第八章 友達になれたかもしれない君へ①
『――ガアアアアアアアアアアアァアアアアアアア!』
銀色の怪物の怒りに満ちた絶叫が響く中、悠樹は身を低くして横に跳んだ。
数メートルの距離を飛翔し、着地した竜人の足がガリガリと地面を削る。
直後、無数の巨大な百足が通り過ぎ、悠樹の後方にあった木を穿つように喰い破った。木片が周囲に飛び散り、幹を無残に抉られた木が、ズズンと倒れ伏す。
『オイ! てめえ!』銀色の怪物は、紅い魔眼で竜人を睨みつける。
『いつまで逃げまわる気だ! 腰ぬけ野郎が!』
戦闘開始から、ずっと竜人は間合いを計ってばかりだった。
『オイ、クソガキ! ちったあ戦ったらどうなんだ!』
と、苛立ちを吐いた後、ザガは百足を触手のように操って倒れた木を拾い上げるなり、凄まじい勢いで竜人に向けて投げつけた。
巨木は、木の葉を撒き散らしながら竜人に迫り来る――。
『ああ、そうだな』
が、対する悠樹は一切動じず、裏拳の一薙ぎで巨木を横に弾き飛ばした。
巨木の木片が周囲に舞う。
続けて竜人は、ググッと右腕の筋肉を膨れ上がらせて、
『じゃあ、そろそろ僕も攻撃させてもらうよ』
そう呟くと、右足で地面を強く蹴り砕き、一気に間合いを詰めた。
そして真正面からザガの両肩を押し潰すように掴む。
膨れ上がる竜人の両腕。それに対し、ザガは皮肉気に笑った。
『はンッ、ようやくやる気になりやがったか』
そう言って、竜人の肩を両手で掴み取った。
――ギシギシギシ……。
人間を遥かに凌駕する巨躯を持つ怪物達は、真正面から力比べをした。
互いの圧力で軋み始める巨大な筋肉。一見すると互角に思える『力比べ』だ。
だが、それは長くは続かなかった。
ほんの少しずつ竜人の方が圧され始めてきたのだ。
『けッ、着ぐるみじゃあこんなもんかよ。筋トレでもして出直してこいや!』
余裕の笑みを見せて、ザガは竜人を押し潰そうとする。
やはり正真正銘の怪物。膂力の差は歴然だった。
竜人の膝が徐々に沈み込み、ザガはますます卑しい笑みを深めた――その時、
『――がッ!?』
不意に喉に衝撃を受け、ザガが無数の魔眼を見開いた。
『力比べ』の最中にわずかに見せた隙。その間隙を突かれ、いきなり竜人の爪に喉元を捕えられたのだ。そしてそのまま高々と頭上にまで持ち上げられる。
天に捧げられるように、ザガは全身をリフトアップされた。人間とは到底思えない荒技に、さしもの怪物も驚きを隠せなかった。
そして、ザガは勢いよく背中から固い地面へと叩きつけられる!
『ぐ、ぐおッ!?』
威力自体は大したことはない。だが勢いは激しく、まるで石切りのように何度も地面に打ちつけられながら、ザガの身体は弾んで跳んだ。地表が連続で粉砕される。
『クソ! 舐めた真似しやがって!』
ごろごろと転がってようやく勢いを殺した銀色の怪物はそう吐き捨て、すぐさま体勢を整え直そうと立ち上がった。
しかし、
――ズシンッ!
ザガの表情が大きく歪む。片膝を屈めていたザガの顔面に、砲撃のような『膝蹴り』を叩きつけられたのだ。
凄まじく重い。身体全体が持っていかれるほどの衝撃だ。ザガは両足で地面を削りながら踏ん張るが、それでも五メートル、十メートルと後ろに押しやられる。
『チイィ! くそがッ!』
止まらない衝撃に、ザガは苛立ちを吐く。
そこへ悠樹はなお追撃する。大地を陥没させるほど強く蹴りつけて一足飛びで怪物に追いつくと、強烈な『前蹴り』を再度ザガの顔面に食らわせたのである。
追い打ちの衝撃に、ザガの身体はさらに加速した――が、
『だああああァ! ウザッてえな!』
ザガの魔眼が妖しく光る。次いで両足が膨れ上がり、強引に衝撃を押さえこんだ。
地面から直線状に舞う土埃が上がった。
そして悠樹を忌々しげに睨みつけて、牙を剥きだしにする。
『ったく! ふざけた技ばっか使いやがって! 調子に乗んなやクソガキがッ!』
ザガはそう吐き捨てると、ボコボコと躍動する右腕を振り上げた。
『――ッ!』悠樹は大きく目を瞠った。
ザガの右腕にいきなり直径二メートルはある鉄球が握られていたのだ。
ザガの擬態能力で作られた鋭利な突起を持つ鈍器だった。よく見れば鉄球は太い鎖で掌と繋がっている。
そして、ザガは鉄球をブォンブォンと回転させ、
『おらよ!』
充分に加速させてから、気迫と共に鉄球を薙ぐように打ち出す!
轟音を奏でる横薙ぎの一閃を、悠樹は片膝を屈めてかわした。
だが、ザガの攻撃はそこで終わらない。
鉄球を振るった直後、無数の百足が吸い込まれるように鮫口の中へと消えた。続けてザガは鉄球を掴むと大きく跳躍し、空中で振り下ろす――。
『――くッ!』
迫り来る鉄球。悠樹は大きく後方へ跳んで回避したが、その代わりに鉄球は大地を打ち抜いた。大きな亀裂が放射状に走り抜け、地面が揺れて陥没した。
『オイてめえ! そそくさ逃げてんじゃねえよ!』
ズズンッと着地した後、鉄球を地面から引き戻して、ザガは舌打ちする。
一方、竜人は無言で重心を沈め、構え直した。表面上は平静を装う悠樹だったが、獣殻の下では冷たい汗を流していた。
予想はしていたが本当に馬鹿げた怪物だ。破壊力が全く違う。悠樹は足元まで届いた亀裂をちらりと見やり、悠樹は微かに息を呑む。
(……見ただけでゾッとする威力だな)
何があっても、直撃だけは避けたい一撃だ。
その上、恐ろしいまでの耐久力。第三階位程度ならば容易く粉砕する悠樹の攻撃も一切効いている様子がない。その色合い通り、鋼鉄を思わせる肉体だ。
(少し自惚れていたかな。これが第八階位か。確実に僕よりも強い)
呼気を整え、悠樹は間合いを計る。それからザガを睨みつけた。
悠樹は自分を弱者だと認めた。疑いようもなくザガは格上の敵だった。
しかし、それを承知の上で「けれど」と呟く。
(それでも負ける訳にはいかない)
竜人は拳を、ギシリと強く握りしめる。最初から退くつもりなどない。
(何としても、お前だけは殺してやるよ)
――そう。この決意だけは絶対に譲れなかった。




