第一章 彼女たちの想い③
そうして十分後。
かなり悩んだ翔子だったが、やはりこの事実を悠樹に伝えることに決めた。
ただその前にやるべきことがあった。まだ悠樹と彼女の関係性が分からないので、先にそれを調べておこうと考えたのだ。
「……それで妾だけを呼んだのか」
場所は同じく生徒会室。
来客用のソファーには今、一人の女生徒が座っている。
雪のような白い髪に、目を見張るような美貌。身長は翔子よりもかなり低いというのに、そのスタイル――特にその双丘――は抜群である少女。鳳由良だった。
「まあ、妾は確かにその娘を知っておる」
腕を組み、由良はプリントアウトされた資料に目をやった。
「石神沙夜。悠樹の幼馴染じゃな」
一拍おいて、こう続けた。
「そして妾が最も警戒している『敵』でもある」
「……え? 敵ですか? それはどういうことです?」
どうにも剣呑な台詞に、由良の向かい側に座る翔子は眉をひそめた。
「鳳さんは石神さんと面識があるのですか?」
「ない。しかし、まごう事なき『敵』じゃ」
由良は即答する。それから「ふむ」と紫水晶の瞳を細めて、
「よい機会じゃな。そなたにはここではっきりと告げておこう」
そう切り出して由良は告げる。
「妾は悠樹を愛しておる。一人の女としてな」
「……え?」
いきなりの告白に翔子は目を丸くした。
一方、由良は姿勢を正し、翔子の瞳を真っ直ぐと見据えて、
「悠樹には妾のすべてを捧げるつもりじゃ。妾が子を産むとしたら、それは悠樹の子以外には考えられぬ」
「え、あ……」
思わず翔子は声を詰まらせた。耳が微かに赤らみ始める。
ただ、宣言する由良の方も耳が赤かった。頬にも赤みが差している。
由良はややジト目になって翔子を見やり、
「……そなたはどうなのじゃ? どこまで覚悟しておる?」
「か、覚悟……」
いきなりの問いかけに翔子は激しく動揺した。
思わず視線を逸らして、
「わ、私は、そこまでは、まだ考えたことがありません……」
そう返すが、すぐに、
「……~~~」
無言のまま唇に指を添えた。瑠璃色の瞳は潤み、白い肌は朱に染まる。
「……分かりやすいぐらいの反応じゃのう」
由良は小さく嘆息した。
「そなた、ぶっちゃけ、今は悠樹に最優秀者になって欲しいと思っとらんか?」
「ッ! ~~~~っっ」
そんなことを指摘され、翔子は両膝に手を置いて深く俯いてしまった。
頭から湯気が出てしまいそうなほどに赤面している。内心は一目瞭然だった。
由良は再びジト目を翔子に向けつつ、
「まあ、それはそれで妾たちにとって都合は良いが、今は本題に戻すぞ」
淡々とした声でそう告げた。ただ、同時に由良はずっとパタパタと手で顔を仰いでいた。その顔はかなり赤い。由良にとってもこの宣言は相当に恥ずかしかったのだ。
しかし、大前提として伝えるべきだと思ったのである。
――同じ男を愛する女としてだ。
「石神沙夜じゃが、悠樹から聞いた話を客観的に鑑みると、こやつな」
一呼吸入れて、由良は告げる。
「悠樹の幼馴染であり、どうも『許嫁』でもあったようなのじゃ」
◆
……いつからだろうか。
心の中に空洞を感じるようになったのは。
リムジンの後部座席。窓の外を見やりつつ、沙夜はふと振り返る。
あれは突然のことだった。
確か二年半ほど前だったと思う。いきなり異様な不安を抱いたのだ。
どうしようもない悪寒。強い恐怖を感じた。
何かをしていた訳ではない。
ただ、自室でプレゼントを検索していただけだった。
(プレゼント? 誰に?)
沙夜は無表情のまま疑問を抱く。
自分がプレゼントを贈る相手など思い当たらない。
なのに一体何のために、誰のためにプレゼントを検索していたのか。
(分からない。どうして?)
景色に視線を向けたまま、沙夜は自分の髪のひと房を握りしめた。
この髪もそうだ。かつては輝くような銀色だった。
石神家に伝わる異相の一つ。《星銀の髪》と呼ばれている異相だ。しかし、二年半前を境に灰色のように変わってしまった。
周囲は何事かと心配したが、色の変化以外には異常もなく、恐らく体の成長と共に変化したのだろうと結論付けられた。
けれど、沙夜は、この変化は心の影響ではないかと感じていた。
何故なら、その時から心に空洞を感じるようになったからだ。
(そう。あの日、きっと私は何かを失った。とても大切な何かを)
けれど、それが思い出せない。
ただ、ぽっかりと。
大きな空洞が空いた心で、あの日から沙夜は生きていた。
その空洞を埋めれるモノを探しながら。
「………」
沙夜はずっと無言だ。景色だけが流れていく。と、
「姫さま」
リムジンを運転する仙石が声を掛けてきた。
「もうじき新城学園に到着いたします」
「……そう」
沙夜は淡々と答えた。
今日は編入日ではない。それは三日後の予定だ。今日は金曜の放課後だった。
沙夜は祖父の勧めもあって新城学園の下見に訪れていた。編入前に現生徒会長である御門家の次期当主と顔を合わせておけとも言われた。
ただ、祖父は学園の事務の方はともかく、御門家の次期当主の方には、アポイントメントを取ってはいないそうだ。『サプライズだ』などと祖父は嘯いていたが、突然顔合わせをさせて相手の反応を窺えといったところだろう。
(神槍の奪取。それが私の役目)
編入前から戦いは始まっているということだ。
沙夜は微かに瞳を細めた。
(御門翔子)
今の六大家において自分と双璧を成すと呼ばれている少女だ。鷹宮家の直系の力も借りたそうだが、三王位の妖鬼さえも討伐したと聞く。その実力は確かなのだろう。
(あなたなら私の空洞を埋められる?)
沙夜は瞳を閉じる。そして、
「止めて」
「――は」
沙夜に命じられて、仙石はリムジンを止めた。
そこは新城学園へと続く、左右が森に覆われた石畳の道だ。
「ここからは歩いていく。連絡したら迎えに来て」
「――は。承知いたしました」
リムジンのドアが自動で開かれて、沙夜は降りる。
彼女はすでに新城学園の制服を着ていた。少なくとも怪しまれることはない。
「では、私これで」
「……ん。ありがとう。仙石」
沙夜は仙石に礼を述べると歩き出した。
その後ろで、リムジンがUターンして去っていく。
「………」
沙夜は無言で歩く。少しだけ期待もしていた。
御門家の《瑠璃光姫》。彼女ならあるいは――。
そう考えていた時だった。
「……え?」
思わず足を止めた。
彼女の行く先。そこに半透明の大きな虎がいたからだ。
(……動物霊?)
沙夜は微かに眉をひそめた。
鬼狩りは優れた霊感を持つ霊能者でもある。この世に霊が実在することは知っている。霊獣と契約して戦うのだから当然だ。
しかし、鬼狩りの間では、霊とは不可視のエネルギー体であるというのが定説だった。霊能者ならば存在を感じることは出来るが、霊体を視るには特殊な術や儀式が必要になるのだ。写真や映像に映り込むような例外もあるが、それは運に左右される現象だった。
だというのに、こんなはっきりと視えるとは――。
流石に沙夜が困惑していると、大虎はおもむろに歩き始めた。一度、沙夜を見やり、それからのそりのそりと森の奥へと去っていく。
沙夜は淡々とした眼差しで、半透明の大虎が消えた森の奥を見つめた。
誘っているのだろうか。少しだけ興味が湧いてきた。
「………ん」
そして彼女は小さく呟き、森の奥へと足を踏み出すのであった。




