第四章 《瑠璃光姫》③
「――うおお、凄っげえェ! マジで凄げえェ! 御門さん最高ッ!」
「うわぁ、あれが御門家のお姫さまかぁ、自信なくすわ」
「アタシたちと同い年ですでに《黄金魄》に至ってるって幾らなんでも無理ゲーすぎない?」
と、様々な声を上げて翔子の勝利に沸く生徒たちをよそに。
「―――……」
悠樹は無言で立ち尽くしていた。流石に驚くべき結果だった。
「……五連突きを二十本で繰り出すか。先の如意槍といい、えげつない小娘じゃな」
と、由良が嘆息混じりに呟く。
それから無残な様子で倒れ伏した鷹宮を見やり、
「一応加減はしたようじゃが、鷹宮の奴、まさか死んでおらんよな?」
「……それは大丈夫だと思うけど」
そう返しつつ、悠樹はちらりと翔子たちの様子を窺った。
翔子はすでに獣殻を解いていた。
そして悠樹の視線に気付いたのか、微かに笑みを浮かべてこちらに向かってくる。
彼女の後方には倒れたままの鷹宮の姿も見えた。まだ獣殻がとけていないので死んではいないはずだ。彼の隣には栗色の髪の少年――神楽崎が駆け寄っており、青ざめた顔で鷹宮に呼び掛けているようだ。
「……あのさ、由良」悠樹は由良に確認する。
「……? なんじゃ?」
「あの子に完全顕現なしで勝たないといけないの?」
「その通りじゃな」由良は即答した。悠樹は「ぐ」と呻きつつ、
「由良はどう思う? 由良ならあの子に勝てそうかな?」
「広大な場所ならば勝てよう」これにも由良は即答する。
「しかし、接近戦では無理であろうな。妾が接近戦を不得手にしとるのは知っておろう。相性が悪すぎる。恐らく勝率は力量ではなく舞台に左右されるぞ」
「……そっか。確かにそうだね……」
「あやつに勝つには接近戦で上回ることが必須じゃな。そなたの方が妾よりも相性が良い。そなたが頑張るしかないじゃろ」
「やっぱりそうなるよね。けど厳しいな」悠樹は渋面を浮かべた。「彼女、本当に強いよ。せめて僕の方もどちらかの《黄金魄》を使いたいんだけど……」
顔を向けてそう尋ねてくる悠樹に、由良は眉をしかめて首を横に振った。
「……アホウ。どっちも使えんぞ。まず一つは人前で使うなど論外じゃ。もう一つは溜めが長すぎる上に、隙だらけになる。そもそもあれを使えば、あの小娘を殺すことになるぞ」
「う……」悠樹は言葉を詰まらせる。
その指摘は正しい。確かに自分の《黄金魄》は相手の命を奪いかねないものだ。手加減も難しい。どうやら翔子の予想以上の実力に、大分動揺しているようだった。
「結局、今の条件でどうにかやるしかないのか」
「そう言うことじゃな。大丈夫。そなたには妾が付いておる。一緒にガンバろ」
満面の笑みでそう告げる由良に、悠樹は溜息をつくしかない。
そして再び翔子の方に視線を向ける。
悠樹の最大のライバルは、とても穏やかな笑顔を浮かべていた。
淑女そのものの彼女の仕種に、悠樹はつい苦笑を浮かべた――そんな時だった。
不意に、その少年の指はピクリと動いた。
(……僕は、負けたのか……?)
その少年――鷹宮修司は、朦朧とした意識でうっすらと目を開く。
鷹宮はまだ気を失ってはいなかった。
とは言え、頭はくらくらして体中が痛い。音もよく聞こえない状態だ。
鷹宮は痛む身体を動かし、ぼんやりと辺りを見やった。
ぼやけた視界に映るのは背を向ける黒髪の少女。
そして、青ざめた顔で自分を見つめ、必死に何かを叫んでいる少年――神楽崎だ。まだ出会って二週間ほどだが、クラスの中でも一番気の許せる友人だった。
けれど、そんな親しい友人の声もよく聞こえず……。
【クカカッ、随分とひでえ目に遭っちまったな坊主】
唐突に聞き覚えのない声が脳裏に響く。鷹宮は眉根を寄せた。
(……? 誰だ? お前は……)
【誰でもいいだろ。そんなことより、このままあの女を行かせてもいいのかよ?】
(……仕方がないだろう。僕は彼女に負けたんだ……)
歯を軋ませて、鷹宮は自分の敗北を認める。
しかし、謎の声は小馬鹿にするかのようにクカカッと笑った。
【オイオイ。お前の目的は勝つことじゃなくて、あの女を手に入れることだろ?】
(―――なッ!)
思わず息を呑む鷹宮。確かに彼は翔子に思慕を寄せていた。
【クカカッ。別に隠さなくてもいいぜ。鷹宮家に命じられた神槍奪取なんてどうでもいいんだろ? お前がこの学園に来た目的はあの女だけだ。五年間、密かに想い続けたあの女をこのチャンスに自分のもんにするためだろ?】
(ど、どうして、そのことを……)
鷹宮は絶句した。謎の声はクククッとほくそ笑む。
【噂話を集めんのは得意でな。それよりも見てみな。あの女の顔を】
(……翔子さんの顔?)
未だ焦点がおぼつかない瞳で鷹宮は翔子の横顔を見つめた。
彼女は笑みを浮かべていた。この二週間、何度か遠くから見てきたが、彼女のあんな笑顔は初めて見る。この勝利に喜んでいるのだろうか……?
(……いや違う)
あれは勝利に対する笑顔ではない。
あれは自分のためではなく、誰かのために向ける笑顔だ。
彼女の視線の先には一人の男がいる。確か名前は、四遠悠樹……。
【おやおやぁ、ありゃあ、もしかして恋する乙女の顔ってやつですかねぇ】
(――ッ!)
謎の声の憶測に、鷹宮の鼓動は跳ね上がった。まさかと思いながらも、彼女が十五歳の少女であることも思い出す。好きな男がいてもおかしくない年頃だ。
【クカカ、流石にショックを受けてっか。そうだよな。お前色々理屈こねてたが、本音としちゃあ、この《霊賭戦》に勝ってあの女にいい所を見せたかっただけだろ?】
そう指摘され、鷹宮は苛立ちに眉をしかめる。それは図星だった。
翔子に告げた『私闘の抑制』など、事前に考えておいた体のいい口実にすぎない。
ただ、鷹宮は一人の少年として、恋する少女に自分の強さを見せたかったのだ。
(……だが、僕は無様に負けてしまった……)
【オイオイ待てよ。お前はまだ負けてねえだろ?】
(……? どういう……?)
【お前の獣殻はまだ消えてねえだろ? 勝負はまだついてねえんだよ】
(……しかし、僕の身体はもう……)
【動かねえってか。はン。ならいいのかよ。このままだと、あの女は四遠ってガキのもんになっちまうぜ?】
ギシリ、と心が軋んだ。――嫌だ嫌だ嫌だ。彼女が誰かのものになるなどッ!
【なあ、素直になれよ。欲しいんだろ? あの女を抱きてえんだろ? あの女のすべてを自分のモンにしちまいてえんだろ?】
まるで耳元で囁いてくるかのような謎の声。鷹宮の意識が徐々に混濁してくる。この声に従ってはいけないと本能が告げているのに、抗えなくなっていく。
世界がぐるぐると回り、翔子や神楽崎の姿も歪んでいき、そして……。
【さあ、立ち上がんな、鷹宮修司。そして勝て。勝ってあの女を自分のモンにしな】
最後に聞いたその言葉で、鷹宮の意識は弾けて消えた。




