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鬼狩り裏譚 叛天のサクリファイス【第2部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第1部

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第四章 《瑠璃光姫》④

 ――それは、誰も予想していなかった事態であった。

 突如、鷹宮が跳ね上がるように立ち上がり、背を向ける翔子に襲い掛かったのだ。

 その手には凶刃が握られている。

 未熟な生徒たちは無論のこと、新堂と谷口の両教諭や、生徒の中に潜んでいた熟練の鬼狩りたち、そして由良さえも完全に虚をつかれて動けなかった。翔子は鷹宮の接近に気付いてさえいない。このままでは死は免れなかっただろう。


 しかし、誰もが硬直する中、反射的に動き出す少年がいた。

 瞬時に彼は両足に獣殻を纏わせた。ごく稀に普通の鬼狩りの中にも使い手がいる部分顕現の応用だ。勢い余って一瞬だけ両足の具足が竜の脚となるが、幸いにも誰にも見られていない。少年は足に渾身の力を込めて跳躍した。


 そして彼――四遠悠樹は、翔子を抱きしめて奪い去った。


「――――え?」


 翔子が困惑した声を上げる。が、それに構う余裕もなく、彼女を抱えた悠樹は跳躍の勢いを殺すため、両足で地を削った。グラウンドに火線が奔る。

 そうして数秒後、

 ……はあ、はあ、はあ。

 悠樹は翔子を抱きかかえた状態で、強い焦燥感を宿した荒い息を零していた。

 その頬には、冷たい汗を流している。


「ゆ、悠樹さん……?」


 翔子は双眸を見開いて、悠樹の顔を見上げた。

 すると、悠樹は有無を言わさず翔子の華奢な身体を強く抱きしめた。

 それはあまりにも唐突すぎて。

 同時に圧倒的なまでの熱量を持つ抱擁に、彼女の瞳がさらに見開かれる。


「………良かった……」


 ポツリと零れ落ちる少年の呟き。

 悠樹は翔子を抱きしめたまま、大きく喉を鳴らした。


 ――今のは本気で怖かった(・・・・)

 出会って日は浅いが、それでも友人が殺されかける(・・・・・・・・・)光景は本当に怖ろしかった。


 それから数秒後、悠樹はおもむろに顔を上げた。そして険しい顔つきで先程まで翔子がいた場所に目をやった。


「……お前、一体、何を考えているんだよ」


 動揺と怒りが混在した声で『彼』を問い質す。

 そこには刀を振り下ろした状態の鷹宮の姿があった。しかし、彼は何も答えない。ただ呆然と自分の刀の切っ先を見つめていた。

 その無関心にも見える態度に、悠樹は強い苛立ちを覚えた。


「――黙ってないで何か言えよ!」


 今度は、はっきりと怒号を上げた。周囲の者たちが押し黙るほどの大きな声だ。

 その気迫の前に思わず鷹宮が後ずさり、初めて見る悠樹の激しさに腕の中の翔子が微かに震える。が、そんな二人をよそに、悠樹は声をさらに張り上げた。


「いま彼女は獣殻を纏っていなかったんだぞッ! そんな状態で斬撃を食らえばどうなるかなんて分かるだろッ!」


 再び安否を確かめるように、悠樹は少女の身体をより強く抱き寄せた。


「………あ」


 小さく零れる翔子の声。わずかに震えていた彼女の動きが完全に止まる。

 悠樹は左腕で翔子の身体を支えながら身構えた。そして、黒い獣殻を両足から右腕に編み直すと、銀色の長剣を顕現させて薙ぐ。


「……ふざけるなよ。君は知っているのか? 理解しているのか? 人間はさ」


 悠樹は告げる。抑えきれない絶望(・・)を宿した声で。




「人間は、死んだらもうそこで終わりなんだよ」




 シン――と静まり返る大錬技場。

 誰も声を出せなかった。悠樹が言った言葉は、何の変哲もない当たり前のことだ。

 しかし、穏やかそうに見える少年が放つ圧の前に、誰もその言葉を揶揄することは出来なかった。否応なしに訪れる静寂。すると、その中で一人だけ――。


「……悠樹。少し落ち着け」


 雪の髪の女王のみが《魔皇》の前へと進み出た。


「……由良。ごめん。こればかりははっきりさせないと納得できない」


 未だ怒気が収まらず、由良に対してまで悠樹は低い声で答える。

 悠樹らしくない激昂ぶりに、由良は「やれやれ」とかぶりを振った。


「いいから落ち着け。鷹宮の目をよく見てみんか」


「………目?」


 由良に指示されるがままに、悠樹は鷹宮の目を見た。

 そして怪訝な表情を浮かべる。鷹宮の目には困惑の色があった。状況が分からず戸惑っている。そんな眼差しだ。


「察するに、小娘の一撃で脳が揺さぶられていたのじゃろう。意識が混濁し、未だ戦闘中と誤認したため、反射的に敵へと襲い掛かった、というところかの」


「……え?」悠樹はわずかに緊張を崩した。「じゃあ、さっきのは事故みたいなもので、鷹宮君に御門さんを傷つける気はなかったの?」


「……それは戦闘中にそなた自身が言った台詞じゃろうが」


 由良の指摘に、悠樹は言葉を詰まらせる。

 確かにそうだった。鷹宮に敵意がなかったことはすでに自分の目で確認している。

 だとすると、もしかしてこれは先走ってしまった……のか?

 悠樹は、おずおずと鷹宮に視線を向けた。


「え、えっと、鷹宮……君?」


「…………」


 悠樹の呼びかけに鷹宮は何も答えない。

 ただ深く俯き、拳をきつく握りしめている。

 ここに至って、自分が翔子に何をしようとしたのかを理解したのだろう。

 血が流れるほどに強く唇をかみしめながら、鷹宮は獣殻を解く。そして小さく「すまない」と謝罪し、大錬技場の出口へと向かって駆け出した。


「――鷹宮君!」


 その時、声を上げたのは鷹宮の友人である神楽崎だった。

 彼は悠樹たちに駆け寄ると、


「ごめん! 御門さん! 鳳さんと四遠君も……」


 ぺこりと頭を下げる。次いで焦るような表情で大錬技場の出口に目をやった。

 その様子に、由良は瞳を閉じてかぶりを振り、


「妾たちのことならば気にするな。神楽崎。それよりも早く鷹宮の元へ行ってやれ。あやつには今、支えてくれる者が必要じゃ」


「……うん。ありがとう鳳さん。じゃあ、ボク行くね」


 そう言って、神楽崎は走り出した。悠樹たちはその姿を無言で見送る。

 そして少年の姿が完全に見えなくなったところで、悠樹は大きな溜息をついた。


「……僕、鷹宮君にまた悪いこと言ったかな」


「まあ、最悪の事態を回避したところまでは良かったがの。ところで悠樹よ」


「ん? 何さ由良?」


 不思議そうに首を傾げる悠樹に、由良は青筋を浮かべた笑顔で尋ねる。


「いつまでその小娘を抱きしめておるつもりかの?」


「…………え?」


 由良の指摘に悠樹はキョトンとする。

 確かに左腕の中には未だ翔子の温もりがあった。

 目をやると彼女は顔を真っ赤にして俯き、華奢な身体をか弱く震わせていた。


「あっ……ご、ごめん! 御門さん!」


 慌てて左手を離して悠樹は跳び退いた。すると翔子はふらふらと後ずさり、瑠璃色の潤んだ瞳で悠樹を見つめた。そして無言のまま一秒、二秒と経ち……。


「あ、あのさ、御門さん?」


「―――ッ!?」


 悠樹の呼びかけに、翔子が言葉にならない声を上げた。


(えっ、わ、私、何を――)


 翔子の頭の中で、様々な情報がぐるぐると回る。

 四遠悠樹。迂闊にも醜態を見られて、そのまま友人となった人物。

 彼女にとっては、本当に切望していた初めての友人であった。

 ずっと孤独だった翔子にとって、彼の存在がどれほど嬉しかったことか。


 しかし、彼はあくまで『友人』だった。

 鬼狩りの戦士であるとは思えないほど優しい悠樹に対し、確かに好感は抱いているが、それはそこまでの感情のはずだった。異性としては意識したことはない。


 ――そのはずだった(・・・・・・・)


(私の感情は、友人に対するもので……)


 翔子の頬が、どんどん朱に染まっていく。

 とても優しい友人。それが悠樹だ。先ほどまで(・・・・・)は確かにそう思っていた。

 けれど、彼はただ優しいだけの人間ではなかったのだ。

 間近で垣間見た、意外なまでの苛烈さ。

 そして初めて触れた彼の腕は、とても力強くて……。

 ドクン、と心臓が大きく鳴った。


(わ、私は……)


 苦しい胸元を両手でギュッと押さえ、翔子はひたすら困惑した。燃え上がるように首筋まで熱くなる。心臓が破裂しそうなぐらい高鳴るのを感じた。

 心が激しく乱れ、思考がどんどん鈍くなる。


 ――まさか。

 まさか、この気持ちは……。


「え、えっと……御門さん?」


「ッ!! ッ!?」


 戸惑う悠樹がもう一度声をかけてきたが、翔子には返事など出来なかった。ますます赤面するばかりだ。そんな少女の対処に困って、少年が頬を引きつらせていると、


「……おい」


 一言。そのたった一言に、悠樹の背筋が凍りついた。

 恐る恐る振り向くと、そこには吹雪の幻影を背負う由良がいた。


「……えっと、ゆ、由良?」


 こちらの少女にも声をかけるが、やはり応えてくれない。

 頬を強張らせる悠樹に、雪の髪の少女は誰もが見惚れるような笑みを浮かべて、


「ふふふ、まったく。そなたときたら。しっかりトドメのフラグまで建ておって。ここらで一度、徹底的に教育してやろうか?」


 そう告げた。

 直後、彼女は地面を強く蹴って、軽やかに宙へと舞い――。


「うわッ!? や、柔らかっ!? じゃなくて、ちょっと待って由良―――ぎゃあッ!?」


 柔らかな太ももに挟まれ、悠樹の顔が赤らんだのも束の間。

 炸裂する『|足挟みからの脳天落とし《フランケンシュタイナー》』。問答無用で悠樹は昇天する。

 極上の美少女が繰り出したいきなりの大技に周囲は唖然としていたが、次第に苦笑のような笑い声が上がった。


 しかし、そんな明るくなりかけた雰囲気の中……。



(けッ、殺りそこねたか)


 大錬技場から少し離れた場所で、その男は一人舌打ちしていた。

 次いで、ボリボリと頭をかく。

 今のはかなり惜しかったが、まあ、仕方がない。今回は不発でも学園生活はまだ始まったばかりだ。機会ならこれから幾らでもあるだろう。


 それよりも鷹宮修司だ。

 あれはいい。実に自分好みのおもちゃだ。


 はてさて、あの坊やを使って次はどんな遊びを――否、策を練ろうか。

 しばしの沈黙。そして何かを思いついたのか、不意に男は口元を歪めて、

 ――クカカカカカカッ。

 実に楽しげに笑いながら、一人去っていくのであった。











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