「……鳳さん」翔子は由良の顔を見やる。
「その、あなたは悠樹さんを愛しておられるのでしょう? よろしかったのですか? 悠樹さんと石神さんを二人きりで行かせてしまって」
「それこそ愛しておるからな」由良は即答する。
「妾は、ずっと悠樹は一度あの娘と話をすべきだと思っておった。記憶を失った家族とは同じ繋がりを望むことは出来ぬじゃろう。しかし、あの娘は違う。かつてのような幼馴染になれずとも、それとは違う関係を築くことは出来るはずじゃ」
「……そうですね」
翔子は遠い眼差しを向けた。
「確かに新たな関係は築けますよね。けれど、鳳さん」
翔子は疑問をぶつける。
「だからこそ、石神さんを『敵』とお呼びになっていたのでは? 今日は『敵』に塩を送ったということなのでしょうか?」
「ん? ああ、そうか」
由良は小首を傾げた後、苦笑を浮かべた。
「妾が言った『敵』と言ったのは『正妻』の座についてじゃ」
「………え?」
目を瞬かせる翔子に、由良は腰に手を当てると、豊かな胸を張って告げる。
「妾が最初に愛されること。最初に子を授かるのが妾ならなお良し。要は妾が正妻であればよいのじゃ。嫉妬がないと言えば嘘になるが、そもそもじゃ」
そこで翔子を見やる。
「妾としては今の運命を切り開いた後には『四遠家』を興すつもりじゃからな。新たな家を興すとなると、数人の側室は必要であろう。そこはやむなしと割り切っておる。御門翔子。そなたも望むのなら構わんぞ」
「――――え」
翔子は言葉を失った。同時に耳まで赤くなる。
「つうか、悠樹が三年後に最優秀者になれば必然的にそうなるのじゃろうな」
「~~~~~~っっ」
そんなことを告げる由良に、翔子は何も言えず真っ赤になるだけだった。
「ともあれじゃ」
女同士の気安さか。つい未来の展望まで語ってしまった。
赤裸々な話で由良自身も少し恥ずかしく思いつつ、小さく息を吐いて告げる。
「今は見守ろうではないか。幼馴染の絆とやらをな」




