第七章 銀色の悪魔①
――ぞわり。
いきなり感じた悪寒に、思わず由良は自分のうなじを右手で押さえた。
過去にもあった感覚――いや、ここまで強烈なのは初めてだった。
(なん、じゃと……)
由良は一瞬呆然とする。
「由良ッ! 危ないよ! 両手で僕の首を――」
不意に響く少年の声に、由良はハッと正気に返った。
「ゆ、悠樹ッ! それどころではないッ! どうして……ここは裏山とはいえ、新城学園の敷地内ぞ!? 何故こんなものを感じるッ!」
そう叫んで、真剣な眼差しで悠樹を見つめる由良。
相棒の少女のいつにない動揺ぶりに、悠樹は危険なものを感じた。
「……由良? 一体どうしたの?」
大地を強く蹴りつけながら、腕に抱く少女に尋ねる。
すると、由良は困惑した表情を浮かべて、
「……唐突に邪気を感じたのじゃ」
「……は?」
と呟く悠樹に、由良は緊張した声でさらに言葉を続ける。
「しかもこの邪気の強大さ。少なく見積もっても第七階位級の化け物ぞ……」
「―――なッ!?」
思わず一瞬だけ足を止め、悠樹は唖然とする。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 由良の感知能力って二キロメートル前後だったよね? それって学園内に上級妖鬼がいきなり現れたってこと!?」
そして由良の顔を見つめて問う。
新城学園は教師陣も含めれば、三百五十名以上もの鬼狩りを擁する機関だ。統率性こそまだないが、それでも単純な戦力としては六大家さえ凌ぐものになる。
そんな場所に上級といえども妖鬼が出現するなどはっきり言って自殺行為だ。
由良の言葉であっても流石に信じがたい内容であった。
「何かの間違いじゃないの? わざわざ学園内に妖鬼が現れるなんて……」
困惑した悠樹の声。しかし、その問いに対して由良は険しい面持ちでかぶりを振り、もっと信じがたい答えを返してきた。
「……違う。学園内ではない。いま向かっている場所辺りから感じたのじゃ」
「……………え?」
それは、完全に想定外の言葉だった。
血の気が一気に引いていく。もし、それが事実だとしたら――。
「な、なん、だよそれ。じゃあ……じゃあ、いま御門さんと鷹宮君はッ!」
「……恐らく第七階位級か、それ以上の妖鬼と対峙しておることになる」
と、神妙な声で告げ、由良は再び悠樹の首に両手をまわした。
――何故、こんなことになったのか。
それは分からない。だが、最悪の事態であることだけは明らかだ。
上級妖鬼など、たった二人で対処できる相手ではない。
焦りを抱きつつ、由良は悠樹に檄を飛ばす。
「――急げ、悠樹! もはや一刻の猶予もない!」
「くッ! 分かったッ!」
ギリと歯を軋ませ、悠樹はさらに加速した。
◆
――何だろう、これは……。
その時、鷹宮修司は、眼前の光景を呆然と眺めていた。
脳の処理が追いついていないと言った方が正しいかもしれない。
それは、彼にとって、何一つ理解できない状況だった。
突然、友人が奇声を上げたかと思えば、目の前でいきなりその口が耳元まで裂け、眼球は紅玉のように変貌し、頭のサイズに至っては自分の背丈よりも大きくなった。
異形へと変わってしまった友人は、嬉しそうに大口を開けていた。
その赤い口腔の中にあるのは、鮫の如き無数の鋭い牙……。
ガパリと大口はさらに大きく開かれる。嬌声のような不快な笑い声が響き渡った。
クカカカカッ!
クカカカカカカカカッ!
クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッカカカカカカカカカカカカカカカッ――……。
鷹宮修司は、ただ立ち尽くしていた。
彼は、もう何も考えることが出来なくなっていた。
そしてそんな無防備な少年に、赤く巨大な口腔は容赦なく迫り――。
生真面目だった。
努力家だった。
誠実な人柄だった。
何事にも不器用だった。
いつも悩んでばかりだった。
恋をしていた。
罪を犯した。
それを後悔した。
精一杯、贖罪するつもりだった。
そうやって、もう一度立ち直ろうと決意していた少年は――。
この世から、永遠に消えた。




