第二章 再会②
翌日。土曜日の朝。
悠樹は、学生寮の自室のベッドの上で三角座りをしていた。
両膝に顔を埋めて、この上なく落ち込んでいる。
それも仕方がない。
二年半ぶりに再会した幼馴染に、いきなりセクハラをしてしまったのだから。
しかも、それ以上の会話が怖くて逃げ出してしまった。
きっと、彼女には不審者だと思われてしまっているに違いない。
(そもそも、どうして……)
どうして沙夜があんな場所にいたのか。
悠樹にしてみれば、不意打ちもいいところだった。
なにせ新城学園の敷地内のこと。そこに制服を着て現れたのだから。
しかし、他にもかなり気になることがあった。星のように綺麗だった彼女の銀髪が、まるで灰色のように変わっていたことだ。
(まさかどこか体を壊して? 大丈夫なのか?)
悠樹は顔を上げて眉をひそめる。
これだけは聞いておけばよかったと、今更ながら後悔した。
由良もそうだが、沙夜も髪に触れられることを嫌う。異相の少女たちは本当に信頼している者にしか髪を触れさせないのだ。
そんな沙夜の髪を、二年半前までは悠樹が毎日手入れをしていた。
銀色の長い髪を櫛で梳かして、日ごとに彼女の気に入る髪型に変えていた。三つ編みは必須技術であり、悠樹の特技の一つだと言えるぐらいだ。
だからこそ、彼女の美しい銀色の髪は今も目に焼き付いている。
(沙夜ちゃん、本当に大丈夫なのか?)
とても不安になってくる。
今からでもこれだけは確認しに行くべきだろうか。
だが、そのためには石神家に行かねばならない。
そもそも沙夜に会うのなら大和のことは話すべきだった。けれど、それはきっと、彼女にとっては何の話なのか分からなくて……。
『あなたは一体誰なの?』
昨日の彼女の言葉が、深く心に突き刺さる。
再会した沙夜は、あの頃よりもさらに綺麗になっていた。
そして、あの頃と変わらずとても優しかった。
(……だけど)
悠樹は辛そうに眉根を寄せる。
やはり彼女は悠樹のことを全く憶えていなかった。両親や一族と同じだ。
覚悟はしていた。ある意味、諦めてもいた。
だが、それでも想像以上に心に深く突き刺さる。
それだけ悠樹にとって彼女が特別だということだった。
「……やっぱりきついな。けど」
おもむろに悠樹は立ち上がった。
やはり沙夜の髪の変化はどうしても気になる。
そして大和とも約束していた。彼女が困っていたら絶対に助けると。
「沙夜ちゃんが学園の制服を着てたことも不思議だったし。もしかしたら来年は入学してくるかもとは思ってたけど……」
沙夜は悠樹より一歳年下だ。一期生ではないはずだ。
「一度由良と話して……あ。御門さんなら何か知っているかも」
そう考えて、翔子に連絡しようとスマホを取った時、初めて気づいた。
由良と翔子から連絡が入っていることに。しかもそれは沙夜に関する話だった。
翔子からも連絡があったのは意外だったが、やはり生徒会長の彼女は沙夜の何かしらの情報を知っていたようだ。二人とも今日、時間を取って欲しいという内容だった。
悠樹はすぐさま由良に連絡した。
「あ。由良。うん。ごめん、今気づいた。沙夜ちゃんのことって? うん。分かった。御門さんにも連絡するよ。今から僕も出かけるから」
そう連絡してスマホの通話を切る。これから由良と翔子に会うことになった。
急ぎ悠樹は出かける用意をした。
――十分後。
「ごめん。待たせた? 由良。御門さん」
私服に着替えた悠樹は、学園の校門前で二人と合流した。
悠樹同様に二人とも私服姿だった。
由良は黒いレギンスの上に大きめの柄シャツを着て、ホットパンツを履いている。
彼女の戦闘服に衣類をかぶせて私服にした格好だ。彼女の常在戦場の心構えからの格好だ。
翔子の方は清楚な桜色の和装だった。十代でありながら見事に着こなしており、彼女にとてもよく似合っている。
「連絡に気付いてなくてごめん」
悠樹はそう告げてから、
「それで沙夜ちゃんのことなんだけど――」
「ああ~、待たんか悠樹」
由良が手を向けて、悠樹の言葉を遮った。
「はっきり言って、妾にとって今回の件は極めて不本意なのじゃ。小娘にとってもな。しかしな、これはそもそもそなたのせいじゃぞ。妾たちはこれでも尽力しようとしていたことだけは理解して欲しいぞ」
「え? 何を言っているの? 由良?」
悠樹は眉根を寄せた。
「悠樹さん」
すると、今度は翔子が声を掛けてきた。
「申し訳ありません。まさかこのような事態に陥ってしまうなんて。もっと早く決断して悠樹さんにはご連絡をすべきでした」
「え? 御門さん?」
悠樹は翔子の顔を見つめて目を瞬かせた。
二人が何を言いたいのか分からずにいると、二人して校門の外。市街へと続く石畳の道の先に顔を向けた。悠樹もつられて顔を向けると、
「――ッ!」
言葉もなく硬直してしまった。
それは昨日の再現だった。あらゆる意味で再現だった。
「……一日ぶり」
淡々とした声で、彼女はそう告げた。
――そう。ここにはもう一人、少女がいたのだ。
華奢の体には丈が短めの蒼いワンピース。黒いストッキングと長い革紐靴を履いていた。長い灰色の髪はそのまま下ろしている。
(な、なんで?)
悠樹は未だ言葉も出せなかった。
全く事態が分からない。
何故なら、そこにいた三人目の少女は、石神沙夜その人だったからだ。




