第一章 彼女たちの想い②
――私立新城学園。
そこは、若き鬼狩りを育成するために創設された機関である。
鬼狩り、そして妖鬼は古からの存在ではあるが、教育には最新の技術も取り込み、卒業時には一流の鬼狩りとして送り出すのが、この学園の至上目的だった。
(だというのに、このようなことになってしまうなんて)
その時、少女は眉をひそめた。
年齢は十五歳。流れるような長く美しい黒髪に、整った鼻梁を持ち、スレンダーな肢体には新城学園の制服を着ている。その胸元には2組の組章をつけていた。
――御門翔子。
六大家・御門家の次期当主であり、この学園の生徒会長でもある生徒だ。
(妖鬼の潜入を許し、みすみす生徒を死なせてしまいました)
一人だけの生徒会室。
会長席にポツンと座った翔子は、瑠璃色の瞳をゆっくりと閉じた。
(……修司さん)
こんな自分を好きだと言ってくれた少年。
彼は確かに罪を犯した。
けれど、それを後悔して反省し、償う覚悟をしていた少年だった。
本当に真面目で誠実な少年だったのだと思う。
(二度と、このようなことは起こしてはいけません)
彼はもうどこにもいない。
翔子は瞳を開いた。理事会からの報告では今度、裏口に関しては厳しく取り締まるという話だった。当然のことだと思う。せめてそうでなければ彼の死が報われない。
(ですが、その代わりに特待生制度の導入ですか)
理事会からは、その件も伝えられていた。
卒業特典に関しては入学時期によって不公正さがあると翔子も思っていた。
特待生制度はそれを改善するためのモノであるというのも納得できる。
しかし、まさか一期生から強引に導入してくるとは想定外だった。
しかもすでに編入試験も終了しているそうだ。
結果、特待生は四名に決まり、彼らの資料は先ほどメールで送信されてきた。
翔子はノートPCを操作し、その資料を開く。四人の編入願書と成績表だ。
三人が十七歳。六大家ほどではないが、かなりの名家の出身者たちだった。百名を超えたという編入試験を突破しただけあって申し分ない成績である。
けれど、翔子が気になるのは四人目だった。
驚くことにその人物は十四歳だった。最年少でありながら、他の追随を許さないほどの成績で編入試験を突破したのである。
だが、それも当然なのかもしれない。
何故なら、その人物――彼女は六大家の直系なのだから。
(……石神沙夜)
翔子は微かに眉根を寄せる。
資料にある少女は無表情であり、無造作に灰色の髪を伸ばしていた。
彼女は有名な少女だった。
――当代の六大家に二姫あり。
鬼狩りの世界ではそんな言葉があるそうだ。
正直、自分としてはかなり恥ずかしく思うのだが、一人は翔子のことだった。
そしてもう一人こそが彼女だった。
石神家の《砂塵姫》。それが彼女の二つ名だった。
美貌のみならず、才能においても至宝であると評される二姫である。
と、そこである可能性を思いつく。
(いいえ。もしかしたら本当なら……)
翔子は少し視線を伏せた。
本当は『二姫』でなく、『三姫』だったのかもしれない。
思い浮かべるのは、紫水晶の瞳と、雪のごとき髪を持つ少女のことだ。
――鳳由良。
本来、彼女は神宮寺家の直系であると聞いていた。
彼女の実力はこの目で確認している。
あの実力ならば、むしろ二つ名がついていない方がおかしい。
(いつか聞いてみるものいいかもしれません。ただ、こちらの彼女の方は……)
翔子は、PCの資料の方に視線と意識を戻した。
石神家の直系。石神沙夜。恐らく彼女は――。
(悠樹さんの契約霊獣となった、『石神大和』さんの妹……)
唇を強く噛む。
親友を救うために禁忌に挑み、成し遂げたという少年だと聞いている。
(……悠樹さんの親友だった人……)
翔子は瞳を細めた。
――四遠悠樹。
翔子のクラスメイトである少年だ。
しかし、それだけではない。
彼は翔子の初めての友人だった。
彼は翔子の命の恩人だった。
彼は翔子が初めて恋をした人でもあった。
そして、
(彼は《魔皇》と呼ばれる異例の鬼狩りだった……)
強く胸元を握る。
彼は亡き親友の魂を纏い、人を超えた竜人と化す鬼狩りだった。
悠樹と由良が抱える問題。その過酷の運命は、すべてではないが教えてもらった。
どうして彼らが《七天祭器》を求めているのかも。
正直、今でも信じがたい話ではあるが……。
(けれど、悠樹さんたちの言葉に嘘があるとも思えません。何より、悠樹さんはもちろん、鳳さんも私の恩人です。だからこそ)
翔子は小さく嘆息した。
彼らに関する報告だけはあえてしなかった。悠樹たちの証言をそのまま理事会に報告するには何一つ物証がないからだ。
(……《七天祭器》は人の命を強制的に生贄にする恐ろしい神器。何の物証もなくそんなことを言いだせば、悠樹さんたちは危険人物として捕らえられかねません)
現状、こればかりは秘匿にするしかなかった。
悠樹たちもそのリスクはよく理解している。それでも二人が事情を話してくれたのは翔子のことを信じてくれたからだ。その信頼には応えたい。
(お爺さまには申し訳ありませんが、その件はしばらく様子見です。しかし、その件で気になるのは石神さんですね。彼女の記憶はどうなのでしょうか?)
翔子は、PCのモニターに映る石神沙夜の顔を見やる。
編入願書の写真だ。無表情なのは当たり前だが、これでは人物像も分からない。
同じ六大家ではあるが、翔子と沙夜に面識はなかった。
(悠樹さんたちのお話では、生贄にされた者はこれまでの記憶も記録もこの世界から完全に抹消されてしまうとのことでした。確かに『石神大和』も『都築悠樹』も『神宮寺由良』も存在していませんでした)
なお、調べたところ、石神家には二カ月前に『長男』が生まれたそうだ。正妻の子ではないそうだが、初の男児ということで石神家は大いに賑わったと聞く。
完全に『石神大和』は存在していない扱いだった。
親でさえその状況だ。石神沙夜も兄のことを忘れている可能性は高い。残念ながら、彼女から何かしらの情報を得るのは期待できないかもしれない。
ただ、他にも気になる点はある。
そもそも彼女は悠樹とどういった関係だったのだろうか?
悠樹からは、特に沙夜の話は聞いていなかった。
(親友の妹です。まして本家と分家筋の関係ならば、悠樹さんとも交流があったとしてもおかしくはありません。もしかしたら彼女も幼馴染なのかもしれません)
そう考えると少しだけ嫉妬も抱くが、それ以上に悠樹のことが心配になる。
仮にそこまで親しかった場合、そんな彼女にまるで他人のような顔をされれば、悠樹はきっと大きなショックを受けることになるはずだ。
(やはり、悠樹さんには事前に彼女の編入を伝えるべきでしょうか?)
しかし、この事案はまだ機密事項なのだ。当然、漏らしてはいけない。
とはいえ、悠樹の場合は事情が事情だった。伝えてあげたいとも思ってしまう。
(これはどうすべきなのでしょうか……)
美麗な眉をひそめて、一人、頭を悩ませる真面目な翔子だった。




