第六章 闇より忍び寄る邪悪④
「……翔子さん。僕はね、鬼狩りとしては落ちこぼれの人間なんだよ」
互いの武具を重ねながら、鷹宮は淡々と語り始めた。
「……落ち、こばれ? 鷹宮家のあなたが、ですか?」
明らかに力で押される翔子は、苦悶の表情を浮かべつつも問い返す。
「ああ、そうだよ。なにせ、僕の霊感応は一般人レベルだからね」
「――――え」
ガンッと刃を弾いた翔子は、大きく跳んで間合いを取り直す。再び砂煙が舞う。どうにか戦況は立て直せたが、翔子の顔には困惑の色が浮かんでいた。
彼の言う霊感応とは、獣殻を顕現させる才能のことだ。
この才に優れた者は格の低い契約霊獣であっても高強度の獣殻を顕現させたり、武具の形状を自在に作り変えたりも出来る。《黄金魄》の獲得も、この霊感応の優劣で大きく左右されると言われていた。
剣のサイズの十字槍を正眼に構え、翔子は再度、鷹宮に問う。
「……鷹宮家の直系であるあなたが、一般人と同じレベルなのですか?」
「うん。霊力の量もだけど、もう笑えるぐらい貧相でね。僕の霊獣――山猫の霊獣・《雷牙》は二百年以上の年月を経ているというのに、契約者である僕の体たらくのせいで《黄金魄》の獲得はおろか、右腕を完全に覆うことも出来ないのが僕の現状だ」
言って、鷹宮は自分の右腕を見やる。その間、翔子は無言だった。少し嫌な想像をしてしまう。こういったケースの場合、大抵の者は……。
「はははっ、何となく君が今考えていることが予想できるよ」
そんな風に思われることに慣れているのか、鷹宮が苦笑を浮かべた。
「他家では知らないけど、僕は別に迫害なんかされてないよ。画家の家系だからといって必ずしも画才に恵まれる訳じゃない。霊感応もそうだ。だから、みんな優しかったよ。兄さんたちが二人とも《黄金魄》を獲得するほど優れた鬼狩りだったから、跡継ぎの問題もなかったし」
と、鷹宮は気楽な口調で語るのだが、その表情には、どこか陰りがあった。
翔子は十字槍の柄を握り直し、困惑と警戒が混在した面持ちで尋ねる。
「……どうして今、そんな話を……?」
すると、鷹宮は自嘲気味に笑い、
「今、僕がこの場所に立つ根源の話だからさ。翔子さん。気遣われるっていうのも、それはそれでキツイんだよ。そもそも僕自身が鬼狩りの道を諦めていなかったしね……」
鷹宮はそこで、無造作に刀を横に振るう。
少年の膂力が大気を弾き、わずかに風が流れた。刀身が陽光で煌めく。
「……僕は幼い頃から鬼狩りに憧れていたんだよ。この家業に誇りを持っていたんだ。たとえ才能がなくても簡単には諦められないよ」
自分の手に握りしめられた刀を見つめて、鷹宮は呟く。
「だから僕は努力したよ。霊感応がないのなら武芸でカバーしてみせる。そう思って毎日剣技を磨くことに明け暮れた。けれど身内には憐れむような目で見られるようになってね。流石に心が折れそうになっていたよ。けど、そんな時だったんだ。君に出会ったのは」
「――――え」
翔子は驚いた声を上げる。鷹宮はそんな少女に苦笑を浮かべ、
「五年前。鷹宮家の庭園で。僕が素振りをしていたら君がやって来たんだ」
少し記憶が曖昧ではあるが、その日のことは翔子も憶えていた。確か、御門家と鷹宮家で会合をした日だ。鷹宮家の当主に庭園を散策したらどうかと勧められたのだ。
――そこで、翔子と鷹宮は初めて出会った。
「あの時、君は僕の太刀筋を見て『凄い』って言ってくれたんだ」
そのことも憶えていた。
あの時、翔子は、技の錬磨に余念のない鷹宮を純粋な思いで賞賛した。
多くの鬼狩り――特に若い世代は武芸を軽視する傾向がある。獣殻を纏う者は超人じみた力を得るため、その万能感から技は粗くなり腕力に頼る者が多いのだ。
だからこそ、鷹宮の修練に感嘆を覚えたのである。
「……本当に嬉しかったよ」穏やかな表情で鷹宮は笑う。「ただ、努力を認めてもられることがこんなにも嬉しいものだとは思わなかったよ」
彼の言葉に、翔子は何も答えられない。
柔らかな風が吹く中、少年の言葉はさらに続く。
「それから僕は君の言葉を胸に刻んでさらに努力した。剣術だけじゃなく、戦術とかも勉強してね。おかげで目もかなり悪くなったけど」
と、そこで鷹宮は一度自分の眼鏡に触れてから、感慨深げに掛け直した。
「でも、その甲斐もあって、僕の努力は少しずつだけど成果を上げた。兄さんたちも時々稽古をつけてくれたし、十四の頃には父さんにも一人前だと認めてもらえたよ。だから、君には本当に感謝している」
言って、笑みを向ける鷹宮に、翔子はただ複雑な表情を見せた。
彼女は自分の言葉が、そこまで鷹宮に影響を与えていたなど知りもしなかった。
「………修司さん。私は……」
「ふふっ、何も言わなくていいよ。僕が勝手に思い込んで、勝手に君に感謝しているだけだから。だけど、そんな時、父からあの話を聞いたんだ」
翔子は眉根を寄せ、首を傾げた。
「……? 一体何の話を……?」
「……神槍 《カザトキバクラ》。そして君が副賞になった話だ」
「ッ!」翔子は息を呑む。
鷹宮は間合いを計りつつ話を続けた。
「鷹宮家は《七天祭器》を擁していない。父は僕に神槍奪取を命じたよ」
「……それは、ある意味当然ですよね」
この機会に他の六大家が動かない訳がない。想定の範囲内だ。
しかし、少しばかり気まずい気分にもなっていた。一家を除き、比較的友好な関係を築いていた六大家の間に、自分の家が争いの火種を持ちこんだような気がする。
そんなことを考え、困り顔を浮かべる翔子に、鷹宮は苦笑を零した。
「まあ、確かにそうだね。けど、実は僕にとって神槍はどうでもよかったんだよ」
「……え?」
「僕は君のことしか考えてなかった。君がこの理不尽な状況に嘆いていないか、それだけが心配だった。どうにかして助けてあげたい。そう思ったんだ」
一拍置いて、彼は言う。
「――僕は君を守りたかったんだ」
あまりにも直球な想いに、翔子は言葉もなかった。わずかに頬が赤くなる。
まさか、自分をそこまで心配してくれる人間がいたとは思いもよらなかった。
「……翔子さん。僕は……」
鷹宮は言葉を一旦置き、目の前の少女を静かに見据えた。
御門翔子。『槍』の大家・御門家の一人娘。
彼女のことが好きだった。ずっと、ずっと心の中で想い続けていた。
とても大切な少女だった。他の男に奪われるなど考えたくもないほどに。
だからこそ、鷹宮は覚悟を決めたのだ。もう手段は問わない。
結局、あの時の幻聴は自身の心の声だったのだ。
自分は翔子が欲しい。自分のものにしたいと思っている。
もう、自分の気持ちを隠すことも、抑えることも出来なかった。
鷹宮は刀の柄を強く握りしめる。
「――僕は、君のことが好きなんだ」
それはとても純粋で、この上なく真直ぐな告白。
翔子はただ呆然とするだけだ。
唇を動かし、何かを答えようとするが、まるで言葉が思いつかなかった。
正眼に構えていた十字槍を胸に抱き寄せ、ただ泣き出しそうな表情を浮かべる。
こんな経験は初めてで、どうしていいのか分からなかった。
しかし、哀れなほど動揺する少女を前にしても、鷹宮の意志はもう変わらない。
彼は刀の切っ先を翔子へ向け、確固たる決意だけを告げる。
「だからこそ、必ず君を――僕のものにするよ」
(……どうやら始まったばかりみてえだな)
木の影に身を隠しながら、その男は神妙な顔つきで目を細めた。
少しばかり出遅れてしまったが、どうにか間に合ったようだ。
ふうっと安堵の息をついた後、男は不敵に笑う。
中々いい出だしだ。
いずれもう一組もここに出揃う。後は勝手にやり合ってくれるだろう。
(そんで消耗しきったところで俺が登場か。くくく、ようやくご褒美タイムってか)
四人を始末することはすでに確定事項。重要なのはその後の『お楽しみ』だ。
そのために、今回の策を強行したと言っても過言ではない。
ニタニタと笑って男は応戦する翔子の姿を見やる。
今の泣き出しそうな表情も中々そそるものがあるが、何より、あの華奢で滑らかな脚のなんと美味そうなことか。きっとあの少女は良い声で泣くに違いない。その時を想像しただけで興奮してしまう。
そして鳳由良。あの女もまた極上の獲物だ。
身も蓋もない表現を使うのならば『骨までしゃぶり尽くしたい』と思う女たちだ。
(まあ、どうせ始末するんだ。こんぐらいの役得はあってもいいよな)
――さあ、いよいよだ。
この計画がすべて上手く行けば、今日こそあの二人を……。
(クカカッ、ま、そのためにも頑張ってくれよな、坊ちゃんよ)
鳴りやまない剣戟の中、唯一の観客である彼は密かにエールを送るのであった。




