第六章 闇より忍び寄る邪悪⑤
翔子は大きく息を吐き、呼吸を整えた。
正直、先程までかなり動揺していたが、皮肉にも繰り返される剣戟音が翔子に冷静さを取り戻させてくれた。そして改めて戦況を分析する。
(……このままではまずいです)
冷静さを取り戻しても、剣士としての力量は鷹宮の方が上だ。
このまま剣の間合いで戦い続ければ、いずれは押し切られるだろう。
(そろそろ、槍に切り替えないと……)
翔子は眼前の敵を見据えた。
鷹宮修司。『雷』の大家・鷹宮家の三男。
まさか、彼が自分に想いを寄せていたなど考えたこともなかった。
本音を言えば、鷹宮のことは嫌いではない。その生真面目な性格もだ。
もし、もっと早く想いを告げられていたら、と思わなくもない。
しかし、申し訳なく思うが、鷹宮の想いに応えることは出来なかった。
何故なら、すでに翔子には想いを寄せる少年がいるからだ。
「……修司さん。ごめんなさい。あなたの想いには応えられません」
そう呟き、翔子は鷹宮の刀を強く弾いた。刀身ごと少年の右腕が大きく仰け反る。
その隙に翔子は後ろへ跳んだ。
牽制のために槍の穂先を鷹宮へ向けることも忘れない。
かつて痛い目にあった如意槍を警戒したのだろう。鷹宮は追撃を諦めて一旦立ち止まり、刀を正眼に構え直していた。
翔子は充分な間合いをとると、十字槍の柄を本来のサイズまで伸ばした。
そして両手で槍の柄を掴み、穂先を鷹宮へ向け身構える。
翔子の得意技――五連突きの構えだ。鷹宮の表情に緊張が走る。
「……これで終わりです。修司さん」
白銀の穂先を煌めかせ、彼女は静かにそう告げた。
揺るぎない打倒の意志。
それを感じ取り、鷹宮は鋭い眼差しで翔子の姿を見据えた。
(……悪いが、そうはいかないよ、翔子さん)
いよいよこの時がやって来た。
鷹宮とて、いつまでも刀の間合いで戦い続けられるとは思ってなどいなかった。
勝負は槍の間合いになった時だ。戦闘前からずっとそう考えていたのだ。
だからこそ、槍の対策は充分に練っていた。
そのための切り札も入手済みである。
(すでに準備は万端だ。――後は、翔子さんの五連突きを迎え撃つのみ!)
見つめ合う少年と少女。互いに一切微動だにせず、張り詰めた空気が場を包む。
強い、風が吹いた。
そして木々がざわつき、無数の木の葉が宙を舞った――その瞬間。
翔子の手元から、五条の閃光が解き放たれる!
一撃目! 槍の穂先を刀身で防いだ。
二撃目! 刀で槍の柄を横に払った。
三撃目! 上半身を捩じり槍の軌道をかわした。
四撃目! 右腕の籠手で刺突を受け止めた。
そうして最後の五撃目は――。
「ここだッ!」
――ギイイィィン……。
森の中に木霊する甲高い音に、翔子は愕然と目を見開いた。
「……う、そ……」
掠れた声が唇からもれる。彼女の渾身の五連突きはすべて鷹宮に防ぎきられてしまった。
そして今、十字槍の穂先は彼の手の中に捕らわれている。
――蒼い籠手を纏った鷹宮の左手の中に。
必殺と自負する技が敗れたこともあり、翔子は一瞬、茫然自失となっていた。
無論、そんな隙を鷹宮が見逃してくれるはずもなかった。
すうっと静かに動き出した刀の切っ先が、翔子の胸元に向けられる。
「…………え?」
翔子は困惑する。それは刺突と呼ぶにはあまりにも緩慢な動きだった。
だからこそ、すぐには危機感を抱くことが出来ず、翔子は対応を取れずにいた。
――そう。鷹宮のその言葉を聞くまで、彼女はただ呆然と立ち尽くしていたのだ。
「……《黄金魄》招来……」
厳かに発せられた鷹宮の呟き。翔子は反射的に息を呑んだ。
(――《黄金魄》ッ!? そんな、修司さんはまだ獲得してないはずでは……)
そこまで考えたところで翔子は絶句した。刀を水平に構える少年の全身を見たからだ。
獣殻が拡張されたのは左腕の籠手だけではない。右腕も肩まで完全に覆われていたのだ。これならば《黄金魄》を獲得していてもおかしくない。事実、彼の前には黄金の勾玉が現れた。それは鷹宮の胸板に埋め込まれて消えた。
自分が途轍もない危機に晒されていることをようやく悟り、翔子は槍を手放し大きく跳び退いた――が、すでに遅かった。
「――《雷渦宿刃》ッ!」
そして鷹宮は、渾身の《黄金魄》を繰り出した。
刀の切っ先を中心に半径八メートルほどの光のドームが形成される。鷹宮が不敵に笑い、翔子が焦りの表情を浮かべる中、それは遂に発動する!
――バリバリバリバリッッ!!
巨大な破裂音と共に、切っ先から生み出されたのは莫大な雷の嵐。四方に向け放たれた雷光は鷹宮のみを避けると、一瞬でドーム内を満たし荒れ狂った!
「~~~~~ッ!」
為す術なく雷渦に呑みこまれた翔子は、悲鳴さえも上げられなかった。
そして数秒後、ようやく雷の嵐は収まり、光のドームは痕跡も残さず消え去る。
黒く焼け焦げた大地に佇むのは二つの人影。
まったくの無傷である鷹宮と、紺色の制服に焦げ目をつけ、全身から白煙をたてる翔子の二人だ。彼女はぐらりと身体を傾けると、力なく地面に倒れ伏した……。
鷹宮は地に横たわって呻く少女へ向け、淡々と宣告する。
「……翔子さん。この勝負――僕の勝ちだよ」
(うおおおッ!)
その光景を前にして、男は大きく目を見開いた。
(――凄げえェ! あの坊や、《黄金魄》まで使いやがったぞ!)
流石に今の一撃は予想外だった。ここ数日間の監視で霊獣の格を上げていることまでは確認していたが、まさか、《黄金魄》さえも獲得していたとは……。
これが現代も優秀な鬼狩りを輩出する名家。六大家の血というものか。
思わず拍手でも送ってやりたい気分になったが、ここで自分の存在に気付かれるのは間抜けすぎるのでグッと堪える。ともあれ、これでまずは一人戦闘不能だ。
(クカカッ。坊ちゃん、念願の勝利おめでとさんよ)
と、心の中でそんな言葉を送りつつ。
(さて、ここまでは予定通りだが……しっかし、あの二人はまだ来ねえみてえだな)
ちらりと周辺を見渡してみるが、特に人の来る気配はない。
学園からこの屋外錬技場まではそこそこ距離がある。時間がかかっても仕方がないと言えば仕方がないのだが……。
(これは意外とまずいかもしんねえな)
眉根を寄せた男は、あごに手をやり考え込む。
(予定より進捗が早すぎるか。頼むぜ。どうにか間に合ってくれよな、お二人さん)




