第一章 彼女たちの想い①
古より、この国には人喰い鬼が実在していた。
始祖は醜悪なる一匹の蛇。その子である『妖鬼』と名乗る鬼どもだ。
その性は狡猾にして邪悪。男は嬲り、女は犯す。戯れに孕ませて子を増やす。人の姿に擬態して人間社会に潜み、闇の中で人を喰らう最悪の怪異だった。
だが、それに対峙するため、『鬼狩り』と呼ばれる者たちもいた。動物霊から昇華した霊獣と契約し、獣殻と呼ばれる霊的武装で妖鬼を狩る者たちだ。
彼らもまた、古の時代から存在していた――。
……ブロロロッ!
その時、爆音が轟いた。
廃墟のような地下駐車場に入っていくバイクの音だ。全部で五台続いた。
その様子を少し離れたビルの屋上から確認する者たちがいた。
全員で五人だ。男性が四人。女性が一人だった。
男性たちは青年に近い年齢であり、大学生のような私服なのだが、女性だけは少し年下のようだ。少女とも呼べる。彼女だけはとある進学校の制服を着ていた。
「これで全部なの?」
「ああ」少女の問いかけに、男性が頷く。
「全部で五体。それが奴らの群れのようだ」
スマホを取り出して言葉を続ける。
「古臭い暴走族だ。だが、奴らと接触したことによって、家出中の少女や少年が何人も行方不明になっている。まだ誰も見つかっていない」
「……そう」
少女は不快そうに眉をしかめた。
「害獣のくせに。調子に乗ってくれるわ」
「どうする? 数は互角のようだが……」
「もちろん狩るわよ」
少女は即答する。それから自身もスマホを取り出し、
「あいつらは過去の遺物よ。擬態さえしていれば大昔と同じように今も社会に潜めると思い込んでいる老いた害獣よ」
そこで侮蔑の笑みを見せる。
「今の時代。派手に動けば隠しきれるはずもないのにね」
「けど数は多いぞ。どうする?」
男性の一人がそう尋ねると、少女は「大丈夫よ」と笑った。
「奇襲をかければいいわ。こないだも六体相手に楽勝だったじゃない」
「おう。そうだぜ」一番少女に年齢が近そうな男性が言った。
「五人もいるんだ。何よりお嬢がいれば大丈夫さ」
「そうね。悪いけど、あなたたちは保険よ」
少女は苦笑を浮かべた。
「じゃないと、老人たちがうるさいからね。ほら、例の噂の学園。うちの父親なんて今からでも入学しろってうるさいのよ」
「ああ。いきなり妖鬼に潜入された学園だな。なんとも間抜けな話だ」
男性の一人が腕を組んで皮肉気に笑った。
「これからは情報収集力と分析の時代よ。実力不足とか偉そうに言う前に、もっとSNSでも活用しろって話よ」
生来が勝気なのか、少女はそう言い放った。
続けて右腕を真っ直ぐ伸ばした。すると、銀色の布が現れ、彼女の腕に絡みついた。それは肩まで覆う甲冑と成った。その手には細剣が握られている。
この腕を覆う甲冑と武具こそが獣殻。少女が鬼狩りである証だった。
他の四人も獣殻を纏う。武具はそれぞれ違うが、甲冑は籠手だけを装着していた。
甲冑が覆う範囲は霊獣の格を示す。彼らが少女の契約霊獣ほど強い霊獣とは契約していないということだ。
「さて」
少女は微笑む。これで準部は万端だ。
「今夜も害獣駆除よ。正義を執行しましょう」
そう宣言して、少女たちはビルの屋上から跳び立った。
そうして深夜。
――コツコツコツ。
足音が地下駐車場に響く。
時折ライトが点滅するその場所を、一人の少女が歩いていた。
年の頃は十四歳ぐらいか。驚くほどに美麗な顔立ちの少女である。
ただ、その顔立ち以上に目立つのは、顔を横切るほどに無造作に伸ばした長い髪だった。膝にも届く長さである。髪質は絹糸のごとく繊細であるが、その色はくすんだ銀色……まるで灰色だった。淡々とした瞳も少し灰色がかっている。身長は百五十センチほど。身に着けるのは黒いセーラー服だ。華奢な体格のため、妖精のような儚さを持つ少女である。
しかし、そんな彼女は今、その小さな体に武装をしていた。
灰色の東洋具足を両足に装着しているのだ。部位を腕以外に指定した獣殻である。部分顕現と呼ばれる技術だ。さらに両手にはそれぞれ手斧を握りしめていた。
「…………」
無表情の少女は言葉もなく歩き続ける。
ややあって、奥の方から話声が聞こえてきた。
少女は声の方へと進んでいく。と、声の発する場所にはすぐに辿り着いた。
ゲラゲラと下卑た笑い声が耳につく。
そこには六人の人間の姿があった。傍には五台のバイクが停車してある。無造作に捨てられた廃材の鉄柱もあり、それを椅子替わりにして集まって彼らは談笑していた。四人が立ち、二人が座っている。男性が五人。女性が一人だ。
だが、談笑しているのは男だけだった。女性はぐったりとしていた。まだ少女だろうか。どこかの学校の制服らしき服は無残に引き裂かれていて、ほぼ全裸だ。虚ろな顔には涙が零れていた。一方、男たちは全員が半裸であり、廃材に座る男が少女を抱きかかえていた。
何があったのかは一目瞭然だ。不快な光景だった。
しかし、灰色の髪の少女は、捕らえられた彼女を助けようとは思わなかった。
何故ならすでに手遅れだったからだ。彼女の体は何割かが喰い千切られていた。傷の深さ、出血量からしても、彼女が絶命していることは間違いなかった。
よく見れば、男たちの足元には元は人間らしき肉片が散らばっていた。男の一人など人間の腕を持ち、軽食のように噛り付いていた。
「お! 女か」
少女の死体を抱えた男が、新たに現れた少女に気付いて言う。
「まあ、女というより、こいつもまだ少女だな。なんにせよ今日は大漁だ」
別の男が、ゲラゲラ笑ってそう告げる。
「お前らってホントに馬鹿だよな。少しは罠かもしんねえとか考えねえの?」
言って、人間の腕に噛り付いていた男が口の端が裂けるほどの大口を開けて、その腕を丸呑みした。ゴリゴリと咀嚼する。そしてゴクンと喉を鳴らしてから、
「こいつらも新人だったみたいだな。SNSで俺らの正体を暴いて意気揚々とやって来たよ。五人仲良くさ。まあ、数を揃えるところまではいいんだが」
そこで男は指を鳴らした。
すると駐車場の柱の影からぞろぞろと人が現れる。十数人はいるようだ。
男はニタリと嗤った。
「俺らの方がさらに数を揃えているとは思わねえの?」
「…………」
少女は未だ無言だった。
そうこうしている内に、人の皮を被った怪物――妖鬼どもに取り囲まれた。
「……ふむふむ」
少女の死体を抱えている男が、灰色の髪の少女をまじまじと観察した。
「顔は申し分ねえが、肉つきの方はそこそこってとこか。今日はもう女はいいや。お前らにくれてやるよ。犯すも喰らうも好きにしな」
そう告げた。
「おお!」「マジっすか!」「やり!」
そんな歓喜の声が上がる。どうやら廃材の場所にいる五体がこの群れのリーダー格であり、恐らくは上位個体。そして周囲にいる連中が下位個体のようだ。
ジリジリと少女へと間合いを詰めてくる。
それに対して、少女は、
「……私が欲しいの?」
怪物どもを一瞥して尋ねた。
「おう。そりゃそうさ」
すでに顔の半分が鬼と成って本性を現している男が答えた。
「鬼狩りの女は抱いてよし。喰ってよしだ。人間は男も美味いが、女は別格だしな」
「……そう」
無表情の少女は微かに双眸を細めた。そして、
「なら、あげてもいい」
「……あン?」
訝しむ鬼擬きの男。幹部である妖鬼たちも怪訝に眉をひそめた。
「私の空洞をあなたたちが埋めてくれるのなら、私のすべてをあげてもいい」
「……へえ」
死体を抱えて座る妖鬼が興味深そうに呟いた。
「おかしなことを言うじゃねえか。お嬢ちゃんよ。つうか一人で来るとは自殺志願者か? それとも根拠もねえ自信家か? まあ、いずれにせよ」
裂けた口で、妖鬼はニタリと嗤った。
「楽に死ねると思うなよ」
そうして――……。
五分後。
ゴフっと、その妖鬼は大量に吐血した。
二メートルの巨躯と、額に宝角を持つ一本角の妖鬼だ。
『な、何なんだ、お前は……?』
ズズズズッと胴体がゆっくりと斜めにずれていく。妖鬼の背後にある駐車場の石柱には、斬り裂くような巨大な亀裂が奔っていた。
そして数メートル先には右の手斧を振り抜いた少女の姿があった。
『……化け物め……』
そう吐き捨てて、妖鬼の上半身は地に落ちた。そのまま土塊と化していく。
第三階位級であった妖鬼をたった一撃で両断した少女は、無感情の眼差しで宝角だけが残った土塊を見つめていた。
これが最後の一体だった。周囲には十数の土塊と宝角が散らばっていた。
その場は実に荒々しく変化していた。
無数の足跡が刻まれたコンクリートの床や壁。巨大な亀裂はあちらこちらにある。まるで暴風が荒れ狂ったような後である。今もうっすらと砂塵が舞っていた。
妖鬼を殲滅した少女は、砂塵な中で静かに佇んでいた。
すると、
「お見事です。姫さま」
黒い紳士服姿の青年が現れた。
年齢は二十五歳ほどか。佇まいから彼も鬼狩りであることが分かる。
「この程度の妖鬼どもなど姫さまの相手にもなりませんな」
青年がそう告げると、
「……ほとんどが第一階位。一番上でも第三階位程度だった」
少女は無表情のままそう返した。
「全然足りない。私の空洞を埋めるには」
「……姫さま」青年は眉をひそめる。
「戦う前にもそう仰られていましたが、あのようなご自身を軽んじるような言動はどうかおやめください。御身は尊き御方なのですから」
「……どうでもいい。壊した場所の復元はお願い」
そう言って、少女は歩き出す。が、不意に振り返り、
「仙石」
「――は」
仙石と呼ばれた青年が頭を垂れる。
少女は土塊に混じる犠牲者の遺体を一瞥して彼に命じた。
「彼女たちの遺体を回収してあげて。身元が分かるのなら家に帰してあげて」
「――は。承知いたしました」
青年は恭しく応じる。
少女は獣殻をほどき、そのまま去ろうとするが、
「姫さま。一つご連絡が」
青年に呼び止められた。彼女が視線を向けると、「なに?」と尋ねた。
「実はご当主さまからご下命があります」
「……お爺さまから?」
少女は初めて表情を曇らせた。
「……話はなに?」
「――は。実は……」
青年は語り出す。それを聞いて少女は「そう」と返した。
「分かった。引き受ける」
「よろしいのですか? 姫さま」
青年がそう尋ねると、少女は「構わない」と答え、
「ただの前倒し。それに少し興味もある」
彼女は再び歩き出した。
そして、
「もしかしたら、そこに私の空洞を埋めてくれるモノがあるかもしれない」
ポツリとそう呟くのであった。




