プロローグ 五家会議
その日。一つの会議が行われていた。
場所は高級料亭の一室。広い和室であり、貸し切りの部屋だ。
そこにいたのは五名の人間だった。
その内、四人が六十から七十代。そして一人が五十代である。五十代の男性のみ紳士服を着ているが、彼以外は全員が和装だった。
彼らは三対二というような形で向かい合って座っている。全員が対等という意味で、あえて上座には誰も座っていなかった。
それぞれの前には御膳が置かれているが、誰も手を付けていない。
すでに十分近く、沈黙だけが続いていた。
そうして、
「やれやれじゃな」
老人の一人が初めて箸に手を付け、口を開いた。
五人の中でも最も小柄な老人だった。この中で最高齢でもある。
しかし、老人と侮れば即座に首を切り落とされそうな鋭い眼光を放っていた。
名を石神喜寿郎といった。
「よもや虎の子の学園に妖鬼の潜入を許すとはの」
そう呟いて、切り身の一つを口に運び、咀嚼する。
「神宮寺。おんしのせいではないか? 裏口をあえて緩めおったな。おかげで蛇の侵入を許したのではないか?」
「それは否定できんな」
そう返すのも老人だ。ただ彼はまだ六十代と若い。瘦せすぎている印象だが、眼光には覇気があった。名を神宮寺景文という。
「あれは倅がやったことだ。あえて歴戦の鬼狩りを呼び込むためにな。互いの世代にとって良き刺激になるという考えもあってのことのようだ」
「確かに現役の世代にとっても刺激にはなることでしょう。新たな世代たちを見守ることにも繋がるかもしれません。ですが、それはやはり本筋ではないと思います」
そう告げるのは六十代前半の女性だった。凛とした姿勢で正座をしている。
蒼月院綾女。それが彼女の名前だった。
「大前提として、あの学園は若手の育成機関なのですよ。完成された者を入れたため、妖鬼にまで侵入の隙を許すなど本来あってはならぬことです」
淡々とした声でそう告げる。と、
「やめんか。お前たち」
最後の老人が口を開いた。大柄かつ屈強な体躯を持つ老人――御門兵馬だ。
兵馬は、唯一まだ無言であった五十代の男性に目をやった。
「まずは感謝申し上げる。鷹宮殿」
そう言って、兵馬は両手を膝に頭を垂れた。
「三王位と遭遇してなお、孫娘が助かったのはご子息のおかげだ」
「……いえ」
五十代の男性――鷹宮真人はかぶりを振った。
「そもそも、その三王位につけこまれたのは愚息です。愚かな、本当に愚かな息子でした。才もないというのに、愚直に努力だけを続けて……」
静かに真人は拳を固める。
「それでも愛しき我が子だった。このような形で失うなど思ってもいなかった」
「……辛いものですわね」
綾女が視線を伏せて言う。
「いつの時代も若人の死は。ましてや親より先に死ぬなど。この上ない苦痛です」
「確かにな。だが、それを防ぐための新城学園だろう」
景文が袖に腕を通して告げる。
「これ以上、若人を死なせぬための学園だ。ゆえに我々もこうして動いたのだ」
「まあ、雅堂の奴だけは変わらんがな」
言って、喜寿郎が皮肉気な笑みを見せた。
「『愚者も弱者も知らぬ。勝手にすればよい』か。本当に変わらん奴よな」
「あやつのことはいいだろう」兵馬が嘆息して言う。
「それよりも理事会としては今後、裏口は断じて認めぬ。素性調査も改めて徹底しよう。二度と同じ轍は踏まん」
「……はい」「異存はない」「承諾いたしましょう」
真人、景文、綾女が承諾する。新城学園の理事たちの承諾だった。
しかし、一人だけ承諾しない。石神喜寿郎だ。
「……石神? お前は反対なのか?」
兵馬がそう尋ねると、喜寿郎は「……いや」とあごに手をやり、
「反対ではない。ただ、実はその件でおんしたちに提案があってのう」
「……何をです? 石神老」
真人がやや鋭い眼差しで喜寿郎を見据えて問う。裏口入学を黙認していたため、愛息を失ったのだ。彼としてはこの案件の対策は満場一致で迎えたい心情だった。
「そう睨むな。鷹宮」
一方、喜寿郎は苦笑を零した。
「己とて今回の件を知ってなお、裏口入学など推奨せんわ。しかし、あの学園の一期生には二期生以降にない特権があるだろう?」
そう呟きつつ、兵馬へと視線を向けた。
「のう、御門よ。随分と奮発したものだな」
「儂は筆頭理事だからな」兵馬は淡々とした声で返した。
「身も切ろう。その件は孫娘も承諾しておる。ただし、破格ではあるが、孫娘にしろ、あれにしろ、みすみすくれてやるつもりなどないぞ」
「…………」
その言葉を傍らで耳にし、真人は双眸を細めた。これもまた複雑な思いだった。この件があったからこそ、唯一年齢的に適合していた三男を学園に送り出したのだ。
その奪取を命じてだ。
(……許せ。修司)
結果、愛息を失うことになったのだから穏やかではいられない。
ただ、真人のそんな胸中をよそに、
「しかし不公平ではないか? 一期生のみ特典とはのう。二期生はどうする?」
喜寿郎の言葉は続く。
「これでは来年、入学希望者が大幅に減ることが想定できるぞ」
「……石神殿。確かにそうではありますが」
そこで綾女が口を開いた。
「御門殿もまずは危機的だった一期生の数を確保するために行ったこと。それもリスクを背負ってまでです。何もしていない我々が何かを言うのはお門違いでは?」
「己も悪いとは思っておらん」
喜寿郎は「ふん」と鼻を鳴らした。
「流石に御門が一期生の特典にした破格のモノは用意できんが、今後は何かしらの特典を考えればよい。だが、卒業特典である以上、それは年ごとに変わることになろう。意図せぬ入学時期に当たる者も多くいよう。そこで提案なのだ」
「……何をだ? 石神」
兵馬が眉をひそめて問う。他の理事たちも喜寿郎に注目した。
「特待生制度の導入だ」喜寿郎は答えた。
「どうしてもその時期に入学したい者。十代であることを限定に特待生制度を導入する。一般試験よりも厳しく行い、突破した者のみ自らが望む時期に入学できるというものだ」
「……ほう」景文が興味深そうに双眸を細めた。
「なるほどな。運悪く時期がずれた者にも機会は与えるということか」
「然りじゃ」喜寿郎は頷いた。「どうじゃ? 悪くない提案だと思うが?」
その言葉に理事たちは互いの顔を見合わせた。確かに特待生制度を導入すれば、生まれるのが一年ずれたなどの不運や、不公正さは多少緩和されるだろう。
「……賛同する者は?」
筆頭理事の兵馬が問うと、兵馬自身も含めて全員が手を上げた。
喜寿郎は「くはは」と笑った。
「満場一致だな。しかし、己としてはもう一つ提案があるのだ」
「……何をだ?」
訝しむ兵馬に、喜寿郎はニヤリと笑みを向けて告げる。
「この制度は一期生より導入するつもりじゃ」
「なに!」
兵馬は目を見張った。他の理事たちも驚いた顔をしている。
一方、喜寿郎はくつくつと笑い、
「当然であろう。なにせ、今回は恐らく今後数十年はない最大の特典なのだからな。当然、己も乗るぞ。秘蔵っ子の投入じゃ」
兵馬を筆頭に、理事たちは唖然としてた。
そして、
「のう。御門よ」
喜寿郎はそんな兵馬を見やり、こう告げるのであった。
「若き世代の最強は、果たしておんしの直系か。それとも己の直系か。ここで試してみるのも一興ではあるまいか?」




