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鬼狩り裏譚 叛天のサクリファイス【第2部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第1部

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第五章 蠢動⑤

「――――……」


 新城学園の屋上にて。

 由良は、愛しい少年を静かに見つめていた。

 悠樹の性格を、彼女は熟知していた。

 なにせ二年以上も一緒に暮らし、一緒に戦ってきたのだ。まだ一度も会ったことはないが、彼の幼馴染という女にも負けないほどに、この少年のことは理解している。


 何が好きで何が嫌いか。得意なことや苦手なこと。

 そして……その弱点(・・)も。


 由良は考える。やはりこの機会に訊いてみるべきかもしれない。


「……由良? どうかした?」


 何やら様子がおかしい少女に、悠樹は眉根を寄せた。すると彼女はわずかな間だけ悩むような表情を見せた後、姿勢を正し、悠樹と向かい合う形で正座する。

 ピンと背筋を伸ばした彼女の表情は、真剣なものだった。


「え、えっと、由良? 本当にどうしたの?」


「……悠樹。少し真剣な話をするぞ」


「え? あ、うん」


 彼女の迫力の前に自分も慌てて正座する悠樹。そして由良は一度、深く息を吐き、


「……妾たちにとって神槍は何よりも重要なもの。それは分かるな?」


「う、うん。だって、そのために入学したんだし」


「ならば問う。そなた、あの小娘――御門翔子のことをどう思っておる?」


 まさに直球すぎる問いかけに、悠樹は息を呑んだ。


「そ、それは……大切な友達だよ」


 少し躊躇いがちに告げる。が、これは悠樹の本心だ。そうとしか答えられない。

 すると、由良は険しい表情でさらに問う。


「……何故、友人になろうと思った」


「…………え」


 悠樹は軽く目を剥いた。


「あの小娘は神槍を手に入れる上で最大のライバルじゃ。いずれ確実に障害となる相手と、何故友人になった」


「―――ッ!」悠樹は息を呑んだ。


 それはとても厳しい言葉だった。

 だが、そう指摘されるのも当然だと理解していた。

 翔子の友人になることは、悠樹たちにとってデメリットにしかならないのだから。


「……別に友人を作るなとは言わん。なにせまだ三年もあるからな。今からピリピリしても仕方がないしの。しかし、妾はこう思うのじゃ」


 由良は真剣な眼差しで悠樹に尋ねる。


「そなた、たとえ試合であっても親しくなった少女に本気の刃を向けられるのか?」


「ッ! そ、それは……」


「力量に差があれば手加減も出来よう。しかし、あの小娘の力量は見たはずじゃ。あやつが相手では、そなたも本気で挑まねば勝ち目はない」


 その言葉に悠樹は何も言えなかった。由良の話はまさに正論であった。

 神槍奪取を第一に考えれば、悠樹は翔子に対して非情にならなければならない。


「……のう。悠樹よ」


 沈黙する少年に対し、由良はさらに言葉を投げかける。


「……翼の騎士どもは強い。今はどうにか対処できていても、いつ不覚をとってもおかしくないほどの敵じゃ。不死の奴らを完全に屠るには《七天祭器》を手に入れるしかない。それ以外、妾たちに生き延びる手段はないのじゃ」


「…………」


 悠樹の沈黙はさらに続く。それもまた正論だった。

 あの騎士たちの力はまさに脅威だ。確実に勝てるような相手ではない。

 これまで楽に勝てたことなど一度たりとてなかった。必ず二人で挑むことで、ギリギリの戦況の中で勝利をもぎ取って来たのだ。

 さらに奴らは変化しつつある。進化ともいうべきか。

 もしこのまま《七天祭器》を一つも入手できなければ、いずれは――。


「……悠樹。妾の望みは一つだけなのじゃ」


 由良は、美麗な眉を哀しげに歪めて悠樹を見つめた。

 数瞬の沈黙。


「……そなたと共に」


 そして由良は消え入りそうな声で告げた。


「ずっと生きていきたい。これからも、ずっと……」


 彼女が望むことは、それだけだった。

 ただそれだけを、心の中でずっと切望していた。

 由良はゆっくりと~紫水晶アメジストの瞳を閉じる。

 続けて強く下唇をかみしめ、前髪で視線を隠すように深く俯いた。

 悠樹は何も言えなかった。


 二人しかいない屋上に重い静寂が下りる。

 緩やかな風だけが吹き、由良の白い髪を揺らした。

 そうしてさらに十数秒が経ち、


「……由良」


 ようやく悠樹は、小さな声で彼女の名を呟いた。

 だが、そこから先の言葉が全く思いつかない。

 表情を隠して俯く由良に、かける言葉がなかった。今ここで「いざとなれば友人相手でも鬼になってみせる」と言ったところで何の説得力もないだろう。


 ――いや、そもそも言葉などではダメだ。

 彼女が抱く不安を払拭するためには、もっと雄弁な何か(・・)で自分の意志をはっきりと示さなければならない。

 そう思った時、悠樹の手は自然と動いていた。


「―――え?」


 由良が驚きの声を上げる。

 悠樹の右手は、由良の右頬に優しく触れていた。


「……ゆ、悠樹?」


 思わず瞳を開き、困惑した声で少年の名を呼ぶが、悠樹は答えない。

 由良は少しの間、くすぐったがるように身体を震わせていた。しかし、ややあって何かを覚悟したのか「……ん」と微かにあごを上げ、紫水晶(アメジスト)の瞳を再び閉じた。


「―――……」


 悠樹はそんな少女を静かに見つめる。鳥たちのさえずりだけが耳朶を打った。

 掌を通じて、彼女の体温と緊張が伝わってくる。

 そして沈黙の中、ゆっくりと、由良の唇へと顔を近付けていき――。




「……あれ? おかしいな? 四遠君いないや」




「――ッ!?」


 突然聞こえてきたその声に悠樹は跳び上がった。慌てて由良からズザザッと離れ、滝のような汗を流してひたすら動揺する。心臓がバクバクと鳴っていた。


 ――今、自分は何をしようとした……?


(ヤ、ヤバいッ! 今のは無茶くちゃヤバかった!)


 本当にギリギリだった。もしも、さっきの声がなかったら――。

 自分の行為に、悠樹はただただ愕然とした。

 ごくりと喉を鳴らして、思わずホッと安堵の息をつく悠樹に対し、由良の方は実に不機嫌そのものだった。……何とも間が悪い。あともう少しだったというのに。

 彼女は一度ジト目で悠樹を見据えてから、ぷいと背を向けた。


「まったく。何なのじゃ? さっきの声は」


 由良は昇降口用建物の淵まで進み、声がした屋上を覗き込んだ。悠樹も自分の名前を呼ばれたので恐る恐る彼女に近付き、同じく覗き込む。

 そこには、栗色の髪の小柄な少年――神楽崎太助がいた。


「……? えっと、彼って確か神楽崎君だっけ? 由良のクラスメイトの」


「うむ。さっきの声は神楽崎のようじゃな。まったくもう。これ、神楽崎!」


「――へ?」


 由良の呼びかけに、神楽崎は驚きつつも振り向いた。


「あっ、鳳さん。それと四遠君も。何だぁ、やっぱりいたんだね」


 安堵の表情を浮かべてそう呟く神楽崎。その様子からすると、どうやら自分たちに何か用があるようだ。悠樹と由良は屋上に降り立った。


「まったく。何の用じゃ。神楽崎」


 少しご機嫌斜めに見える由良の様子に、神楽崎は小首を傾げた。


「鳳さん? なんで怒ってるの?」


「……怒ってなどおらん。それより早く用件を言わんか」


 と、催促する由良の迫力に圧されつつ、神楽崎は答える。


「う、うん。実は四遠君の方に用があるんだ」


「え? 僕に?」


 そう尋ねる悠樹に、神楽崎はこくんと頷き、


「うん。この間の合同実技のこと。改めて四遠君にお礼を言っておこうと思ってさ」


「お礼って……僕、特に何かした覚えはないけど……」


 確かあの時、神楽崎とは会話さえほとんどしてなかったはずだ。

 悠樹が首を捻っていると、神楽崎は苦笑を浮かべて言う。


「いや、ボク自身じゃなくて、鷹宮君のことだよ」


「鷹宮君……?」


 神楽崎は真剣な面持ちで頷く。


「うん。四遠君。改めて言うよ。あの時、鷹宮君を止めてくれて本当にありがとう」


 と、感謝の言葉を述べてから、彼は小さく息を吐き、


「四遠君がいなかったら、御門さんが危なかったのは勿論、鷹宮君だって彼女を傷つけてしまったショックでどうなっていたことか……」


 そんな少年の言葉に、悠樹は気まずげな表情を浮かべて頬をかいた。

 神楽崎は鷹宮のことで頭を下げるが、正直、あの時の自分は鷹宮を『友人を傷つけようとする敵』として認識していた。微塵も鷹宮のことを考えていない。


 だというのに、鷹宮についてまで礼を言われては、どうにも居心地が悪かった。

 すると悠樹の心情を察したのか、由良が苦笑を浮かべて、


「まあ、結局何もなかったのじゃ。気にせんでもよかろう。しかし神楽崎よ。鷹宮の様子はどうなんじゃ? あれから話は出来たのかの?」


 と、神楽崎に問う。すると、栗色の髪の少年は眉をハの字にして肩を落とした。


「……ううん。実はボク、最近避けられていてさ。鷹宮君、休み時間になるとすぐどこかに行っちゃうから中々話をする機会もなくて今も探しているんだ」


「……そうか。それにしても、そなたは本当に面倒見がいいのう」


 言って、口元を少し綻ばせる由良。

 彼女の知る限り、この少年はクラス一のお人好しだった。よく色んな雑用を率先して引き受けている姿を見かけていた。基本面倒くさがりな由良は感心するばかりだ。


 が、それに対し、神楽崎は少し気まずげに表情を崩した。


「……いや、そうでもないんだよ。結局なところ、ボクって結構打算的なんだ。この学園には同年代の同業者が大勢いるからね。鷹宮君のことも最初の頃はあの鷹宮家の人間だから仲良くなろうと思ってたし……」


 そこで、少年は小さく嘆息する。


「……けどさ、鷹宮君って、なんて言うか不器用すぎてさ」


 どうしても放っておけない。それが彼の素直な気持ちであった。


「神楽崎……そなた」


 そう呟いて目を細める由良に対し、神楽崎は少々気恥ずかしそうに頭をかいた。


「あははっ、その、ごめん。ともかくさ、そういうことでボクは鷹宮君を探しに戻るよ。鷹宮君は四遠君と違って見つけにくいから」


「……? 見つけにくいって……」神楽崎の台詞に、悠樹が首を傾げた。


「それって、僕の方は見つけやすいってこと?」


「――え、あっ……」


 神楽崎は一瞬、「しまった」といった顔をしたが、すぐにポリポリと頬をかくと、


「う~ん。出来れば秘密にして欲しいんだけど……実はボク、異能持ちなんだ」


「えっ! そうなんだ!」 


 悠樹が大きく目を見開く。由良の方は「ほう」と感嘆をもらしていた。


「ふむ。と言うことは、あまり聞き憶えはないが、神楽崎家とは名家なのかの?」


「いやいや、名家なんかじゃないよ。代々細々と生き延びてきたような家系。今や没落寸前だけど、歴史的には大体三百年ぐらいかな?」


 神楽崎の返答に、由良はあごに手をやった。


「ほほう、三百年か。まあ、確かにそれぐらいの年月ならば異能者が生まれても不思議ではないな。して、神楽崎よ。そなたどのような異能を持っておるのじゃ?」


「あ、うん。まあ、そんな大層な異能でもないんだけど……。ボクの異能は『魂の匂い』が何となく分かることなんだ」


「『魂の匂い』……?」

 

 聞いたこともない単語に悠樹が首を捻る。博識な由良ならば知っているかもと思い、彼女の顔を見てみるが、由良も小首を傾げていた。

 二人揃って悩んでいると、神楽崎が説明を始めてくれた。


「はは、ごめん。『魂の匂い』ってボクの造語なんだ。ボクは人や契約霊獣が持つ魂――性格や性質が分かるんだ。要は『この人はいい人だなぁ』とかが何となく分かるんだよ」


「「へえー……」」


 声を揃えて悠樹と由良は感嘆する。が、悠樹の方はすぐに首を傾げて、


「……ん? それがどうして僕を見つけやすいことになるの?」


 そう尋ねる。どうして性格判別能力が人探しに繋がるのだろうか?

 すると、神楽崎は苦笑を浮かべて、


「ははっ、さっき『魂の匂い』って言ったのは、ボクのこの異能は嗅覚から知ることが出来るからなんだ。優しい人なら甘い匂いとかね。それでね、四遠君の匂い――正確に言うと四遠君の獣殻の匂いなんだけど、それって凄く独特な匂いをしているんだ。何十メートル離れていてもはっきり分かるぐらい」


「――ッ!」


 獣殻の名が出てきて悠樹はわずかに緊張する。まさか、この少年は自分の獣殻の秘密について何か勘付いているのだろうか。思わず警戒してしまう。

 しかし、同様に警戒しているはずの由良の方は、一切そんなそぶりは見せず、


「ほほう。それは面白いの。悠樹の獣殻は一体どんな『匂い』をしとるのじゃ?」


 といった感じで、平然と問う。

 彼女の飄々とした態度に「流石は由良だなぁ」と悠樹は思った。

 顔色一つ変えず情報を引き出そうとする手腕は、悠樹には真似できない芸当だ。

 ともあれ、そんな二人の思惑など知る由もない神楽崎は、


「……怒らないで聞いて欲しいんだけど……」


 と前置きしてから、


「何て言うか、凄く美味しそう」


「「……………はい?」」


「ボクの大好物のような……分かりやすく言うと、焼肉みたいな匂い」


「「や、焼肉!?」」


 あんまりな表現に唖然とする悠樹と由良。神楽崎は慌てた様子で手を振って、


「あ、あくまで例えだからねっ。あまり気にしないで。まあ、それぐらい分かりやすいってこと。えっと、じゃあボクそろそろ行くね! 鷹宮君探さないと!」


 と言って、神楽崎はそそくさと去っていった。

 その場に残ったのは呆然とする悠樹と、気まずげな笑みを浮かべる由良の姿。

 そして長い沈黙の後、悠樹はギギギと由良に視線を向けて呟く。


「ははは、由良……焼肉……僕の獣殻は焼肉だって……」


「ま、まあ、クサヤとかよりはマシではないかの?」


「……どっちにしても食べ物なの?」


 がくん、と首を落とす悠樹に、


「こ、これ、気にするでない悠樹。えっと、妾、焼肉超好きだぞ!」


 と、何の励ましにもなっていない励ましを送る由良であった。




「おっと、危ねぇな」 


「あっ、ごめん」 


 その時、三階から二階へ降りる階段を二段飛ばしで降りていた神楽崎は、唐突に廊下から現れた大きな男にドンッとぶつかってしまった。女の子並みに小柄な神楽崎が吹き飛びそうになったところを、衝突した男が手を掴んで支えてくれたのだ。

 神楽崎は目の前の男を見つめた。紺色の制服(ブレザー)を腕まくりした生徒だ。筋骨隆々の体格が特徴的な大男なのだが、その顔はかなり老けていて三十代にさえ見える。

 直接話すのは初めてだが、神楽崎はこの男を知っていた。1年2組の生徒である。

 そこで少し考える。2組の生徒なら鷹宮の顔は知っているはず――。


「あの、助けてくれてありがとう。それと一つ聞きたいんですけど、いいですか?」


 いきなりそう尋ねられた男は、眉根を寄せた。


「……? 一体何が聞きてえんだ?」


「えっと、1組の鷹宮君、どこにいるか知りませんか?」


「1組の鷹宮って……鷹宮家の坊ちゃんか? それなら確か……」


 男は少し考えてから、


「ああ、そういやさっき、体育館裏で黄昏てんのを見たぜ」


「ッ! あ、ありがとうございます! ちょっと行ってみます!」


 と告げるなり、神楽崎はぺこりと頭を一度下げ、早足で駆けて行った。

 男はそんな少年の後ろ姿を、どこか冷めた眼差しで眺めながら、


「……友情ってやつか」


 口元を歪めて、その場を立ち去っていくのだった。










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