第一章 彼女たちの想い④
「悠樹は、鬼狩りとしてまごう事なき麒麟児じゃ」
生徒会室にて、由良が語る。
「霊力量は平均の四倍以上。霊感応もずば抜けておる。武才においても瞠目すべきものを持っておる。特に戦闘勘や、戦場への順応力は他の追随を許さぬだろうな。でなければ、たった二年半で《黄金魄》を二つも獲得できぬ」
「……確かにそうですね」悠樹が石神沙夜の許嫁と聞いて内心ではかなり動揺していたが、それは表情には出さず、翔子は頷いた。
「複数の《黄金魄》を獲得した者は聞いたことがありません」
「あればかりは《大和》も関係せぬ。悠樹の異才じゃ。過酷な戦場に適合した結果じゃな。そして悠樹の才には、石神家も都築家も期待しておったということじゃ」
「……なるほど。そういうことですか」
翔子は瞳を細めた。
要は意図的に引き合わされた二人なのだ。将来的に婚姻させるために。
鬼狩りの大家ではよく聞く話だった。
「いずれは石神沙夜の夫となり、当主である石神大和の腹心となる。そういったことを画策しておったのじゃろうな。しかしそれは親が描いた画図じゃ。子供には関係ない」
そこで由良は小さく嘆息した。
「三人は絆を深めた。主家の石神大和は、友として悠樹のために命を賭すほどにな」
「…………」
「悠樹もまた二人を大切に想っておる。だからこそ、この二年と半年。悠樹は一度も石神家に訪れたことがないのじゃ」
「……え?」翔子は目を見開いた。
「都築家には訪れた。妾は止めたが、こればかりは自分の目で確認せねば納得できまい。残念ながら妾同様に他人扱いされ、酷いショックを受けてしまったがな」
由良の言葉に、翔子は静かに耳を傾ける。
「しかし、悠樹は石神家には行けなかった。どうしても伝えられぬのじゃ。石神大和の死を。そして石神沙夜に会うことが怖いのじゃろうな……」
「……悠樹さんは」翔子は口を開いた。
「石神沙夜さんのことをどう思われているのでしょうか?」
「それが好きか嫌いかで問うておるのならば、大好きなのじゃろうな」
由良は少しブスッとして言う。
「ぶっちゃけ、ここまでの話は悠樹の主観が七割の話じゃ。可能性は高いと思うが、実際のところは許嫁でもなかったかもしれん。ただ、一つだけ確かなのは」
由良は改めて沙夜の資料に目をやると、渋面を浮かべつつこう告げた。
「悠樹にとって、石神沙夜という娘は極めて大切であるということじゃ。他人と呼ばれる覚悟で家族には会えても、あの娘に拒絶されることは怖いと思うほどにな」
◆
新城学園の周辺は、広大な森に覆われている。
その森林は、十キロメートル四方の範囲を学園が丸ごと買い取っており、生徒の自主トレーニングの場所として開放されていた。放課後には活用する者も多い。金曜の放課後である今日も十数名が実戦形式の模擬戦や、技の修練に勤しんでいるようだ。
そして、その中には一人の少年の姿もあった。
年の頃は十五、六歳ほど。新城学園の制服を着た黒髪の少年である。
由良たちの話題の人物。四遠悠樹だった。
悠樹は一人、森の中にある小さな滝壺の前にいた。
大きな滝ではないが、たまに水飛沫が悠樹の足元にまで届く。
由良との模擬戦でたまたま見つけた場所だった。
「さて」
悠樹はコキンと手首を押さえて鳴らした。
「少し試してみようかな」
そう呟き、銀霊布を召喚し、獣殻を構築する。
だが、竜人と化す完全顕現ではない。右腕に籠手を纏う部分顕現だ。
手にはまだ武具を顕現していない。悠樹は手を伸ばして意識を集中した。
そうして編まれたのは一振りの刀だった。
刃渡りは六十センチほど。銀色の刀身に金の鍔。黒い柄を持っている。
それは、とある少年が使っていた刀によく似ていた。
「……よし」
ヒュンっと。
悠樹は刀を振ってみた。
手によく馴染む。いつも使っている長剣に比べても遜色ない感じだ。
「けど、剣と刀じゃあ使い方が違うから、少し慣らさないとダメだろうな」
そう呟く。
普段、悠樹が部分顕現時に使う武具は長剣だった。
しかし、ある事件から悠樹は武具を刀に変えようと思っていた。
――そう。彼が使っていた武具だ。
これからの戦い。せめて彼の武具を使って共に戦おうと思ったのだ。
(ただの僕の感傷に過ぎないけれど)
それでも刀を使えば、彼が力を貸してくれるような気がした。
まあ、それも使いこなさなければ意味がないのだが。
(とりあえず基本の型からやってみるか)
悠樹の武術の基本は、都築家で学んだモノだ。
本来は斧を用いた武術なのだが、剣や刀にも応用は効く。
(まずは袈裟斬り)
ヒュンと刀を振るう。獣殻を纏っているため、人を超えた斬速だ。
さらに斬り上げて薙ぎ払い。重心を移動させて踏む込む。大地に足跡が刻まれた。
(一撃ごとに大地の力を得る。踏み込みこそが肝要なんだ)
かつて父が教えてくれたことを思い出す。
都築家の武の心得。源流を辿れば石神家の武の神髄だ。
――ズンッ!
悠樹はさらに強く踏み込み、斬速を上げた。
斬撃における九つの型を高速で繰り返す。流れるような連撃だった。刃を振るうたびに太刀筋が鋭くなり、刀という武具に合わせて型がより洗練されていく。
その時だった。
――ザザザザッ!
滝の方から盛大な音がした。それは流木が落ちてくる音だった。
流木は滝壺に落ちて大きな水飛沫が上がった。
悠樹は双眸を細める。極限まで斬速を上げて水飛沫を迎え撃つ。刃と烈風で消し飛んでいく水飛沫。それはまるで刃の結界だった。
(――よし)
悠樹は腰だめに刀を構えると、ズンッと強く踏み込んだ。
大地から力を得て一気に振り抜いた――。
――ザンッ!
悠樹が放った斬撃は、離れた滝を見事に上下に両断した。
滝の後ろには巨大な亀裂も刻まれている。
ふうっと息を吐いて、悠樹は刀の切っ先を下した。
「久しぶりにやったけど出来たな。《飛断》」
使ったのは三年ぶりぐらいだろうか。
これが使えるということは、刀とも相性が良さそうだ。
悠樹は手に持つ刀を見つめてから、獣殻を解いた。
と、その時だった。
……ぱちぱちぱち、と。
あまり気の入っていない拍手が後ろから聞こえてきた。
(あ、由良かな)
悠樹はそう思った。この場所は由良と自分しか知らないからだ。
悠樹は振り返り、由良の名前を呼ぼうとして、
(―――――え)
思わず凍り付いてしまった。
そこにいたのは、由良ではなかったからだ。
声も出せず、体も全く動かない。
その反応は当然だった。
それほどまでにそこにいた少女は想定外であり、悠樹にとって特別だったからだ。
様々な感情が、胸中に渦巻いていた。
(……沙夜、ちゃん)
――そう。
そこにいたのは悠樹の幼馴染である沙夜だったのだ。
記憶にある頃よりも成長した沙夜だった。
「少し驚いた」
あの頃と変わらない淡々とした口調で沙夜は言う。
「石神流斧武術の秘伝技。《飛断》」
何故か新城学園の制服を着た幼馴染は、ゆっくりと悠樹に近づいてくる。
彼女は悠樹に前で足を止めた。
ここまで近づいても悠樹は未だ硬直したままだった。
「教えて。どうしてあなたが使えるの?」
悠樹の顔を上目遣いに覗き込んで、沙夜は尋ねる。
「あなたは一体誰なの?」
――と。




