幕間一 とある閉ざされた世界にて
――き、気まずい……。
その時、悠樹は何とも言えない居心地の悪さに緊張していた。
その原因は左隣に立つ少年にある。
鷹宮修司。つい先日、喧嘩腰に応対してしまった相手だ。
彼の方もまた忙しげに視線を泳がせている。
何故このような状況になっているかというと、ここがトイレだからだ。悠樹が用を足していたところに鷹宮が後からやってきたのだ。
鷹宮は隣に立つまで悠樹の存在に気付いていなかったようで、横に並んで初めて気付き目を瞠っていた。露骨に「しまった」という顔までしていたぐらいだ。
かくして実に気まずい雰囲気のまま、二人の少年は突っ立っているのである。
(ど、どうしよう……何か話した方がいいのかな?)
昨日のことを謝る良い機会かもしれない。
何とも言えない空気の中、悠樹がそんなことを考え始めていると、
「面白そうな状況にィ――俺っち参上ッ!」
「ザ、ザックさん!?」
今度は玉城が現れた。玉城は悠樹の右隣に立つとガハハッと笑い、
「おう! 悠樹。随分と面白そうな状況になってるじゃねえか」
そんなこと言い出した。
「……いや。どこが面白いのさ……」
「ガハハッ、これから面白くなるのさ。ところで悠樹よ」
「……何さ?」
「今日の昼飯……御門の姫さんの手作り弁当は美味かったか?」
――ピシリッ。
と、鷹宮の表情が固まった。
いや、表情だけではない。全身が石像のように固まっていた。
しかし、隣に立つ悠樹はその様子には全く気付かず呑気に答える。
「うん。美味しかったよ。流石に重箱には驚いたけど、味は由良並みの腕前だった」
命を助けてもらったお礼ということでご馳走してもらったのだ。
あまりの豪勢さに流石に周囲もざわついていた。
(――くッ、翔子さんの手料理を……食べただと……ッ!)
一方、驚愕で鷹宮の双眸が見開かれた。
「ほほう。白い姫さんも料理をするのかい?」
「うん。一緒に暮らしていた時は交代で料理してたよ」
(な、なんだとッ!?)
真直ぐトイレの壁を見据えまま、鷹宮は息を呑む。
(一緒に暮らしていただと!? まさかこの男、鳳さんと同棲していたというのか!?)
長身の少年は、ただただ呆然とした。
どうやらクラスメイトの少女が言っていた『ダーリン』という言葉は真実らしい。
鷹宮は横目で悠樹を見やり、ごくりと喉を鳴らした。
畏敬さえ抱く事実。何ということか……。
――『大人』だ。そう。『大人』なのだ。
この同い年の少年は、実は経験豊富な『大人の男』だったのだ!
「ふ~ん。ところでお前さん、どっちの姫さんが本命なんだ?」
と、そんな鷹宮の動揺をよそに、悠樹たちの話は続く。
「えっ、ほ、本命って……なに言ってんだよザックさん!」
悠樹の顔が赤くなった。
(な、なに? 本命だと? 待て待て、本命はどう考えても鳳さんの方だろ!?)
鷹宮は激しく動揺し、玉城の方に視線を向けて会話する悠樹の姿に目をやった。
後頭部を見せる少年を見据えて再び喉を鳴らす。
まさかこの男、同棲までしておいて鳳さんが本命ではないというのか!
(――いや違う! そうか! くそッ! さてはこいつ!)
そこでハッとして、鷹宮は気付く。
(鳳さんはきっと本命なんだ。そして、こいつは翔子さんも妻に……愛人にするつもりで狙っているのか!)
辿り着いたその推測に、鷹宮の両肩が微かに震え出した。
それはあり得る話だった。なにせ、翔子は神槍の副賞扱いなのだから。
しかし、だとしても、本命の同棲相手を引き連れて、堂々と愛人を手に入れるために入学してくるとは、なんて恐ろしい男だ。
(……なんて胆力なんだ)
鷹宮は不快感以上に畏怖してしまった。
一方、悠樹は真横にいるというのに、その様子に一切気付きもしない。
ただただ、純情そうなフリ(※鷹宮視点)をして言葉をどもらせている。
「い、いや、確かに御門さんは凄く綺麗だけど、僕には由良が……」
「ははッ、本音が出てんな! 白い姫さんがやっぱ本命ってか! つうか正妻ってことだな! いやはや、モテる男は辛いねえ~」
(……ぐぐぐっ、正妻、だと。やはり僕の推測は当たりだったのか。くそ! こいつ、やはり翔子さんを愛人に!)
ギリギリ、と鷹宮は歯を強く軋ませる。
よもやあれほどの美少女たちを、二人とも手に入れようと画策していようとは!
何とも凄い……羨ましい……いや、許しがたい男であった。
(おのれ! 四遠悠樹!)
激しい義憤に鷹宮の心は燃える。この男は絶対に許せない卑劣漢だった。
このまま放置しておくことなど断じて出来ない!
一夫多妻は今の時代でも続く鬼狩りの風習だった。一人でも多くの子を残すためにだ。この世界は明日も知れない過酷な場所なのである。
しかし、流石に十代で最初から愛人確保目的など到底見過ごせない!
(絶対にさせんぞ! 四遠悠樹!)
だが、そんな決意も今だけは面に出さず、鷹宮はその場から静かに移動した。
「ガハハッ、ん? おやおや。鷹宮の坊ちゃん。もう行っちまうんで?」
「……えっ?」
玉城の言葉につられて悠樹が振り向くと、鷹宮がすでに手を洗い終え、立ち去ろうとしていたところだった。鷹宮は黙々とドアに向かっていた。
しかし、ドアの前で一度振り向くと、
「……もう用は済んだからね。それよりも四遠君。一つ君に言いたいことがある」
「え? な、何かな?」
おどおどとした態度の悠樹に、鷹宮はきっぱりと宣言する。
「四遠悠樹……君は僕の敵だッ!」
それだけを告げると鷹宮はトイレから退出していった。
残された悠樹は、ガハハッと笑う玉城を背に一拍遅れて叫ぶのだった。
「……えっ、なんでっ!?」




